01_36 ギルドへの帰還報告
早朝に野営地を出立し、第二要塞に急いでもどった。
要塞の地上階の職員に馬車を預け、ギルド受付まで螺旋階段を駆け上がる。
ところでこの心臓破りな階段はどうにかならない? ならないか。
「あ、リオザーさんおかえりなさーい」
羊獣人のララさんが、くせ毛をいじりながら書いていた書類から目を上げた。
時間的に、お昼休み明けかな。
「ただいまもどりました。ララさん、今変な呼び方しませんでした?」
「えー、だって二人の名前を呼ぶのって前から面倒だったんですよ。リオザーさんでいいじゃないですか。嫌なら正式なパーティ名を早く申請してください」
書類上でもいちいち面倒なんですよ、と愚痴られた。
なるほど、僕らがパーティを組むって話、まだ一般職員までおりていないんだな。リズさんあたりが気を利かせてくれたのかも。
「うーん、わかった。じゃあパーティ名は後で考えておくよ」
リオンの素直すぎる返答にララさんがなぜかガッツポーズをとった。
「それより堤防修理の件で副マスかギルマスに報告することがあります。二人はどこにいますか?」
このままだと捕まってしまう予感がしたので、いそいで用件を伝える。
ララさんも真面目な話だと察してくれたのか、急いでカウンターから出てきた。
「二人なら幹部室にいますので、一緒に来ていただけますか」
階段をのぼり、数日前に通り過ぎた重厚な扉の前にたどり着く。
先を歩き、部屋の中に入っていたララさんが丁度でてきた。
「お二人ともいました。どうぞ入って下さい」
うながされて入った幹部室は豪奢ではないけど、風格ただようつくりをしていた。
「おう、おつかれー」
一番重厚な机にすわるマーサさんは赤い髪を白いカチューシャで飾り、エプロンドレスを着ていた。
獅子をあしらった肘掛け椅子の上で遅めの昼食なのか、カツサンドを両手で食べる姿では風格もなにもあったもんじゃない。
「真面目な話らしいから、これは下げておくわね」
「あ、後で食べるからな!」
リズさんが皿をひょいと取り上げ、お茶を入れに簡易キッチンへ向かうララさんに渡してしまった。
「それで? 急ぎなんだろ? 堤防修理でなにか問題でもあったか?」
見た目だけなら子供のごっこ遊びなんだけど、発する威厳はたしかに組織の長だ。
報告は真面目にしよう。
「はい。まず堤防の修理は終わりました。ただその際に、沼の巨人を確認しました」
「なんだそれだけかあ? 沼の巨人なら逃げられただろ?」
マーサががっかりした顔で背もたれに寄りかかる。
確かに、沼の巨人はまれだけど堤防の外でも確認される魔物だし、鉄級冒険者でも、会ったら荷物を置いて逃げる、でなんとかなる存在だ。
「いえ、多数というのが、一桁じゃなくて、三桁台なんです。百体以上が川底でひしめいていました」
リオンが追加の説明をしたところで場の雰囲気が一気に変わった。
「はぁ!? そんなのダンジョンの魔獣氾濫……、おい、川底って、川が干上がっていたのか?」
「はい。堤防の決壊箇所では外側の方が内側より低くなっていました。いわゆる天井川でした」
リオンの説明に説明を受けた三人が動揺している。
確かに、事前の話に川底が干上がっているという情報はなかった。打ち上がった魔獣に舞い上がっていて気づけなかったな。
それにしてもスタンピードとは穏やかじゃない。
「クソ、だから沼の巨人みたいな陸棲魔物が出てきたのか! おいリオン! 堤防は間違いなく全部塞いだんだよな!」
「間違いなく塞ぎました。どの決壊箇所も堤防の高さは五ジィ程度はありましたので、すぐに登られることはないと思います」
落ち着いたリオンの説明でマーサさんの興奮が少し収まる。あそこで魔物が氾濫すれば、近くの集落は壊滅するだろうからな。不安も当然だろう。
「それならまだ時間に猶予はあるか。ララ、鉄級四位以上に非常招集をかけろ。古城封鎖マニュアル通り、上陸可能地帯を囲む防衛線を張って古城まで押し戻す。あたしは前線にはでられないけど指揮はするからな」
マーサさんが、立ち上がりながらララさんに対応指示をしていく。
「それにしても長年の採掘で土砂がたまったか。これからは水害の度にスタンピードの可能性がでてくるな。いっそボスを倒してしまったほうが……」
まずいな、予想以上に深刻な話になってきた。今更ボスなら倒しましたよ、とか言い出しづらいじゃないか。
「ボスならザートが倒しましたよ」
リオンが誇らしげに報告するとギルドの三人が固まった。ついで僕に目が向けられる。
空気を読まないリオンのせいだ。僕は悪くない。
「倒したって、古城の主を?」
まだ動きがぎこちないリズさんが念を押してくる。
「ええ、リオンと二人で、倒しました」
「その……強い魔物とか魔獣だからといって魔境のボスとは限らないのよ?」
かぶりを振りながらリズさんが指摘する。
確かに、必ず洞窟の最奥にボスがいる階層型のダンジョンと違って、魔境の場合はボスがわかりにくい。
「どの道に入っても一箇所にしか向かえない魔境は”閉じられた魔境”ですよね? 僕らは沼の巨人の大群から古城の方に逃げていたら、いつの間にか古城にしか向かえなくなっていたんです」
精霊の炎刃やジョアンの書庫をつかった戦闘など、話せない所はとばして、逃げたルートから脱出ルートまで地図を使って説明していった。
「その”ボス”を倒したから脱出できた、と。凝血石は、たしかに大きいわね」
リズさんが取ってきた凝血石を持ちうなり黙り込んでしまった。確かに信じがたいことなんだろう。古城が魔素だまりどころか魔境になっているなんて。
一方でマーサさんはいつの間にか鎧を着ていた。ララさんも冒険者を招集しにいったのか、いなくなっている。
「リズ、さっき別のパーティから沼の巨人の群れを確認したと報告があった。ボスがいようがいまいが、あたしは古城封鎖に出発しなきゃならない。ザートの言うことが正しいかどうかは子爵の奴にきいといてくれ」
戦闘用の額当てを巻いたマーサさんが赤い斧を担ぐ。
「まあ、確かにジョージしか知らされていないこともあるし、きいてみるわ」
”子爵の奴に”って、すごい呼び方するねマーサさん。ここの力関係ってどうなってるんだ?
「マーサさん、下の調査隊準備できました。リズさん、鑑定機もってきましたよ」
扉を開けてララさんが鑑定機を持ってきた。
鑑定機は人間のスキルやSP、アイテムの特性、由来を確認できる。法具を再現した数少ない魔道具なので厳重に管理されている。
「ありがとララ、気が利くわね」
ひょいとララさんがリズさんに鑑定機を手渡す。厳重な管理どこいった。
「じゃあいってくる。後は頼んだぞリズ」
「ひさしぶりだからってはしゃがないでね」
引退冒険者のドワーフは楽しげにスキップして出て行った。
「まったく、けがしなきゃ良いけど。それじゃ、あらためて子爵のところに行きましょうか」
リズさんが両手にものを持ったまま扉を開けようとしたのでリオンが慌てて扉を開けた。だから雑だってばリズさん。
「さっき子爵の事をジョージって呼んでましたけど、リズさん達と子爵ってどういう関係なんですか?」
廊下を歩く間、さっきから気になっていた事を聞いてみた。
「そうねぇ……元部下か同僚? 私たちはジョージのクランにいたのよ」
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