01_31 魔物のわな
「うわー、サンダーイールのエラってこんなになってるのか、うわー」
よほど興奮しているのか、川底に下りてからリオンの語彙がひどい。
冒険者、というより魚市場に来た観光客に見える。
——サクッ。
ウナギの魔獣であるサンダーイールは水から揚げた所を火魔法で倒すのが定石らしいけれど、首の骨に向かってショートソードを振り下ろすと、簡単に切り落とせた。
リオンの悲鳴を背中に、取り上げた凝血石の大きさはオークと同じくらいだ。
「まだまだいるんだ。次にいこう」
水位は浅瀬の石が苔の生えた顔を出しているほど低くなっていて、淵のほうでさえ一部砂や泥が露出している。
そしてその上で数え切れないほど水棲魔獣がぐったりと死を待っていた。
リオンにばれないように慎重に書庫の大楯を地中に潜らせて魔砂を採取していく。
思ったより魔砂が少ないな。ここにうちあげられている魔獣は他の場所から来たのか?
考えを巡らせながら魔獣を倒していく。
水棲魔獣の多くは魚型だ。身体が柔らかいため、剣か風魔法のカッターで簡単に倒せる。
人が水棲魔獣と戦うのはだいたい航海中だけど、カッターが有効なのは知らなかった。
「うひぃ跳ねた! このエビまだ生きてるっ!」
頭の角が剣のように鋭いソードロブスターはフレイルの一撃では殺せなかったのか、跳ね回る瀕死のエビから慌てて距離をとるリオン。
「リオン、吊り天井だ!」
ロックウォールで囲んでからストーンフォールで仕留める吊り天井は、寝ている魔獣などを不意打ちするときに使う連続技だ。
地上でもそうだけど、暴れ回る魔獣には近づかない方が良い。
こちらを倒そうと意図している魔獣の攻撃は見切りやすいけれど、暴走は意図がないから見切るのが難しい。ふとした拍子に大ダメージを負ってしまう。
「……という話をマスターから聞いてたけど、本当なんだな」
「そういうのは先に言ってくれ!」
土魔法を解除したリオンが、剣のような凝血石を拾いながら抗議してきた。
「ごめん。でもリオンの土魔法なら硬い魔物に対して有効みたいだな」
「まあ、それは……そのとおりだけどね」
ソードロブスターの凝血石から魔力を吸い出して、吊り天井以外にも様々な土魔法を披露していくリオン。すねているのか此方をみようとしない。
悪かったから練習はそれくらいにしてくれないかな。
この後、柔らかいのは僕、硬いのはリオン、と役割分担が決まった僕達はサクサクと瀕死の魔獣の命を刈り取ってまわった。
「この分だと正規品のロングソードまで買えるんじゃないか?」
フライングガーにとどめをさしながら軽口をたたいてみる。
実際二人分を合わせれば五十万ディナに届くかも知れない。
「まさか。一点豪華主義は命を落とすよ。対人戦だって受け方、斬り方を間違えればロングソードは折れるのに、硬いうろこや鋭い爪をもつ魔獣と戦えば何時折れるかわからない。五十万を失っても惜しくないと思えるまでは素直に模造でやっていくよ」
リオンはそこは譲れないとばかりに無表情に答える。
—— 分不相応な品だとわかれば剣が傷つくのを怖がるようになる ——
ウィールド工房で猫獣人のジェシカが言っていたほら話を思い出した。
「たしかに、そこは背伸びするところじゃなかったな。じゃ、五十万ディナを気軽に使える冒険者にはやくなろう」
「うん! そんなパーティをめざそう!」
弾むような足取りでリオンが次の犠牲者に向かっていく。魔獣は古城の方角に向かってまだまだ転がっていた。
瀕死の魔獣にとどめをさす作業を続けている。
飽きるんじゃないかと思っていたけど、実はそうでもない。
進んでいく度、新しい魔獣がぽつりぽつりとみつかるからだ。
「これも新顔だな。頭に角がある蛇か」
あごのしたを一突きすると、蛇の白かった身体は黒い霧につつまれ、泥となって沈んでいく。
残された目玉の凝血石と、ほのかに青白い真珠色の皮をリオンが拾いあげる。
「そろそろ二つ目の袋も一杯になるね。一回戻ろうか?」
背負いっぱなしになっている僕のバックパックにドロップ品を入れながらリオンがつぶやく。
リオンにはいえないけど、さっきから気になっている事もある。
手元に光る板を出して魔砂の数字を確認した。やっぱり十歩あたりで回収できる魔砂の量が増えている。
進むほど川底にある魔素の量が増えているのだから、今僕らは魔素だまりの中心に向かっていることになる。
もしかしたらダンジョンがあるかもしれない。
「よし、じゃあもどろうか」
リオンも嫌な予感がしているのか、周りを見回している。
この辺りは川というより、竜の背骨に挟まれた堀のような地形だ。露出した川底には水が残った淵が点在している。
振り返った先に魔獣の影はない。自分達で倒してきたんだから当然だ。
それなのに、先ほどは感じられなかった敵の気配がいくつも感じられる。
「少し深入りしすぎたな。リオン、帰り道に魔獣か魔物がいるよな」
「そうだね。来るときに潜んで襲ってこなかったんだから知能の高い魔物かな」
影が差して薄暗い、泥混じりの淵が不吉に揺れたかと思うと、細かい髪の毛のような藻をかぶった頭が出てきた。
続いて出てきたのは身長二ジィほどの灰色の裸体が三体。事前に聞いていた沼の巨人の特徴と一致する。
リオンと視線を交わし、巨人の間を走ると簡単にすり抜けることができた。動きが遅いというのも事前情報のとおりだ。
リオンの脚は事前に聞いていたよりも速い。これならビビの時みたいに抱えて走らなくて済みそうだ。
「——ッ! ザート!」
のんきなことを考えていると、先を走っていたリオンが唐突にとまった。
追いつき、リオンの視線の先を見るとそこには川底を埋め尽くす沼の巨人の一団がいた。
「完全にはめられたな……」
沼の巨人の知能が高いという話は聞いていかない。これは新発見なのか、あるいは……
「戻ろうザート!」
きびすを返して来た道を戻るリオン。
「……リオン、待てっ!」
制止の声はリオンに届かない。後を追うしか選択肢がなくなってしまった。
リオンが向かっている先には、危険なダンジョンが待ち受けているかもしれない。
強行突破の方がまだ安全だった。
でも強行突破にはリオンに伏せていたジョアンの書庫か精霊の炎刃が必要だ。
明かすべきか否か、その逡巡が仇となってしまった。
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