07_23 男達の秘密の談合
さて、リザさんにああいった手前、僕もそろそろ態度を決めたい所だ。
この世の中はただでさえ死にやすい上に僕らは戦争に貴族として参加する事がきまっている。
逃げる時でも、貴族は上に立つ者の義務として、殿をつとめる。
一兵卒よりも先に逃げればその後の兵との信頼関係はズタズタになってしまうからだ。
そうなる前に、せめて自分の気持ちはリュオネに伝えておきたい。
「それでプロポーズの仕方について相談をしたい、というわけか」
エンツォさんがシリウスの一階から持ちだしたウルソやタオリを漬け込んだシロップをテイに入れながら唸る。
「はい。絶対に失敗したくないので」
僕は精一杯の誠実さをこめて、ウィールド工房の防音室に集まってもらったエンツォさん、ジョアン叔父、ショーン、オットーの四人にあたまを下げた。
特に名前はついていないけど、貴族でも平民でもプロポーズの前にはこうやって同性の先輩に相談をするのが慣習だ。
「絶対にって、お前もそうとう白狼姫さんに入れ込んでるな」
シャスカのお守りを抜けてきた叔父が片頬を上げながらため息をついた。
入れ込んでるけど悪いか。
「ジョンさんこそフリージアさんとはどうなんです?」
「な、なにがだよ」
半目で指摘すると居心地がわるそうに、露骨に目を逸らした。
「事変当時ガキだった俺達はわかりませんでしたけど、ライ山で再会した時の喜び方からしてお二人は特別な関係だったんでしょう?」
ショーンにまで問いつめられてうなるばかりの叔父。
フリージアさんは表情にとぼしく口数も少ないけど、わかりやすい態度を取るので、叔父に相当惚れているのは他の団員達も気付いているだろう。
「それは……あー、複雑なんだよ俺達は! 今日はこいつの話だろう! ザート、ミュスカ味のソルベくれ!」
キレて話題から逃れようとする叔父に僕はため息をつきつつ法具から取り出した氷菓を渡す。
今日の相談はスイーツ食べ放題を餌に皆を集めている。
ここに居る四人は酒も飲むけど、甘味も好物なのだ。
「ショーンこそどうなんだよ。竜使いの里にいたときからの付き合いで、事変の頃にはオルミナと恋仲になってたんだろ?」
「そうですね。俺達はザートのお陰で第一線に復帰できた恩があるのでしばらくは結婚はしません。デニスの了解は得たうえで、二人で話し合って、この戦争が終わったら式を挙げると決めてます」
ショーンの具体的な将来展望をきかされ返り討ちにあった叔父がテーブルに沈んだ。
なんだかこの人を相談相手に選んだのは失敗だったんじゃないかと思えてきた。
叔父やグランベイ伯爵みたいな例外はあるけれど、一般人はだいたい二十歳くらいまでに、友人関係をへて相性の良い人と結婚を前提にした恋人、婚約関係となり、頃合いをみて結婚をしている。
以前機会があったのでミンシェンに異世界の結婚観を聞いてみたところ、こちらとは違って、恋人や家族になってから相性を判断するらしい。
ほぼ人が死なないのが理由なのかも、と彼女は話していた。
ただこれは彼女の国の文化で、ヨーロッパとかいう同じ世界の別の地域には僕たちのような結婚観をもっている国もあるとも話してくれた。
なぜそんな話をするのか聞くと、”クローリスが驚くかもしれないから”だそうだ。
僕の相手はリュオネだ、とは明言できないので黙っていたけど、なぜ皆クローリスを推してくるのだろうか。
「ともあれ、もし団長が殿下に婚約を断られる事になれば、【白狼の聖域】の危機となるでしょう。我々皇国軍としてもこの話は是が非でもまとまっていただかなくてはなりません」
変なことを思い出して頭を振っていると、ねっとりとした芋を使ったホウライ菓子のヴァポリ・ヤムをつまみに、それまで黙ってテイをすすっていたオットーが口を開いた。
良かった。あんまり口を開かないから僕とリュオネの関係に反対の立場かと不安だったんだよ。
「オットー達が賛成のようで良かったよ。ティルクの皇族は平民と結婚する事は絶対ないってスズさんから聞いていたから早く貴族になるために頑張ったという事情もあったし」
「え?」
「ん?」
オットーらしからぬ間の抜けた問いかけに違和感を覚えて首をかしげる。
「少数ではありますが、皇族と平民が結婚することはありますよ」
「あるのかよ‼」
平民じゃプロポーズするだけ無駄で辛くなると思って、それまで以上に貴族になろうと頑張ってきて、ブラディアの貴族になってようやくできると思った矢先のこの真実。
まるまる無駄ってわけじゃないけどこの肩透かし感はどこにもっていけばいいんだ。
「スズさんはザートにだけは厳しいなぁ」
ニヤニヤするエンツォさんがことさらに”だけ”を強調する。
「厳しいっていうかもはや姑じゃないですか」
ちょっとグチっぽくにらむと、横でショーンがわかってねぇなぁとため息をつく。なんだというんだ。
「あまり中尉を悪く言わないで下さい。結婚する事自体はできますが、貴族であった方が格段に扱いに差が出ます。平民のまま結婚すると権力から遠ざけるため様々な不自由を甘受しなくてはなりません。中尉はそういった不自由を感じて欲しくないため、敢えて厳しい事を言ったのでしょう……多分」
多分、という所でオットーのフォロー力が一気に落ちたけど、言いたいことはわかった。
「親心、いや、愛だな。毎日大変だよな」
口直しのリナル水を飲みながらショーンまでクックッっと笑っている。
甘味に飽きたからといってスズさんに叱られている僕の日常をツマミにしないでほしい。
「日々ありがたいと思ってるよ。もちろん、姑なんて本当は思ってないし」
スズさんが結局優しいという事はこれまでの付き合いでわかってる。
たまに理解できない厳しさが発揮されるけれど、それも僕が思い至らないだけで、僕のためになる厳しさなのだろう……多分。
いつもお読みいただきありがとうございます!
男子だらけのお茶会というのもありなんじゃないかと。
ちょっと現代日本とはちょっとだけ違う異世界恋愛事情でした。
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