01_25 冒険者と魔人化について
――ザート
んー
――ザート、おい
はいー。いきますってー
「おいザート、さっきからメシできたっつってんだろうが」
耳にマスターの声、頭に衝撃、鼻に燻製の香り、目に飛び込むワンプレートランチ。
マスターがカウンターから降りてランチを持ってきてくれたみたいだ。
「ごめんマスター、寝てた」
「見てればわかる。疲れてるならそれ食って寝ろ」
マスターの気遣いに感謝しながら目の前の料理に向き合う。いただきます。
マッシュポルトとモスマトンの鉄板焼き。旬のサラダ。
香ばしいジオード豆に辛いケルピ・セリ、プツリとはじける食感と甘酸っぱいレタピコ。今は旬の野菜が多いから良い季節だな。
今日も美味いコロウ亭のご飯を食べているのに、心は晴れない。
モスマトンの、かむほどに香るコケの風味を味わいつつ、今朝のシャールとの会話を思い返していた。
(いえないよなぁ)
シャールが言うには、ジョアン叔父は魔人に堕ちて討伐されたという。
魔人は、魔素に身体をさらし続けた人間がなる。
強く、意思疎通ができず、魔物のように襲ってくる。
当然だけど、一番なりやすいのは魔境で活動する冒険者だ。
ギルドのなりたちは、魔素に身をさらす冒険者が、魔人化の兆候を監視しあう盟約から始まっているという。
―― 朝、世界が赤く染まっていた時、それは冒険者人生の黄昏と思え ――
ギルドのガイドブックにも記された冒険者の第一の規則だ。
魔人化の兆候として、世界が赤く見えるらしい。
兆候が出た冒険者は速やかに自己申告し、引退することをギルドは求めている。
魔人化は進むにつれ外見などにも兆候が現れるらしいので、隠れて冒険者で居続けることはできない。ギルドは引退勧告の後、登録を抹消する。
そして抹消された冒険者がふたたび生活に困る事がないように、ギルドは職業斡旋も行う。
なぜなら魔人化した冒険者は倒す事が困難なためだ。
単純に能力がすべて強化される上に、行動原理が”人を害する”に変わる。しかも個体に知性がのこっていれば倒す難易度は跳ね上がる。
魔人化したとシャールが言ったジョアン叔父は狩人だった。
戦闘力だけで言えば金級上位の狩人を倒すため、当時どんな被害がでたのか想像もできない。
「どうしたのザート君、やっぱり食欲ない?」
マスターの隣で棚にグラスを並べていたフィオさんも心配そうにしている。
今朝なみだぐんで帰還を喜んでくれていたけれど、仮にこの人達に叔父の事をきいてみたらどう思うだろう。
銀級と金級の間では交流もあっただろう。もしかしたら彼らの知り合いが魔人となった叔父の凶刃に倒れたかもしれない。
友の仇について、遺族である甥が尋ねる。優しい二人だからきっと答えてくれるだろうけど、それは葛藤をともなう事だろう。
ギルドだって、盟約に背いた重罪人について訊いて回る冒険者に良い印象はもたないだろう。
うん、やっぱり叔父について調べるのはやめよう。
他人を傷つけてまでする事じゃない。
書庫については自分で試行錯誤していけばいい。
「いえ、大丈夫ですよ。食べたら寝て、明日からまた働きます」
モスマトンの肉を頬張ってよくかむ。美味しいご飯にあらためて笑顔を浮かべる。
自己完結していると、誰かが勢いよく駆け込んできた。
「ザート! 事件にまきこまれたって聞いたけどホント!?」
飛び込んできたリオンは、僕が五体満足なことがわかったのか、崩れるように近くの椅子に座り込んでしまった。
「よかった、無事だったんだね。遠征が終わって宿に戻ったらビビがいなくてさ。二人でキッケル遺跡に行って事故に遭ったっておかみさんがいうからとびだしてきたんだ」
テーブルに長い手を投げ出してのびをするリオンに苦笑をする。
「心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だよ」
フィオさんから受け取ったコップに水を入れて渡す。
