06_33 商会の密談
〈パトラ港・商業地区〉
凪いだ湾に月光の影が映る夜。
南部アルドヴィンの港町であるパトラは波に上下する大船のきしむ音がわかるほどの静けさにつつまれていた。
一年前であれば港には冬でも屋台がならび、酒場の軒下には樽にジョッキをたたきつける船乗り達の姿があったものだ。
けれど今は建物にかすかな明かりがともっていても大通りに人はなく、仕事が昼までに終わらなかった商会の奉公人が恥じるように倉庫から倉庫へと走るだけだ。
中立であった皇国軍がパトラから去り、入れ替わりにアルドヴィン王国の戦艦がパトラを拠点とするようになってから街は寂れる一方である。
ティランジア南部連合とアルドヴィン王国の国境紛争は今なお続いており、王国の艦隊は頻繁に港を出入りしている。
戦禍から逃れるため行商人は去り、軍需産業に関わる大規模な商会だけが残った。
今では南方の交易の拠点というより軍用の倉庫街といった方がいいだろう。
多くの商館の灯火がきえていく中、未だ明かりの残る商館で二人の男が密談をかわしていた。
「フランシスコ商会の船が帝国の私掠船に襲われたようです」
北方の蒸留酒を傾けながら、ソファに浅く腰掛ける柔和な顔だちをした若い男が今夜の本題を口にした。
「帝国の? フランシスコ商会は国の荷を積んでいるから攻撃はされないはずだ。末端に命令が届いていなかったのか?」
ソファに深く腰をしずめた相手のエルフが低いが響く声で問いただす。
一般にエルフは細面であるが、このエルフは眉も太く顎もがっしりとしている。
長身であると同時に胸板もあつく、髪の金色がわずかにあせているが、円熟した壮年としての精気に満ちていた。
「いえ、その可能性は低いかと。帝国は国民皆兵を国是としていますので国の命令は確実に一般人まで行き渡っているはずです。くわえてこれが重要なのですが……」
若い男の報告に、壮年のエルフが思わずソファから腰を浮かせた。
「ほう。襲われたのは商会長のガルムか……!」
「ええ、魔法を両舷から射かけられたそうです。ビザーニャ近海で複数の船を動かせる勢力となると、やはり賊は帝国の私掠船でしょう。水夫の話では、船長らは船を奪われた時点では生きていたようですが、その後は不明との事です」
凶報であるにもかかわらず壮年のエルフの口元に笑みが浮かぶ。
だが次の瞬間にはその眉間に険しいしわを刻んだ。
「ゲルニキアの坊主が自らの荷を奪う理由もないからな。帝国は未だ銃を開発できていない。今でこそ不可侵協定をむすんでいるが、帝国が皇国を、王国がブラディアを併呑すれば、次の戦争は帝国と王国だ。完全な味方ではないということか。まあ、そこは商人の我々にはどうでもいい」
それよりも、と壮年のエルフは笑った。
「フランシスコ商会が立て直すまえに王国の通商部にゆさぶりをかけろ。商会長を誘拐されたフランシスコ商会に今後も重要な戦略物資を運ばせるのかとな。今までバフォス海峡をはさんですみわけていたが、この機に乗じて我らバルブロ商会がレミア海の海運も掌握する。うまくすればフランシスコ商会もウェーゲン商会の時のように傘下におさめる事ができるぞ」
ショットグラスにたまった琥珀色の酒をあおり、バルブロ商会会長は沈黙する街にはばかることなく高らかに笑い声をひびかせた。
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