第93話 第三試合
「あっ、いたいた! お疲れ様、リオ。優勝おめでとう。なんか……凄かったわね」
「イレア! ありがとう、見てくれてたんだ」
観客を盛大に煽った俺は、あまりの盛り上がりに今更ちょっと怖くなって会場から逃げるように去った。そしてしばらくして、人混みに紛れていた俺をイレアが追いかけてきたのだった。こういう時は指輪のおかげではぐれる心配が無いな。
「ごめん、ちょっと離れたところで見てたの。初めて近くで見たけど、あんな感じなんだね」
「俺も知らなかったよ。あの中に入るのはちょっとビビるよな」
「でもさ、最後のあれ……何言ってるの?」
半目のイレア。まあ確かに巫女家としては良くなかったか。でも今更だし。
「こっちの路線で行くことにした」
「何なのそれ! もう、私まで変な目で見られちゃうじゃん……」
「こうなったら俺はもう、ああいう人気の取り方しかできないしさ。逆にイレアがちゃんと手綱握ってるって見せてればいいじゃん」
「本当に握るよ?」
「それはご勘弁を」
溜息を吐くイレアに、歩きながらペコペコと頭を下げる。今まさに周りから注目されてるけど、これで少しくらい噂を払拭できるなら安いもんだ。
「じゃあ、私は準備があるから。エリアは向こう側の右端だから、見に来てね」
「分かった。行ってらっしゃい」
トーナメント戦の集合場所でイレアを見送り、俺は第二試合の始まりを待った。
「……お、来た来た」
しばらくすると、放送の合図で選手が列になって入場し始めた。イレアの対戦相手は後ろにいる男子だろう。トーナメント表によると高等部二年の男子らしいが、名前は特に見覚えが無い。そして、その少し後ろにいるのはセレナだ。二人は同じグループだから、当たるとしたら決勝か。もちろん話は通ってるはずだ。
「開始の宣言をします。イレアーダス・ウンディーノ選手、ウィリアム・レーン選手、両名は前へ。『大精霊の名の下に、誠意ある闘技を執り行う』」
イレアも俺と同じかそれ以上に注目されている選手だ。おかげで目の前で陣取っていた俺の周囲を他の客が避けているせいで、「どっか行ってくれ」とでも言わんばかりの視線が集まっている。いいだろ別に。まるで危険人物みたいな扱いじゃないか。
「――始め!」
だが、そんな観客を余所に試合は時間通り始まった。
「精霊よ――貫け、アイシクルランス! 絡み付け、アイシクルソーン!」
「おお」
お決まりの速攻。真正面から飛んでくる氷柱を避けても、氷の茨が左右から迫ってくる。相手はこれをどうするのか?
「ぷ、プロミネンスアロー!」
正面突破か。火の矢が氷柱に突き刺さるが……勢いは止まらない。
「うわあああっ!」
「アイスシールド! ――葬れ、グレイシアコフィン!」
後ろに逃げようにも、エリアの境界には氷の壁。そして……四方を氷に阻まれ、その上から更に覆い被さる棺の蓋。最近この術をよく使ってるのを見るが、以前よりも発動が早い。それに他の術と組み合わせて隙を無くすのが上手くなってる。
「……、――!」
中から何か聞こえるが、全く歯が立たないようだ。第二試合くらいではイレアに敵う奴はいないか。
「……」
程なくして、声が聞こえなくなった。中の気配も弱まってる。――終わったな。そう俺が判断してから約一分後。
「勝者は、イレアーダス・ウンディーノ選手!」
「……もう少し早く言ってあげてください。ごめんなさい、今出しますから」
「す、すみません! 委員の誰か! 担架をお願いします!」
審判の宣言に少し不満気な顔をし、対戦相手を飲み込んだ氷の山に近付く。選手の安全より公正な審判を優先したんだろう。イレアは優しいな。……とはいえ第一試合が終わった時は全く急ぐ様子が無かったから、相手の態度によるところだろう。イレアには優しくしよう。
