05_23 クローリス打ち上げ(一人ナベ)をする
《クローリス視点》
北岬砦から坂道を下る途中、夜の色にかわりつつある空をながめると、いくつか星が見えます。
冬が近づいて日が落ちるのが早くなりましたねー。
手に息を吐きかけてから幹部用の白銀のマントを裏返します。
街に降りるのにそのままじゃ目立って仕方ないですから。
変色の魔道具を調整して……、ふふ、今日の気分は山吹色です。
なぜなら、お金がはいってくるから!
ついさっきグランベイの領主、ファストプレーン男爵と地図作成の契約を結んだから!
「グランベイ攻略、やりました!」
ここまでくればもう北岬砦に声は聞こえません。
存分に吠えてやります。
「どんだけこっすいねーん!」
本当、ストレスのたまる交渉でした。
バーベンのおじいちゃんとのわきあいあいとした話し合いが恋しいですよ。
「ほんとに、おつかれさまでした」
隣を歩くゾフィーさんがため息をついたので、持ってもらっていた荷物をいただきます。
「王都までの直線街道を作る、って条件に最後までしがみついて! 最後まで納得してませんでしたよねアレ!」
「長城を作る魔道具はブラディア王しか持っていないですし、そもそも交通を長城に限定するメリットを理解していないのでしょう。あるいは分かっていても、領内から得る税金を増やしたかったのでしょう」
私のグチに淡々と応じるゾフィーさん。
いつもの構図です。
「今日は呑みましょう! パッと祝勝会しましょうよー」
ストレス溜めるの良くない!
私は何事もその日のうちに解消したい派なのです。
久しぶりのグランベイ、なにを食べましょうか。
ですがゾフィーさんの反応がかんばしくありません。
「……今日は遠慮します。市場ですぐ食べられるものを買って、拠点でゆっくりさせてもらいます」
そういって肩をもむゾフィーさん。
むぅ、本気のお疲れですか。そういわれては仕方ありませんね。
竜の巣も下手なレストランより快適ですし。
市場で暖かいマルドワインに加えて、ウルソ茸と帽子ウサギのシチューや味をつけたオイスシェルなどを買い込んで、ゾフィーさんは南岬の拠点に続く坂を登っていきました。
足取りが軽いのはやっぱり楽しみだからでしょう。
わかります。竜の巣の暖炉って暖かいですよね!
「でも、今日の私の気分はオイスシェル鍋なのです!」
――◆◇◆――
「「「ぇらっさいっせーっ!」」」
私がのれんをくぐったのは夏にも来たお寿司屋さん、トヨアシハラです。
あいかわらず威勢が良いですね。
「あらクロちゃんおひさしぶり」
「あ、おミキさんご無沙汰してます、それとクロちゃんはやめて?」
若女将のミキさんは偶然にもハギの模様をした山吹色の着物をきてました。
このやりとりも久しぶりですね。
初めてお店に来たときに酔っ払ってリュオネの秘密を暴くという大失態を犯した私はその後もちょこちょことお店に通って”殿下がいるって内緒ね”とお客さんにふれてまわりました。
それくらいしか私にできることはありませんでしたし……
「今日のお目当ては?」
「ホウライ酒ぬる燗とオイスシェル鍋で!」
突き出しのお皿を置きながら聞いてくるので元気よく注文すると、ミキさんははいはいと笑いながら去っていきました。
まわりをみるとみんな暖かい鍋や焼き物を頼んでいる人達ばかりです。
そして家族やカップルばかり。
この季節は人恋しいですからね。私は寂しくなんてないですけど。
このお店に通ったせいでお一人様でご飯を食べるのにも慣れました。
ええ、寂しくなんてありません。
そんな事を考えつつ待っていると、厨房の若い衆が箱にシャコ貝のように大きな貝を乗せて運んできました。
「はいオイスシェルおまち! 熱いよ!」
殻をささえる石もあついので、熱気がむわっと来て、すこし早いですけど、これぞ冬という感じです。
ぶつ切りにしたオイスシェルの白い身がぐつぐつぷるぷるとして……はやくたべたい!
「はいぬる燗お待ち!」
続いてミキさんがお酒を持ってきてくれたので、一人祝勝会を始めたいと思います!
おなかは突き出しの山芋で準備万端。
悪酔いすることもありません。
冬は熱燗、というおじちゃんは多いですけど、私にはまだちょっとはやいかな。
ほどよくあったまったお酒はほんわりとやさしく身体を温めてくれます。
「そして、本命〜」
小鉢にとっておいたぶつ切りの貝の身と、冬なのに鮮やかな緑のガランマムを一緒に食べると……うは! プリプリです!
ゆずの香りのガランマムと味噌味のオイスシェルが、先におなかに入っていたお酒をかっとあたためてくれて、うん、たまりません!