水差しをカウンターに戻しに行くと、フィオさんと目が合った。
なるほど、はやく紹介しろということですね。
「エンツォさん、フィオさん。彼女は友人のリオンです。冒険者の同期で、たまに一緒に依頼をうけてます。それからリオン、この人達はこの宿のオーナー夫妻だ」
お互いに自己紹介をする三人。
今更だけど、エンツォはマスターの本名だ。つい忘れそうになるけど。
「よろしくリオンちゃん、お昼ご飯がまだならうちで食べていかない? 今から他のお店にいってもランチの時間終わってるんじゃないかしら」
「そうですね。お願いします」
フィオさんの提案にリオンが即答した。
きっとすぐに街に着くからと、朝食抜きで宿に戻ったんだろう。
そこからコロウ亭に走ってきたなら何もたべていないはずだ。
「メインはモスマトンとパシアナ鳥のどっちがいい?」
「モスマトンでおねがいします!」
即決か。リオンらしいな。
リオンの元気なオーダーに、フィオさんは顔をほころばせながら厨房の女の子にオーダーをしにいった。
料理がくるまで、リオンがいつもしている依頼の話を聞く。
日帰りなら薬草の森で採取か、草原でボアなどのハンティング。
遠征なら一日で行ける湖水地方の手前の村に滞在して、採取か害獣駆除をしているらしい。
依頼はほとんど他の冒険者パーティと合同で受けているという。
他人の事情に首はつっこまないけど、リオンの実力でいうと、ちょっと物足りない依頼なんじゃないか?
「おいザート、ちょっと酒瓶入れ替えるの手伝ってくれ」
隣で話を聞いていたマスターがカウンターに誘うのでとりあえずついていく。
「なんです?」
よく出る蒸留酒の瓶をカウンターの奥から出すのを手伝いながらここに呼んだ理由を聞く。
「あの娘はソロ志望だと言うわりに初心者パーティの助っ人をしているようだが、実力がないのか?」
作業をする手は止めず、マスターがストレートに疑問をぶつけてきた。
なるほど、さすが面倒見の良さに定評のあるマスターだ。
リオンの発言と現状にギャップを感じて、なにか問題があると心配しているんだろう。
「本来の得物が手に入ればソロでやっていく実力はあると思います」
ゴブリンで共闘した時にわかっていたけど、移動、索敵、戦闘時の判断など、単独で行う能力をリオンは一通り備えている。
足りないのは純粋な戦闘力だ。
「ザートはその得物に心当たりがあるようだが」
「ええ、十中八九ロングソードです」
リオンと組んだ時のフレイルさばきには両手剣、しかも正規に習った剣術の跡が見られた。
だから両手剣のスキルを持っているはずだ。
スキルは発動させればその人が行える最良の動きを再現できる。
スキルを使わずに同じ動きをしても、そのキレには雲泥の差がある。
ただし、スキルにはけっこう融通が利かないところがある。
同じスキルが使えなくても、無難に槍やショートソードにしておけば良いのにロングソードに似たツーハンドフレイルをわざわざつかっている。
「スキルが使えないのは痛いな……戦闘訓練をしていたならこの辺りの敵は倒せるだろうが、すぐに伸び悩むだろう。ロングソードを手に入れるのは必須になるだろうが、簡単に買える武器じゃないし、薬草摘みじゃ無理だ。」
マスターが渋い顔をして予測を口にするが、僕もそう思う。
リオンだってその辺りは理解しているんだろう。
そもそもロングソードは冒険者が使うものじゃない。
各地の方面軍に所属する士官としての騎士や、ブラディア以外の魔素だまりに常駐する騎士団が振るうもので、本来は対人に威力を発揮する武器だ。
騎士の名誉を象徴する武器でもあるので、値段は非常に高いらしい。
冒険者でロングソードに憧れる人は多いけど、実際手にしている人は騎士から冒険者になったような例外を除いて皆無といっていい。
「何にせよ、金だな。一つアテがあるから、後は彼女が乗るか、だな」
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