01_39 コロウ亭での最後の夜
この季節に咲く花々やナムティヌスの茂みの横を通り過ぎると、アルガンザスの咲く一角が見えてきた。
階段をおり、まだタル一つ置かれていない入り口を通って食堂に入る。
食材を持ち込めばマスターが弁当を作ってくれると言っていたからだ。
「やあ、数日ぶりだね」
カウンターではウルヴァストン子爵閣下がこの店の名物ウルフェルを飲んでいた。
リズさんもいる。なぜかカウンターの内側に。
まあ、予感はしていたけどね。
少しだけど、店にはすでに客が入っている。それでも誰も騒がないということは、子爵がここに来るのはわりと知られている事なんだろう。
リオンと苦笑しつつあいさつにむかう。
「お声がけ痛み入ります。先日は、格別のご配慮をいただきありがとうございました」
二人で頭を下げると子爵は手をパタパタと仰いできた。先日よりだいぶフランクですね閣下。
「やめてくれよ。そういうの生まれたころから肌に合わないんだよ」
口調も酒が入っているからか、柔らかい。
生まれたころから、というのは聞こえてないふりをすればいいんだろうか。
「いいかげん、ジョージさんは慣れた方がいいと思いますよ。あ、ザート君、コロウ亭のバカップルはポーション蒸し風呂の用意で遅くなるから先に始めてていいらしいわ」
リズさんがウルフェルのおかわりを子爵の前に置く。
少しは二人を見習って下さい、というリズさんのつぶやきは聞こえないふりをしておこう。
しれっと小さいサイズのジョッキを置いている所に、二人の付き合いの長さが見て取れた。
あとマスター達をディスる所についても以下同文。
リズさんにうながされて席につく。
ついで、流れるようにウルフェルのジョッキ二つがリズさんによって置かれ、さらに横からマッドロブスターの半身を豪快に乗せた深い皿があらわれた。
身を横たえるロブスターからは、今も黄金色のスープが流れ出ている。
ぶつ切りにされた真っ白い身はふっくらした艶めきをとどめ、複雑な香りのソースで彩られていた。
「おごりだよ。今日が最後なんでしょ? あんまり話す機会なかったけど、またきなさいよ!」
ふりむけば厨房のスタッフさんだった。あわててお礼をいう。
手を振ったあと、厨房に帰るついでにカウンターの端においた食材を持っていく。あ、こっちを見てた他の娘とハイタッチした。
多分明日の弁当について、マスターからきいているんだろう。
「ザート、美味しいよこれ。早く食べないと火が通り過ぎるよ!」
いつの間にかリオンは小鉢に盛ったスープと身をツマミにしてウルフェルで喉をならしていた。
リオンの呑み方もここに来て以来、豪快になったもんだ。
綺麗に盛られた小鉢からスプーンに身を乗せて口に入れる。
美味さで意識とんだ。
そこからは無礼講だった。
テンションが上がったまま、ジョージさん達と乾杯して雑談を始める。
ジョージさんはジョージさんだ。子爵が自分でそう呼べといったので問題ない。
「リズ、マーサ、エンツォ、フィオ……ここグランドル領にはクラン時代のメンバーがたくさんいるよ。貴族が領地がえする時は、懇意にしている商人とか職人がついていったりするけど、冒険者上がりな私の場合はクランメンバーが来てくれたんだよ」
目を潤ませながら語るジョージさん。酔うと涙腺が緩むタイプだった。
ジョージさんは彼のクランが何年か前に大きな功績を挙げたとかで、功績に報いる形でグランドル領を与えられたらしい。
元々貴族の三男だったジョージさんは為政者として優秀らしく、リズさんが中心となって進めているギルドの福祉改善策も順調らしい。
ジョージさん発案だったんだね、受付嬢による人生設計アドバイス。
「へーすごいんですね! マーサさんも何か担当してるんですか?」
「あ、ああいや、マーサは……現場主義だから」
リオンの不用意発言にジョージさんのジョッキを持つ手が震える。
現場主義、というか現場しか担当していないと僕はリズさんからきいていた。
マーサさん、古城掃討戦の後、自分を冒険者に戻せって相当ごねてたよな……
絶好の稼ぎ時だったのに魔素だまりに入るのを止められた! って泣きつかれたけど、あなたギルド職員側なんだからそりゃそうでしょ、としか言えない。
「リズさん、マーサさんは?」
ジョージさんがいるんだから旧クランメンバーは集まりそうなものだけど……
二人の表情が暗くなっていく。
「あ。ヤバ、ジョージ……」
「これは、いかんな。急いでギルドに戻ろう」
さては……マーサさん置いてきたな。
リズさんがカウンターから出てきた所、食堂の喧噪が静まると同時に何かが聞こえてきた。
「うっ……ひっぐ……うぇぇ……」
このタイミングで聞こえる童女の泣き声。
振り返りたくないなー、嫌だなーと思いながら後ろを見ると案の定。
そこには棒立ちでなきじゃくるマーサさんがいた。
後ろにはオコなエンツォ夫妻。
特にフィオさんがかつてないほど激オコだ。
「リズ! あなた幹部室を素通りしてウチに来たでしょ!」
「俺たちが余った薬草を置きにいったら半泣きで受付に座ってたぞ?」
マーサさん、かくれんぼで一人残された鬼役の心境だろうな。きついよねアレ。
でもマーサさんまって? いくら辛くてもガチ泣きはだめでしょ。それ少女じゃなくて女児でしょ。
怒る母フィオ、それを後ろから支援する父エンツォ。
うなだれる子爵と秘書。
かわいそうな自分の状況でさらに追い込まれるギルドマスターはもはや引っ込みつかない状況におちいっている。
固唾をのんで見守るスタッフと客。
どうする、どうするのこれ?
