07_35 ロター沖海戦
あつく垂れ込めた雲の下、眼下の海上では何隻もの戦艦が距離をたもちつつ、大型の船上砲で魔法を撃ち合っている。
「まさかアルドヴィンが海戦から仕掛けてくるなんてな」
足の下にこきざみに岩をだしてステップを踏むのをやめ、身体を半回転させて頭上にだした岩にかかとをたたき付けた。
アルドヴィン海軍の戦艦にむかって急降下する。
不規則に移動して敵艦から打ち上げられてくる魔弾をよけながら進もうとすると、黄色の翼が目に入った。
反射的に三度岩を蹴り横に跳ぶと、うしろを紅蓮の炎が通過していく。
「くそ、ワイバーンは何体いるんだ!」
アルドヴィンのワイバーンは黄色い色をしたみたこともない小型種だ。
学府で速さに特化するように改良された竜種なのかもしれない。
五体のワイバーンが僕の周囲にまとわりつき、攻撃の機会をうかがっている。
遠くではビーコに乗ったショーン達が対空魔鉱銃を撃っているけれど、牽制にしかなっていない。
四体ものワイバーンに追いかけられ、引きつけるだけで手一杯だ。
さっき僕が一体ワイバーンを仕留めたけど、すぐに警戒されて一撃離脱戦法をとられるようになってしまった。
黄色のワイバーンの突撃を避けながら岩を落とすためにアルドヴィンの戦艦の真上にむかうけれど、近くなるにつれ魔弾による攻撃があたるようになり、狙いを定めるのが難しくなってくる。
「抜けた!」
それでも幾重ものワイバーンの突撃と敵艦の弾幕をぬけ、敵艦の真上に来た。
一瞬の浮遊感を感じつつ、特大の岩を自分の足元から射出する。
岩の全てを出すための数瞬を惜しく感じるけれど、岩自体が弾よけになるので戦艦からの防御は考えなくて良い。
「今度こそ、沈め!」
射出直後に襲ってきたワイバーンのブレスをかわしながら離脱し、岩を目で追う。
直径二ジィはある大岩だ。
あれが貫通すれば戦艦はひとたまりも無い。
——ッパァァァン。
けれど、大岩が戦艦に当たる直前、衝撃音とともに大岩ははじかれ、いくつもの塊となって海上へと落ちていった。
岩がせまっていた戦艦の舳先の上には、半透明の赤い障壁が展開されていた。
岩の土埃を落としながら進む戦艦の障壁はまるで卵の殻何枚も重ねたかのような形状をしている。
大岩が数枚は破壊できたようだけど、それまでだったようだ。
「やっぱり同じ場所に落とすのはむずかしいな……」
しかも、時間が経てばあの壁は修復するらしい。
さっきようやくあてた一発目の傷が小さくなっている。
同じ場所に大岩を連続してたたき込めば障壁はぬけるかもしれないけど、ワイバーンが邪魔で連続して当てられない。
相手は五隻、たった五隻だ。
それなのにあの強固な障壁と、その内側から打ち出される質は悪いけど大量の船上砲の攻撃のせいで、二倍近いこちら側の艦隊が防戦一方になっている。
押し込まれ、戦場が確実にロターに近づいているのを目で見ながら歯を食いしばる。
「本当に、タイミングが悪すぎるんだよ……」
長時間の神像の右眼の行使で体内魔力がなくなりつつある。
ポーションで回復しながらここ数日の事を思い出す。
ムツ大使とマロウはエリザベス女王陛下に謁見した後、大臣達事務方とブラディアとホウライ皇国間の軍事同盟について協議をはじめた。
全権大使はムツ大使だけど、マロウは殿上会議代表兼ホウライ皇国艦隊提督という、実質監視者の立場で協議に同席していた。
協議は進んだけど、マロウが強行に【白狼の聖域】の全員帰国という条件を譲らなかった。
それはリュオネを連れて帰らなければ艦隊は派遣しない、という提督としての主張だった。
協議が停滞する中、アルドヴィンの戦艦が五隻、バフォス海峡を抜けて来たとロターから急使がやってきたのだ。
当然協議は中止され、各港に伝令が走った。
女王陛下とムツ大使は急遽軍事協力をすることで合意をむすぼうとした。
けれど、南方諸侯の戦艦が戦ってからでも遅くはないと、またもやマロウがそれに待ったをかけた。
一件慎重論をいっているだけだけど、実質は女王陛下への揺さぶりだ。
ブラディア勢は結局、南方諸侯と皇国の戦艦だけに大型の船上砲をあつかうブラディアの戦闘員が乗り、迎撃にむかった。
そして今に至る。
マロウの狙いがリュオネなのはもはやあきらかだけど、理由がわからない……
「ッ!」
悪寒を感じ反射的にレナトゥスの刃を振るうと、目の前に迫っていたワイバーンのブレスがかき消えた。
気がつけば五体のワイバーンが次々とブレスを吐く体勢にはいっていた。
敵の竜使いの笑みが見えるほどの距離まで詰められていたなんて——
「なにやってんだ団長!」
僕と黄色のワイバーンの間で空気の塊が爆発し、双方が後に吹き飛ばされた。
「バシル!」
体勢を立て直し、大型のワイバーンであるキビラを見上げた。
「ここは俺達にまかせてロターに戻ってくれ! 陛下達が待っている!」
体勢を立て直した敵のワイバーンに対し、バシルが吹き矢の様な魔道具でヒュプレシードをとばし、近づかれればキビラ自身を吹き飛ばして追跡をかく乱させていく。
僕にはできない熟練の技術だ。
「早く!」
「わかった、頼んだぞ!」
バシルの声に押されるようにこの戦場を後にした。
この不利な状況でわざわざ僕を呼び戻す理由なんて、嫌な予感しかしない。
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