崩れた氷の中から男子生徒が救出されるのを横目に、他のエリアの様子を伺う。三つ隣はセレナか。遠くてよく見えないが、苦戦はしていなさそうだ。そしてもう少し離れた所に、ここと同じくらいの人集りがある。多分ミスズだな。
「さて、そろそろ行くか」
テントに戻って行ったイレアと合流しようと思って立ち上がると、俺の少し後ろにいた観客の女子生徒とばったり目が合う。それは本日二度目となる邂逅。
「あ」
「……ミヅカ・リオ!」
恐らくイレアに向けていたであろう陶酔の目をキッと鋭くし、俺の方を睨みつけたのはウンディーノ家分家の令嬢、ヘレーネ・ブラオ・ウンディーノ。イレアの大ファンらしいし、そりゃ見に来るか。
「聞いたわ。二回戦は不戦勝だったようね? どんな卑劣な手を使ったのかしら?」
「知らん。向こうが勝手に辞退しただけだよ。お前もどうだ? 逃げるなら今の内だぞ?」
「あら、怖気づいたのね。そっちこそスプリントの大会に出たなんて、まるで負けた時の言い訳でも用意したかったのかしら?」
「あー、あれね。準備運動みたいなもんだよ。普通に勝ったし」
持ちっぱなしだったトロフィーを掲げて見せつけると、ヘレーネは歯軋りした。うん、出て良かったな。この顔が見れただけでも価値がある。
「フンっ、あんな授業の延長みたいなお遊びに意味は無いわ! このトーナメント戦こそ元霊祭にとって、巫女家にとって最も重要な戦い! 威張るならせいぜい三回戦を勝ってからにしなさい! まあ、わたくしに負けたらそれでお終いですけれどね!」
「お遊びってなあ……」
準備運動とかウォーミングアップとか言った俺も悪いけど、先輩達の本気を見てないのにその言い草はちょっと腹が立つ。せめて出てから言えってもんだ。あれは俺が勝ったからこそのパフォーマンスなんだよ。
すると、いつの間にか注目を集めていたようで周りの観客達に遠巻きに見られていた。そしてその向こうから俺を呼ぶイレアの声が。
「リオ! こんな所で何してるの?」
「お、おおお、お姉様!?」
「あ、お帰りイレア。ちょっと変なのに絡まれてた」
「誰が変なのですって!? ――あっ、お姉様、これはそのっ!」
イレアの方を向いて慌てたかと思えば、俺に怒鳴ったりと忙しい奴だな。
「えっと、ヘレーネさん? 応援に来てくれたのね」
「も、勿論ですわ! お姉様の雄姿を見るためならわたくし、どこへでも馳せ参じますわ!」
「そ、そう。ありがとう……」
さっきまでの威勢と比べてやたらぎこちないというか、言葉遣いも変に畏まってるな。イレアもちょっと引いてるし。
「ていうかリオ、あんまり変なことしないでって言ったじゃん」
「だからコイツが突っ掛かってきたんだって。なんとかしてくれよお姉様ー」
「もう、リオまでふざけないでよ。ヘレーネさんも、落ち着いてね?」
あ、ヘレーネのお姉様呼びもふざけてる判定らしい。だが当の本人は肝心のイレアの話すら聞かずにヒートアップしてるみたいだ。
「大丈夫ですわ、お姉様! 必ずやわたくしがこの不埒な男を打倒してみせます!」
「不埒って……確かにリオも変なところあるけど、お婆様もウンディーノ家の人達も認めてるのよ。それ以上はブラオ家の名前に傷が付くからやめなさい」
「いいよイレア、こいつは俺が分からせとくから。……なぁ、ちなみに俺の変なところって?」
「くっ……! やっぱりお姉様もこの男に騙されてるのよ……!」
なんかもう、何言ってもダメだなこりゃ。そろそろ人も集まってきたし、コイツを大人しくさせるには……そうだ。俺は一番効きそうなことを思い付き、イレアの肩をぐっと抱き寄せた。
「えっ、ちょっ、リオ!」
「悪いな、お前のお姉様は俺のもんだから♪」
「――――――――――ぅ、ぁぁ」
ニヤっと笑って見せると、ヘレーネは目を白黒させ、口をパクパクと開き、全身を戦慄かせた。おお、予想以上だ。
「さ、行こうかハニー」
「やめてよリオっ! みんな見てるから!」
「どうした、いつもみたいにダーリンって言ってくれよ~」
