01_12 女の園でスカウトされる
あの後リズさんに今からでも空いていそうな宿を教えてもらった。
そして着いたのがここ「子鹿亭」である。
「そりゃ空いてるよね……」
宿に入ると花とハーブと石けんの香りが出迎えてくれた。
子鹿亭は女性や女性がパーティにいる冒険者のための宿だった。
「いらっしゃいませ。あら、あなたお一人?」
おっとりとしたふくよかなおばさんが対応してくれたけど、男一人なのは珍しいのだろう。小首をかしげていた。
「あ、一人です。宿を取るのが遅くなってしまって、ギルドのリズさんにここを紹介してもらいました」
「あらまあ、それは災難でしたね。でも大丈夫よ。ここは男の人もいるから」
こういう場合も慣れているんだろう。
此方がどこに困っているかも察してくれている。
普通女の園に男が一人なんて、さらし者も良いところだ。
仮に何も知らない男がスケベ心を出して入っても、そいつは一晩で逃げ出すだろう。
「ビビ、この子をご案内さしあげて」
食堂で仕事をしていたらしい十二歳ほどの少女が小走りでやってきた。
「ビビです。お部屋までご案内します」
う、目がなんか怖い。やっぱりアウェイだ。
案内されたのはどこか小作りな部屋だった。
しばらく書庫の中身を整理していたけど、おなかがすいてきた。
「うーん、この分だとご飯の量も少ないのかなぁ」
そんなことを考えながら食堂に入ると、いくつもの女性の視線にさらされた。
でもここで引いちゃいけない。
堂々としてないとやましい事を考えているんじゃないかとか疑われるからね。
あ、男発見。
座った席の斜め向こうのテーブルに水色の髪をした男がいた。同じパーティらしき女性達がいるけれど、視線があった瞬間、お互い大変ですねという目をしてきた。
うん、確かに大変だよ、でも僕ソロだから。アウェイ感でいったら金級だから。そこんところ間違えないでね?
「はい注文は?」
ビビがメニューボードを突き出しながらこっちをにらんでいた。
「あ、おなかにたまるもので」
「はぁ? だったら黒パン十個持ってくるけどいいの?」
「よくないです。こっちのBコースでお願いします」
うぅ、アウェイだ……
でも、晩ご飯は大変美味しゅうございました。
山岳部なのであまり期待してなかったけど、いろんな食材がでてきた。
考えてみればすぐ近くに生産地があるんだから当然だよね。
品数も多いし、肉は塩漬けじゃないし、野菜はスープの出汁が美味しいし、生のサラダすらでてきたし。
気になっていた量も意外と普通だった。
客の多くは女性とはいえ冒険者だ。
たとえ戦士系じゃなくても毎日十デジィは歩く。
たくさん食べないとやってられないだろう。
それに聞き耳を立てていると、けっこう有用な情報も手に入った。
特にゴブリン、オークがどこに多くでるか、とかだ。
鉄級女性冒険者達にとっては絶対に共有すべき情報だからだろう。
無論、あくまで聞き耳を立てていたのは冒険者情報だ。
ガールズトークの方は心が折れる前にシャットウアウトさせていただいた。
「えー、絶対メンバー募集してるってー。じゃなきゃここに泊まらないでしょ」
「馬鹿だよねー、パーティに入りたい女なら逆に普通の宿に行ってるし」
プークスクス、という擬音が聞こえてきそうな会話が聞こえてくる。
シャットアウトさせていただきたい!
……はぁ、はやく自室に籠もろう。
そっと席を立とうとすると、目の前で女性が右手を出していた。
なるほど。座れと。話を聞けと。
浮かせた腰を下ろさざるを得なかった。
「すまない、話は聞かせてもらった。パートナーを募集しているなら私と一緒にいかない?」
背が僕とそう変わらない灰色の髪をショートカットにした女性が座りながら口説いてきた。何このイケメン。
「僕は募集してない」
周りに聞こえるようにちょっと大きめに返事をする。
「え? そうなの?」
「ソロでいこうと思ってるんだよ」
ソロ、すなわち訳ありというのは冒険者の共通認識だ。
これでこの娘も諦めてくれるだろう。
「君がいいんだけどなぁ。スキルなしであれだけ動けるんだから。一回だけ、一回だけ試させてくれない?」
眉根を寄せて困った顔をするイケメン。
「あれだけって、どれだけ?」
注意深く言葉を選んで質問する。どの行動を”あれだけ”とさしたのか。
まさか森での練習が見られていた?
「王都から来る途中、ゴブリンとガルウルフの群れと渡り合ってたよね? 少なくとも槍で『硬鞭』、ショートソードで『バッシュ』に相当する動きをして見せた。スキル発動のコトダマを言わなかったからあれは純粋な技術だったと思うんだけど違う?」
コトダマはスキルを発動する際の宣言みたいなものだ。
発現によって意図した行動を100%成功させることができる。
あの隊商の中にいたのか。心の中で舌打ちする。
だから他人の間近で戦うのは嫌だったんだ。
断って下手に勘ぐられるのも面倒だ。一回だけなら組もう。
森での法具の練習は見られていないのが救いか。
「あ、私はリオンだ。今はツーハンドフレイルを使っている。よろしく」
そんな僕の心を知らず、屈託無く右手を差し出してくる。
リズさんといい、最近は人の話を聞かないのがはやりなんだろうか?
僕は長くしなやかな指を見ながらため息をついて握手をした。
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