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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
九章 騒乱の元霊祭
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第94話 巫女家の戦い

「葬れ――グレイシアコフィン」

「勝者、イレアーダス・ウンディーノ選手!」


 私が棺の蓋を閉めたと同時に、第三試合が終わりを迎える。さっきああ言ったからか、第二試合とたまたま同じだった審判の宣言はちょっと早すぎる気がした。まあ対戦相手の人もあんまりやる気無さそうだったからいいけれど。


「リオは……見えないけど、まだかな。見に行く時間は無いわね」


 相手を閉じ込めた氷を崩して、さっさとその場を後にする。隣のエリアではセレナさんが戦っていたけど……手の内をじろじろ見てしまうような感じがしたからだ。

 そして試合後の簡単なチェックと記録のために集合場所のテントに戻ると、見知った顔の実行委員がいた。


「あ、イレアさん。お疲れ様、勝ったんだね」

「はい、トーヤさん。記録お願いします」


 彼はテントの横に立て掛けてある大きなトーナメント表に私の勝ち上がりを示す線を記入し、手元のボードにチェックを入れた。やっぱり私が一番最初だったみたいだ。


「それにしても凄いね。うちのクラスから三人も三回戦進出なんて。ああ、ラフル君は第二試合で負けちゃったみたい」

「……ラフルさん? あ、ラフルさんね。そっか、そうなんだ」

「ま、まあ特に関わり無いもんね……」


 急に言われてピンと来なかった名前は、私のクラスの四人目の参加者だ。彼は負けてしまったらしいけど、トーナメントである以上、第三試合まで残るのは四人に一人だ。同じクラスで三人も残っているのは確かに凄いことなんだろう。とはいえ、私もリオも――ジングウ・ミスズも、準決勝まで進む予定だ。いちいち喜んでいられない。

 そんな話をしていると、まさに試合が今終わったというリオがやってきた。


「リオ、お疲れ様。勝った?」

「お疲れ、イレア。まあな。ってかトーヤ? ここにいたんだ」

「うん。第三試合は僕がチェックの当番なんだよ。じゃあ記入しちゃうね。……あっ、ごめんなさい次の方、ちょっと待っててください!」

「邪魔して悪いな。また後で」

「トーヤさんも頑張ってくださいね」

「うん、ありがとう。見に行けないけど二人とも応援してるよ!」


 試合に勝った参加者が次々と入ってきたので、私達はテントを離れた。そういえばルーヴェラント先輩は遅いなと思ったら、まだ試合の最中みたいだ。放送委員として「見せる試合」に徹しているらしい。観客も盛り上がっている。

 ふと横を見ると、リオが難しい顔をしていた。


「……どうしたの?」

「いや、別に」


 嘘。朝も見た顔だ。シオンさん――お母さんのことを考えてる時の顔。だから、私もその嘘に乗る。


「ね、ちょっとお腹空かない?」

「んー、そうだな。昼飯もあのチキンとマリーが朝買ってきたやつの残りだけだったし。なんか買って食べるか」

「うん。せっかくだし、また先生のところ寄って報告しよっか」

「俺達が今日負けるなんて思ってなさそうだけどな」


 少し明るくなったリオの手を引くと、ちょっと意外そうな顔をした。さっきみたいなのが嫌なだけで、別に恥ずかしい訳じゃないから。……自分からやる分には。


「……ハニー?」

「それはやめてって言ってるでしょ!」


 ふざけだしたリオに怒りながらも少し安心して、私達は再び屋台へ歩いた。



■□■□



 それからしばらくして、第四試合開始前のテント。毎回ぎゅうぎゅう詰めだったこの場所も、今は向こうまで見えるくらい余裕がある。今日行われた百以上の試合を経て、参加者が今までの一試合に出る人数の半分――十六人にまで絞られたからだ。