「言ってないでしょ! ほんとに恥ずかしいのっ! 変なの、そういうところよ!!」
ヘレーネに聞こえるようにふざけてそう言いながら、俺は引き剥がそうとするイレアの肩に手を回したままその場を後にした。
……はい。控室に戻ってからこっぴどく叱られました。調子に乗りました。ごめんなさい。
■□■□
リオにしっかりお説教をしてから一時間。第三試合の時間になった私達は再び集合場所に来ていた。ここからは全グループの試合が同時に行われるので、お互いの試合は見れない。負けるほどの心配は無いけど、そろそろ気を引き締めないと。私が初めて出た中等部一年の時も第三試合で負けちゃったんだったな。
そう考えながら準備をしていると、隣で対戦相手との顔合わせをしていたセレナさんが話しかけてきた。
「イレア様、ごきげんよう。ご挨拶が遅れましたの」
「いいわよ、そんな改まらなくても。調子はいかがかしら?」
「万全……と言いたいところですわ」
何か言い淀む素振りを見せた彼女は、意を決したように口を開いた。
「イレア様。お願いがありますの」
「なんですか?」
「本日の予選決勝で、わたくしと本気で戦って頂きたいのです」
まっすぐ見つめる目。真剣だ。だが……彼女は私と同じグループにいる。つまり、トーナメントの調整で考慮されないくらいの完全な実力差があるということ。それは彼女自身も理解しているだろう。
「我々の方針は、ご存知ですよね?」
「ええ。イレア様が決勝に行くべきだということは、重々承知しております。その上で、ですの」
今回の八百長じみた方策では、セレナさんやルーヴェラント先輩と当たった時には「ある程度盛り上がる試合」をやることになっている。流石に始まってすぐに降参とはいかないし、興行でもある以上は見せ場が必要だからだ。だから私達はある程度の力で戦い、多少の競り合いを演じるつもりだった。しかし、私が本気を出せば……
「分かりました。でも、一つだけお願いがあります」
「なんですの?」
「死ぬ前に、降参してください」
「――分かりましたわ」
その了承を最後に、私達はそれぞれのエリアに向かった。一時間後の決意に向けて。
――そんな会話を聞いていた二人の第三試合の対戦相手達が、自分達の敗北という前提にこっそり目を見合わせて苦笑していたことは誰も知らない。
■□■□
いよいよ第三試合が始まる数分前。俺は観客に囲まれたエリアの中心にいた。
「ウラベ・クラーク・マツリ選手、ミヅカ・リオ選手、両名は前へ。『大精霊の名の下に、誠意ある闘技を執り行う』」
審判の掛け声で向かい合う。相手は一学年上の留学生だ。やけに睨まれてるな。
「ミヅカ・リオ。ようやく会えたね、隊長のお気に入りさん」
「……どうも」
「ま、マツリ選手、試合前ですので、お静かにお願いします」
「裏切者のくせに随分と人気なんだね」
「あの、マツリ選手、」
「黙れ公国人! おい、何とか言えよ裏切者」
「ひっ……!」
反応に困っていると、ついに気弱そうな審判に暴言を吐き始めた。お互い歳もあまり変わらないはずの女子生徒同士だが、輩に絡まれた子供みたいだ。放送委員も大変だな。とはいえ俺は面倒なので無視を決め込む。
「てめぇ、何無視して――」
「は、始めぇっ!」
時計だけを注視していた俺は、審判の合図と共に精霊術を放つ!
「加速弾!」
「この野郎っ!」
「お、避けた」
流石に不意打ちは成功しなかったか。ここまで勝ち上がってるだけはあるな。
だが、それも織り込み済み。
「食らえっ、烈火爪!」
「――発動」
こちらに向かってくる火の爪。どこかで見たような術だ。しかし、俺に迫ったマツリの背後で、当たり損ねた加速の弾が――爆ぜる!
「ぐぁっ!! てめえ!」
「よし、案外いけるもんだな」
「何、ごちゃごちゃとっ!」
「加速弾!」
「なっ――!」
衝撃でつんのめった彼女を難なく避け、もう一発。今度は間違いなく命中し、真上へ飛んだ!