追いかけるようにお酒を一口、するとさっき食べたオイスシェルの旨みが戻ってきて、あ、これは無限ループの予感……
いやいや、ここは控えなければ、二度もやらかしたら出禁になってしまいます。
おつゆも飲んで……あぁ、しみるぅー。
これはたまりませんねぇ!
「堪能してるみたいね」
ちびちびとお酒を飲んでいるとミキさんがマスを片手にやってきました。
あの中はきっと熱燗でしょう。
「お、もう上がりです?」
「うん、あがっちゃうー。店締めまでは自由時間よ」
にひひと二児の母とは思えないかわいらしさでおちょこを差し出してくるので手元のチロリからお酒をついであげます。
「……おいし。寒くなってきたからお酒で身体をあっためないとねぇ」
「温泉も加わればなおよしです。この間バーベンに行ってきました」
ちょっとドヤ顔でいってしまう。
「えーバーベン! 良いなー。あれ? でもクロウちゃん銅級じゃなかった?」
驚いた後に小首をかしげるミキさんかわいいです。
「クランの業務で出張です。アルバトロスのビーコに飛んでもらいました。詳しくはいえないですけど、ここに来たのも同じ仕事なんですよ」
納得したようでミキさんはしきりにうなづいている。
「ああ、そういえばクロウちゃんは【白狼の聖域】の幹部だったね。グランベイのティルク街でも白狼の評判は上がりっぱなしよ。王国からのティルク人難民を受け入れているって時点で受けは良い上に、皇国軍人が入っているから強いし、真竜はいるし、なにより見目麗しい白狼姫が率いてるっていうのが大きいわね」
力強く語り出すミキさん。
そこに私の名前は入っていなくても悲しくないですし。
クランの収益面で一番貢献してるんだけど悲しくないですし
「あはは、リュオネ殿下は副団長なんですけどねー。団長のザートの噂って全然ないんだ。ざまぁー」
そうだ、私よりザートの方がよっぽど影うすいじゃないですか。
人をつかってばっかりで自分で外回りしないから噂にならないんですよ。
あ、でも私外回りしてるのに影薄いや……
とか思っていると、なにやらミキさん、ニヨニヨしてますね。
嫌な予感がします。
「ザート君はねぇ、めざとい女性冒険者に大人気よー」
うぇ!? そうなんですか!
「元々プラントハンターの名前は銀級冒険者には知られていたし、武器屋さんで殿下と大立ち回りしたでしょ? ひょろっとした見た目なのにやたら強いって注目されてたのよ」
あんまりな意外性に私も口をあんぐりです。
ザートって人気だったんだ、へぇ、へぇー。
「ま、殆どの子は白狼姫さまと一緒だからどうせ無理って憧れるだけらしいけどね。中には彼目当てでクランの入団審査に行く猛者もいるんだけど、なぜか抽選ではずれちゃうらしいのよねー」
あ、それリザさんとフィオさんがはじいてるんです。
あきらめてください。
なんて言えませんね。
「……でさ、クロウちゃんはどうなの? やっぱりお姫様にはかなわないってあきらめちゃうの?」
は? はぁ!?
「な、なにがですか! 私が何をあきらめるっていうんです!?」
大きな声のせいで他のお客さんに見られてる。
お酒が入ると調整できないね。
「えー、アンジェラちゃんの話じゃ、クロウちゃんとザート君がくっつくのもアリってギルドでは思われてるらしいよ? おなじパーティなんだから殿下は別格として、他の子より断然有利でしょ?」
みんな! なに勝手なこといってるかな!
「ありえないですよ! クランになってからザートは調子に乗ってるんです! 私に書類仕事や営業まわりとか押しつけて面白がってるんですよ? いじめっ子ですよ鬼畜ですよ!」
ぐいっとおちょこを空にするとたぁんと軽く机に打ち付ける。
「へー、ザート君って可愛い子はいじめたくなっちゃうタイプなのねー」
な……なんでそういう解釈に……
いや、でも浴衣で迫った時はいけそうな雰囲気だったし……
ラバ島でも水中で踊ってロマンチックだったし……
アリなのか? いやいやおかしいでしょリュオネいるんだよ?
「おーい。そのへんにしとけ。真っ赤じゃねぇか。またつぶれっちまうぞ」
あ、大将……お水ありがとうです。
「いやー私は早くに結婚しちゃったから、他人の恋路で楽しみたいのよ」
「楽しみたいって、ミキさんひどい! ひやかしなら帰って!」
「いやここ私達の店だし?」
しれっと返すミキさんにぐぬぬとなる。
「クローリスよ。まぁあれだ。ホウライ皇室は婿にも側室をもたせてくれるらしいから、アプローチしても無駄にはならねぇよ。がんばんな」
大将……あなたもですか。
あ、まずい、お酒まわってきた。
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