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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
九章 騒乱の元霊祭
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第95話 剣と氷

精霊(スピリット)よ――貫け、アイシクルランス!」

「『加速』!」


 今までと同じ不意打ちは諦め、まずは移動しながら様子見。真正面から迫る氷柱は、イレアのと遜色無いスピードだ。加速無しで見てから避けるのは難しいな。


「ちょこまかとっ!」

「ほっ! よっと! それしか無いのか!?」

「止まりなさい! アイスウォール!」


 迫る氷の壁と氷柱の挟み撃ち。加速で避けてもいいが……丁度いい。実戦投入だ。


「耐えてやる。剛化(リジッド)!」


 両足で踏ん張り、全身に力を込める。頭上から折り重なる氷を滝行のように受け止め――猛攻を耐え切った頃には、目の前が真っ白に煙っていた。が、間髪入れず次の攻撃が来る!


「アイシクルランス!」

「『硬化』! ……埒が明かないな」

「まだ倒れないのね。防いでばかりなら、さっさと負けを認めなさい!」


 視界が晴れると、変わらずヘレーネが立っていた。確かにこのまま続けていたら俺の判定負けだ。


「そうだな、認めるよ。お前は強い。中等部でここまで残るだけはある」

「だとしたら、何が――!」

「なら、本気でやらないと失礼だよな」


 両手を近づけ、左腕の腕輪(バングル)に意識を向ける。武器の持ち込みは禁止なので、袖の中に隠したまま。


「マテリアル・オーダー」


 ぐらり、と輪郭が揺らいだ硝子が解け落ち――形を失って暴れ出す直前、瞬時に制御する。漆黒が掌に集まり、球の形になった。見知らぬ術に観客が騒めく。


「……休憩は済んだか?」

「ええ。そちらこそ言い訳は十分思い付いたかしら」

「ハッ、全く? ――『加速』!」


 マテリアルを変形させながら一気に詰め寄る。当然、使い慣れた剣の形!


「武器!? 卑怯な……! アイシクルランス!」

「直接じゃなきゃ良いんだよ! らぁっ!」


 袈裟懸けに斬り捨てる。うん、強いとは言ってもやっぱりイレアほどじゃない。サイズとスピードは良いが、硬さに関してはまるで違う。盾で受ける必要すら無い!


「このっ! アイシクルランス!」

「まだまだ!」


 一つ斬るたびに俺が一歩進み、ヘレーネは後ろに退く。ルール上直接攻撃が禁止されているとはいえ、剣を振るう俺に近付かれるのを警戒しているのだろう。


「アイシクルランス! アイスウォール! 来ないでくださるっ!? 無礼者!!」

「――ああ、分かったよ」


 そして再び彼女が後退した瞬間。俺は足を止めた。


「――行くぞ」


 一瞬。されど、姿勢を整えて構え直すには十分な時間。幾度と振るった渾身の型。


加速斬(アクセル・スラッシュ)!」


 中段から袈裟懸けの一撃。加速を乗せ、漆黒の剣を振り切る!


「はぁっ!!!」

「きゃああっ!!」


 氷の壁を壊し、鈍い斬撃は悲鳴をあげるヘレーネにまで届いた。だが気配からして、まだ立っている。根性もあるな。まあ今のは加速斬(アクセル・スラッシュ)としては失敗だったから、当たっても滅茶苦茶痛いくらいで切れはしないだろう。殺しても不味いので、寧ろ完璧じゃなくて良かったか。


「ゴホッ、ゴホッ……あなた、その剣からどうやって……!」

「ただの『加速』だ。分かりにくいよな」


 やっぱり術としての読みづらさもこの技の強みか。師範の術が身体強化だとあの時まで理解できなかったのと同じだ。俺が使っているのはあくまで加速の術だけだからな。形を持って飛んで来るとは思うまい。


「さて、あと何回受けられるかなっ! 加速斬(アクセル・スラッシュ)!」

「何度も同じ手をっ! アイスウォール!」


 再びせりあがった白い壁を粉砕し、視界不良の中を警戒する。追撃が来ない……いや、この気配は。


「――切り刻め、ブリザードエッジ!!」

「『硬化』! ……くっ!」


 速い! それに、一撃の切れ味に込めるイレアと違う。手数で来るのか!


