05_26 魔人の中の血殻
左手に持った神像の右眼——小盾の峰で魔人の曲刀を受け止めた。
小盾をわずかにひねり、良質だけど刃こぼれがひどい曲刀を左側に受け流す。
同時にこちらも曲刀を取り出し、相手の首をねらう。
けれど斬撃は空を切り、小柄な魔人は僕の間合いの外に大きく飛びのいていた。
予想を上回る身体能力だ。
軽装鎧を着た身体は細く、ひさしの付いた兜からこぼれるのはフォクステールの葉のように生気の無い一房の明緑色だ。
第何位の女性銀級冒険者だったのかしらないけど、聞いていた通り、魔人となったことで身体能力が底上げされているらしい。
黄昏色に輝く双眸にはただ憎しみだけがあり、緑に近くなった肌から生前の様子をおしはかることはできない。
これが魔人。
ゆるやかに干されていった魔人グレンデールとは違う、熟練の冒険者が生きたまま獣になった姿か。
「リュオネ、いけるか?」
さっきの攻防の中で身体を入れ替えた一瞬、リュオネと重装甲冑を着た魔人が対峙しているのが見えた。
武器は同じロングソード。
相性は悪くない。
「いけるよ!」
声が肩越しに帰ってきた直後、後ろで重そうな剣戟の音がひびいた。
けど、コトガネ様から牙狩りの技を受け継いでいるリュオネなら大丈夫だろう。
「魔人は頭を切り離してもしばらく動くから、気をつけて頭をつぶして!」
「わかった!」
まずは安全に倒していこう。
攻略はその後だ。
『双璧!』
魔人の両側に人が収まる大楯を生み、両側から高速の石柱を排出する。
けれど魔人は潰されるより速く後ろに飛びさがった。
「魔力を感知しているのか!」
石柱が現れる前に、すでに飛んでいた。
魔力を感知するとなると、他の魔法も当てるのは厳しいか。
切り結ぶため、こちらから身体強化して斬りあいに持っていく。
敵の袈裟切りを小盾でそらせ、腕に曲刀を打ち下ろす。
敵は拳を引いて引いて攻撃をさけ、地を蹴って立ち向かってくる。
コトダマを口に出来ないため、魔人はスキルを使っていない。
けれど、スキルによらなくても同じ動きはできるし、魔人になったことによる純粋な身体能力の強化がある。
「魔人にもっとも有効な武器は、人間用の武器である、と」
冒険者の講義で、罠じゃだめなのか、という質問に講師が答えた言葉だ。
習性が決まっている魔獣とちがって、魔人は人の知性を残している。
彼らと遭遇したときに生き残りたいなら、魔獣を狩るために便利な罠を使わず、普段から刀槍を使い練度を上げるべきだ、と講師は話を終えた。
これが、冒険者が刀槍をつかう理由だ。
何度目かわからない突進を受けつつ叫ぶ。
『ヴェント・ディケム!』
動きを急加速させ、反撃に転じる。
曲刀をたたきつけるようにした連続攻撃にひるみ、後ろにさがろうとした魔人が土壁に勢いよくぶつかった。
反射的に後ろを向いた魔人の首を、拍を置かずに刈り取る。
戦闘中の小技程度なら罠も許される。
「魔人の魔力感知は行動中は無理なのか、ロックウォールの魔力が小さいのか、検証が必要だな」
それに、僕のようにコトダマなしで魔法を使う魔人もいるかも知れない。
用心はしておこう。
そう思いながらなお襲ってくる魔人の身体と数合打ち合って切り伏せると同時に小型の”双璧”で頭部も破壊した。
視界の端で翠の光がこぼれた。
振りかえると、巨人のような魔人が光の粉を放ちながら、膝から崩れ落ちるところだった。
「平気だったか、リュオネ?」
「まさか魔人と戦うとは思わなかったけど、マガエシをちゃんと使えていることが確認できてよかったよ」
注意深くたずねたけれど、リュオネは自然な笑みで問題ないと答えた。
こういうものは下手に感情のひだをさらさない方が良いとリュオネもわかっているんだろう。
人を殺したとかどうとか考えず、やるべき事を機械的にやることにする。
気になったことを確かめるため、リュオネの隣に立ち、光っている魔人の遺体を大楯で収納した。
=
血殻(砂状)
凝血石(大)
ビリーの防具
ビリーの銀級冒険者証
……
=
冒険者証を見て、改めて苦いものがこみ上げてきた。
思考を切り替えよう。
リュオネがマガエシで倒したから血殻がでたのか? でもニコラウス領でマンティコアにマガエシを使った時はこの光は出なかった。
「どう思うリュオネ?」
大楯で土を収納し、小型の魔人の骸と大型の魔人の装備を埋めている間に血殻について聞いてみる。
「普通の魔獣からは出なかった。リヴァイアサンと魔人からは出た。という事は、元人間の身体は血殻で構成されているとか?」
あるいは普通の人間の死体でも収納すれば血殻が出てくるとかだろうか?
どういう仕組みなのか、今は結論が出せないな。
頭を振って、答えの出ない問いを頭から捨て去る。
「……ザート、あれ見て」
戦いの終わりの余韻にひたっていると、静かな声とともに張り詰めた表情をしたリュオネが遠くをゆびさした。
視線の先には魔人が三体、フォクステールの茂みの間を歩いていた。
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