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法陣遣いの流離譚  作者: 空館ソウ


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08_68 サロメ=イルヤが首を求めた理由


 西に向くアルバ神殿の前の広場には、おもだった顔が集まっていた。


「もどったよ。みんな無事?」


 迎撃用の魔弾や復興用の資材に座った面々が顔を上げる。

 みんなそれぞれに疲労しているようだけどその顔は達成感で満ちていた。

 

「気軽に言ってくれますね! バレット島からアンギウムに逃げ込むのと大魔法が発現したのがほぼ同時だなんて、こっちは気が気じゃありませんでしたよ!」


 遮光用の黒眼鏡を頭にかけたクローリスがかみついてきた。

 わりと元気じゃないか。


「リュオネもお疲れ様」


「頑張ったのはサロメ様とアルバトロスで、私はウィールドさんの金属粉をまいていただけだよ」


 ちょっとだけ困ったようにリュオネは首をすくめた。

 隣にいるシャスカ、サロメ、アルバトロスの後ろではビーコが疲れたようにぐったりしている。

 あれだけの雷雲を作ったのだから無理もないか。


 リュオネから他のみんなの状況も確認していく。

 スズさんやコリー達皇国組とフィオさん、エンツォさん達開拓者組は残存した竜種の討伐とバリトール=ヴリトラをはじめとするエルフの指導者達の探索を続けている。

 バスコ達、ボリジオ率いる竜騎兵隊は大きな被害もなく、港の警戒にあたっているらしい。


「団長、静かになったから出てみたけど、戦いは終わったと思って良いのかしら?」


「ああ、もう大丈夫だ」


 気付けばミンシェンがクローリスの隣に立っていた。

 その後の神殿からは、衛士隊に囲まれたカレン達が降りてきている。

 ザハークの首も神像の右眼の中にある。

 ティランジアのザハークとの戦いは終わったのだ。

 

「サロメ、ここに首を持ってきた。これはザハークで間違いないか?」


 サロメの前でザハークの首を取り出して見せる。


「ええ、確かにザハークですわ。アルバの使徒、大義でした。さ、その首を手にすれば私の神としての力は戻ります。こちらに」


 サロメは満足そうに扇子で招いてきた。


「未だヴリトラの首が見つかっておりませんが?」


 サロメがアルバの軍門に降る条件にはあと一つ、ティランジア総督バリトール=ヴリトラの首が必要だ。

 けど、エルフの総督とその仲間はザハーク出現の際の混乱でいまだ行方不明だ。


「そんなものは後でも構いません。わたくしがシャスカ様に服属した後に持ってきていただければけっこうですわ」


 口元を扇子で隠したまま、サロメがこちらにザハークの首を求めてくる。

 相手が良いと言っているのだからこれで契約は履行される。


 されるのだけど——


「サロメよ、契約は着実に履行されなければならぬ。先に我に服属する証をたてよ。ザハークの首はその後じゃ」


 後ろからシャスカがサロメに釘をさしてくれた。

 さすがに神の言葉に異を唱えて機嫌をそこねたくなかったので助かった。

 やはり死ぬ前のザハークの言葉が気に掛かるのでサロメを信じ切れない。

 

「……そうですか」


 サロメはまぶたを下弦の月のように細めて微笑むけれど、ひりつくよう敵意が肌に伝わってくる。

 使徒を失ったサロメは今不死ではない。生身の身体は切れば死ぬ。それは神にとってはなにものにも勝る屈辱らしい。

 それでもなお、その覇気は衰えない。これを神の矜持と呼ぶか、サロメの執念深さと取るべきか。

 サロメと向かい合っていると、ふと重圧がそれた。


「カレン……」


 こちらを囲む人垣から前に出てきたのは卵を胸に抱いたカレンだった。


「カレン、今大事な話をしているから待ってちょうだい」


 やさしく制止しようとオルミナさんが手を伸ばす。

 けれどカレンは卵を胸に抱いたままその手をすり抜けた。


「サロメ様、この卵には私の大切な友人の神種が入っています。どうかこの卵を孵していただけないでしょうか」


 サロメは話に割って入り、ひざまづくカレンを無表情にながめている。

 ただでさえ機嫌が悪くなっている所に乱入したカレンをよく思うはずがない。一瞬見えた愉悦の表情に思わず盾剣を握る手に力が入った。


「もとのチャトラじゃなくなっても良いんです。少しでもあの子の何かを受け継ぐ子なら私はその子を育てます」


 カレンは瞳の揺れる必死の形相でサロメを見上げている。

 最後の頼みの綱が切れてしまえば心の糸まで切れてしまいそうな姿に後悔を覚える。

 半端な希望を持たせた事でかえって心を消耗させてしまったのかも知れない。


 僕が奥歯をかみしめていると、サロメは黙ってカレンを立たせた。

 そして悲しそうに愁眉をつくり、扇子でカレンの抱く卵をつとなぞる。


「その卵にあるのは魄ばかり。魂は宿っておりません、だからいくら待っても孵る事はありませんわ」


「そんな……」


 足元をふらつかせるカレンを近くにいたエヴァが支えた。


「ですが、逆に言えば、魂さえ入れればその卵は孵りますわ。どうせならあなたの騎竜の魂をいれてさしあげます」


 その言葉にカレンは目を見開いたまま固まった。


「そんな事が……できるのですか?」


「ええ、探せば見つけ出せますから」


 慈愛に満ちた声音でカレンに話しかけるサロメは下弦の月のように目を細めていた。

 カレンはその言葉に茫然としながらも、次第に表情を輝かせていく。

 けれどサロメの目に不吉なものを感じて、思わず口を挟んだ。


「虹虫竜の珠——魂の器を壊せるのですか?」


 用心深く訊ねると、扇子で口を隠したサロメがニィと眼を細めた。


「神たる私自身が作ったものですわよ? けれど、それを為すためにもザハークの神種が必要です。さ、こちらに」


 サロメが扇子をひらめかせふたたびザハークの首を求めてきた。

 なるほど、必要なのは首ではなくて神種か。

 神種で力をとりもどせば魂の器を壊し、魂を再び魄に入れてチャトラを復活させる。

 それができるなら、チャトラ以外の竜種の魂も反魂させる事ができるのではないか?

 サロメに神種を渡す危険を悟った僕はザハークの首を再び収納した。


「我が神シャスカ=アルバの言った通り、服属が先です。その後であればザハークの首をお渡します」


 ふっ、とサロメが笑った気がした。

 直後、ぞわりとした悪寒が走る。サロメのまとう空気が一気に戦いのそれに変わる。

 これが服属しようとする神の気配なはずがない。

 サロメは初めから僕達を騙すつもりだったのだ。


「っカレン!」


 オルミナさんから悲鳴があがる。

 身をひるがえしたサロメの扇子が僕ではなくカレンに向かった。


 けれど、カレンの身体はすでにそこになく、代わりに二丁の魔鉱拳銃がサロメの扇子を受け止めていた。


【後書き】

戦いの終わり……ではありません。

フィナーレまでもう一波乱あります。


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