01_35 湖畔の約束
登ったばかりの銀の月が湖水を照らし、僕らがいる野営地まで橋をかけている。
静かな夜風に揺れる光を横目にみつつ、鍋を前に料理の下ごしらえをする。
魔境を解放した後、リオンに法具を使う所をみられた僕は、開き直って古城のがれきをまるごと収納した。
なぜなら巨人達の凝血石はがれきの中にあったからだ。それらを回収せずに帰るなんてありえない。
新たに拡がった四ジィ×四ジィの大楯でがれきの山を消し去っていくのは気持ちよかった。
リオンがあぜんとしていたけど、こうなった以上慣れてもらわなきゃね。
その後、僕らは古城を後にした。
すでに魔境は解放されていたので、ボス戦でもつかった空中歩行術”飛び石”を使って戦闘をさけて馬車の方面へと跳んだ。
ちなみに「飛び石」という名はリオンが僕の背中の上で考えた。大げさだと思ったけど、”空を跳ぶときのアレ”とか言わずにすむので採用した。
本来の依頼である堤防の補修は、空中から確認できた所から行い、最後に馬車をとめた堤防を補修して終えた。
もう馬車で移動する必要もないので、野営道具も馬車ごと収納した。直接馬で駆けて、今いる野営地まで戻ってきて今にいたる。
今回の依頼ではリオンの色々な事を知った。
例えばストイック。
リオンは料理ができない。
それは良い。彼女が(多分)育ちが良いので、包丁を握ったことも無いんだろう。
でも、ブートキャンプでは最低限の冒険者料理を覚える講座もあったにも拘らず、彼女はおぼえなかったらしい。
古城にむかう際も、「遠征時だからこそ鍛えるべき」といって、ミレットと水だけを取り出してきた。
軍隊が強行軍や敗走する時にする食事は勘弁だ。
料理が面倒というわけでは無いというので、今後の事も考え僕が教えられる事は教えるつもりだ。今は他の作業をしているけど。
はい、ツァンの小口切り終了、鍋に投入して火から下ろす。
「リオン、夕食できたよ」
「ありがとう、今行くよ」
幌馬車に向かって呼びかけると、中で金属をまとめる音と、ブーツで床を叩く音がなり、馬車の影からリオンが表れた。
「拾い物の仕分けはできた?」
「うん、ザートが書庫で大体まとめてくれたおかげで楽に終わったよ。いただきます」
スープの椀を受け取って目で見て、匂いを嗅いで、かき回して、となかなか食べないけれど、これは初めてのものを食べる時の儀式だそうだ。
何事にも興味をもつからか、彼女は物の目利きが出来る。
スキルとしての鑑定ではないけれど、物の善し悪しが感覚でわかるそうだ。
さっき書庫からナイフの山を取り出して、どれがギルドからの借り物か困っていた所、一発で見つけてくれた。
ついでに値打ち物のナイフも見つけてくれたので、そういうものを鍛冶屋で鋳つぶしてしまう前により分けてもらっていたのだ。
「んっ」
「何?」
「酸っぱいねこのスープ。疲れが取れそう」
興味深そうに椀の中を見ている。
「酸っぱい花のソミアを入れてるからね。豆に貝柱出汁、そこで釣ったモストラウトの身、仕上げはツァンをひとつまみ。今日は色々あって疲れたから、余計酸っぱく感じるな」
疲れた時は食欲も落ちる。消化するにも体力を消費するからだ。だから消化によくて食欲がでる酸っぱい料理にした。体調管理も冒険では重要だ。
…………
目元を緩ませたリオンが再びスープに口を付け、食事が再開する。
会話が途切れ、水鳥のメアヘロンの鳴き声がたまに聞こえてくる他に音はない。
今日は濃い一日だった。
珍しい魔獣を観察して、沼の巨人から逃げ、魔境になった古城に入り込み、内部を半壊させ、自分達もボスに潰されそうになって、最後は逆に潰して倒した。
戻ってから本来の目的である堤防修理を二時間で終えて帰途についている。
