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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
九章 騒乱の元霊祭
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第92話 悪役

 トーナメント戦の集合場所と同じような幕が張られたテントの中でストレッチやイメージトレーニングをしながらしばらく待っていると、実行委員の放送が流れ始めた。そろそろか。


『これより、スプリント大会の決勝を開始します。競技に先立って、出場選手の紹介をいたします』

「……ん? 決勝? これって予選とかあったんですか?」


 俺を大会に呼んだ実行委員が隣にいたので、小声で聞いてみる。そもそもどういう仕組みの大会なのかも教えてもらってなかったな。


「はい、当日はスケジュールの都合で決勝だけなんです。予選は元霊祭の準備期間に終わってまして」

「俺、それ出てないんですけど……?」

「あ、予選と言っても各々の記録を測って上位十人が選ばれてるだけですから。リオ選手の記録は授業の時のもので十分予選突破ラインを切っていたので、問題は無い……と部長が仰ってました。反対する部員は殆どいませんでしたよ。もちろん自分も賛成です」


 これでもまだ特別扱いな気がするが、一応出場する筋は通っているみたいで良かった。やけに詳しいなと思ったら彼も陸上競技部の一員らしい。

 ……それにしても、ただの選手紹介なのにやたら盛り上がってるな。一人ずつ名前が呼ばれるたびにテントから選手が出て行き、歓声が上がる。外を覗くといつの間にか観客もかなり集まっていた。アウェー感が半端ない。


『――続いて、予選記録二位、バート・ハーリッツ選手! 部長の名に懸けて一位の座を奪還できるか!? 最後の出場となる今年は、王者ではなく、チャレンジャーとしての挑戦だぁ!!』

「部長おおおお!!」「がんばれぇーー!!!」「絶対負けんなぁあああッ!!!!!」「勝てよおお!!!!」


 放送に合わせて観客の前に出て、手を振ったハーリッツ先輩。なんか放送もヒートアップしてるし……というか、彼が二位ってことは?


『そして予選記録一位、我らが陸上競技部のクイーン、アレクサンドラ・ラスコフ選手!! 圧倒的な成長で手にしたのは最速の称号! バート選手から王冠を奪い取った女王の降臨だぁあ!』

「「「「サーシャちゃぁあああんんんん!!!!!!!」」」」

「うわっ」


 今までで一番の野太い声援に気圧される。エースって言ってたけど、もはやアイドルだな。笑顔で応える彼女は歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。……えっ? 俺、これの次?


「さ、リオ選手の番ですよ。応援してます!」


 実行委員に背中を押され、テントの幕を捲る。そして。


『最後は、参考記録では予選四位相当! 極東の超新星、ミヅカ・リオ選手!! トーナメント戦第二試合、まさかの不戦勝により急遽参戦!!! 流れる噂は嘘か真か、今年度最注目の男ッ!!! ウンディーノ家次期巫女の実力は如何に!!??』

「うぉおおおお!!!」「やっちまええっっ!!」「引っ込めえっ!!!」「勝てぇーー!!」「女タラシぃー!!!」「負けたら許さねえぞおッッ!!!!」「てめぇに賭けてんだぁっ!!!」


 声援というか、怒号そのものを浴びせられて一瞬脚が竦む。なんかアンチっぽい声も聞こえるし。……それにしてもさっきから聞いてて分かったけど、この大会も賭けの対象になってるみたいだ。そりゃ盛り上がるよな……。


『以上の十一名で決勝を行います!! それでは各選手は準備を始めてください!』


 再びテントの中に戻ると、ハーリッツ先輩がやってきた。こんな感じなら教えといてくれよ、と見つめるも、変わらず爽やかな笑顔だ。


「すまないね。無理矢理にでも君を決勝に参加させて正解だったよ、リオ君。これまでに無い盛り上がりだ」

「あんまり目立ちたくないんですけど。余計嫌われますよ、俺」

「今更何を言うんだい? それに、ちゃんと結果を残せば誰もが君を認めるさ。もちろん俺も優勝を狙うけど、お互い頑張ろうじゃないか」

「……どうも」


 ドンと背中を叩かれ、彼も自分の準備に取り掛かった。ここまで来たら文句を言っても仕方ないな。順番に記録を測るだけなので、最後の俺の番もすぐ来るだろう。そう切り替えて、ストレッチを再開した。




 公立精霊学園の授業は、理論よりも実践を重んじる。数学にしろ医学にしろ経営学にしろ、まず実用的な知識を身に付け、その後に細かい理論や原理を学ぶというカリキュラムが一般的だ。とりわけ精霊術の演習授業では過程よりも結果を重視し、どんな術を使ったかではなく、自分の術を使ってどんな事ができるかが評価される。生徒ごとに使える術が異なるという前提があるので、当然と言えば当然の評価基準である。

