第91話 祭の裏
「勝者は――イレアーダス・ウンディーノ選手!」
俺が試合に出ているイレアを見つけたのと、審判の宣言がなされたのは同じタイミングだった。探してるうちに試合が始まってしまったんだけど、まさかこんなにすぐ決着するとは。
「おーい、イレア! お疲れ様!」
外から手を振ると、イレアは小さく振り返して「ちょっと待ってて」とジェスチャーした。そういえば対戦相手は? と思っていると、イレアはエリア内に聳え立つ巨大な氷の柱に触れて――粉々に砕けた氷の中から、ガタガタと震える生徒が出てきた。確かに怪我はさせてないけど、容赦無いな……
結果を報告しにトーナメント戦参加者の集合場所のテントに向かったイレアは、すぐに戻って来た。
「お待たせ、リオ。見に来てくれたんだ」
「来たら終わってたけどな。今の相手は?」
「一個上の留学生だったよ。試合始まってるのに何か色々言ってたから、すぐ終わらせちゃった。巫女家がどうとか極東がどうとか」
「あいつらからしたらイレアは目の敵か……」
そういえばミスズ以外の留学生とは関わったことが無いんだよな。まさか全員あんな感じなんだろうか。
「リオの方はどうだった?」
「中等部の一年だったよ。ちょっと手加減し損ねた」
「うそ、大丈夫?」
「大怪我はしてないけど、一応向こうで診てもらってるってさ」
指差す先は、屋根に医務室と書かれた臨時の小屋。学園の治癒術士に加え、サラマンド家の医師団が常駐している。元霊祭の時には毎年来ているらしいが、こう名前ばかり聞かされても、なんだかなって感じだ。
すると、テントから慌てたように走ってくる男子生徒がいた。こっちに向かってくる。
「すいません、ミヅカ・リオ選手ですね! 少々よろしいですか?」
「そうですけど……何か問題でもありましたか?」
腕章からして実行委員だ。まさか、アンディ少年に何かあったのか?
「い、いえ、問題という訳では! 第二試合のことについてお伝えしようと思って。すぐ見つかって良かったです」
「第二試合?」
俺の次の出番は十三時からだ。まだ午前中だというのに、なんだろうか。
「実は、リオ選手の次の対戦相手の方が棄権すると言っていまして。リオ選手はこのまま不戦勝で第三試合に進出という形になります」
「マジか……いえ、分かりました。一応聞きたいんですけど、棄権の理由とかって?」
「実はその、相手方のお父様がリオ選手の試合を見たそうで……卒業前の時期に怪我をしたら困る、と仰ってまして」
「えっ、リオそんな試合だったの?」
「まあ、そうっちゃそう」
どうやら次の相手は高等部四年の女子生徒らしい。言いたいことは分かるけど、また悪評が広がりそうだな……しかも今回は百パー俺が悪い。
「で、話ってそれだけですか?」
「いえ、そこで相談といいますか、お願いが一個あって。ちょうど第二試合の時間にスプリントの大会があるので、そちらに出て頂けないかと……。リオ選手の試合を見たいという方も大勢いらっしゃるので、実行委員会としては見せ場というか、盛り上がりが欲しいと言いますか」
「なるほど」
そんなのもあったな。授業では何回かやっていて、俺の記録もまあまあ有名らしく以前から誘われてはいた。でも前に失敗して以来それきりだし、トーナメント戦があるからって断ってたんだよな。いくら不戦勝で時間ができたからって、ぶっつけ本番は心配だ。流石に観客の前で失格ってのは見せられない。
と思ったが、意外にイレアが乗り気だった。
「いいじゃん、行ってきなよ。変な噂ばっかなんだから良いとこ見せないと」
「うーん、まあイレアが言うなら……分かりました。出ます」
「ありがとうございます! では競技は十二時半に始まりますので、十二時過ぎに奥の会場にお越しください!」
「了解です」
