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04_30 万法詠唱


 その後、一進一退の魔法の打ち合いが続いた。

 打ち合いといっても、クランリーダーが使う魔法は接近戦に持ち込むために放つ牽制の下位魔法だ。

 対するガストンは中距離を保ちつついたぶるように中位魔法を撃っている。


 私にはこの戦いの意味がわからない。

 書庫には上位魔法すら入っているはずなのに、クランリーダーは法具をいっこうに使わない。

 自分が脅威だと思われないための偽装工作?


 頭に浮かんだ予想はおそらく正しい。

 それなのに、身体強化も満足にせずガストンへと追いすがっていく彼の姿を見ていると、偽装工作だけではない様に思える。

 

「しつっけぇな! もうお前じゃ俺に追いつけねぇんだよ!」


 低いうめき声に顔を上げるとクランリーダーの右腕から血が滴っていた。

 SPが尽きるまでして、彼は何がしたいんだ?

 もう彼は普通の魔獣と変わらない。攻撃された身体には激痛が走り、身体能力は下がっていくばかりだ。


「な? 分かったらここで死ねよ。お前を持ちかえったら学院の全員の笑いが取れるんだよ。ターゲットを逃がした失態もそれでチャラだ」


 ガストンは手に持ったメイスを振り回して肩に乗せた。

 最初の余裕を完全に取り戻し、再びにやけた顔で勝ち誇っている。


「高等に進んだ奴らは皆お前を気にかけてるんだぜぇ? バルブロ商会との契約を守れなかった赤っ恥のシルバーグラスはヴェーゲン商会を手放したって貴族の間では有名だからなぁ? お前の妹も今頃はバルブロの坊ちゃんにかわいがられているだろうなぁ。くっそうらやましい」


 思わず私は息をのんだ。

 政治にくらべればささやかなゴシップだけど、皇国軍が収集した情報を管理する身として、シルバーグラスの件は小耳に挟んでいた。

 クランリーダーがヴェーゲン商会の嫡男だったのか。


 未だ動かない領軍の貴族達も含み笑いをし、意味がよく分かっていない一般兵もお追従のように笑い始める。


 けれど、クランリーダーは表情を変えることも、言い返すこともしなかった。


——鋼よ。我が意にそって事を為せ。


 その代わり、一言、ボソリとつぶやいた。

 先ほどより冷え切った彼の詠唱はさながら呪詛のように私の耳を震わせたけど、嘲笑の波によりガストンには聞こえなかったようだ。


 一瞬で鋼糸で編まれた網が地面から飛び上がりガストンを包む。


「くっ! 下位地魔法の”鋼糸”くらいで俺を止められると思うな!」


 ガストンが鋼糸を焼き切ろうとしたのか、メイスが朱く光る。

 けれど、魔法を当てられた鋼糸は朱くなっただけで切れることはなかった。

 逆に鋼糸は土の中に沈んでいき、ガストンを完全に地面に縫い止めてしまった。





「無駄だ。練度が高ければ鋼糸は上位魔法にも耐える」


 そういうと、クランリーダーは鋼糸にからめとられたガストンの手からメイスをもぎ取った。

 戦闘中だというのに、メイスの機関部をしげしげと眺めている。 


「へぇ……市中には出回らないものだ。高等学院は劣等生にはこういうものを与えてブランドを保つんだな」


 普段の彼らしくない口調で皮肉を言うと、クランリーダーはコトダマを発しようとしていたガストンの口にためらいなくメイスを振り下ろした。


「おぶっ!やめろくそが! 痛い! 痛い! 痛い!」


 ためらう事無く何度も振り下ろされるメイスの攻撃に、はじめは悪態まじりだったガストンの声は次第に悲鳴に変わっていった。

 けれど、ガストンの悲鳴にかまわず振り下ろされていたメイスが唐突に止まる。

 代わりに響いたのはコトダマではない詠唱だった。



——土よ

 ——授けたまえ、授けたまえ、授けたまえ

 ——シキの泉より湧き出でり我が魔力もて、理の針をすすめたまえ

 ——汝万物を内にはらみし母なれば

 ——我が敵を害すための一切を産み落としたまえ


 攻撃が止んだことで再びわめくガストンにかまわず句は詠まれるが、いまだ何の魔法も出していない。

 これは万法詠唱だ。

 コトダマによる縛りを無視し、自由に魔法を作り出せる、スキルではない純粋魔法。

 ただし、これは年を重ねた熟練者が研究用に使うもので、若者が戦いの場で使うものじゃない。



 ——地中にこごり、万物を貫く槍を授けたまえ

 ——幾たび阻まれようとも、我が意のごとく、鋭さを保ち続ける槍を授けたまえ

 

