01_24 金級エルフパーティからの言いがかり
羊獣人のララさんについていくと、会議室の様な部屋に通された。
「おはよう。昨日は大変だったな」
方形のテーブルの一席、暖炉を背負った上座にギルドマスターのマーサさんが座っていた。
いつもと違って真面目な雰囲気だ。多分、窓を背負った四席にいる先客のせいだな。
顔は影で見えないけれど、なんとなく覇気の様なものを感じる。
昨日リズさんからきいた金級のパーティだろう。
「他の二人がそろうまで座ってまっていてくれ」
ララさんが静かに座るべき席をすすめてくれた。
廊下側に三つある席の真ん中に座る。ビビとリズさん、早く来てくれないかな。
「そいつがノームと出くわして生き残れた奴か? こんなんが生き残れんなら、他はどんだけまぬけだったんだ?」
もっとも下座にいる小柄な斥候らしいのがだるそうに言ってきた。
「彼が幸運で生き残った。他は不運で死んだ。能力は関係ない」
マーサさんの威圧するような声に首をすくめた斥候の男は背もたれに寄りかかった。
「ふん、自分から名乗らないとは生意気な奴だな」
「所詮は”もたざる者”だ。好きにさせておけ」
何かの獣人らしい重戦士を、一番上座のエルフが良く響く声でたしなめる。
持たざるものはエルフがつかう”中つ人”に対する蔑称だ。
真顔でいる所から、本人にさげすんでいる自覚はないようだから、何を言っても無駄だろう。
「シャールうるさい」
それまで机の下をむいて何かしていた魔術士らしい女の子がつぶやく。
不機嫌な声に上座のエルフが咳払いをして黙り込んだ。
「徹夜明けの所すまないなフレイ。手早く済ませるからもう少しまってくれ」
「……」
女の子は机の下をむいたまま作業をやめない。
無視かよ。本当、朝から剣呑な雰囲気だ。
――◆◇◆――
リズさんがビビを連れてきてようやく面倒な報告会が始まった。
冒頭の挨拶の後、金級のパーティ『雪原の灯台』のリーダー、シャール=カルベッリが朗々と今回の調査結果を報告した。
彼らが一味を尋問し、はかせた計画はこうだ。
まず、盗掘と同時に階段を封鎖。居合わせた冒険者をノームに殺させる。
ノームが鉱床となったのを見計らって逃げてきた風を装ってダンジョンを脱出。
どさくさに紛れて持ってきた鉱石塊を隠してギルドに報告するという手はずだった。
一呼吸おき、リーダーのシャールがこちらに目を向けてきた。
「ザート君、これは君らの状況そのものではないかね?」
僕らは二層から逃げ、門番が止める間もなくダンジョンを飛び出してギルドに駆け込んだ。
つまり僕らは、実は被害者ではなく盗掘者じゃないか、と疑われているわけだ。
「ふざけないで!」
ビビが今にも飛び出しそうな勢いだったので制しつつ続きを促した。
「僕らとまったく同じ状況、同じ主張をした人達がいたんじゃないですか?」
具体的には一層に飛び出したときに階段付近にいた冒険者だ。彼らが一味で階段を封鎖していた可能性は十分にある。
「そうだ。彼らも被害者を主張したため、君らと同じくギルドに泊まらせておいた。結果、密売商人の伝令と接触したのは彼ら、第一層にいた冒険者”くずれ”の方だった。そして、そいつらを伝令ごと尋問し、先ほど言った計画が露見したというわけだ」
「なら話はここで終わりではないんですか?」
「いいや、君らへの疑いは消えていない」
「なんでよ!」
「被害は実際に出ているからだ!」
ビビはともかく、それまで冷静だったシャールまで、まくし立てるようにしゃべりはじめた。
「鉱山の鉱床とノームの大きさは比例する。君たちが見たというとおり、キッケル第二層鉱山のノームは身の丈三ジィだ。しかし、我々が確認した新しい鉱床はだいぶ小さいものだった。おかしいだろう?」
おかしいと言われてもこまる。知らない情報過ぎて答えようがない。
「君はノームを何らかの方法で封じたんじゃないか? 鉱床がこれまでの三分の一になっているなんて、ノームの力自体を奪ったとしか考えられない!」
被害というのはそれか。それにしても、シャールが立ち上がり、大声でこちらにくってかかる姿には憎しみすら感じられる。正直わけがわからない。
「ノームの力を奪ったとか、僕は鉄級八位ですよ? そんなこと無理ですよ」
「どうかな。力を隠しているだけかもしれない」
その点は否定できないけど、決めつけてかかってくる態度が気に入らない。
これ以上は水掛け論だ。お互いをにらみつけていると、唐突に横やりがはいった。