 そしてこのスプリントという競技は、まさにその風土を体現している。ルールはたった二つ、合図の後にスタートすることと、指定されたラインを踏むこと。記録されるのはタイムのみだ。


『ブライ・ノーマン選手!! 記録は――五秒一九!! 暫定一位です!!!』

「おお、凄いな」


 故に、走り方や飛び方は多種多様。今の選手は土の術を使っていたが、ただ石柱を地面から伸ばすのではなく、左右一歩ごとに高速で足場を作り、それを伸ばしながら大股で走っていた。術の規模自体は目を見張るものではないが、この競技に特化した効率的な使い方だ。勉強になるな。


「さて、そろそろ俺の番だ。行ってくるよリオ君」

「ハーリッツ先輩はどんな術を使うんですか?」

「すぐに分かるさ。まあ見てのお楽しみと言っておこうか」


 不敵な笑みでポンと俺の肩を叩き、テントを出て行ったハーリッツ部長。さっきの選手が六番目だったから、俺もそろそろ準備しないとな。


「ぶちょー、凄いよ? 見とき?」

「アレク……」

「サーシャ!」

「……サーシャ先輩は、準備しなくていいんですか?」

「いーの。ぶちょーの記録見とかないと」


 やたら寄ってくるサーシャ先輩。ルー先輩と同じノリだな。しかし、そんなに凄いというなら疑問がある。


「先輩達はトーナメント戦には出ないんですか?」

「えー、なんかだるいから?」


 身も蓋も無かった。


「ま、ぶちょーはぶちょーだからさ、こっちのが好きなんじゃね?」

『――記録は、四秒七八!! ついに今大会初の四秒台!! 暫定一位交代です!!!』


 八番目の選手の記録に歓声が上がり、会場は更に盛り上がりを見せる。なるほど、こっちの方が好き、か。


「それにさ、速い方がかっけーじゃん?」


 そう言い残した彼女も、ようやくテントから出て行った。俺も後に続いてハーリッツ先輩の出番を見守る。


『続いては、バート・ハーリッツ選手!!!』

「「「「うぉおおおおおおおお!!!! 行けぇえええええええ!!!!!」」」」

『位置について――』


 姿勢を落とし、腕を振る構え。走るスタイルだ。使う術は――?


『――スタート!!』

「っ!!」


 彼は、そのまま()()()


「あれは――『加速』!?」


 いや、俺の複合した術とは違う。あれは身体強化だ。それをもっと()()に寄せたような……多分、風系統に近い。純粋な加速から身体強化に近付けた俺とアプローチは違うが、結果は似ている。


「……だから俺を誘ったのか」

『ゴールっ!! 記録は――よ、四秒三九!!! 大会新記録! 大会新記録を大幅に更新して、暫定一位ですっ!!!!』

「「「「「おおおおおおおおおっっっ!!!!!!」」」」」


 俺の呟きを余所に、今日一番の喝采に包まれる会場。これにどう立ち向かうのか……ふと隣を見ると、サーシャ先輩は既にいなくなっていた。


『さあ、続いてはっ、アレクサンドラ・ラスコフ選手っ!!!!』

「「「「――――!!!」」」」


 勢い任せの選手紹介とは打って変わって、突如静かになる会場……いや、ファン達。スタートラインに立った彼女にふざけた態度は全く無い。そして。


『位置について――スタート!!!』


 飛んだ!!


「「「「うぉおおおおおおおおっっっっ!!!!!」」」」


 同時に、撒き散らされる水飛沫。水の噴射で飛んでるんだ!

 そして、彼女の体は地面スレスレの放物線を描き――


『――ゴールっっ!!!』


 完璧な軌道。ゴールラインぴったりで着地した!


『記録は、ああっ! 四秒四七!!! 惜しくも届かず、暫定二位!!!』

「「「「うわぁああああああ!!!!!」」」」


 悲鳴が上がる。ハイレベルな接戦だ。俺も負けてられない。


『いよいよ最後となります! ミヅカ・リオ選手っっ!!!』


 あっという間に俺の番だ。大本命と期待された二人の後、ざわめきが会場を包む。でも、ただの飛び入り参加枠で終わってたまるか。俺を招いたこと――後悔させてやる。


「――ふぅー……」


 息を吐く。イメージするのは、ただの加速じゃない。現状でいくら極めても、まだ彼には届かないくらい競技としての経験の差がある。越えるには、自分を塗り替えるような……もう一段階上の加速でなければ。


『位置について――』


 思い出せ、師範に教わったことを。加速に加速を掛ける。加速弾(アクセル・ショット)みたいに、ただ飛ばすんじゃない。もっと根源的に、術そのものを加速させる。言わば。


『スタートっ!!!』

「――二重加速(デュアル・アクセル)ッ! ぐぅっ!?」


 俺の感覚を優に跳び越え、体に降りかかる横殴りの加重! いや、前を見ろ! コントロールしろ!!


