04_28 敵の集団と同窓生
ビーコの背中からみた眼下の光景は壮観だった。
アルドヴィン王国の中央地方の貴族が領軍を率いてこの公爵領に集い、それぞれの旗を掲げている。
人数で言えば五百はくだらない王国の連合領軍の方陣の威容は、未来の会戦を予感させる。
彼らも当然、斥候を多く放ち難民を連れた第一・第七小隊を探している。
にもかかわらず彼らが同じ位置にとどまっているということは、斥候が戻っていないのだろう。
つまり、斥候がよほど無能でないかぎり、第七小隊に無力化されているというわけだ。
一方的に敵を捕捉し、こうしてスズさんが僕を連れてくるまで隠れていられる、その時点で第七小隊は優秀だ。
「スズさん、第七小隊が凄腕なのがわかったからこそ聞きたいんだけど、第一小隊の隊長って、その……」
「ええ、阿呆ですね。ハンナという重装騎兵なんですけど、座右の銘が”包囲せん滅”ですからね。推して知るべしでしょう。彼女を押さえられるのは遊撃のエヴァか諜報のイネスですが、エヴァも違う意味で戦闘狂ですし、イネスは出払っていますし……第七小隊のポールには貧乏くじを引いてもらいました。もしかしたらいけるかも、とは思いましたが、やはり無理でしたね」
ポール……有能なのになんて不憫なんだ。
十字街に到着したらねぎらってあげねば。
「そろそろ目標地点です。降りてもいいですかー?」
「おねがいしまーす」
ビーコの肩に乗っているオルミナが振り向いて確認してきた。
僕らがいるのはビーコの腰のあたりだ。
機密事項を聞くわけにはいかないというオルミナさんの配慮である。
――◆ ◇ ◆――
「それじゃ、この谷の上で待ってるから、終わったら戻ってきてね」
オルミナさんがビーコを着地させたのは連合領軍の死角になっている岩山の裏だ。
「それでは、お願いします」
すごく気が進まないまま、僕はスズさんが乗りやすいように腰をかがめた。
見た目以上に重量感のある下半身が僕の腕に乗ってくる。
ついグランベイで手合わせした時のあらわになった下半身を思い出してしまった。
「なにか変な事を考えてませんか?」
腕のかわりに肩にかかる重みがふえていく。
さすがスズさん勘が鋭い。
そして爪も鋭い、ってか痛い。
「いいえまったく。じゃあ、下りますよ」
返事を待たずに、僕は谷底にむけて身体をおどらせる。
足の裏に大楯を展開し、飛び石をつくって谷底に向けて駆け下りた。
合流地点をこの谷に指定したのは僕がこれをつかって敵の追跡をまくことができるからだ。
スズさんは第一小隊隊長をしっかり十字街まで連れ帰る仕事があるので帰りは別だ。
「はい、到着しましたよ」
谷の出口に降り立つ。
敵の連合領軍は木々に隠れているけど、彼らの右翼後方に出られたはずだ。
「まだ別行動する地点は先です。このまま走ってもらってかまわないんですよ?」
上から目線で何を言っているのかなこの人は?