 黙々と準備をする参加者たちを眺めていると、静かに声を掛けられた。そこにいたのは、中等部ながらもシルフィオ家の名を背負って勝ち上がった少女。


「イレア様。わたくし、ここまで勝ち残りましたの」

「ええ。今更だけど……本当に良いんですね?」


 セレナさんはこくりと頷く。でも、不思議だ。彼女がこんな事を言い出すなんて。


「……理由を聞いてもいい?」

「ふふ、理由ですか……特別何かある訳ではございません。ただの個人的な願望ですの」

「願望?」

「こんな気持ち、初めてですの。イレア様と当たると分かった時……本気で戦いたくなってしまったのです。わたくしも結局、お母様の娘ということですのね」


 彼女はいつか、自分の母、ティターニア・シルフィオを「戦闘狂」と言った。その時の身内の暴走を恥じていた彼女とは変わった。この数か月で色々なことがあったからだろうか。


「分かりました。でも約束通り……」

「はい。命の危険を感じたら降参しますの。それと、わたくしからも一つお願いをしてもよろしくて?」

「勝ったら何か、ですか?」

「いいえ、そこまで自惚れてはいませんの。そうではなく……わたくしがイレア様に挑むこと、ヒナには内緒にしてくださいませ。わたくしがお母様みたいな事をすると、ヒナが嫌がりますの」

「いいわ。私達だけの秘密ね」

「はい」


 お互い頷くと、エリアに移動するよう合図がかかった。私達が並んでテントから出ると、その瞬間。


「――っ」


 観客の数に、圧倒される。予選の決勝は去年も経験してるけど……やっぱり今年の盛り上がりは今までで一番だ。当然、私とセレナさん……ウンディーノ家とシルフィオ家、本家同士の対決は注目される。


「開始の宣言をします。イレアーダス・ウンディーノ選手、セレナーデ・ラバック・シルフィオ選手、両名は前へ。『大精霊(エレメント)の名の下に、誠意ある闘技を執り行う』」


 審判の宣言で、観客達も静まり返る。晩秋の短い日が傾きかけてきた夕刻――ついに、十六時を時計が指す。


「始め!!」


 その合図と共に、再び歓声が上がる。私も――本気で!


精霊(スピリット)よ――アイシクルフィールド!」

音障(サウンドバリア)――なっ!?」


 うん。セレナさんは、ちゃんと強い。初手の氷柱(アイシクルランス)を警戒していた彼女は音の障壁で防ごうとした。そして実際、今の防御は間に合ってる。欺くためじゃなかったけど、今までの試合でずっとそうだったから正しい判断だ。だから私はそれを逆手にとって……まずは場を支配した!


「絡み付け、アイシクルソーン!」

「くっ……! ウィンドカッター!」


 エリアの全面に敷かれた氷は、全て私の術の発生点。どんな場所からでも即座に攻撃できる。リオと一緒に師範から教わった「対象」の認識……多分、今までの私に無かったものだ。それは起点の作成という考え。


「穿て、クリスタルバレット!」

「――断章(バガテル)! もう当たりません!」

「空中に逃げた……良い判断ね」


 何も無いところからいきなり繰り出すのが、氷などの「物体を生み出す術」の強みだ。もちろん大抵の相手はこれで十分。だけど「対象」の話を聞いた時、私の術ではそれが固定されてしまってると気付いた。つまり生み出す物それ自体が、術の対象。これでは術としての自由度がゼロのままだ。それを補うために色んな術を覚えたけど、結局やってる事は変わらない。


「攻守交代ですの――電撃(エレキショック)!」

「アイスシールド!」

「その程度っ! 共鳴波(レゾナンスウェーブ)!」

「アイスシールド!」

共鳴波(レゾナンスウェーブ)! 我慢比べなら結構ですの! 電撃(エレキショック)!」

「アイスシールド。……ええ、すぐに終わるわ」


 だから奇襲力を落としてでも、術の対象、つまり発生起点になる氷を作る。ただの速攻じゃなく、戦術、戦法を組み立てていく。電撃と音波の攻撃を防御しながら少しずつ範囲を広げて……ついに、地面と四方の壁を氷で囲んだ。


