06_15 風呂上がりに報告を聞く
「ぬぅぅぅ……」
「くはぁぁぁ……」
異界門調査を終えた僕らは、第三十字街の拠点シリウス(クローリスによって勝手に名付けられた)に戻ると、帰る途中に寄ったバーベンの温泉を持って帰り、調査の疲れをいやしていた。
「コトガネ様、温泉につかって大丈夫なんですか? その、出汁的な意味で」
「出汁とはなんじゃ。普段から浄化魔法をかけとるわ」
コトガネ様、汚れの問題じゃないです。
だって今コトガネ様全裸じゃないですか。
スケルトンが湯につかってればそういう発想になりますよ。
と突っ込む気力も湧かず、黙って湯につかっている。
「こんな身体では、おぬしらと同じ釜の飯を食えんのだ。風呂くらい一緒に入らせろ」
そんなことを言ってすねるスケルトン。
寂しかったんだね。
遠征メンバーのやりとりを聞きつつ、浅い場所に陣取って調査の事を思い返す。
ダンジョン化していたライ山だったけど、どうやら最後に襲ってきた七人の魔人がボスだったらしい。
報告をしなければならないギルベルトさんがビーコに乗って第五中央砦に向かい、残された僕達は行きと同じく徒歩で帰った。
違う所といえば、僕が浄眼をつかって魔素だまりをみつけては魔砂をトロールしていった点だ。
ジョアン叔父を確実に倒すためには手持ちの駒を増やさなくちゃいけない。
周囲を巻き込まない範囲でもっと強い魔法を、もっと大量に。
そのために自重などしていられないのだ。
それにしてもさっきからじんわり魔素の感覚があるんだよな。
今回採取した温泉の泉質かな?
浄眼で確認すると確かに温泉に魔素が溶け込んでいるみたいだ。
これに長くつかっていると冒険者として寿命が縮むから回収しとくか。
ん? なんか濃淡があるな。
白い輝きをたどっていくと、輝く白い骨にいきついた。
「ちょっ、コトガネ様! 漏れてます!」
「なっ!」
いっせいに遠征メンバー達が距離をあけた。
「ばかいうでない! スケルトンが漏らすか!」
僕の不用意な発言でしばらく浴場内が阿鼻叫喚の騒ぎになった。
ダンジョンに行って増えていたコトガネ様の魔素を減らして事なきをえたけれど、コトガネ様にはしばらく恨まれることになりそうだ。
湯あたり気味の身体を冷ますためにビーコの竜舎の隣にある竜騎兵詰め所で休んでいると、スズさんが入ってきた。
「油断していると風邪を引きますよ。制服に袖を通して下さい」
今肩にかけている丈の短いコートはクローリスが作った新しい装備だ。
だらだら着ているとまた言われるので急いで制服を整える。
気遣ってくれるのはうれしいけど、行儀にうるさかった母親を思い出すよ。
もういないけどさ。
「おまたせ。それで、何の件だったかな」
風呂に入ったし、正直今日は仕事をしたくないんだけどな。
という雰囲気を出してもスズさんは一切気にしてくれない。
たとえ察していてもだ。
「ウジャトと血殻収集の件です。現状報告してもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
暗くなりかけた空をみようと窓の外を見ると隣の竜舎のビーコと目があった。
わかってくれるかビーコ。この諦めの境地を。
無性にオルミナさんのようにビーコの首に抱きついてモフりたくなった。
後でさせてもらおう。
「現状、収集していた情報の中にウジャトの情報はありませんでしたので、アルドヴィンとティランジア方面に向かう第八の連絡員に、情報を集めるように指示しました。アルドヴィン南部紛争地帯、ゲルニキア、帝国各所にいる全第八小隊隊員に情報を集めさせます」
「相当大規模だね」
「当たり前じゃないですか。ジョアン——、『蛮勇』のジョンは異界門事変当時、遊撃手として非常に有能でした。魔人となった彼とリュオネ殿下と団長達が戦うのはさけるべきですし、戦うなら万全を期すべきです」
少し気まずそうに口を閉じたスズさんにかるく手をふる。
スズさんはハンナを助けたときに僕の正体は知っているんだ。
今更ジョアン叔父の名が出たところで気にしない。
「それで、血殻の方は?」
「団長がおっしゃっていた、バルド教の血殻を運んでいたフランシスコ商会を探り、入手経路を確認します。近隣であればバーゼル帝国が最大の消費地ですので、そこにたどり着ければ血殻の確保につながります」
「バルド教と奪いあう事になるけど、それはどうする?」
——コッコッコッ
「失礼します。ブラディア王国軍の中尉、様がいらっしゃってます。入れ、おつれしてもよろしいでしょうか?」
衛士隊のニルが、若干あやしい言葉遣いで知らせに来てくれた。
ギルベルトさんの姿が曇りガラスの向こうに見えてるんだけどね。
「いいよ、入ってもらって」
ニルがさがると、代わりにブラディア王国軍の軍服に身を包んだ眼鏡の人、ギルベルト=ルッテ中尉が入ってきた。
「やあ、ザート君、数日ぶり」
スズさんに軍式の敬礼をかわすギルベルトさんは数日前より少しやつれて見える。
「わざわざ登ってきてもらってすみませんが、ここは少し寒いでしょう。下で話しましょうか?」
「いや、急ぐのでここでしてしまいましょう。ただし王からの新たな依頼ですので、そのつもりで聞いてください」
その言葉で僕をふくめた三人の空気が一気に張り詰めた。
「クラン【白狼の聖域】に、異界門封印の鍵の確保を依頼する。期限はアルドヴィン王国との開戦日前日。報酬は白金貨百枚一億ディナ」
元々やろうとしていた事だ。
断る理由もない。
僕とスズさんは頭を深くたれて拝受した。
「それと——」
頭を上げて油断した所でギルベルト中尉がいたずらっぽくこちらに笑いかけた。
「ザート君、あくまで内々の話だけど、君に叙爵の話が出てるからね」
ギルベルトさんは既に僕らが鍵確保に動いていることを知っていた。
にもかかわらず、わざわざ急いで来たのは、この話を伝えるためだろう。
ついに来たか。
僕はゆっくりとため息を吐いた。
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