08_00_b 閑話:要塞の男三人
〈シルト視点〉
最前線の国境で警備網を張る斥候の交代を無事済ませてブラディア要塞に戻ると、色々とんでもない報せに要塞内は混乱していた。
ロター沖でアルドヴィンと海戦が始まったという報告がきて以来、トレヴィル少将率いる陸の重要拠点であるブラディア要塞も大騒ぎで防衛網を展開していた。
そこにきていきなりの休戦の報せだ。混乱しない方がおかしい。
「休戦って本当にしたのか?」
双子の塔前の兵舎に戻りながら、話を持ってきた同僚のオットーに確認する。
「ああ、王国軍竜騎士隊が持ってきた報告によれば、ブラディア・皇国・諸侯の連合艦隊は押し寄せてきたアルドヴィンの大艦隊を打ち破った。海戦時に苦戦した重装艦もうちの団長がなんとか水際で撃破したらしい」
「ザートが苦戦したっていう事か? 相手は相当強かったって事か」
俺の言葉にオットーが微妙な顔をして、その後頭を振り始めた。
「何だよ?」
「いや、俺も一瞬うなずきかけたが、戦艦、しかも魔法が一切通じない艦を一つの海戦で四隻も撃沈させている方が異常なのだ。それを苦戦した、で流してしまうシルトの感覚はまったくもっておかしい」
これでは戦況の分析に支障が出る、とオットーが苦笑する。
「確かに、考えてみれば戦艦はふつう個人が戦うものじゃないからな。あいつもどういう手を使ったんだか」
食堂で晩飯がのったプレートをもらってテーブルに着く。
「で、シルトだったら戦艦をどうやって潰す?」
エールを一気に半分ほど干したオットーがごつい顔をすこし和らげて訊いてきた。
いや、あんたさっき戦艦を沈めるほうが異常っていったばかりだろ?
でも、そうだな。
「向こうの攻撃が砲弾だけなら六花で全部吸い取れる。ワイバーンで船に落としてくれれば制圧は出来るな。いや、でもそれはザートもできるはずだから、苦戦したならとんでもない物理障壁も展開してたんじゃないか?」
そうなると足場の悪い海上では分が悪い。
俺の場合は上陸させてから叩くしかないな。
考えるのをやめてふと前を見るとオットーが呆れた顔をしていた。
「とりあえず、団長とシルトの二人の基準がおかしいという事は覚えておこう」
オットーはあごひげに気をつけながらスープの中から出したでかい肉を口の中に放りこんだ。
「で、アルドヴィン海軍の船は最低限しか残っていなくて、南部領を蹂躙している南方諸侯軍の本土上陸を邪魔するので手一杯だから、ブラディアと休戦したってわけか」
オットーから休戦に至るあらましを聞き終わる頃には食うものはテーブルから無くなっていた。
確かに、海軍と陸軍でブラディアを挟撃するのに失敗して、逆に自分達が挟撃されかかってたんだ。
なるほど、休戦もするか。
「あ、ここにいたんですね二人とも」
残った甘い香りのハーブエールを飲んでいると、ポールがジョッキと、反対の手になにか持ってこっちに来た。
「僕達三人に手紙が来てたんですよ」
確かに、ポールが持っているのは三通の封蝋がされた手紙だ。
なんだろう?
「ガンナーの紋章もついてますし、なんか同じものらしいから一緒に開けてみましょう」
ポールから俺の名前が書かれた封筒を受け取り、小刀を使い封を開くと、中の内容に三人が同時に吹き出した。
「「「結婚式への招待状⁉ 」」」
はぁ? はぁぁ⁉
「ハハハハハ! このタイミングって、なんでだよ!」
三人でゲラゲラと足を踏みならして笑う。こんなの笑うしか無いだろ!
「わかってはいたが、話が急ではないか? お二人になにがあったのか、これはぜひ直接うかがわねばな」
オットーは静かになったが、まだ肩をふるわせている。
「ミツハ少佐も草葉の陰で喜ばれているでしょう」
ポールは最初は笑っていたけど途中から泣き始めた。
コイツの感情表現が激しいのはいつもの事か。
三人でひとしきり笑った後、オットーが嬉しそうに手紙を振った。
「伯爵閣下の結婚式だ。トレヴィル少将もご存じだろう。結婚式にでるため三人で休暇をとる申請をしなくてはな」
「正装って言いますけど、僕達ティランジアで服を用意すべきなんでしょうか?」
「自分達の国の正装で良いんじゃないか?」
ザートとリュオネはともかく、客は別に礼儀さえできていればいいだろう。
それこそ服なんて皇国でもティランジアでもアルドヴィンでも■■でも——
「そういえばシルトの国はどこなんですか……っ!」
みればポールが青ざめた顔で目をそらしていた。
オットーは目を伏せてジョッキの中を見ていた。
ああ、俺がひどい顔をしてるからか。
「俺の国はもうなくなっちまったから、服を作れる奴ももういないんだ。ちょっと良い話題じゃないから黙ってたけど」
故郷に多少の人は残っているだろうけど、もう戻れない。
装束を見せる家族も迎える人も、皆いなくなっちまったからな。
「すまん、配慮が足りなかった」
「ごめんなさい、僕が余計な事をいわなければ……ごめんなさい」
意気消沈する二人になんとか笑顔をつくる。
無意識に首にかけた首飾りに手をやると、心が静まっていった。
そうだ、俺にはこれがある。
ザート達、【白狼の聖域】の皆、それにこれ。
新たに得た絆があるんだ。
「二人とも気にすんなよ。あの二人は俺の恩人だ。二人の結婚式じゃひでぇ顔なんてしないから安心してくれ」
今度こそ本心から笑うと、二人とも安心してくれた様子だ。
「じゃ、飲み直すか! 伯爵閣下と我らが侯主様に!」
オットーに続き、三人でジョッキをぶつけ中身を飲み干し、その日は飲み明かした。
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