01_04 防具に目をつけられる
「よし、始めるか」
そんなかけ声で気合いを入れて、野良着を着た僕は畑一面にはえている赤い大根を抜き始めた。
なぜ大根を抜いているか。
それは初心者は一ヶ月間、第一城外でこの様な単純な仕事しかさせてもらえないからだ。
「なんで冒険者になったのに農作業なんだよ。これじゃ田舎にいたときとかわらねぇよ……」
となりの痩せた十四歳くらいの少年が文句を言いつつ、それでも僕より手際よく大根を抜いている。
やっぱり農作業に役立つスキルとか持っているんだろうか。
冒険者っぽい仕事ではないけれど、体力も装備もない食い詰め者がいきなり魔獣を倒せるわけがない。
農作業は単純労働だけど、報酬は五千ディナと意外と悪くない。
安宿で眠り、それなりに精のつく食べ物を食べても千ディナくらいは余る。切り詰めれば一日で二千ディナはためられる。
一ヶ月もたてば健康な身体と初心者装備を手に入れた冒険者が仕上がるというわけだ。まさに新人研修。
――?
視線を感じたので顔を上げると初老にはいるくらいの人がこっちをみていた。
彼は冒険者を引退した人で、ここで新人の監督をしている。
前を見るとみんなの背が遠くにみえた。
監督が畝をまたいで近づいてくる。やばいかもしれない。
「おいお前」
「はい、遅れてすいませんでした。下水は勘弁してください」
言われる前に謝る。
やる気のない奴は下水掃除にまわされるらしい。
「下水掃除じゃないからとっとと来い」
背を向けてずんずんと領都の方角へと戻っていってしまった。
下水じゃないなら果物の収穫とか? だったらいいなぁ。
監督は畑を過ぎ、果樹園を過ぎてしまった。
どこまでもどるのこれ。
「おーい、モルじいさん。こいつ使えそうだがどうだ?」
農機具小屋の軒でクワを研いでいた老人に監督が声をかけた。
使えそうって何にさ?
「うん? ふむ……食うに困ってって風じゃねぇな。名前は?」
「ザートです」
「腰のそれはなんだ?」
じろじろと見ながらボサボサの眉とひげを動かしてくる。
「バックラーです。……多分ですけど。冒険者だった親戚のおさがりですが」
普通のバックラーは鉄張りの革盾で中央に膨らみがある、つば付き帽子のような形をしているけど、これは全部が金属で、大麦の粒のように両端がとがっている。
持ち手が片方に寄っていて盾に直角についているのも普通のバックラーらしくない。しかも後付けっぽく腕に固定する革ベルトがついてるし。
……これ本当にバックラーか?
中等学院の実技で使っていた小型盾のバックラーに大きさが近かったのでそう呼んでいたけど、改めてなんだと聞かれると自信がなくなってくる。
僕の様子をみていたモルじいさんの片眉が上がった。
「バックラーは剣を使う人間につかう装備だ。魔物ならまだしも魔獣には普通つかわねぇよ」
え、そうなの?
――◆ ◇ ◆――
「そいつは楯の法具かもしれねぇ。どこかに凝血石の装填口があんだろう? これを突っ込んでみろ」
確かに裏側を見ると持ち手だと思っていた太い棒の根元に穴があった。
法具と言われて一気にテンションが上がる。
法具。それは一般に使われる魔道具とは一線を画す失われた文明の遺物だ。
複雑な魔力制御転換なんとかというからくりがあって、今の人間が使う属性魔法とは比べものならない複雑な現象を起こせるという。
いそいそと受け取った凝血石を穴に入れてみる。
「後はでかい楯を展開するイメージをしてみろ」
でかい楯、でかい楯……
「……あの、なにもおこらないんですが」
魔道具を起動した時みたいな手応えもないし、そもそもバックラーから魔力を感じられない。
「うん? しかし素材は昔見た法具のそれなんだがなぁ」
渡したバックラーをひっくり返しながらモルじいさんは首をひねっている。
「壊れてんじゃねえの?」
監督が身もフタもない事をいった。へこむよそれ。
壊れている場合、直せるのは国の魔法考古学研究所か、一握りの技師だけだ。
しかも直ってもサンプルだ何だのといって持って行かれる場合が多いらしい。
技師は持って行かないけど、直せるかわからない上に高額な金銭を請求してくる。
どちらにしてもろくな事にならない。
「ま、まあ、バックラーとしては使えるんだ。ないよりましだろ?」
モルじいさんが気まずそうにバックラーをかえしてくる。
うーん、たしかにバックラーとしては問題なく使えるしな。
「じゃあ、話を戻すがいいか?」
「あ、別の仕事があるっていう話ですよね」
「そうだ。お前は見たところ衰弱もしていないし、戦えるらしいな。ここに来る間も護衛の冒険者と一緒に戦っていたと商人のテッドから聞いている」
そう言われるとちょっとうれしい。
ありがとうテッド。
誰か知らないけど。
「モルじいさんは畑近くにある森の掃除が仕事なんだが、助手が必要でな。お前にそれを頼みたい」
魔獣は魔素に富んだ土地にひそむ。そして魔素の多い土地はヤブになりやすい。
農作業より一歩先に進んでいるし、魔獣と戦えるのは大きい。
一ヶ月も農作業とか正直嫌だったし断る理由なんてない。
「魔獣も出るが、このあたりは最低位の魔獣しかわかねえ。ブッシュボアかウェトスネークぐらいだ。後は虫の類いだな」
モルじいさんが指を折りながら解説していく。
「特に注意しなきゃならんのはバウンディングバグだが、奴らはもう冬ごもりの季節だからきにしなくてもいいんじゃないか? ま、とにかく預けたぞモルじいさん。じゃあな」
監督が本来の仕事に戻ってからもモルじいさんのレクチャーは続いた。
「……と、まあこんな所だ。後は実地だな。質問あるか?」
「はいモルじいさん。僕の武器はなんでしょう?」
学院で一通り試したけどどれもそこそこ扱える。器用貧乏というか、スキルは取れなかったけど……
「武器なんかねぇよ。ここにあるのは農機具だけだ」
はい?
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