01_19 鉱石採掘の手伝い
ここブラディア山第二要塞は要塞という名前を冠しながら、いつもは普通の街と変わらない。
主要産業は冒険者による凝血石の輸出と農業だ。
冒険者の生活は基本的に要塞内で完結するので、ギルドを通して流入した富は街に回っていく。
凝血石や魔獣のかけら、保存食を領都へ運ぶ商会、小売商人、鍛冶屋など加工業者、宿屋、飲食業、娯楽……と、住民の仕事は多岐にわたる。
そんな住人だけれど、実は冒険者の資格を持っているものも多い。
農村部で生まれ育った住民は自衛のために最低限の鉄級十位は持っているし、生業として薬草や鉱石を使う者の中には比較的位階の高い者も居る。
たとえば普段は領都で刀鍛冶をしているウィールドさんがそうだ。
そんな事を考えているわけだが——
――◆◇◆――
「この店のシアの実の付け合わせ嫌いなのよね。目玉みたいで」
今、目の前では子鹿亭のビビが、ヨーグルトとチーズのムースに添えられた青紫色の丸い実を皿のはじっこにまとめている。
ビビさん、その態度は給仕をする人としてどうかと思うよ。
なぜこの状況が生まれたのか。
僕はさっき服屋でシャツとか下着一式を買い足した所だった。
冒険者になってから、洗濯といえば浄化魔法を使える洗濯屋を使っていた。
浄化魔法は一定量までなら回数で金額が決まるので、まとめて出せばその分お得なのだ。
また一つ節約ができる事にほくほく顔でいたところに現れたのがこのドワーフ様である。
『私を鉱山に連れていきなさいよ』
言われていることがわからなかったので、とりあえず近くのカフェに連れていった。
――◆◇◆――
「——という事なのよ。採取で上げた私と違って、あんたは同じ八位でも魔物退治で位階をあげたんでしょ? 少しは護衛代も払うわよ?」
「なるほど、ちょっと食べる時間をくれないか。ジェラートがとける」
「話を聞きながら食べときなさいよね」
言い過ぎたと思ったのか、炭酸水を飲みながら顔を背け、通りの人を眺めはじめた。根は悪い子じゃ無いとおもうんだよね。多分だけど。
とりあえず口の中でゆっくりジェラートを溶かしながら、一気にまくし立てられた話を頭の中でまとめてみる。
まずビビは驚く事に僕より一個年上らしい。
ナイム・ドワーフの成人は、見た目が中つ人の十二歳に見えるので、子供ではないとおもっていたけど、年上なのは驚いた。
それと、子鹿亭で働いているけど、付与術士を目指しているらしい。
付与術士というのは作品に付与魔法をかける職人のことだ。
付与魔法は自分で作りながら魔法をかけるので、食器なら食器、服なら服にそれぞれ専門の職人がいる。
少量の魔力で効果が持続する付与魔法がついた道具は何であれ付加価値が付く。
例えば、今僕が使っているグローブも付与魔法がかけられていなければ小銀貨三枚といった所だろう。
それが銀貨三枚と十倍になるのだ。殆どの職人は付与術士を目指すのもうなずける。
ビビはドワーフには珍しく、アクセサリー職人を目指しているということだ。
子鹿亭で働いているのも、女の子が多い宿屋ならアクセサリーを売る場所として最適だからと選んだらしい。しっかりしている。
彼女は鍛冶屋のウィールドさんと同じく自分で材料を採取したいこだわり派らしいけど、ウィールドさんと違って戦闘スキルが一切無いらしい。
だから最近まで、とあるパーティに護衛してもらっていたらしい。
しかしそのパーティはもう第二レミア港に行ってしまったという。
宿の客の中には鉱山に行くような冒険者もおらず、そろそろ在庫も尽きて困っていた所、リオンが僕を紹介してきた。
以上が彼女の事情だ。
長々と思い返していたが、つまる所、この気まずい雰囲気はリオンのせいだ。
「食べ終わった?」
「うん。お待たせ」
器を眺めていた所でビビに声をかけられ、改めて彼女に向きなおった。
「で、さっきの話に戻るけど、丁度第二層に挑戦する所って言うじゃない。第二層の鉱床までのルートなら私が案内できるから、どっちにとっても得だと思うんだけど」
うーん、ちょっと考えてしまう。
まず出てくる敵は一層目と同じくコボルト、それからワームらしい。
ワームは地下から不意打ちをしてくるのがやっかいだけど、僕の場合索敵もどきができるので特に困ることはない。
コボルトもジョアンの書庫無しで対処できるようになったのでばれることはない。
土さらいも大楯を完全に地中に隠せば大丈夫か。
うなっていると、ビビが不安そうな顔で見つめていた。
溶けた鉄の様な明るいオレンジの瞳が不安に揺れている。