「体力は温存させてくださいよ。こっちはフォローなしの単独行動なんですよ?」
しぶしぶといった感じでスズさんが僕の背中から下り、僕らは敵の右翼を大きく回りこんだ。
途中にいた斥候はすべて避けていく。
後方に異常があると気取られてはいけない。
「……その速さ、身体強化だけですか?」
併走するのに飽きてきたのかスズさんが話しかけてきた。
「そうですよ。僕の魔法は有限ですからね。節約できるところはしていかなきゃいけないんです。そういうスズさんだってまだまだ速く走れるでしょう?」
走る、のかどうかは分からないけど、スズさんが他に高速移動手段をもっているのは確かだ。
軍事機密、といっておしえてくれないけど。
「……軍事機密です」
こんなかんじでね。
「そろそろ森を抜けます。クランリーダーはここで待機を願います。手はずどおり、私と第一小隊が敵と接触したら行動を開始してください」
「わかりました。気をつけて」
スズさんは一つうなずくと文字通り姿を消した。
気配が前に進んでいったので何らかのスキルを使ったんだろう。
軍事機密、ね。
さて、それじゃ、しばらく敵の斥候から逃げ回って待つことにしようか。
上空から周囲の地形を確認すると、僕とスズさんが下りた谷からしばらく先まで林が続いていて、その右には大きな川が流れている。
林が尽きると、目の前は街道だ。
街道は林にぶつかるまでは川沿いを通っていて、林に当たると今度は林を避けるように伸びている。
街道は谷のある山地に近づくと林からも離れ、まばらに木が生えた丘と丘に挟まれた場所を進んでいく。
敵はこの平原で街道を三方向から囲むように布陣している。
スズさんの話では林に近い右翼にいるのがパスキェ子爵とブレーズ男爵の手勢。
左翼にいるのがドコウ伯爵、マシアス男爵、プラド男爵の手勢。
そして中央にいるのがこの地を治めるネルヴィノ公爵の手勢だ。
名前はすぐ忘れるだろうけど、彼らはネルヴィノ公爵派、ブラディア独立に断固反対する強硬派だ。
指揮をとっているのは公爵の次男で、他の領軍は当主が率いているらしい。
勝手な想像だけど、公爵の館でパーティーでもあったんだろう。
難民を護送する第一小隊の被害にあった複数の貴族の話をきいた公爵が皇国軍討伐の話をもちかけた。
理由は次男に武勲をあげさせるため、とかそういった所だろう。
布陣も特に変わった所は見当たらないけど、公爵の手勢が少ない点が気になる。
身分が高い貴族の手勢が少ない場合、強力な魔法使いを警戒しなくてはいけない。
「やっぱりか——」
遠見の魔道具には知った顔がうつっていた。
ガストン=ボワレー。
学院で同期だった法衣貴族の息子だ。
公爵の次男と親しげにしゃべっているということは友人兼護衛にでもなったか。
くさってもガストンは高等魔術学院生だ。
知らない間に奥歯をかみしめていた。
しばらく忘れていたどす黒い負の感情が腹の中で首をもたげてくる。
実技でも座学でも叶わない奴らはことさら”スキル”の優秀さを強調し、スキルが少なかったり、僕のようにスキルを持たないものを”神に信頼されない者”、”背信者”、”信じるに値しない者”と罵倒し、なにか不正をしているとばかりに糾弾してきた。
たしかに、今となっては背信者と言われてもかまわない。
そもそもスキルはバルド教の魔道具によって判定される恩寵だからだ。
それに、保身に走ったのは同級生だけではない。
スキルを持たない僕をめぐっては中等学院と高等魔術学院双方が審議した。
エルフの影響力がつよい高等魔術学院の派閥はバルド教の魔道具を否定しかねない僕の存在を危険視し、僕の進学を認めなかった。
敵の連合領軍のざわめきで我に返る。
敵斥候がようやくスズさん達の位置を知らせたんだろう。
「やめよう。現場で考えにひたるなんてどうかしてる」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、遠見の魔道具から目を離した。
ガストンは最後まで僕に気づかなかった。
「さて、はじめるか」
スズさんは”どんな手をつかっても敵を足止めして欲しい”と言っていたけど、敵の貴族を殺してはいけない。
第一小隊が撃破した領軍とは訳が違って、貴族本人を殺せば戦端が開かれかねない。
なんのためにここに来たのかという話だ。
加えて、出来ればだけど、”一般兵でも出来る手段”で敵の足止めをしたい。
敵の目の前に姿をさらして深さ十ジィの空堀でも作ってしまえば事は簡単にすむけれど、それをすると僕、あるいは皇国軍が警戒されてしまう。
戦争前に実力を明かす様な事はさけなければいけない。
空から林の手前に降り立ち、中に入ると同時にクローリスの作った魔道具を起動する。
以前見せてもらった服の色を変える魔道具の発展型だ。
これでマントの色を自動で周りと同じようにする。
「まずは陽動だ」
僕は林に一番近いブレーズ男爵の手勢にむけて大楯から出した矢の雨を降らせた。
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