「遠隔発動……いや、発動予約か。体から離したマテリアルの変形と同じ感覚だな」
最初に外した加速弾は、一定時間で中身の加速が暴発するようにしていた。そんなに細かい操作はできないが、不意打ちの二段構えが成功したな。さて、そんな事を言ってる間に相手が落ちてくる。第一試合のようにはいかないだろう。
「――ぅらぁあああああ!!」
「やってやるよ――『加速』!」
衝突する前に、こちらから迎え撃つ!
「てめっ、直接攻撃はっ……!」
「やらねぇよ――アイシクルランス、『硬化』! ……じゃあな。加速弾ッ!」
空中でのすれ違いざま、硬化した氷の欠片と共に突き落とす。俺への反撃だけ考えていた彼女は、その勢いのまま鋭利な氷をクッションにして落下する!
ドシャっ!
鈍い音を立てて倒れたマツリ。火の爪で多少は溶けただろうが、それでも校舎の屋上から玉砂利に突っ込むみたいなものだ。指先がピクリと動いたから、死んではいないな。
「……」
「あっ、えっとっ……!」
「まだですか?」
審判に目配せしてそう言いながら、倒れた彼女にもう一度手を向ける。とどめの一撃を放つポーズだ。
「んじゃもう一発――」
「しょ、勝者っ、ミヅカ・リオ選手!」
無抵抗の相手を見て、審判はそう宣言した。もちろんただのポーズだ。流石にこれ以上は俺が失格になりかねない。
「……とりあえず、加速弾で真上に飛ばす制御はもう問題無し。発動予約もアドリブで上手くいった。氷柱と『硬化』も頑張れば一纏めにできそうだけど……いや、氷とかは元々俺の術じゃないしな。難しいか」
呼ばれて来た治癒術士の応急処置を受けている相手を見ながら、俺は呟いた。が、疑問が一つ。
「弱い」
地面に落ちてからも反撃を警戒していたから、もう一撃のポーズというのも強ち嘘ではなかった。火の術士なら身体強化で耐えたかもしれないしな。治癒の術だって有り得る。しかし、それは来なかった。
いや、単に弱いというか……態度に釣り合ってない。俺への恨みや極東への歪んだ忠誠心、母さんへの心酔に対して、実力が伴っていない。せいぜい第三試合までのレベル。そもそも予選突破が確実視されている俺とここで当たる調整になっていた時点で、知られるほどの実力も無かったんだ。イレアが瞬殺した初戦の相手もそうだ。
「なあ、あんた。どこの高校?」
「っせぇ……」
「壱高? 弐高?」
「……捌高だ」
その場での治癒を受け終わって担架に乗せられていたマツリに尋ねる。流石に最上位の二校ではなかったか。前に聞いた時ミスズは確か、玖高までそれぞれの学校から一人か二人ずつって言ってたな。その中でオッズ的には参高のミスズが一番上。下手したら壱高と弐高の生徒はいないかもしれない。
「クソっ、ミヅカ隊長の息子だからってバカにしやがって……!」
「してねぇよ。あんたら、何が目的だ? 母さんからどんな命令受けてるんだ?」
「極東の発展……あたし達の目的はそれだけだ。ミヅカ隊長のためにな」
「あっそ」
医務室に運ばれていった彼女を見送り、ぼんやりと考える。今の答えが誤魔化しではなくそのままの意味なら、留学生達は母さん――極東軍から大した命令を受けていない。母さんが彼等と接触したっていう報告も上がってないから、その可能性も十分ある。
そもそも、母さんがこいつらをわざわざ選ぶってのもおかしい。ミスズの話から、軍人としてのミヅカ・シオンと俺の母であるシオンの性格の違いかと思っていたけど、それにしても変だ。高校の生徒を使うにしても、まともな任務なら壱高か弐高の優秀な奴等を使うだろう。こいつらは、あまりにも殺気が目立ち過ぎていて軍人らしくない。本物はもっと冷徹で非感情的だ。
「母さんは、敵じゃない……」
開会式の時にイレアが言っていたことを思い出す。そうだ。もし母さんが敵じゃないんだとしたら、それに対して彼等は敵すぎる。違和感の正体はこれだ。
何が目的だ? いや、そもそも目的なんて……?
「……ああもう、意味分からん!」
今は考えたくないのに、何度も頭に浮かぶ悩み。もういい。次の試合に集中しよう。そう思考を無理矢理リセットして、俺はテントへ走るのだった。