黒に近い紫の髪と、ドワーフにしては細長い手足が相まって、一層はかなさが際立つ。
多分だけど僕が最後のあてなんだろう。僕が無理ならギルドに正式な依頼を出すほかない。
「決断遅い! 返事!」
「はい! よろしくお願いします!」
キレられた。はかなさも何もあったものじゃない。
こうしてキッケル遺跡第二層で、臨時のパーティを組む事が決定した。
――◆◇◆――
「そこは右、坑道の柱に気をつけて」
後ろを歩くビビの声を背に受けながら、ダンジョン化した坑道を進んでいる。
さすがに本業だけあって、ビビの地図は書き込みも細かく、適切に道を指示してくれている。
「もうすぐ石木層が露出している場所に着くから、そこで射香石を探すわ。火の強い光じゃ見つからないからファイアを消して」
僕が岩肌を照らすのに使っていたファイアを消すと同時に、ビビは中位魔法のファイアフライを唱えた。
足下の淡い青にファイアフライの緑色の静かな灯火が重なる。
ビビ曰く、基礎である基岩以外の石は特有の光を出しているから、ほの暗い光の中で探した方が見つけやすいのだそうだ。
「ビビは若いのにすごいんだな。さっきからビビの専門知識に押されっぱなしだ」
「あたりまえでしょ。冒険者のあんたに知識で負けていたら宝石の付与術士を目指しているなんて恥ずかしくて言えないわよ」
「そりゃそうだ」
僕だって学院で人並み以上に勉強は頑張ったけど、ほとんど一般教養レベルだ。専門家に太刀打ちできるはずがない。
そんなことを考えながら、僕は僕が出来る事をする。
「さっきから何してるの?」
「僕なりのマッピングだよ」
ジョアンの書庫の収納機能を使って、石の種類と魔砂の流入量を確認している。
一歩あたり採れる魔砂が多くなれば魔素だまりにちかづいている事になる。当然気をつけなければならない。
石はあらかじめビビに石木層を見せてもらっていた。収納し続けている石とときおり見比べて近づいているか確認をしている。
いつまでもビビの知識を頼るわけにもいかないのだから自習の機会は逃さない様にしないと。
――◆◇◆――
「ビビ、結構さきだけど魔物の気配がする」
「わかっているわよ、くさびを打つ音が聞こえるもの」
……わかってるなら言って欲しい。
理不尽を感じながら先に進んでいくとコボルトが二匹採掘をしていた。
ビビに見せてもらったものと同じ石木層の前で、一匹は袋を持って立ち、もう一匹はこちらが見ているのもかまわず一心不乱にたがねを石に当て、ハンマーを打ち付けている。
まるで穴掘りに夢中になっている犬だな。ちょっと生活感がある。
「ねぇビビ、こういう時って戦闘はさけられないの?」
「できるわけないでしょ。こちらが採掘を始めたら一斉におそってくるわよ」
「ですよね」
なにいってんだこいつみたいな顔をされた。
「それじゃ、先手必勝ということで」
まず立っている奴の首に切りつけ、座っている奴の背中にショートソードを突き立てた。
「はい、あとは任せて」
ビビはやっと仕事が出来るとばかりに張り切ってツルハシを振るい始めた。
その様は大胆にして繊細。
柄を器用に持ち替えてあらゆる方向からあらゆる強さで瞬く間に岩をくずしていく。
先ほどのコボルトの作業が児戯のようだ。
コボルトの凝血石を拾った後はビビの邪魔をせずに警戒に集中する。
別に魔物に同情はしていない。
異世界の生物だから殺すな、という学者や活動家がいるけれど、じゃあこの世界の生物の牛豚は殺して良いの? という話になる。
最近生活が落ち着いてきているから忘れがちになるけど、僕らは他に生きる術がないから食い詰め者なんだ。
そして魔物以外から凝血石を採取する方法は今のところ見つかっていない。
——ジョアンの書庫以外は。
この法具の魔砂を収納する機能が世に知られれば、研究者はどんな手段をとってもこの法具の秘密を探ろうとするだろう。
僕にはどんな保障も与えられない。そして僕は今度こそ貧民窟でのたれ死ぬのだ。
「……ザート、終わったからいくわよ」
ビビが静かに、物思いにふけっていた僕の背中に声をかけた。手には蜂蜜色に輝く射香石を入れた袋がつまっている。
「わかった。次の行き先を案内して」
ビビは当たり前のように方向を指示し始める。僕がどんな物思いにふけっていようと、気にしない。
これはビビだけじゃなくてみんなそうだ。
冒険者に事情がない人なんていない。
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