第二試合より前か。やるからには全力を出すけど、午後の良いウォーミングアップにもなるだろう。すると、実行委員の彼が何か言いたげだった。
「……あの、自分はリオ選手の噂は全然信じてないんですけど、ちょっと怖い人かと思ってて……あ、その、全然変な意味じゃなくて! お二人とも近寄りがたいというか、どんな人なのか分からなくて」
「ああ、大丈夫ですよ。イレアも元々そうだもんな」
「ちょっとリオ……!」
「いえ、ごめんなさい! でも全然、普通って言ったら変なんですけど……すごく、話しやすくて! 自分なんか巫女家の方々とは全然関係無い生徒なんですけど、ともかく、応援してます!」
「あ、ありがとうございます」
「それでは、お待ちしてます!」
そう捲し立てて彼はテントに戻っていった。放送委員経由で俺の噂は否定してくれてるとは聞いてたけど、あんな感じの生徒もいるんだな。
「ね、ああいう人もいるんだから。頑張ろ?」
「そうだな」
敵ばかりだと思ってたけど、案外そうでもないらしい。よし、折角頼まれたんだ。良い記録残してやろう。
それから、イレアと祭を回っていると。
「あら、二人とも。いらっしゃい」
「何やってるんですか、先生?」
何やら人気らしい屋台を覗いてみたら、ソージア先生がエプロンを着けてトングを握っていた。網の上にはローストされたチキンレッグが所狭しと乗っている。
先生、なんかいつもと違うと思ったら台に乗ってるな。網の奥に手が届かないから身長を盛ってるのか。子供の手伝いみたい……とか言ったらトングが飛んできそうだ。
「学園で出してる店よ。教員はみんなそれぞれ祭の仕事があるけど……ほら、こういうのは下っ端の役目だから――はーい、三本ね! ちょっと待ってて下さーい!」
「……なるほど。お疲れ様です」
どうやら新人教師の役割らしい。そんな話をしながらも彼女は次々と注文を捌いていた。やけに人気なのは、他の屋台よりも値段が安いからか。食堂代わりというか、利益目的じゃないんだろうな。俺の考えを見抜く暇も無いくらい忙しそうだ。
「二人も買ってく? しっかり食べときなさいよ」
「はい、じゃあ二本お願いします。リオも食べるよね?」
「うん、頂きます。先生はずっとここなんですか?」
「今日はね。明日と明後日はちゃんと二人の試合見に行くから。応援してるわよ――はいどうぞ。じゃあまた後でね」
長居する訳にもいかないので、チキンを受け取ってすぐその場を離れた。歩きながらそのまま一口齧ると、中から肉汁が溢れてくる。美味い。
「……なんか、思ったよりもデカい祭だな」
「リオ、それいつも言ってるね」
「いやホントに実際見るとな。こんなに人が集まってるのなんて初めてだし」
「国中からお客さんが来るからね。極東ってこういうお祭り無いの?」
「あるにはあるよ。それこそ学校単位でも学園祭ってのがあるし、軍の記念日にはでっかい祭があるよ。俺は行ったこと無いけどさ」
そういえば、軍の祭の時はいつも「お母さんは仕事だから」って連れて行ってもらえなかったな。今思えば母さんは開催する側だったのか。自分の仕事がバレるから行かせたくなかったんだろう。
「こういう屋台とか出るの?」
「あるよ。壱校……極東で一番大きい高校の祭は行ったことあるけど、雰囲気は似てるな。規模は全然比べ物にならないけど。焼きそばとか綿飴とかさ」
「焼きそば?」
「麺を肉と野菜と一緒にソースで炒めるんだよ。ソース味っていうのは……説明が難しいな。ともかくソースの味」
「ふーん。私も行ってみたいな、その極東軍のお祭り」
「いや、あんまり面白くない……と思うぞ?」
何気なく呟いたイレアにそう言ったが、俺も経験が無いから分からない。昔から行かせてもらえなかったから、多分楽しくないものって思い込んでるんだろう。まあ堅苦しい軍の催しだし、実際そんなに楽しそうには思えないけどさ。
「リオは……極東、帰りたいって思わないの?」