 ——我重ねて願う

 ——汝万物の母より産み落とされし同胞はらからなれば

 ——我が意に沿いてその姿を表せ

 ——汝は我 あるじにしてしもべ いずくんぞ我が意にそわぬ事あらんや


『レグ・ナーゼル』


 詠唱の終わりともにガストンの身体が跳ねた。


 じりじりと鋼糸にからめとられたガストンの身体が持ち上がっていく。

 彼の身体の下にはいくつもの槍が並んでいた。


 ガストンの張る魔法障壁は目で見えるほど強力だ。

 槍は魔法により作られているため、相殺されてしまう。

 けれど、槍は割れた下から新しい穂先を伸ばし、次第に障壁を食い破っていく。


 槍によって持ち上げられたガストンの顔に張りつめた鋼糸がだんだんと食い込んでいく。

 魔法でも焼けない鋼糸にからめとられ、折れても折れても生える槍が魔法障壁を削ってくる恐怖。

 絶対に逃れられない恐怖がガストンを襲っている。


「フィリペ殿下! こちらが情けをかけ、手加減したのを良い事に、この男は罠を使い旧友を平気で殺そうとする狂情の輩です! 即刻切り捨てて下さい!」


 周囲の貴族達が自らの手勢を動かそうとしたのを公爵の息子が手で制した。

 意図は分からないけど、最後までやらせるらしい。


「なぜです殿下! いや、ヘルザート! 助けてくれ! 悪かった! あやまるから! 許して、許して下さい! ヘルザート!」


 ガストンのあらゆる体液で汚れた身体がクランリーダーの腰のあたりで止まった。

 クランリーダーはガストンの隣に立ち、冷酷な瞳で彼を見つめた。


「重ねて言うが、私はヘルザートという者を知らない——貫け」


 ガストンの絶叫とともに、地面に大量の血が流れる。

 同時に鋼糸と槍はとけるように消え、一つの高等魔術学院生の死体だけが地面に落ちた。

 クランリーダーはゆっくりと公爵に向き直り、もっていた槍を地面に突き立てた。


「王国の諸侯よ、これは戦にあらず! 故国に向かうティルクの民を襲う賊を討滅せんとする貴殿らに加勢した我らを、この者がゆえなく害さんとしたためやむなく討ち取ったものなり! この者の乱心なくば貴殿らとともに功をたてられたものを、かえすがえす悔やまれるぞ!」


 クランリーダーが古い言葉で戦口上を述べる。

 あまりに破綻はたんした理屈だけど、早い話が死んだガストンに責任をすべて押しつけようという提案だ。

 いかにも辺境の騎士、といった古くさい口上に対して、公爵の息子はまだ若いにもかかわらず意外にも老獪ろうかいに笑い声をあげた。


「委細承知した、父上にはそのように話しておこう! どことなりと行くが良い!」


 公爵の息子がかけた撤収の号令にあわせ、諸侯の軍が目の前を通り去って行く。

 私達二人が相手取っていた敵の数に、改めて戦慄せんりつする。


 もし公爵の息子が、難民からつかずはなれず、この連合領軍を首都ブラディアまで進めていれば、国でのクランの立場は大きく損なわれただろう。

 そのような事態を回避するため、クランリーダーは旧友との一騎打ちという”見世物”を演じて見せたのか。


 ボロボロになったクランリーダーにポーションを手渡し、去りゆく軍勢とすれ違いながらオルミナの待つ谷へと向かう。


「……理由をきかないんだな」


 森に入る手前で、それまで無言だったクランリーダーがボソリとつぶやいた。


 書庫を使わなかった事だろうか?

 それともウェーゲン家の嫡男という正体を隠していた事だろうか?

 なんとなくだけど、どちらも根っこは同じ理由な気がする。

 彼は高等魔術学院に入れなかったというコンプレックスをなくしたかったんだろう。

 そのためには書庫という法具無しで、学院に入った同級生と戦いたかったという事だろう。


「……足止めして戦端を開く口実を与えないため、以外に理由があるんですか? 泣き言ならきいてあげますけど」


 泣き言なんてひどい言い方だ。

 本当は優しい言葉をかけてあげたい。

 でも、自分の意地を通す姿を見た後に、どんな言葉をかければいいのか。

 こういう経験が少ない私は言葉の引き出しが少なくて、結局いつもの皮肉しか口から出てこなかった。


「じゃあ泣き言なんだけどさ、右肩の火傷を治療してくれないか? 体内の魔力もほとんど無いし、ポーションを飲むだけじゃ治りが遅くてさ」


 そういうと、クランリーダーがゆっくりと膝を突いて左手を身体の下にしながらうつ伏せに倒れた。

 歩けないと素直に言えば良いのに、何がおかしいのか、口の端だけあげたままで地面に頬をつけている。


「……はぁ。さっきみたいに自分でできないんですか?」


 どうせ治癒魔法だって使えるだろうに、と呟きながら身体の下の左手を軸にゆっくりとひっくり返した。


「そういうなよ。せっかく戦場で看護服きているんだから、それっぽくしてもバチはあたらないだろ」


 左腕で太陽の光をさえぎる元貴族の右肩に、私は苦手な治癒魔法をかけた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ザートくんも男でしたねぇ。 ここ何話か扱いが悪かったですけど、男を魅せた!
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