06_20 港湾都市ビザーニャ
ビーコの背にのり、半透明の視界のなかを進む。
耳に聞こえるのは防寒マスク越しの風切り音だけだ。
唐突に開けた視界にうつるのは、高く登ってもなお届かない蒼穹と、小魚程度になった二十ジィ級の船が浮かぶ海。
「次の雲は旋回してよけるわよ。分厚くてさすがにびしょぬれになっちゃうから」
目の前には斜陽の光でゲラン色に染まった雲の塊があった。
またあれやるのか。
ビーコが加速しながら左に旋回し、半ばまで来た時に右旋回に切り替える。
うぅ……気持ち悪い。
「はーい、後は薄い雲ばかりだからまっすぐ高く飛ぶからねー、二人とも大丈夫だった?」
防寒用のマスクを頭上に押し上げて振りかえるオルミナさん、全部ことが終わってから確認しないで下さい。
「ザート、大丈夫?」
隣でマスクを外してこちらをのぞき込むリュオネの顔が見える。
僕も冷たく湿った防寒手袋をはずし、かじかむ手で口元の防寒マスクをバイザーごとヘルメットの上に引き上げた。
「うん、大丈夫」
大丈夫だけどまったくの平気でもない。
中つ人より素の運動能力が高い皇国人のリュオネは平気そうだ。
僕も普段から飛び石で宙返りしたりして鍛えているんだけど、やっぱり他人の動きに合わせる必要があるから勝手が違う。
「まぁここまでの長距離飛行は竜使いでもそうしないからな。しかも人に見つからないように雲の高さまで上がっているからなおのことつらいだろう?」
そんな事を言いながらショーンが笑っているけれど、顔が青ざめているばかりか、手足ががくがくと揺れている。
いや、一番まずいのショーンだよね?
「ショーン、あと少しだからこらえろ。ほれ、ホーリーワーツの丸薬を飲め」
デニスに渡された水と薬をあおったショーンはそのまま崩れるように横になった。
「みんな、右見て右!」
空の色が沈み、雲のゲラン色が鮮やかになった頃、オルミナさんが興奮したように声をあげた。
唐突に雲が切れ、下界の光景が目に飛び込んできた。
「街全体が光っててきれいだねぇ」
「うん、半島同士がちょうど角をぶつけてるみたいだ」
眼下にみえるのはティランジア地方随一の港湾都市ビザーニャ。
海をそのまま陸にしたような起伏に富んだ丘、大小いくつもの尖塔と海にかかるアーチが特徴の、別名、”双金牛の都”だ。
「これが見たかったのよ。ビーコのペース配分は完璧でしょ!」
こんな時にもオルミナさんはビーコを持ち上げるのを忘れない。
「さ、本当はもっと低い位置で見たかったけど、敵にみつかったら面倒だからね。このまま第八の調査員が待つ合流地にむかうわよ」
ビザーニャを離れ、山をはさんだ反対側に降り立った。
「この廃墟が調査員の指定した合流地か」
半ばから折れた尖塔がみえる廃墟はいかにも盗賊が巣くっているような場所だった。
「スズさんの話では尖塔のドアに石を二個ぶつければ良いって話だったよな」
さっそく浄眼でドアにむかって小石を打ち出す。
「てっ敵襲、敵襲だ!!」
撃ち出した小石の勢いが良すぎてドアを破壊してしまった。
尖塔からの叫び声と同時に、廃屋から盗賊や孤児のような人達がわらわらと武装して出てくる。
現地協力者だろうけど、多いな。種族は様々だけど一様に汚れている。
「すまん、事故だ! 三十番に会うために来た」
殺気立つ相手方に弁解と調査員に会いに来た旨を伝える。
「ザート? 次から横着しないで手で投げなよ」
「すまん、気をつけるよ」
リュオネに怒られたので反省していると人垣が割れ、頭にかぶる水色のアリアヴェールとギレズンという、袖口とすそだけがゆったりしているこの地方のワンピースを着た妙齢の女性が現れた。
「あらあら、お客様はもしかしてせっかちなのかしら?」
女性はこなごなになった尖塔の扉をみて頬に手を当て小首をかしげた。
困ったようなハの字の眉と糸目が色気を放っている。
「ああ、失礼しました。私の事はサティとおよびください。詳しい事はお部屋で話しましょう」
たおやかな仕草で尖塔横の比較的ましな廃墟にむかうように促してきた。
エヴァとはまた違った意味で女性を感じる人だな。
ぱさん
そんな僕のお尻に大きな尻尾が触れた気がした。
振りかえってもそんなものはない。
横にいるリュオネは正体を隠すためにもう耳も尻尾もしまっているのだ。
「そうですね、仕事の話をしてしまいましょうか。せかすようですみませんが、静かに話せる場所まで案内願います」
不機嫌な尻尾にせかされるように僕は簡潔に用件をつたえた。
「ねぇ、ザートって着々と調教されてない?」
「本人が望んでるんだから良いんじゃねぇの?」
後ろでアルバトロス達が何か言っている。
うるさいよ?
いつもお読みいただきありがとうございます。
新しい街、ビザーニャです。
【皆様の応援は最高の燃料です!】
面白かった、続きが読みたいと思った方は、下にある★★★★★やブックマークを押して応援いただけると嬉しいです!