「シャール、時間切れよ。この人達が身につけているものからノームの炎は感じられないわね」
これまで下を向いていたフレイが顔を上げていた。
「……そうか。お前の探査魔法でも嗅ぎ取れないなら、やはり違うか」
シャールは椅子にもどり、顔に表れた怒りの表情を戻していった。
もしかして、フレイが探査魔法を終わらせるまでの時間稼ぎをしていたのか。
それにしては感情的だった。
だからノームの力が奪われる、というのは彼にとって我慢ならないことだったのかもしれない。
「これで気が済んだだろう。エルフ側の事情を考慮してこの場を設けたが、これ以上所属する者を疑うというのであれば、冒険者ギルドの代表として対応させてもらうぞ?」
「いや、それにはおよばない……ここからは『雪原の灯台』として、依頼完了の承認と報酬をのぞむだけだ」
シャールもマーサさんもあっさりしている。
僕なんかではうかがい知ることができない、なにか裏取引みたいなものがあったんだろうか。
そんな僕の思いをよそに、勝手な奴だ、とこぼしながら、マーサさんが用意した金貨を差し出す。
手早くサインをしたシャールは金貨を受け取り立ち上がった。
「では、私たちはこのまま第五要塞に戻る。休暇も潰されたし、しばらく依頼は断らせてもらう」
『雪原の灯台』が部屋を出て行く。
なんか、腹が立ってきた。
向こうだけが勝手に目的を果たして去るなんて都合がよくないか?
こっちの話も聞いてもらおう。
せっかくの金級パーティに訊ける機会を逃す手はない。
「シャールさん、僕も探しているものがあるんです」
故に、僕は彼を呼び止めた。
「私に聞きたいこと?」
もう高くなった日が射し込む廊下は初夏の熱気を帯び始めていた。
「ええ、死んだ冒険者の足跡を追っているんですが」
金級の彼らなら系統は違っても金級相当である狩人の事も知っているだろう。
続けようとした時、斥候の男が割って入った。
「はいはいはいはい、そこまでだ。お前みたいな奴よく来るんだよ。前に酒を飲んだから、一緒に仕事をしたから、ってな。けどな、お前らみてぇな下の奴らが俺たちを覚えてても、逆はねぇんだよ。わりぃが他をあたってくれねぇか?」
こいつはその”よく来る人達”が来るたびに突き放しているのか?
最後の望みをかけて訊いているかもしれないのに、あんまりじゃないか。
「いや、ルギ。私もザート君に少し訊きたい事があった。先に行っててくれ」
パーティメンバーを先に行かせて、シャールがこちらに向き直る。
「ありがとうございます。僕の事はザートでいいですよ」
「ふむ、では私のこともシャールと。私の方はたいしたことではないので先に訊くが、君はなんのスキルをもっている? ドワーフと荷物、数種の鉱石までももち、鉱山の出口からここまで一瞬で下りたというじゃないか」
エルフが傲慢なのは当然だけど、真面目そうなこの人もやっぱりエルフだな。ギルドでもおおよそしか訊かないのに、最初にスキル訊くとかないだろ。
こちらがうろんな目でみていることもかまわず話し続ける。
「優秀な人材は早めに目を付けておくのが上の階級の常識でね。我々は中つ人とは組まないが、他の金級冒険者は情報を欲しがるかも知れないからな。詳しく話を聞かせてくれ」
まるで断られる可能性を考えていない。他の金級がこいつみたいではありませんように。
「その前にきいていいですか。金級で黒髪でソロのバックラー使いは覚えていますか?」
叔父が人前でバックラーをつかっていたかは五分五分だけど、黒髪とソロ冒険者というだけで、だいぶ絞れるんじゃないか?
「バックラーに黒髪……? おい、そいつは金級じゃ無くて狩人じゃないか」
みるまに不機嫌になっていく。どういうことだ? 狩人も金級の一種だろう。
「品格、社交、信頼。金級には力以外にもそろえるべきものが多い。魔獣と戦うことしか能が無い狩人などと! しかもよりにもよって黒髪のバックラー使いだと?」
怒りながら立ち去ろうとするので慌てて止めると舌打ちまでしてきた。品格どこいった。
「これは忠告だが、奴の事を他の金級冒険者やギルドに聞くな。最悪除名されるぞ。奴は金級どころか狩人の恥だ。引き際をわきまえず身を滅ぼしたのだからな」
「引き際ってどういう事ですか? 僕は死病と聞いていますが」
「病か。病といえばそうかもしれん。奴はダンジョンに魅せられ、魔人化しかけ、あげくに討伐されたのだからな」
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