06_05 男爵とバルド教の裏取引
〈三人称視点〉
グランベイ港を望む北岬砦の一区画、グランベイ港代官の居館に、甲高い男のヒステリックな叫び声がひびく。
「あの小娘どもがぁ!」
第三十字街より戻って数日が立ったにもかかわらず男爵——ドナルド・グランベイ=ファストプレーンの怒りは続いていた。
「地図を売り込みに来た時になぜ魔鉱銃を一緒に出さなかったのか! 私をただの代官だと思ってあなどったのか! 我が家だけが魔鉱銃をもっていないのでは戦の際、良い恥さらしではないか!」
ダイニングの食卓にたたきつけるようにゴブレットを置き、つきることのない怒気を吐き出している。
男爵の怒りは的外れなものだ。
【白狼の聖域】が地図の営業に来ていた時にはすでに王国、グランドル領、バーベン領はそれぞれ独自に魔鉱銃の情報を入手して、【白狼の聖域】と交渉をしていた。
彼らとの交渉は途中であり、他の客にいつ渡せるかわからない状況だった。
そんなときに商品を売り込む商人はいない。
さらに、ファストプレーン家の能力不足もあった。
第五中央砦の事件で【白狼の聖域】が魔鉱銃を使っているのを見たニコラウス、コズウェイ、ロター各領の兵は急いで上司に報告した。
魔鉱銃の有用性を即座に理解した領主は【白狼の聖域】に事実確認した後、交渉せずに王都へと向かった。
戦争前においては、まずブラディア王に新兵器の情報を伝えるのが筋と考えたためだ。
王は既に情報をつかんでいたが、彼らの忠誠心への褒美として王国軍が受け取る予定だった魔鉱銃の一部を彼らが買い取れるようにはからった。
彼らのような判断ができる者が今のファストプレーン家にはいなかった。
港から上がる高額の税金を如何にかすめ取るか、港の臨検で如何にわいろをせしめるか考える者ばかりだったのだ。
——しかし意外な所から朗報がはいった。
「なに? 魔鉱銃らしき商品をもった船が入港した?」
まるで男爵が一番欲しいタイミングを計ったかのように、魔鉱銃の情報が船荷を確認する臨検の兵よりもたらされた。
「は。外見に違う所はありますが、魔法を生むつぶてを打ち出す道具であるのはまちがいありません」
「そ、そうか! それで、どこの商会だ!?」
「フランシスコ商会です。この港にも支店をもっておりますので、いざとなれば差し押さえることもできます」
「おお、いつもまめにあいさつに来るあの者の所か。では今宵はこちらから出向くとしよう!」
もはや海賊と変わらない思考をする部下をひきつれ、男爵は一刻もはやく魔鉱銃を手にするために港の商会に向かった。
―― ◆ ◇ ◆ ――
「男爵閣下みずから品を改めて下さるとは恐れ多い事です」
人目をさけ、専用の階段で港におりた男爵一行を出むかえたのはフランシスコ商会会長を名乗る太った男だった。
「うん? 初めて見る顔だな。前の商会長は引退したのか?」
目の前でへりくだって頭を下げる男は男爵が以前に見知っていた男ではない。
「ごあいさつが遅れ申し訳ありません。前会長が病にふせった事により、今は私が商会を切り盛りしております。それで、私どもの荷に御用があるとうかがっております。倉庫にお出ししてありますがいかがいたしましょう」
少し違和感をもった男爵だったが、商会長の言葉ですぐに頭の中は魔鉱銃の事で一杯になる。
案内されるままに倉庫に入り、魔導灯に照らされた一角を見ると、いくつも詰まれた細長い箱の中に銃があった。
「おお、これが魔鉱銃か……なんだ、あやつらから買わんでも、他でもつくっていたではないか」
男爵は商会長から受け取った銃を持ち、満足そうにわらった。
「おい、これはどこから買って、どこに売るつもりだった?」
「は、はい。ゲルニキアで買い付けました。南アルドヴィンの紛争地帯で売ろうとしていた所です。なにかお気に障ることでも……」
恐縮した様子の商会長を前にして男爵は心のなかでほくそ笑んだ。
「おい、正直にいえ。これはバルド教がつくったもので、アルドヴィン王国に引き渡すものだろう? これがアルドヴィン王国に渡れば我がブラディアはあやうい。そのようなものを通すわけにはいかんな」
男爵がしたり顔で口にしたゲルニキアというのは、ティランジアの一地方で、バルド教の総本山がある。
バルド教とアルドヴィン王国の宰相がつながっているのは男爵も知っていた。
男爵にすごまれた商会長は目を見開いた後、大きく頭を下げた。
「申し訳ございません、なにとぞおみのがしを! 前商会長はバルド教と深くつきあっており、断り切れなかったのです!」
膝をつかんばかりにゆるしを乞う商会長を見下ろしながら、男爵は口の端をつり上げた。
「よい、よい。おぬしら商人に責任を取らせようとはおもっておらぬわ。ただ、これよりごまかせる程度の数の魔鉱銃を”たのむ”ぞ。ああ、魔法の入った筒もな」
「は、はい! では銃五丁に弾丸千発が入ったこの箱を”お改め”下さい」
のどから手が出るほど欲しかった魔鉱銃が賄賂としてただで手に入った事に満足した男爵だったが、もう一つ、商会長を利用しようという考えが浮かんだ。
「ふん、五本か。不足だがとりあえずはまあ良い。そのかわりに頼みたいことがあるのだ……」
商会長に恩を売ったつもりの男爵は歯をむき出して笑い、緊張した様子の相手の耳に頼む内容をささやいた。
その際、商会長の口の端がヒルの如く歪んで笑っていたことに、男爵とその一行は最後まで気がつかなかった。
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