そんなことを考えていたら、僕の横でエビを食べていた天使がホールに舞い降りた。
「マーサさん、もしかして、私たちと二度と会えなくなるから寂しかった? それなら私も一緒だよ。薬草摘みばかりしていた私に……ザートとのパーティ結成を勧めてくれたから……っ、ありがとう、けどやっぱり寂しいよっ!」
ここでリオンが駆け寄る。おぼつかない足取りで転びそうになる幼女。抱きしめるイケメン。
観客から徐々に拍手が鳴り響き、歓声に包まれる。
すばらしい。でもナニコレ。
(痛った!)
突然の痛みが脇腹に走る。
いつのまにか隣にいたリズさんがつねってきた。
え? なに? お前もパーティなんだからこの波に乗れ? ちょっ!
有無をいわせない力が両脇から加わり、身体がおよぐ。乗るしかないのかっ!
ガッ。
「俺もっ……寂しいッ!」
「寂しいかザート! あたしもだ!」
ちょっと、リオンは素だとして、幼……マーサさん演技わすれてない?
置いて行かれた寂しさが別れの寂しさに上書きされてる?
まあよし、それでいい!
それでいいからもう離れていい?
頭を下げたままカウンターの方をちらっとみる。
リズさんが首を振っていた。
その手振りは? まだだめ?
おいこら、元々あんたらがしくじったせいだろ……え? 何その手……狐?
こっそり目を反対に向けるとバカップルが寄り添いながら涙を拭っていた。
――◆◇◆――
「じゃ、しっかり味わってねー」
フィオさんが出て行き、蒸し風呂には男二人の貸し切りになった。他の客はみんな終わって、僕らで最後だ。
「うぁーぁぁぁああー疲れたー」
石を取り替える間もお説教を受けていたジョージさんが椅子に崩れ落ちた。
「ジョージさんは自業自得でしょ、というか、あの時リズさんと一緒に押し出しましたよね?」
「上に立つ者は、時に非情な決断もしなければならない。ザート君も上を目指すならよく覚えておくといい」
「非情な決断をされた側の気持ちと一緒に覚えておきますよ……」
そういえばジョージさんはリズさんを通して僕の目標を知っていたんだった。
上に立つ、か。
「……ジョージさんが冒険者になって、最初に上に立ったのっていつでしたか?」
「うん? 冒険者を始めて……一ヶ月くらいかなぁ」
「パーティのリーダーですか?」
「いや。クランをつくった。当時の冒険者は放任・放置主義でね。能力上げたきゃ先輩の言うことを聞け! 再雇用先は自分で探せ! って具合だった。このままじゃ死ぬと思って同じ境遇の同期や後輩を集めたんだ」
「パーティじゃなくて、はじめからクランのトップ、ですか」
その胆力はどこからきたんだろうか。
「トップっていっても、みんなから相談を受けてただけだよ。どんな冒険者になりたいか。聞き取りをして能力を伸ばす計画を立てる。仕事ごとにベストなパーティ編成をする。積み立て金から赤字パーティの生活費を出す、くらいだったね」
「それほとんど今のギルドじゃないですか」
苦笑しながら感心もする。
クランの上位パーティを金級直前まで育てた実績を基に、正規のギルド組織におなじメソッドを適用した。
全ブラディアギルド各支部の新人育成モデルを最初に作ったジョージさんは優秀だと思う。
「それにしても、ザート君は欲張りだったね。貴族になりたいのにソロ志望だったんだから」
感心していると唐突に胸が痛い矛盾を突かれてしまった。
「たしかに。リオンとパーティを組んだとき、一人の限界に気づきました。これからはパーティを怖がるんじゃなくて、どうすればパーティを保てるか考えます」
自分のわがままで他人と生きるなら、法具を奪い合うという悲劇におびえず、回避する方法を考えるのは義務だ。その先に僕の居場所はある。
「よかった。君は一人を選ばなくて」
ため息を一つついてジョージさんが水分補給の白湯を飲んだ。
ジョージさんの言い方に違和感を覚えた。
「他に僕みたいな人がいたんですか?」
その人を説得出来なかったんだろうか?
「昔、優しいソロの先輩をクランに誘ったんだけど断られてね」
答えは想像通りで、しばらくその人の話になった。
ジョージさんのいう先輩は何でもできたそうだ。
強くて、何度もクランのメンバーを助けてもらったらしい。
恩返しをしたくて助けがいるかときいたけど、断られた。
そこで、ソロ特有の”事情”があるのを承知でクランに誘った。
でもそれも断られてしまったそうだ。
「断った時の寂しげな笑い声が、実は助けを呼ぶ声だったんじゃないかって、先輩が行方不明になってから思うようになったんだ。まあ、うぬぼれかもしれないけど」
他にも付き合いのある人達はいたからね、とジョージさんは苦笑して腰をうかせた。
もうそろそろ石が冷えてきたから出る準備をしなきゃな。
「もし再会できたのなら、私たちクランの元メンバーはさっきのリオン君と同じ事をするつもりだよ」
「え、あの暑苦しいハグですか?」
さっきの茶番を思い出してまたげんなりしてきた。
「あの人がそれを望むと、私たちは信じているからね」
くらがりに響く彼の声から、ジョージさんがいつかそうしたいと真剣に望んでいることがわかった。
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