01_10 残念なギルド幹部
馬車の中で耐えなければいけなかったのは尻の痛さだけではなかった。
「何だあいつ鉄の胸当ても買えなかったのか?」
「飯ばっかり食ってたんじゃねぇの? やたら血色いいじゃん」
うるさく話している同期の奴らを視界に入れたくない。だからずっと後ろの光景を眺めている。
僕が防具を着けていないため、ことあるごとにクスクスと笑ってくるのでストレスが半端ない。
飯は必要経費だ。
飯を食べて休暇中の冒険者の話を盗み聞いていれば、自慢げに着けているその鉄の胸当てが今から行く場所ではオーバースペックになるという事もわかっただろうに。
止まった馬車の外に出ると、目に入ったのはブラディア城下のような木造の街ではなく、城壁と同じ素材で作られた箱形の家が連なる光景だった。
――◆◇◆――
ほとんどの乗客が目指す先は当然ギルド支部だ。
一団に混ざり歩いていくと、長城壁を模したギルドの紋章が掲げられている建物が見えてきた。
中に入ってすぐにらせん階段がある。
これが駅から直通でギルドに入る出入り口だ。
下りて行くと凝血石をつかったランプに照らされた、ブラディア城内の図書館のような空間に出た。
前を行く先輩達は滞在届を手早く書いて、依頼が張られたボードの前に進んでいく。
最初は文字の読み書きができなくても、真面目な人たちはすぐ覚えるらしい。
一々カウンターで聞くよりもボードで見た方がはやいし良い依頼がとれるんだから、当然だろう。
とはいえ、新人がいきなり先輩の真似をしても仕方が無い。
文字が読めるからといって受付嬢のアドバイスも聞かずに依頼伝票を突き出すのはいかがなものか感がある。
「はじめまして。新人冒険者のザートといいます」
「はーい、私は受付のマーサでーす。よろしくお願いしまーす」
受付に行くと、目の前に幼い笑顔が飛び込んできた。
赤みがかった茶色の髪をポニーテールにまとめ、ぷにぷにとしたゆびが受付嬢の制服の裾からちょこんとでている。
表情は幼く好奇心に満ちた顔をしていて、てへへーと笑う様子はなるほど、いかにもに幼女ですね。
あざとい。
「こちらこそ、しばらくお世話になります。僕はブートキャンプを終えたばかりなんですが、ソロでもできる仕事はありますか?」
とりあえずスルーしてこちらの要求を伝えると、彼女は無表情になって黙ってしまった。
そしておもむろにポニーテールをほどき始めた。
ゆるいくせっ毛のセミロングをガシガシとかく。
その仕草は明らかに不機嫌な大人のそれだ。
もしかして僕のせいだろうか?
でもいい大人が『てへへー』とかやっていたら、たとえドワーフの美人でもアウトだと思うんだ。
「リズー、こいつ『いい大人がなにやってんだ』みたいな目で見てくるー。なんかしゃらくさいんだけどー」
しゃらくさいとかいいだした。明らかに子供の使う言葉じゃないし。
「しゃらくさい、じゃない。そうやって人を試すのは良くないっていってるでしょ!」
青い髪にめがねをかけた色白の女性が現れた。
貫禄からして、この人がギルドマスターかな?
「うちのギルドマスターがすみません。この人自分が若作りだって確認したくて初対面の人にいつもこういう事をするんです」
幼女(偽)がギルドマスターだったのか。
後ろでぷるぷるしてますけど。
「だって、こいつ、こいつがノリ悪いからぁ!」
泣きながらマーサさんが抗議してくる。
なにそれ。わかっているならだまされたふりをしろって事?
「ララ」
「はいはい」
リズさんの後ろにいた羊獣人さんがギルドマスター(ニセ幼女)を連れて行ってしまった。
残されたリズさんと僕のため息が重なり、視線が交わる。
「じゃ、まずは座って? 私はリズ。ここ冒険者ギルド、ブラディア山第二要塞支部の副マスターをしているわ」
支部名なっが!
「支部名はブラ山第二でいいわよ」
支部名だっさ!
「……なにか不満があるようね」
そんなことを言いながらリズさんが骨で肩トントンをしている。
それは受付嬢の態度としてどうなの?
「不満なんてないですよ? でもなんで骨を持ってるかきいてもいいですか?」
にこやかに訊いてみた。
「ボルクウルフの大腿骨ってマッサージにちょうどいいのよねー」
それだけ?
答えになってないよ?
第一印象は真面目な知的メガネ美人だったけど、訂正だ。この人もヤバい。
「そうですか。では改めて、僕の名前はザートです。よろしくお願いします」
スルーして本題へと入ろう。条件はさっきのとおり、ソロの初心者でもできる仕事だ。
「初心者でソロっていうと結構厳しいわね。ザート君のスキルって何系?」
リズさんが骨をカウンターに置き、ファイルをめくりながら訊いてくる。
凶器を手に取れる場所に置かないでください。
さすがにギルドでもスキルの詳細まで聞くのはマナー違反だ。
それでも、魔法使い系か戦士系か、スキルの位階はどれぐらいかは伝えないと、ギルドから仕事をもらえない。
僕の場合、法具を前提にした活動をするとは言えないので、事前に考えておいた表向きの戦闘スタイルを伝える。
「軽戦士系です。身体強化はそれなりに練度を上げています。武装は見ての通りバックラーとショートソードを使います」
練度とはスキルの位階とは別に使い込んだ度合いだ。
練度が上がるほど発動時間が短縮できたり、出力が上がったりする。
僕には身体強化と魔力操作の基礎スキルしかないけれど、二つの練度は相当(異常)だと自認している。
「なるほど。これは他の受付嬢にも伝えるけどいい?」
「はい」
一々同じ事を訊かれずにすむんだから当然イエスだ。
リズさんは今言ったことを別のメモに書き付けた。
「じゃあ最後に」
ん?
リズさんがファイルから目を上げた。
なんだろう改まって。
「ザート君はどういう冒険者になりたいのかしら?」
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