07_48 聖遺物騎士の二人
見上げた先には旋回する、通常のより華奢なワイバーンがいた。
その色は黄色。
「大型のイエローワイバーンだ!」
こちらが叫ぶと同時にワイバーンを追うように魔法が発現していく。
地上をみると、沈黙していたロター要塞からいつの間にか砲兵が現れ、空中に向かって機関砲で魔弾を撃ち出していた。
けれど、ワイバーンは回避行動もとらず、ロックシュートが直撃してもふらつきもしない。
それを見て舌打ちした叔父が長城壁に向かうのをやめ、僕を砂浜に下ろした。
僕にもわかる。あのワイバーンには法具をもった奴等がのっている。
彼らと戦えるのは僕らだけ……あれ?
「……ヘルザート、身体の調子を確かめるんだ」
僕の様子で何かを察した叔父がいうので、素早く全身を確認する。
法具、身体強化、魔力操作、リッカ=レプリカ……
「いや……ほとんどつかえない。身体強化がある程度使えるくらいだ。魔素を通す経路がドロドロとして熱い」
僕の言葉をきいたジョアン叔父は顔をゆがめて目を伏せた。
「お前はさっきの連続砲撃で神像の右眼を使いすぎたんだ。俺も経験があるが、お前の体内の経路はズタズタになっている。そうなっちまうと数日はまともに使えねぇ」
という事は、今回の戦いではもう戦力にはなれないって事か。
いくつもの、取り得た選択肢がいまさら頭を駆け巡っている。
でも今更なにをいっても遅い。
「そうか……でもあの時は最善だった」
「すまねぇ」
戦闘音が聞こえる右を向く。
十隻の通常戦艦がロター要塞と船上砲の撃ち合いをしながら強引に接岸しようとしている。
十隻、オクタヴィアさんの話では、王国の戦艦には船員を含めて三百人を超える人間が乗り込んでいるらしい。
十隻といえば三千人、もはや連隊クラスだ。
状況は悪い。味方の応援が来るまで、耐えきらなくちゃいけない。
「味方は今全力でこっちに向かっているんだ。それまで長城壁で持ちこたえなきゃ。叔父さん、これを」
僕は左手の中に握ったものをジョアン叔父の左手の平に押しつけた。
「お前、これ……」
感触でわかったらしい。蒼い石の指輪を握った叔父が目を見開いてこちらをみている。
僕はこの戦いでは神像の右眼を使えない。
それならば前の使い手であるジョアン叔父に使ってもらうのが合理的だろう。
後で返してもらうけどね。
「さっきまでの砲撃は僕がやっていた。だから敵も僕に注意をむけているはずだろ? ”中身”を出して思い切り不意打ちを決めてやってよ」
僕は長城壁の上とジョアン叔父をそれぞれ見て言った。
沖ではさっきのワイバーンが重装艦が沈んでいく海面の上を飛び、こちらに迫ってきていた。
ミンシェンに打ってもらったホウライ刀を片手に提げて待つと、ワイバーンが急にホバリングしたかと思うや二つの人影が落ちてきた。
「ヘンリック! いきなりあぶないだろう!」
「後ろから真竜が向かってきているんだ。引き離すからこっちはラーシュ達だけでたのむね」
悪びれない声とともにワイバーンは再び身をひるがえし去っていった。
残された内の一人には見覚えがある。
銀の房が入った赤髪は、建国式の夜に月明かりの下で見たのと同じだ。
「叔父さん、あいつら、長城の法具を奪いに来た奴等じゃないか」
「ああ、学府の法具回収部隊、”聖遺物騎士”だ。目の前にいるのがリーダーのラーシュ。それと防衛担当のエルサだ」
赤みがかった金髪を伸ばし、その小柄な身体に明らかに合っていないカイトシールドを持った女が狙っていたものを見つけたと、嬉しそうに笑った。
「やっぱりあの砲弾は【白狼の聖域】の団長が放っていたのね。そのせいで私の法具のレプリカが全部失われてしまったわ。本当に厄介ね」
朗らかな表情が急激に嘲りゆがむ。
「けど、その様子じゃもうあんな大技撃てないでしょう? さっさと要塞の救援にでも行ったら? あのままじゃお仲間全滅しちゃうわよ?」
エルサの脅しを真顔でじっと見つめる。
多分やってほしくないんだろうなぁ。
そういう雰囲気だもの。
でも、こちらが仕掛けるきっかけとしては悪くない。
「うん、そう思うのか。レプリカの多重障壁をあっさり打ち抜いた砲弾を、オリジナルは止められるのか、試してみようか」
ホウライ刀の柄を頬に当て、切っ先をエルサにむけ、体勢をゆっくりとさっきと同じように沈ませる。
エルサの顔が一瞬怯えたのを、後ろでじっと気配を殺していた人は見逃さなかった。
「ラーシュ!」
エルサの助けを呼ぶ声と同時にラーシュが両手に持った剣を掲げて僕にむかってくる。
しかしその剣は僕を捕らえるはるか前に、双剣によって止められていた。
「フリージア!」
けれど、ラーシュがフリージアさんの急襲に驚いている瞬間、エルサは困惑に目を見開いていた。
ジョアン叔父が瞬時に間を詰めると同時に右ストレートをエルサに放ったのだ。
「なに、なんなの?」
当然こぶしはエルサの前一ジィくらいで止まっている。
一辺十五ジィの立方体である多重障壁がエルサを囲んでいるのだ。
この法具への信頼と戦闘経験の浅さが、エルサに一見無意味な攻撃への警戒を怠らせた。
「右眼よ!」
叔父のつくった拳の中指の指輪からブルーモーメントの光がはしり、盾剣が一辺十五ジィの多重障壁を無視して空間に現れた。
あそこにあるのは物ではなく、浄眼に定義されたこの世界と神器の中との境界だ。
盾剣の切っ先は多重障壁の内側に届いている。
「また頼むぜじいさん!」
答える代わりに、切っ先から障壁の内側に現れたコトガネ様は翠の光をはしらせ、エルサを盾ごしに大きく切りつけた。
主人公が力を失う(? という逆境ですが、どうか投げずに最後までお読み下さい。最後にはハッピーエンドになりますので!
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