01_32 解放型ダンジョン「魔境」
急いでリオンに追いつき併走する。
さっき撤退した所にはやはり三体の巨人が待ち受けていた。
今度は逃がさないとばかりに等間隔に展開している。
『ファイア・アロー・デクリア!』
中央の巨人にファイアアローを十本たたき込んだ。
もちろん書庫によるもので、コトダマだってでっちあげだ。後で整合性とれるか心配だな。
「リオン、すり抜け様に武器を試そう」
何か言いかけたリオンだけど、うなずいてツーハンドフレイルを構えた。
武器が沼の巨人に通用するか。それによって今後の方針が変わる。
右手の巨人は石の棍棒をもっている。あれを打ち下ろされたらきついな。
『ヴェルサス!』
巨人に肉薄する手前で身体強化を瞬間的に弱める。目の前を巨人の棍棒が通り抜けていった。
『ヴェント!』
加速と共にショートソードを横薙ぎする。十分な手応えを感じつつ離脱した。
「こっちは行ける! そっちはどうだった」
「ダメだ、まるでスライムだったよ」
「なるほど、打撃は効かないのか」
この時点でリオンは魔法に頼るしか選択肢がなくなった。
魔法は凝血石の存在が大前提だ。
自分の魔力を凝血石に通すことで魔力を取り出して魔法を使う。
今僕の背中には一財産する凝血石がある。魔力の供給源としては十分だ。
しかしだからといってリオンが無限に魔法をつかえるわけじゃない。
なぜなら魔法を使う度に、体内の魔力も消費されるからだ。
時間ごとに回復するとはいえ、体内魔力が切れれば凝血石があっても魔法は使えない。
そして身体強化と魔力操作は体内魔力を多く使う。
ここに来るまで魔獣にとどめをさすために土魔法を使い、今も身体強化で体内魔力を使い続けているリオンはあまり魔法を使えないだろう。
「リオン、この辺りに巨人が隠れる場所はない。一度地図を確認しよう」
走る速さを緩めながらゆっくりと停まり、深呼吸をして身体強化を緩めていく。
「ハァ……ゴホッ、……ハァ」
リオンも停まってはいるけど、まだ話すのは無理みたいだ。先に地図を広げてみる。
第三要塞の方から堤防決壊場所に入って、そこから網目状の道を基本的にはまっすぐに進んでいたはず……でもこれは、まずいかな。
「リオン、ちょっと地図をみてくれるか?」
「本当、ビビが言ってた通りだよ。どういう身体強化してるのさ……」
ため息をつきつつ岩板の上に座り込んでいたリオンが起き上がる。
「僕らはこの現場から基本的には直線に進んできたんだよ。だから本来ならとっくに川の本流にぶつかっているはずなんだ」
「確かに。今道の先に見えるのは古城だから、予想より左に向かって走っていたって事かな?地図には堤防の内側が無いからたぶん、だけど」
地図上では、本来突き当たっているはずの川岸の左側に古城が描かれている。
僕らが進もうとしていた道の先には古城が見えている。
普通に考えれば左にそれた結果、古城の方角に向かうようになったと考えるべきだ。
でも僕にはそうじゃない予感がある。
上を見上げれば、朝に見た時と同じ青さの空があった。
「リオン、ちょっと確かめたい事があるんだ」
そういってすこし先にある脇道まで歩いて行く。
「ザート? この先に何かあるのか?」
ゆっくりと本道と脇道の境界をまたぐと、走っているときにはわからなかった違和感に気づいた。
一足先に脇道に入っていたリオンは目の前の光景に目を見開いている。
予感が当たったことで、安堵と落胆のため息がもれる。
「なんで、こっちからも古城がみえるのさ……」
リオンが見上げているのはさっきとまったくおなじ古城。
進む度に魔砂の密度が濃くなるので嫌な予感はしていた。
ここはもう普通の魔素だまりじゃない。ゆがんだ太陽が見える大地。解放されたダンジョン。つまりは――
「魔境、だな」
魔境。