今は食事も終わり、食後に薬湯をすすっているだけだ。
棚上げにしてたジョアンの書庫についての話をしよう。
「リオン、またせちゃったけど、僕のこれについて説明するよ」
バックラーを書庫から左手に転移させ、機能について軽く説明と実演をした。
リオンは真剣に説明を聞いていて、終わると共にゆっくりとため息をついた。
「ふぅ……ハハ、何度見てもびっくりするね。マジックボックスと鑑定の機能をあわせ持った法具だなんて、今でも信じられないよ。秘密にするのも当然だと思う」
苦笑したリオンはたき火に顔を向けたまま、長いまつげを伏せてじっと言葉をまっている。
「……これは叔父の形見なんだ。僕自身は身体強化と魔力操作の練度しか取り柄がないから、どうしても失いたくなかった」
使い込まれた、金属でありながら少しだけ透けている不思議な素材のバックラーをなでながら話す。
これがあるから上を目指せる。これを失いたくないから上を目指す。僕にとって書庫は手段と目的が入り交じった不思議な存在だ。
「その……”ジョアンの書庫”を人前で使わないためにザートはソロでいようとしたんだよね。だとしたら、私のロングソードを手に入れるという目的に巻き込んだせいで、秘密を暴いてしまった事になるよね……ごめん」
向き直ったリオンが僕の目をみて、頭を下げた。
「うん、結果的には、そうなるね。でも僕は怒ってもいないし、パーティを組んだのも後悔していない」
書庫から取り出した薪を火に継ぎ足しながら答える。
「子爵から仕事を受ける時には、秘密がばれる可能性も考えていたよ。でもばれても良いと思ったから受けたんだ。ばれるならリオンが良いっていう打算もあったし、ってどうしたの?」
リオンがひざと腕の中に顔を埋めて震えている。
ソロ冒険者のリオンなら口も堅いだろうという打算もあったんだけど、やっぱり直接いうのは失礼だったかな?
「いや、大丈夫。くしゃみしそうになっただけ、だから」
そういって鼻をならすリオンの顔は、たき火に照らされていてもなお赤くなっているのがわかる。
「川風が強くなってきたかな。――土よ」
急いでリオンの周りにクレイで壁をつくった。リオンはありがとうと言ってすこしたき火の近くに座り直した。
「話を戻すけど、ばれても良かった。けれど、出し惜しみしていた」
首をかしげるリオンにいっそう罪悪感がつのる。
「リオンにがれきが迫っていたとき、僕はすごく後悔をした。もっとはやくリオンに書庫の秘密を明かしておけば、協力して、全力も出してボスを倒せていた。書庫に頼り切りだったくせに、秘密にしたいから出し惜しみをしていたんだ。保身のせいでリオンを危険にさらしたのをすまないと思っている」
そういって頭を下げた。
「そうか……うーん、わかった。でもさ。これから先、秘密を知った私の前で、ザートは出し惜しみをする必要はないよね?」
リオンがいつも通りの調子で語りかけてくるので、おもわずうなずく。
「じゃあザートが今している後悔は、二度と起こらないよ。私がフォローするから」
思わず、リオンをみつめてしまった。
「うん。私が、後悔させないよ。もし後悔するような事が起きたら。それは私たち二人で後悔しよう」
勇ましくぐっと拳をつくってうなずくリオンに、つい笑ってしまった。
大量の岩が自分に襲いかかる瞬間をリオンはみているだろうに。その状況をつくった当事者を励ますリオンがどうしようもなく……なんというか。
「有り難いパーティメンバーだ。今後とも、よろしくおねがいします」
「うん! よろしく!」
子爵の依頼でなしくずしに決まった僕ら二人のパーティは、ようやく今正式なパーティになった。
目を移すと、遙か湖上に浮かぶ、柔らかな月の光をうつす波がきらめき踊っていた。
今夜は月が綺麗だ。