04_30 元学友との戦闘
ハンナの強化された太矢が放たれた時、私は総力戦を覚悟した。
公爵に矢を当ててしまえばもう失敗だ。
クランリーダー一人に任せるなどと言っていられない。
第七からの撤退完了の合図が来るまで、乱戦をしてでもできるだけ時間をかせがねばならない。
自身も戦いに加わるべく、ためらいなく第一小隊の側まで移動した。
しかし、公爵の息子は動けずにはいるものの、五体満足でいる。
高位の付与すら打ち破るハンナの矢だ。
矢避けの魔道具でそれるのがありえない以上、やったのは彼しかいない。
最悪な状況は免れたけれど、徐々に別な最悪が訪れつつある。
第一大隊の足が止まっている間に敵の右翼と左翼がスライドして私達を取り囲もうとしてる。
魔法使いのいる五百の敵に八十の騎兵でどれだけ踏みとどまれるだろうか。
「おい、騎馬隊の隊長。動くなよ。それから妙な身体強化もやめろ」
公爵の軍から鎧姿ではない、平服の男が進み出てハンナに右手の武器を突き出した。
魔力整流装置がついたメイスだ。
さっきの魔法をつかったのはこの男だろう。
特に気負った様子も無く淡々としている。
自身の実力に絶対の自信があるのか。
「ゆっくり兜をとれ。妙な真似をすればお前の部下を殺す」
大きな舌打ちとともにハンナの身体から朱い閃光が消え、兜の下からハンナの獰猛な顔が現れると敵軍からどよめきがあがった。
ハンナは大柄ではあるが、けっして醜女ではない。
ハンナが女だとわかった魔法使いの顔が醜く歪むのをみて、今後の展開がわかった。
「のぞみはなんだ。聞くだけ聞いてやる」
つまらなさそうにハンナが相手に問いかけた。
ハンナも予想はついているのだろう。
「望み……? 望みねぇ。俺に望みはないかなぁ。ただのフィリペ殿下の護衛だしねぇ。皆さんはなんかリクエストない?」
メイスで肩を叩いて背後をみる魔法使い。
当然のように殺せ、剥け、犯せといった反吐がでる野卑な言葉が虫の大群のように飛びかう。
かけられる言葉の恥辱にハンナはじっと耐えている。
第一小隊の背後に潜んでいる自分だけど、いい加減に腹が立ってきた。
彼は自分で時間稼ぎをしないまま、第七の撤退完了の報告があるまでハンナをさらし者にしているつもりなのか。
それに時間稼ぎ以前に、このままでは私達も包囲されてしまう。
「言伝てだ。第七小隊より、撤退が完了した」
唐突に横に現れた気配に、私の口からは自然とため息がもれた。
撤退が完了したからなのか、彼が逃げずにいたからなのか、あるいは彼の存在そのものについてなのか。
とにかく安心した。
「そうですか。それでは私達も撤退しましょう。手伝いは要りますか?」
「スズさんは残って。後は第七に合流させてほしい。これ以上は一般兵の作戦と偽装するのはむりがあるからな」
偽装をしないのであれば私が残る理由はなんだろうかと思い、たずねてみた。
すると、予想しなかった答えが返ってきた。
「僕が戦闘不能か死体になったとき、スズさんならリュオネの所まで運んでくれるだろ?」
平然と笑うその横顔を思わず凝視する。
彼が死を口にした事より、彼が自分を倒しうる脅威がいると判断した事に驚いた。
「相手は複数ですか?」
「いや、単独だ。たぶん俺しか狙ってこないから。戦闘が始まったらスズさんは少し離れててくれ。それじゃ、号令よろしく」
そういってクランリーダーはマントの目くらましの魔道具を切って法具から槍を取り出した。
本当になんでも使えるなこの人は。
いや、それはどうでもいい。
とにかく、第一小隊には離脱してもらう。
「ハンナ! 小隊をまとめてポールと合流して!」
「動くなっていっただろう! 『ボルク・レイン』!」
私の声と同時に発されたコトダマは一度。
轟音が連続して響く。
にもかかわらずこちらに攻撃が届くことはない。
土の壁の向こうで断続的に衝突音が響いている。
機敏に反応したハンナが小隊に矩形陣形をとらせて、閉じられつつあった包囲をこじ開けて走り去っていった。
ながく続いた轟音がやみ、土煙がはれる。
炎魔法でボロボロになったロックウォールの向こうには公爵軍勢が。
そして敵の魔法使いはこちらを呆然とみていた。
「おまえ……『能なしヘルザート』か?」
「ヘルザート……?」
隣に立つクランリーダーの顔を思わず見てしまった。
ヘルザートは本名だと想像がつくけれど、能なし? この人のどこに能なしの要素があるのか。
疑問を口にしようとしたけど、彼の張り詰めた無表情に気圧されてしまった。
「人違いじゃないか?」
殿下や他のメンバーには決して向けない、無関心の中に棘を潜ませた声が響く。
「いやぁ、ヘルザートでしょ。ひさしぶり、ガストンだよ。そうか、高等学院に入れなかったからどうしたのかと思えば、獣人なんかに拾われていたとはねぇ。同窓生としてはなさけないよ」
へらへらと笑いながら大げさなため息をつくガストンという男は不快だ。
周りにいる敵の連合領軍は、なぜか貴族もふくめ全員が二人のやりとりを見守っている。
「そうか。で、そいつはこの包囲網を突破出来ないくらい弱いやつなのか」
私達は完全に包囲されている。
とはいえ、私も彼もそれぞれ逃走手段を持っているので特に危機感は持っていない。
「は? 当たり前、だろう」
肯定はしたものの、ガストンはにやけ顔をわずかに引きつらせた。
「本当に?」
クランリーダーの一歩が相手を後ろにさがらせる。
ガストンもクランリーダーが強い事は分かっているようだ。
どうやら”能なし”というあだ名は嫉妬か何かでつけられたらしい。
公爵家の護衛という実力者が後ずさった事で、周囲の軍からどよめきがおこった。
「うるさい! スキルを一つも持てなかった背信者が調子に乗るなよ! 『ファイア・ジャベリン』!」
周囲の声でわれにかえったのか、顔を赤らめたガストンがメイスを振り上げる。
カゴのような打撃部の中が朱く光ると同時に炎の投げ槍が生みだされ、クランリーダーに向けて放たれる。
(え?)
クランリーダーが後ろに飛んで魔法を避けた。
いつもならどんな攻撃も飛び道具であれば書庫に収納してしまうのに。
「まだだ!」
ふたたび振り下ろされたメイスから、先ほどの投げ槍が幾本も打ち出される。
コトダマを発する事なく打ち出される魔法は一本一本の狙いが速くて正確だ。
クランリーダーに気圧されたからといって、始まる前に話した通り、油断していい相手じゃない。
「お前が地べたを這いずり回っている間、俺たちは最高学府で学んでいるんだ。お前が出来た無詠唱なんてただの手品だったよ!」
ガストンが愉悦の色を顔に浮かべて放つ魔法をクランリーダーは次々とかわし、メイスの間合いの外から槍を繰り出した。
「そうだ、お前は実技じゃ魔法を使わないんだった。ファイアアローも実戦じゃまともにうてなかったもんな!」
後ろに飛び退いたガストンが、自分の予想通りだと確信したように笑みを深くした。
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