「くっ……!」


 一歩ごとに足が痛む。流れる視界。風が頬を叩く。とっくに百メートルは超えた!


「ラインっ、踏めっ――!! そこだッッ!!!」


 だが、止まらない! 無意識のリミッターを外した加速――制御できない!


「クソっ……こうなったら、無理矢理っ……! 硬――」


 いや、駄目だ。こんなペラッペラの術じゃ止められない。二重の加速に対抗する方法は――


「――剛化(リジッド)!!」


 硬化の重ね掛け。不動の壁に衝突するような……俺自身が壁になるイメージ。止まれ。止まれ!


 ドンッッッ!!!!


「――っし」


 ゴールラインの真上。全ての勢いを殺し、揃って止まった両足。全く痛くない。……そうか。これも加速と同じだ。身体強化に似た使い方――対象の拡張。術の意味が変わる。自由度が、跳ね上がる。


『記録は――!』


 アナウンスの声で、再びざわめきが戻る。いや、俺の耳に入ってなかっただけか。期待と不安の入り混じる、結果は――


『――三秒、七七……!!』


 呆然とする会場。一拍おいて。


『優勝は、ミヅカ・リオ選手!!!!』

「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!」」」」」」


 全てを掻き消すような歓声と共に、俺は『最速』の称号を手に入れるのだった。



■□■□



「完敗だよ、ミヅカ・リオ君」


 控えのテントに戻った俺を迎えたのは、負けても尚爽やかな笑顔のハーリッツ先輩だった。その表情に悔しさは全く滲んでいない。


「ありがとうございました、先輩」

「礼を言うのは俺の方さ。いつだかの邪霊(イビル)討伐演習の時……偶然近くで戦っていた君を見て思ったんだ。もっと速くなるって。今日の結果は、ある意味で予想通りだったよ」

「いえ、俺は今日先輩のを見て……敵わないって思ったんです。だから一か八かチャレンジしました。たまたま成功しただけです」

「偶然でも結果は結果だ。もし良ければさっきの術を教えてくれないか?」

「はい。でも俺も何となくでしか説明できないんですけど――」


 俺は師範に教わった生命力の認識、対象の拡張、そして術の重ね掛けについて、どうにか自分の言葉で説明した。今なら教本を書いたレオナルドって人の気持ちが分かる。言葉で表現するのは……本当に難しい。


「――そうか、ありがとう。さっぱりだよ」

「ごめんなさい、説明が難しくて」

「いや、何が言いたいのかは分かった。後は俺の理解次第ということだな」


 納得したように頷いた彼は、俺の背中を叩く。


「さあ、表彰の時間だ。優勝者は行きたまえ」

「あの……本当に大丈夫なんですか? なんか凄い空気なんですけど、観客……」

「非難も賞賛も勝者の特権だよ。どちらかと言えば、責められるのは負けた俺の方だろうね。君は堂々としていてくれ。その方が良い」


 それに、と彼は続ける。


「俺はもう来年には卒業だけど、いつか我々陸上競技部員が君を越える。その時まで待っていてくれ」

「……分かりました。受けて立ちます」


 そうだな。変に好かれようとする必要は無い。俺は勝ったんだから、それが全てだ。


「行ってきます」


 テントを出て、観客の前に姿を現す。その瞬間。


「うぉおおおおおお!!」「おめでとおおおお!!!」「てめぇぇっっ!!」「速すぎんだろぉぉっっ!!!!」「ふざけんなぁああ!!!」「ありがとーー!!」「よくやったぁああっ!!」「この野郎ォォーッッ!!!!」


 賞賛半分、残りは怒りなのか何のか分からないけど、激しい絶叫。これが全て俺に向けられたものだと思うと……はは、いっそ清々しい。


『そ、それではミヅカ・リオ選手! 優勝おめでとうございます!』


 トロフィーが手渡された瞬間、再び叫びが大きくなる。怒号も声援も全て……俺が、ハーリッツ先輩とサーシャ先輩というヒーロー、ヒロインを打ち破ったから。


『飛び入り参加しての優勝について、何か一言お願いします!』

「はい。まずは、良い競技ができて良かったです。お招きいただきありがとうございました」


 拍手が大きくなる。だが、それだけじゃ足りない。俺に求められているのは……俺の役割は、悪役(ヒール)だ。


「この後のトーナメント戦も応援お願いします。今日の大会は――いいウォーミングアップになりました」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!」」」」」」」」


 グラウンド中に響き渡る歓声を以って、スプリントの大会は幕を閉じたのだった。

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