「どうですか! これが氷の術! あなた程度では防げないでしょう!」

「知ってるさ、それの強さは!」


 演習授業で初めてイレアと戦った時。あの時からずっと知っている。


「疎まれるのは強いから! 避けられるのは恐ろしいから! そんなことも分からずにただ蔑む人々に、わたくしが知らしめるのよ! ――アイシクルランス!」

「勝手に、しろっ! ふんっ!」


 火を鎮め、水を飲み込み、風を止め、土を切り裂く。氷の強さはよく理解してる。だからこそ、俺はイレアに惹かれた。目標にした。


「はぁっ、はぁっ……!」

「……もう終わりか?」

「まだ、まだ……! 貫け、アイシクルランス!」

加速斬(アクセル・スラッシュ)!」


 肩で息をしながらも、変わらない勢いで巨大な氷柱が飛んで来る。このまま避ければ観客に突っ込むコース。彼女の違反になるが……敢えて叩き斬る。このひねくれ者と正面から戦うのが、俺の役目だ。


「来いよ」

「こ、のっ……! ブリザードエッジ!!」

剛化(リジッド)!」


 正中線だけを守るために剣を構え、ただ耐える。体中に鋭い痛みが走る。それでも耐える。


「……どうして!」

「言っただろ。お前には負けないって」


 鋭利な吹雪が止み、剣を下ろす。マテリアルにまで硬化をかけていなければ、形を保っているのも難しかっただろうな。だが、耐え切った。

 時計を見ると、既に制限時間の十分が経とうとしていた。


「続けるか?」

「当然よ。あなたは絶対に倒すわ」


 揃って審判の方を向く。どう判定するべきかとおろおろしているうちに、長針がかちりと動いた。


「せ、制限時間経過により、判定に入ります……!」


 観衆は固唾を呑んで見守る。俺とヘレーネも目を逸らさず見つめ、ただじっと待つ。そして。


「――試合延長とします! 判定は三人で行いますので、しばらくお待ちくださいっ!」

「俺達はこのままでいいですか?」

「は、はいっ! エリア内で待ってて頂ければっ!」

「分かりました……ふぅ……」


 そう言って審判が走り去ったのを見て、俺はどっかりと座り込んだ。とはいえマテリアル・オーダーは解除できないので気は抜けないままだ。


「何座ってるのよ」

「良いだろ別に……ってて」


 ふと視線を落とすと、手の甲から血が流れていた。ヒリヒリと痛む顔を撫でると、指先が赤く染まる。剥き出しの部分に当たったからか。今度から手袋でもしようかな。

 そう考えながら、俺を睨んで見下ろす彼女と視線を合わせる。


「ヘレーネ。提案がある」

「……何のつもりかしら?」

「このままダラダラやったら判定で決まる。そしたらお互い納得できないだろ? だから俺達で勝負を決めよう」


 お互い満身創痍。しかし、判定なら十中八九俺が勝ってしまう。彼女の攻撃をわざと受けて耐えたのも見せたし、攻撃の量に対して俺への有効打は少ない。逆に俺の攻撃は通れば効いている。しかも彼女の術は、俺が見逃せば範囲外へ飛んでいるものがいくつもあった。

 それに、放送委員は俺が勝ち上がることを前提にしてしまっている。公平を約束しているとはいえ、もし今以上に拮抗していても悪いバイアスがかかってしまうだろうし、逆にこの状況では俺の勝ちに文句が付けられるかもしれない。それでは困る。彼女に必要なのは完全な決着だ。


「お前の攻撃はもう十分受けきっただろ。だから今度は逆だ。いくらでも準備していいから……俺の一撃を耐えてみろ」

「それで耐えきったら?」

「俺の負けだ。その時は降参する」


 数秒考えてから、彼女は決断した。


「いいでしょう。あの程度なら絶対に倒れないわ」

「オーケー、決まりだ」


 防御の算段もあるのだろう。得意げに言い放った彼女に頷き、立ち上がる。


「ああ、そうだ」

「もう言い訳は聞かないわよ」

「いや。そうじゃなくてさ」


 審判が他の二人を連れて来たのを見て、最後にこう告げる。


「死んでも文句言うなよ」




 三人の審判が揃うと、観客もそれについて来たのか先程よりも増えていた。注目されていた他の試合もほぼ終わったからだろう。イレア達は……いや、どうせ後で分かる。


「それでは、両者前へ。制限時間は五分です」


 主審の合図で再び向かい合う。張り詰めた空気が極限に達し、


「始め!」


 掛け声と共に観客も声をあげるが……次第にどよめきに変わった。俺達がすぐに動かなかったからだ。


「三分やる。急所は守っとけよ」

「二分で結構。精霊よ――アイスウォール!」


 ヘレーネを中心に、巨大な氷の壁が生み出される。それはドームのように彼女を幾重にも包み……ついにエリアの半分以上が山のような氷に支配された。


「リオ選手、残り時間が……」

「大丈夫です、審判さん。ちゃんと決着は付くようにしますから。あ、それと念のため治癒術が使える人を呼んできてください」

「か、過度な攻撃は禁止事項でっ」

「その時は向こうに降参を言わせますよ。だから死なれたら困るので、お願いします」

「……分かりました!」


 主審はそう言うと近くにいた実行委員に耳打ちし、テントの方へ走らせた。これで最悪の事態にはならないだろう。


「よし、そろそろか」


 二分。氷のドームが静かになった。俺も準備に取り掛かる。


「スゥ――」


 目を閉じ、息を吐き、脱力。強張った体をリセットする。


「――精霊よ」


 息を吸い、剣を掲げる。修行中に一度だけ成功した時と同じ、大上段。同時に、これから作り出す二つの加速の術を意識する。生命力を漲らせ、剣の先にまで感覚を張り巡らせる。

