01_22 遺跡からの脱出
気づいたときにはザートに両手でだき抱えられていた。
それまで感じていた絶望が、瞬く間に遠のいていくのがわかった。
後ろからの断末魔の叫び声が聞こえたけれど、自業自得だろう。ざまあみろとしか思わなかった。
ファイアの灯りにてらされた、私を抱える男の顔を見上げる。
何をしたのかわからないけど、多分ノームをなんとかしたのはこいつなんだろう。
私はもう諦めきっていたのに。
今も私とダンジョン装備一式を抱えてすごい速さで走っている。
自分で身体強化に自信がある、とかいっていたけど、本当に馬鹿みたいな練度だ。
そんなことしても、自分の得意なスキルの練度を上げていったほうが器用貧乏にならずにすむのに。
なんなんだろう。
今回の件を持ちかけた時も、話を聞くのにかこつけてカフェに誘ってきた。駆け出し冒険者のくせに。
思い出したけど、あの時じっと目から足下までこちらの全身を見てた。何か条件を付けようとしてたからかも。
やっぱりこいつにも私達ナイム族が中つ人の子供のように見えるんだろうか。
この間子鹿亭のお客にも『合法ロリ!』とか言われて抱きつかれたし。
そういえば、宿の入り口でオドオドしながらフローラおばさまに声をかけているのを見て、怪しい男だとおもった。
食事を頼む時も『おなかにたまるもの』なんて腹の立つ注文の仕方をしてきた。
それに綺麗な食事の取り方をしてたから、多分リオンと同じく良いところの出なんだろう。
上流社会には変態が多いらしいし。
「ちょっとビビ、シャツつかまないで。シワになるから」
ちらりと此方をみて苦笑してくる。こんな時に馬鹿なの?
「怖いのよ! いいからダンジョンからでるわよ。第一層にも手練れがいるかもしれない。このまま駆け抜けて」
そうだ、怖いにきまっている。仕方ないとはいえ変態に抱えられているんだから。はやく下ろして欲しい。
わかったという声とともに、さらに速度があがり、一層への階段がせまってきた。
一層に戻った時、階段ぎわの冒険者が騒いでいたけれど、盗掘者の一味だろうか。
「あ、みんなには『ノームは鉱床跡に向かった』でよろしく」
ソロ冒険者の“事情”という奴だろう。だまってうなずいた。
「ビビ、目をつぶって」
鉱山の出口が遠くに見えた時、思わず目をつぶり、身を小さくした。
唐突にまぶたの裏があかくなり、顔を思い切り伏せた。
一瞬身体が浮いて、衝撃。
浮遊感と衝撃がゆるやかに襲ってくる。
徐々に衝撃が軽くなり、ようやく収まった。
「目、開けられる?」
問いかけに答え目を開けると真っ白。
何度も顔をしかめた後にもう一度ゆっくりと目を開ける。
やっぱり白だった。
「よかった。ビビ、シャツがよれよれなんだけど、もうはなしてもらっていい?」
目の前にあったのはシャツだ。
手を離して見上げると、変態が苦笑いをしていた。
「……離した。下ろして」
苦笑いをにらみつけながら岩場におろされると、ここが要塞の近くということがわかった。
ザートは追っ手がいないか辺りを見回している。
「とりあえず、安心していいか、な」
ザートは膝に手をついて大きく息を吐きだした。
「不安だったの?」
そうは見えなかったのでおもわず訊くと、その瞬間にザートが息を大きく吸って叫びだした。
「不安だったさ! 不安どころか恐怖だよ! だって僕は鉄級八位だよ? 銀級クラスの魔物とサシ対決ってありえないでしょ! ダンジョン入りたてなのに閉じ込められかけるし、上にのぼる階段が塞がれてたらどうしようって焦ったし。もう当分キッケル遺跡に入りたくない!」
早口でまくし立てる姿を見ていると次第に冷静になってきた。
ありえないって、その銀級クラスを爆散させて氷に閉じ込めたのはお前だろうといいたい。
なんだろうこの変態。走っている最中全然そんなそぶりみせなかったのに。
しばらく辺りを早足で歩き回って騒いだ後、気が済んだのか戻ってきた。
「それじゃ、帰ろうか。休んどいてなんだけど、急いでギルドに報告しなきゃ……歩ける?」
手を差し伸べてくるが、その手には乗らない。
「平気よ。急ぎましょう」
普通に歩くことはできる。いつもより重いけど。
「ありがとう。助けてくれて」
いつにもまして重い唇だけど、ちゃんと言えた。
「うん、無事でよかったよ」
先に坂を下りていたザートが振り返って笑った。
――◆◇◆――
「——以上です。つまりあいつはロリコンなんです」
「はいごちそうさま、いってよし」
「どうも、ありがとうございまし、た……?」
職業柄つい定型句で返してしまった。ごちそうさま? とりあえず行っていいのよね?
首をかしげながら出て行こうとするとリズさんに呼び止められた。
「あー違うのちょっとまって。マーサはただ古い言葉をつかっただけだから」
「おい古いってなんだ」
二人で何か言い合いをしている。とりあえず座って待とう。
あの後ギルドで事情を話すと、マーサさんに指示された職員が武器を手に取り、引退冒険者とは思えない速さで出て行った。
その後ザートはマーサさんに、私はリズさんに詳しい話をすることになった。
多分嘘を言っていないか確認するためなんだろう。
練重層が掘り尽くされていて、何者かが二層に私たちを閉じ込めた。
ノームが鉱床跡に向かっていくのを見送ってから全速力で駆け抜けた、と伝えた。
ザートとの話が先に終わったらしく、リズさんが入ってきて二人で書類を突き合わせしていたので多分大丈夫だろう。
そして現在に至る。
「ノームが無事鉱床に変わったのか確認するために、ダンジョンには領都にいた金級パーティがむかっている。そいつらが犯人を捕まえれば事は終わるんだが、それまでビビとザートはギルド内に泊まりだ。信号で周辺出城にも知らせたからじき捕まるだろうけどな」
フローラさんの所には職員が事情を伝えに向かっているという事らしいので、ほっとした。
「じゃ、行っていいぞ。部屋のカギとかは受付で訊いてくれ」
「はい、ありがとうございます」
今度こそ退室していいんだよね? もう疲れて倒れそう。身体ふいてすぐ寝たい。
「むずむずするわね……」
「だな。とんだコマシが来たもんだ」
「無理もないけどちょっとチョロくない?」
「同族として心配……」
去り際に、また二人が言い合っていたけど古い言葉ばっかり使うから訳がわからない。特にマーサさん……
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