01_28 冒険者くずれにからまれる
「もどりましたー!」
上機嫌な声が夕方のコロウ亭に響き渡り、早くも飲み始めていた冒険者達の視線が僕らに集まった。
「リオンちゃん首尾はどうだった? ってきくまでもないわね」
満面の笑みのリオンと、パーティ結成に際して借り受けた道具を背負った僕を見てフィオさんが苦笑する。
「ばっちり捕まえましたよ!」
そういって僕の背中を叩いてくるリオン。僕は魔物か。
リオンとカウンターについてため息をついていると、後ろから唐突に声をかけられた。
「なんだよ、キレイめな女の子が来たってみんなでテンション上がってたのにザート目当ての押しかけだったのかよ」
振り返った先には三つのがっかりした顔があった。ここで顔見知りになったパーティだ。たしか『ケルベロス』だったかな。
声をかけてきたのはリーダーのインディだ。将来本物のケルベロスと戦ったらどうするつもりだろう。
「お前誘ったときはソロ志望って言ってたのにどういうつもりだよー。やっぱ女か? セージの奴みたいにハーレムパーティ狙いだったのか?」
「狙ってない、成り行きだよ」
食堂内はいつの間にか人が増えていて、方々からブーイングが上がってくる。少しは信じて欲しい。そしてセージって誰だ。
ケルベロス達の席でしばらくじゃれていたけれど、なにか外の雰囲気がおかしいので顔をのぞかせた。
みれば三十代にみえる冒険者達が気の弱いパーティにからんでいる。
鉄級冒険者は殆どが十代で三十代はまれだ。でもそれ以前に、あいつらはなにか違う。
「あ、そう。そいつそんなに手が早いの。許せないよなぁ。俺がのしてやろうか? 頼まれたら俺やっちゃうよ?」
グループのリーダーらしいワシ鼻の男が絡んでいる相手に迫る。
「あ、いや……おねがい、します……」
依頼を聞いた時には不健康にしなびた三白眼がこちらにむいていた。
ワシ鼻の男がジョッキを片手に店内に入ってくる。身長は僕より少し低い。けれど体格が良い。肥大した筋肉と脂肪をくたびれた革鎧で締め上げているみたいだ。
「ザート君ってきみぃ? なんか、調子のってるからやっつけてほしいって頼まれてるんだけどさ」
喧噪のなかで発せられた悪意のある声で、周りがようやく異質な客の様子に気づいたみたいだ。いつも同年代がしている、ただ痛いくらいのけんかとは違う雰囲気が漂う。
「だけど?」
「殴られてくれない? 周りに見られるのが恥ずかしいなら外でいいからさぁ」
ワシ鼻はそれまでの遠回しな言い方ではなく、ストレートに欲望をぶつけてきた。
想像はついていたけど、脅しで大義名分をつくっておいてよく言うな。
「嫌です」
普通に嫌だ。外なんて武器や魔法を使い放題じゃないか。
人目がないから助けも呼べないし。すさんだ風体のこいつらが加減するとも思えない。
そもそも僕は人を殴った事はない。学院の訓練で教官を殴ったくらいだ。今だって緊張で心が高ぶっていて、とても平常心とは言えない。
ワシ鼻がチラリとマスターの方を見た。マスターは何も言わずこちらを見ている。なるほど。自力でなんとかしろと。
「嫌っていわれてもこっちは依頼料もらってるしねぇ」
にやけ面の相手は手の中で小銀貨を五枚踊らせている。
「じゃあその依頼料ここに置いといてください」
「ん?」
意味がわからないのか、口をあけて此方をみるワシ鼻。
鉄級冒険者が小銀貨五枚をためるのにどれだけ苦労したのか、この冒険者は忘れているのか。
その金を取り上げるがどれだけ酷かわからないのか。
「失敗したときアンタが持ち逃げするかもしれないでしょ。だからここにおいといてくださいよ」
一拍の静寂。
わし鼻が身体強化したのか、金をたたきつけたテーブルは嫌な音をたてた。
至近距離から蹴り上げてきた左足を対の足でカットする。相手が足を戻す前にかがんで地面に足をつけた。
「ナメッ——!」
相手が打ち下ろしてきた右拳を右手ですり落として、脇の下から引っ張る。
当然相手は抵抗する。
居着いたところで逆の左肩を引っ張り、左足で相手の足を刈る。
仰向けに倒れた相手の左側で立て膝になって待つ。
右肩を浮かせようとしたので左拳を打ち下ろして肩を封じる。
(全然きいてないな。もう少し身体強化をあげよう)
右膝をうかせようとしたので左裏拳で打ち払ってたたき落とす。
(まだきいてないか)
左膝をたたき落とす。
頭をたたき落とす。
右肩をたたき落とす。
ちなみにその間僕の右手と右膝は相手の左肩にのっているので、ほぼ同じ衝撃が相手の肩に掛かっている。
相手の力が抜けたので抵抗しないか確認して拳を下ろした。
「よし、依頼失敗。あんたのな」
格闘技の講座とっておいてよかったな。スキルないけど。
さて、これどうしよう。客同士ならハグして終わりなんだけど。
「外のお仲間のところに連れて行ってやれ」
マスターがため息交じりに指示してくれて良かった。
無理矢理立たせて戸口の外からもう逃げだしている仲間に追いついて押しつけて帰った。
「ただいま」
もどってみると拍手と床を踏みならす音で出迎えられた。
「ザート、やっぱお前強くね? 冒険者くずれを瞬殺とか、ぜったい対人格闘スキル持ちだろ」
インディが興奮して聞いてくる。
「魔獣には役たたないけどね。あぁもう緊張した!」
この宿では対人格闘スキル持ち、と誤解されている。痛くない腹を探られたくないからそのままにしているけど。
「あ、おいハインツ。お前金戻ってきたんだからザートに感謝しとけよ」
「あ、ありがとう。はいこれ」
小走りに来たハインツがお礼をいってエールのはいったジョッキを渡してきた。
「え、おごり? ありがとう」
まあ、持ちつ持たれつ。エールくらいなら良いよね。
と思ったらいつの間にかインディもジョッキを掲げている。
「コロウ亭の用心棒に乾杯ー!」
「「「ウェーイ!」」」
おい待てなんだそれ! またさっきみたいな事するのか?
「これからも頼むぞザート! エールおごってやるから」
「「「ウェーイ!」」」
マスター!? さてはアンタ宿の客をエールで買収しただろ!
隣では笑顔のフィオさんと苦笑気味のリオンがつぎかけのジョッキをかかげていた。
きたない! やっぱ大人ってきたねぇよ!
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