07_31 リュオネに教わった事
「おそれながら殿下、いかにガンナー閣下がアルバ神様の使徒といえど、いきなりプロポーズというのはさすがに拙速かと……」
外の潮騒の音さえ聞こえてきそうな静寂を破り、ジュゴス候国の大臣がオクタヴィアさんをいさめるも、オクタヴィアさんの凄みのある視線に言葉をさえぎられてしまった。
「私がそのような即物的な理由でガンナー卿に求婚したと考えるのか? 私はガンナー卿の強さに惚れたのだ」
惚れたと堂々と言い切るオクタヴィアさんは男前だと思う。
でもちょっとはこちらの都合というものを気にして欲しい。
「それにしても戦が始まろうとしているこのときに求婚などしなくても……」
大臣の言葉はもはや諫めというよりぼやきになっている。
諦めないで、もう少し頑張って欲しい。
「なにを悠長な事をいっている。これほどの男を他国が見逃すはずないだろう。なあ、フォルクス。君の事だ、妹のカストレアの婿になどと考えているのだろう?」
振り向いて後で話を聞いていた青年に話題を振ると、フォルクスと呼ばれた青年はニヤリと口元だけをつり上げた。
周りをみればどの子息令嬢もこちらを値踏みするように見始めている。
ソファに身体を預けてマルドワインに口を付けているオクタヴィアをにらみつけるけど、彼女はすいと受け流し、結い上げた朱色の髪を揺らして首をかしげて笑った。
「それに、確かめたくもある」
オクタヴィアさんが赤い瞳の奥をさらに明るく輝かせて顔をよせてきた。
「ガンナー卿、戦争はあらゆる場合を想定するものだ。卿の強さを私達はしっているが、アルドヴィン軍の魔術士達の強さもまた知っている。万一ブラディア勢が敗走した際、ガンナー伯軍はどうするのだ?」
足を組み、普段なの重厚な直刀を振り回しているとは思えないしなやかな指をこちらに向けてきた。
なるほど、南方諸侯連合はブラディアに勝って欲しくはあるが、負けた場合には残存兵力を自国に取り込み戦力強化まで考えているのか。
その場合、オクタヴィアさんと結婚しておけばガンナー家は高い地位を維持できる、と言いたいんだな。
さすが経歴が戦歴で埋まっているオクタヴィアさんだ。
戦争を基準に頭が回っている。
「ご心配なく、我々も絶対勝つなどとおごってはおりません。万一の際の拠点はティランジアに確保してあります」
一つ息をしてから口を開く。
「それと、私は敗走先を確保するために婚家をえらびたくはありません。先ほどの申し出に対する返答を今この場で欲しいという事であれば申し上げますが……」
思案を続けているオクタヴィアさんの後では大臣が青い顔で首を振っている。
人前で求婚を断られる事ほど不名誉なことはない。
さすがにこれ以上は追い詰めないようにしよう。
「ティランジアに単独で拠点をもっても撃破されるだけだろうに……なるほど、そういう事か」
ブツブツとつぶやいていたオクタヴィアさんが顔を上げ、僕の横に視線をやった。
その先にはいつの間にかリュオネ達がいた。
僕のホウライ皇国と連携する意図に気付いたんだろう。
「なぜ、地理的に近い我々よりホウライ皇国との関係を優先するのか、きいてもいいかな? ガンナー卿」
途中からオクタヴィアさんはニヤニヤと人の悪い笑いをうかべてながら訊ねてきた。
求婚を断った意趣返しだろうか。
良いだろう。ここははっきりとしておこう。
手に持っていたゴブレットを一口あおり、テーブルにカッと置いた。
「オクタヴィア・イグニカン=ジュゴス。僕は爵位を得たとはいえ、ティルク人保護を目的としたクラン【白狼の聖域】の団長だ。一度保護した彼らを僕らはけっして見捨てない。僕の貴族としての誇りは土地ではなく、護るべき民にある」
土地だけ守っても意味が無い。
民が生活の場として求めるから土地を守る。
ブラディアの住民がすべてゴブリンに入れ替わったなら、貴族として何を守ったといえるだろうか。
視線を感じ横に顔を向けると、リナルグリーンの瞳を潤ませたリュオネの真剣な表情があった。
一介の商家の息子だった僕の貴族としての誇りは彼女を真似て覚えた。
リュオネが居住区の子供達と接し、工房で職人と魔法陣を描き、練兵場で冒険者と訓練し、農場で大人達と農作業をする。
彼女のありようが僕の理想になったんだ。
伝えるとすれば今しかないのかもしれない。
僕が何か言う雰囲気を感じたのか、リュオネの瞳は一層はっきりと僕を見つめてきた。
「僕は——」
その後の言葉は、直後に騒がしくなった冒険者ギルドの鐘によってかき消された。
同時に騒がしい足音がサロンに向けて近づいてきた。
「団長! ホウライ皇国の船団がやっと帰ってきたよ!」
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