「あんまり。それに、今はさ」
母さんとの事が解決するまでは帰れない。……違うな。このまま一生帰らないんじゃないかって、どこかで思ってる自分がいる。別に帰らなくても、帰れなくてもいいって。
「リオ。その……」
「ん?」
「……家帰ったら話すね」
歯切れの悪い会話はそこで終わって、俺達は喧噪の中を無言で歩いた。
少し冷めた二口目のチキンは、さっきより美味しくなかった。
■□■□
しばらくぶらついてから中央棟の俺達の控室に戻って来ると、なにやらマリーがいそいそと準備をしていた。
「ただいま。……マリー、何をしてるの?」
「あ、お帰りなさいませお嬢様、リオ様! なんと今……横断幕を作ってました! じゃーん! 一回戦には間に合いませんでしたけど、もうちょっとで完成です!」
「要らない」
「恥ずかしいからやめてちょうだい」
「そんなぁ!」
自慢げに見せられたそれは、長さ五メートルほどの白い布にピンクの字で「頑張れ お嬢様♡ リオ様♡」と書かれていた。センスが終わってる。
「そもそも一人でどうやって持つんだよ」
「棒を立てます! ほら、端っこに棒刺せるように縫ってあるんですよ?」
「そんなもの、広げたら邪魔よ。普通に応援してくれればいいから。もちろん静かにね」
「うぅ、せっかくお給金はたいて作ったのに……」
とぼとぼと布を丸めるマリー。本番中にこんなことされたら堪ったもんじゃないからな。事前に止められて良かった。
「あ、そうだ。さっきリオ様にお客様がいらしてましたよ?」
「客? 誰が?」
「リオ様のお母様です」
「はぁっ!? ちょっ、そういうのは先言えって!」
横断幕とかどうでもいいから! 母さんが来たって!?
「えっと、三十分くらい前でした! リオ様はいませんって言ったら、じゃあ大丈夫って言って帰っちゃって……」
「止めとけよ! ミヅカ・シオンがどういう立場なのかは分かってるよな!? クソっ、こんな時に……!」
「い、一応お聞きしたんですけど! その、今の私はただの客だからって言われて、また今度来るからリオ様に伝えてって言われたんです!」
「今度!? いつだよそれ! どこに行ったかは分かるか!?」
「落ち着いてリオ。たぶん来賓の席だと思うから」
「チッ……!」
他の来賓の前で騒ぎは起こしたくない。それに、今は母さんのことなんて考えたくないのに。開会式の時といい、何がしたいんだ……!
「リオ、」
「分かってる。帰ってから聞くよ」
イレアの言葉を遮り、ふと時計を見た。十一時半を少し過ぎたところだ。
「……スプリントの大会もうすぐだから、行ってくる」
「応援、行くからね」
「ああ。俺もイレアの次の試合は見に行くよ」
集合時間にはまだ早いことはイレアも分かってるだろう。でも、止めないでくれた。俺は膨らんだり萎んだりするモヤモヤを抱えながら、一人で祭の中を歩いて行った。
■□■□
「リオ様、どうされたんですか?」
「お母さんとのこと、色々あるのよ。その横断幕もだけど、あんまりふざけないで」
「ふ、ふざけてません! 私だって真剣に応援したいんですよ!」
「……なら、大人しくしてなさい」
全く嘘の無い瞳に、私は小さく嘆息した。リオが心配だけど……今はそっとしておこう。
■□■□
控室を出たはいいものの、手持ち無沙汰なのでもう競技会場に来てみた。グラウンドの手前ではまだ最後の二グループが第一試合をやっている。
「――すげぇ、ホントに来たぞ――」「――ミヅカ・リオだ――」「――トーナメント戦に出てるはずだろ――」「――対戦相手が棄権したらしい――」「――一回戦で中等部の一年ボコしたって――」
既に集まっていた観客や生徒達からヒソヒソと聞こえるが、やっぱり悪評が増えているみたいだ。だが、いつもの生徒達とは雰囲気が違う。むしろ歓迎されているというか、試されているような……なるほど、トーナメント戦が祭の表なら、ここは裏側。噂を信じているノーミオ家の派閥とは離れた層か。俺に票を入れてる人も多いのかもしれない。