 目を開け、重心を足幅の中心に整え、下っ腹に力を込める。眼前の氷だけを見据える。観客の声は聞こえない。


 三分。


加速斬(アクセル・スラッシュ)!!」


 二重の加速を乗せ、真っ直ぐ振り下ろす! 音すら無く、ただ「斬る」という意思のみが形となって飛んでいく!!

 そして。


「――勝った」


 俺の口から無意識にそう零れたのと……氷のドームが崩れ始めたのは、同時だった。あまりにも静かな決着に観客達が困惑しているのを尻目に、俺は崩れたドームに近付く。

 ――出てこない。声もしない。


「治癒を! 今すぐ!」


 審判の方に叫びながら駆け寄り、剣をスコップに変えて氷の残骸を退かす。クタクタの体に加速まで掛けて中心を探り当てる。見えた。


「ヘレーネ!」


 薄っすらと目を開けた彼女の右腕は肘から先が千切れ、左腕はまるで関節が一つ増えたかのように折れ曲がっている。胴には氷を巻いていたようだが、それも裂けて中から血が染み出ている。腰から下も血塗れだ。両腕で頭を守ったからか、おかげで顔は無事みたいだが。


「――ふ、ふ……耐え、まし……たわ――」

「どこがだ! クソっ、治癒はまだですか!?」


 振り返ると、白衣を着た男性が走ってきた。確か開会式の時に挨拶してた人だ。


「医師団の者です! ヘレーネ・ブラオ・ウンディーノさん、意識はありますか!? この場で応急処置を施します! 目を瞑って下さい! あなたも! 精霊よ――ブライトヒール!」

「っ!」


 言われるまま目を閉じると……彼が治癒の術を唱えた瞬間、真昼の太陽に顔を向けたかのような強烈な光が襲った。ソージア先生が前に似たような術を使っていたが、それの比ではない。なのに熱さは無く、ただただ眩しい。

 瞼をも貫通する光にしばらく顔を顰めていると、ようやく収まったようだ。クラクラする。


「――もう大丈夫です。ミヅカ・リオさん、彼女を引き上げるのを手伝って頂けますか? できるだけ体に触れないようにお願いします」

「分かりました。おい、ヘレーネ! 今出してやるからちょっと待ってろ!」

「……あなたの、情け、なんて……要りません、わ……」

「お前が死んだら俺が反則負けになるから困るんだよ! とっとと出て降参しろ! つーかもう普通に負けだからな!」


 ここまでされて負けを認めないのは、もう頑固ってレベルじゃないな。そう思いながらも、痛む体に鞭打ってザクザクと掘り進めて救出する。……こんな事やってて明日の試合は大丈夫か?


「ほら、出れるか?」

「……くっ……触らないで、くださる……!?」

「ああもう、動けないならそう言えって! 治癒はもう大丈夫なんですか?」

「ひとまずは。氷のおかげで止血ができていたのでしょう、怪我に対して出血量は多くありません」


 医師団の男性に尋ねると、彼はヘレーネの脚や腕を触診しながらそう言った。


「担架で運びます。こちらは我々で対応しますので、大丈夫ですよ。ご協力ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」


 しばらくして実行委員が持って来た担架に乗せられて、持ち上げられた彼女と目が合う。


「わたくし、は――お姉様の、ために……氷の、力は……」

「それは今度イレアと二人で話してこい。言っとくから。それとな――アイシクルランス」


 最後の力を振り絞って、不格好な氷の塊を生み出す。するとヘレーネは虚ろだった目を見開いた。


「俺も使える。これだけな。だからこそ言わせてもらうけど、俺は他人の術についてどうこう思う事は無い。むしろ羨ましいくらいだ」

「馬鹿に、して……!」

「してない。俺にここまでやらせたんだ、お前は強いよ」


 弱々しく歯軋りした彼女は、そのまま医務室へ連れて行かれた。さて……もう大丈夫か。


「……疲れた」


 観衆の目も気にせず地面に大の字になる。そうは言っても判定が気になるけど、まあ何とかなるだろう。

 赤く落ちていく夕陽に、俺は長い一日の終わりを感じるのだった。

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