「――アイスシールド。残りは上だけね」

「いつの間に!? ……いいえ、関係ありません。電撃(エレキショック)!」

「アイスシールド。葬れ、グレイシアコフィン」


 電撃を防ぎながら、最後に棺の蓋を下ろす。全面を私の氷で覆った空間が完成した。修行中から発想はあったけど、試合向きじゃないので試せなかったやり方だ。


「セレナさん」

「はい」

「あなたを殺したくはないから、最後まではやらないわ」

「……これが、イレア様の本気なのですね」


 そう、この空間は全て私の術の()()()。この中なら、私が唯一持つ()()()()()()()()()()を自由に扱える。


「氷獄の楔よ――」

共鳴(レゾナンス)っ……! 術が!」

「この中では、もう無駄よ」


 私がこの術をよく理解していなかった理由。難しかった理由。そしてあの時、巨大な邪霊(イビル)相手にも使えた理由。全てが今なら分かる。これが「対象」の認識。空間内の全てを対象に術を展開した今、あらゆる術は存在を許されない。最早、私の体内も同然。


「……降参ですの」


 どう足掻いても迫る氷漬けの未来に諦観し、彼女はそう宣言した。




 氷の壁を解除すると、観客達も審判も困惑した様子だった。それもそうだ、氷に囲まれてたら何も見えないし指導の判断もできない。


「え、えっと……」

「わたくしの完敗ですわ。降参いたしますの」


 どうするべきか迷っていた審判にセレナさんはそう告げた。まさか中で談合でも行われていたのでは、と疑う者もいたが、漂う異様な冷気がそれを否定する。そして、予選の決勝にしてはやけに静かな会場から控えめに歓声と拍手が湧き始めた。


「イレア様、ありがとうございました。本戦も頑張ってくださいまし」

「うん。こちらこそありがとうございました、セレナさん」


 ふと一番手前の左端のエリアに目を向ける。観客で隠れて見えないけど。向こうでリオが戦ってるはずだ。相手は……ちょっと思い込みの激しい、ウンディーノ家の子。気配を探ると、いつものリオの術と、私とは違う氷の術が感じられる。


「あちらでお兄様が?」

「そう。でも心配無いわ。行きましょう」


 どうせ今から行っても観戦する人混みの最後尾だ。試合は見れないだろう。ならばリオを信じるだけにして、私達はテントに向かった。

 すると、今度は一番乗りではなかったみたいだ。


「ルーヴェラント先輩、早かったですね」

「あ、おつかれイレアちゃん。一番人気としては速攻で圧勝ってのも見せたかったからね。それと……セレナーデちゃん。シルフィオ家にはお世話になってるよ。ティフォの馬鹿が迷惑かけてごめんね」

「いえ、こちらこそ外交の際にはご助力いただきありがとうございました。……ドラヴィドの件、完全には抑えきれず申し訳ありません。ルーヴェラント様とお父上にもご苦労おかけしました」