洞窟や建物のように密閉されていないため、普通の空間と区別がつかないけれど、魔素によりゆがめられた空間で、ダンジョンと同一とされている。
こんな話がある。
ある冒険者が森で迷い、太陽の方角を見て森を出ようとした。
けれど、気がつけばいつの間にか大きな木に向かって歩いてしまう。
意を決した冒険者は大きな木に向かい歩を進めた。
大樹の根元には見たこともない大きなボアがいて、苦労して倒した。
その後、木を背中に振り返り歩いて行くとあっさりと森を出られた。
後に近くの住民から、そこがたくさんの人を飲み込んできた魔境だと教えられたという。
「古城は中に魔素だまりが生まれたから廃棄された、という噂は本当だったわけだ。しかも古城にしか向かえない事から、ここは閉じられた魔境だ。この魔境から出るには、古城にたどり着き、ダンジョンボスを倒さなくちゃならないよ」
リオンは冷静に分析しているけど、その顔は暗い。分析出来るからこそ、今がどれくらい危険な状況か理解しているんだろう。
「そうか……油断はできないけど、古城のボスは銀級が相手にするような魔獣ではないと思う。グランドル領内であるし、第一に規模が小さい」
地図によれば、古城と決壊した堤防との距離は三ディジィもない。これは魔境の中でも最小クラス広さだ。
「ザートはすごいな。こんな状況なのに、震えてない」
皮肉ではなく、かといって弾むわけでもない。複雑な笑みをリオンは浮かべている。
「でも沼の巨人達があんなにいるなんて、いくらザートでも倒せないだろう? 私にもせめて、剣があれば……」
ついもれた弱音を自分自身で恥じたのか、リオンは顔を伏せてしまった。
沈黙で場の空気がよどむ。
——是非も無しか。いつか言うつもりだったしな。
「リオン、片手剣でも、剣があれば戦える?」
「え? ……う、うん。そういう技もあるから。でもザートの剣を借りるわけにはいかないよ」
唐突に訊かれて戸惑っているけど、かまわず続ける。
「実はもう一振り持ってきてるんだ。でも僕がこれを持っているのは秘密だし、今回の件が終わったら必ず返して欲しい」
リオンがシャールに恨まれるのは避けたいからね。
右腰につけていたケースごと、精霊の炎刃をリオンに手渡す。
キッケル鉱山の事件の際に手に入れてしまった事を話すとリオンも理解してくれた。
「魔力を込めれば思い通りに伸びる。あまりのばすと実体が無くなって威力が落ちるから、一ジィ弱が限界かな」
説明を終えて離れると、伸ばした刀身に見惚れていたリオンはゆっくりと構えた。
そして僕の口は自然と動いていた。
「……異次元だ」
試しに振るというから離れたけど、袈裟斬りくらいを想像していたら、目の前ではじまったのは異次元の剣舞だった。
剣を右手に掲げ、柄頭を左で包むような独特の構えから大きく踏み込んで始まった”素振り”は、袈裟斬りから切り上げ、平に構えて突きから複雑な軌道を描き逆袈裟と続いていく。
添えた左手は指、甲、掌、いつもどこかが柄頭に触れている。
支点も力点も不明な回転をする剣は右手から左手、左手から右手に移りながら見えない敵を刻んでいく。
常に半身に構えて盾を前提としない姿勢。
剣勢を殺さないように身体を動かすため、徐々に風切り音が上がっていく。
刃が通りたい所を通し、通したい場所を刃が通るように誘導していく。
刃を無意味に”踊らせる”剣舞じゃない。彼女は”刃と踊っていた”。
「え?」
剣舞は唐突に終わりをむかえた。
それまでの緊張をふいに解いたリオンが、次の瞬間にはこれまで来た道に向かって走り出したのだ
あわてて振り向いた先、目に映ったのは崩れ落ちる三体の巨人達と、刃についた残滓を一閃して払うリオンのみたことのない微笑みだった。
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