「いいよ、元々こっちの問題だし。ノーミオ家にも邪魔されたんでしょ? 上出来だよ」

「ですが……」

「ハイこの話終わり。それより、イレアちゃんが勝ったんだよね? あの中は見えなかったけどさ」


 周りの耳を気にして話を切り上げたルーヴェラント先輩に頷く。ここまでは予定通りだ。


「んじゃ後はリオ君だね。なんか面白そうな感じだよ」

「接戦なんですか?」

「いや、多分温存したまま勝つつもりだったんだろうけど……本気出したんじゃないかな」


 君達みたいにね、とウインクされた。私達の事も見抜かれたみたいだ。


「当番さーん、じゃあこの子達の分もオッケーね。よろしく!」


 実行委員の生徒に先輩はそう言って、私達はリオの結果を見届けるべく会場へ戻って行った。



■□■□



 時は遡り、試合開始前。俺は改めて生意気な後輩と向かい合っていた。


「よっ。ショックで出て来れないかと思ったぞ」

「ええ、公衆の面前でお姉様に恥をかかせた下劣な男の顔なんて見たくもありませんわ。ですが、それも今日で終わり。あなたがこの国の土を踏める最後の日よ」

「……なあ。一応聞くけど、俺の立場を保証してるのが本家なのは分かってるよな?」


 相変わらず息巻くヘレーネを煽ってやろうと思ったけど、その前に彼女がこんな態度で居られる理由を改めて尋ねた。単に俺を嫌ってるだけなら兎も角、本家の直系であるイレアを慕ってるなら余計に変だ。


「お姉様を冷遇し続けてきた本家の言うことなんて信用に値しませんわ。今更引き戻して、良いように使おうとしているだけじゃない」

「……冷遇、か」

「お父様は以前までわたくしに、お姉様とはあまり関わるなと言っていたのよ。それが最近になって急に担ぎ上げて持て囃して……挙句の果てにあなたのような男と婚約なんて、お姉様が可哀想だとは思わないのかしら?」


 なるほど。俺やイレアと直接の関わりが無い外野とウンディーノ家の事情を知る内野との狭間にいる彼女にとっては、確かにそう見えるんだろうな。それにイレアの扱いが本家にとって都合が良いってのも少しは理解できる。それは、そうしてしまったリギスティアさん自身も悩んでいることだ。


「でも、イレア本人が納得してるって言ったら?」

「お姉様の本心なんてあなた如きに分かるはずがないでしょう。……いいえ、きっといくら言っても無駄ね。どうせあなたも心の底では見下してるんだわ、お姉様のことも、わたくしのことも!」

「待て、どうしてそうなる?」

「わたくし達が氷の術を使うからよ。本家の系統から外れた不純物! 氷河の災厄の象徴! 異端者だって!」

「異端? 何の話だよ」

「……本当に何も知らないのね。氷が他の術と相性が悪いことくらいは分かるでしょう? だから疎まれて、避けられてきたのよ。そして、あの山の向こうの氷河――世界を滅ぼした災いと同一視する。それがあなた達よ」


 暗く激しい恨み。ようやくヘレーネという人間の底が見えてきた。彼女はただイレアを慕っているのではない。イレアと分かり合えるのは自分しかいないと思っているんだ。

 ……いや、実際そうなのかもな。相性の関係で授業でも避けられてたっていうのはイレアも言っていた。この精霊術士の学園、そしてこの国で己の術が忌避されるということは、俺には理解できない苦しみだろう。でも。


「関係無いな」

「ほら、これだけ言っても分からないのよ!」

「そうだ。何回言ったってお前の苦しみもイレアの哀しみも、本当の意味じゃ俺には実感できない。でも、関係無い。そういうのも全部含めて――俺は、今のイレアが好きだからだ」

「は、はぁっ!? 何をペラペラとっ!」

「だから、俺はイレアを離さないし、イレアから離れない。お前には負けない」

「……っ!」


 イレアが今まで冷遇されてきたことは、変えられない過去だ。ウンディーノ家もリギスティアさんも、それを全て償うことはできない。でも――彼女は前を向いている。過去を振り切って前に進む、その気高さを俺は知っている。それを否定させはしない。


「お前はイレアを想って言ってるんだろうけど、それは今のイレアを侮辱してるのと同じだ。それだけは許さない。絶対にな」

「黙りなさい。わたくし達の苦しみも知らないくせに」

「だから知らないって言ってるだろ。過去なんてもうどうでもいい。俺は今と未来の話をしてるんだ」

「……もう、いいわ」


 平行線の会話を切り捨て、彼女は審判を睨みつける。気付けば試合開始の時刻が迫っていた。


「あっ、えっと、え、『大精霊(エレメント)の名の下に、誠意ある闘技を執り行う』……!」


 慌てた決まり文句。数呼吸の間をおいて。


「始めっ!」


 元霊祭初日、最後の戦いが始まった。

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