さてどうしたものかとキョロキョロしていると、背の高い男子生徒に話しかけられた。
「やあ、ミヅカ・リオ君だね。来てくれてありがとう。何回も誘った甲斐があったよ」
「こんにちは。えっと……」
「バート・ハーリッツ。高等部四年で陸上競技部の部長だ。一応ノーミオ家とシルフィオ家の遠い親戚に当たるけど、気にしないでくれ。今日はお互い派閥の話は無しでいこう」
「はい。よろしくお願いします、ハーリッツ先輩。陸上競技部のことは先生に聞いてます。なかなか忙しくて……すみません」
陸上競技部。この学園の伝統的な部らしい。俺の「加速」をどこからか知って興味を持ったようで、春頃からずっと勧誘が来てるってケルヤ先生から聞かされてたんだよな。陸上競技と名にあるが、実践的な精霊術の研究会の側面もあるという。今日のスプリントの大会に誘っていたのも彼等だ。
「それにしても、ウンディーノ家の姫様と結婚とはね。俺達の方が先に目を付けてたって言いたいけど、残念だよ」
「あー、その、元々父がウンディーノ家の人間で……いや俺も後で知ったんですけどね」
「そうなのか! それは仕方ないな、うん。極東から凄いヤツが来たとは聞いてたけど……そうかそうか、そういう事情だったのか。ああすまん、家の話は無しだったな。ともかく今日はよろしく頼むよ! 良い試合にしよう」
「は、はい。こちらこそ」
爽やかな笑顔で握手を求められ、手を出すとガッシリと握られた。なかなか俺の周りにいないタイプのスポーツマンだ。陸上競技部、今更だけどちょっと興味出てきたな。
そんな話をしていると、遠くからはしゃいだ声と共に走ってくる女子生徒が。
「ぶちょ~~! ミヅカ・リオ来たってマジ~!? あっ、マジじゃん! いるじゃん!」
「こらサーシャ、人を指差すな! すまないリオ君、彼女はうちの部員だ」
「アレクサンドラでーす! サーシャでいいよ! うわー、ルーっちから聞いてたけど本物じゃん!」
「ど、どうも……えっと、放送委員のルー先輩のお知り合いですか?」
「そ、友達! あたしも委員会入ってたんだけどさ、成績下がったからクビになっちった!」
確か、放送委員って授業が一部免除される代わりに成績も良くないと入れないんだったな。ヒナはともかく、あのルー先輩も実は勉強はできる方らしい。あのって言ったら失礼か。
「ごめん、めっちゃ失礼なコト言っていい? リオ君もっとイケメンかと思ってた!」
「サーシャ!」
「だってさー、お姫様と結婚してんのに留学生のコとも揉めてんでしょ? ちょーイケメンで勝手に想像してたし!」
「だからそれはデマだって教えただろう! そうだろう、リオ君?」
「あ、はい。ミスズ……その留学生とは完全に初対面でしたから。向こうが何か勝手に言ってるだけです」
「なにそれウケる~~! その子可愛い系好きなん? うち全然分からんわ~~!」
ケラケラと笑うアレクサンドラ先輩。あと結婚じゃなくてまだ婚約です、とはツッコめなかった。つーか可愛い系って俺の事かよ。ルー先輩にも童顔とか言われたけど、俺ってそんなにか?
「まーいいや! 今日の大会うちも出るから、よろしくね!」
「は、はい。よろしくお願いします、アレクサンドラ先輩」
「かた~! サーシャでいいって! ほら緊張すんなし、リラックスリラックス!」
「サーシャ、そんなことより実行委員を呼んでくるって言ってたのはどうした?」
「忘れてた! んじゃ行ってきまーす!」
アレクサンドラ先輩……もうサーシャ先輩でいいか。サーシャ先輩に肩をグワングワンと揺さぶられていると、ハーリッツ先輩が助け船を出してくれた。パッと手を離した彼女は、すごい勢いで走っていく。
「悪いな、リオ君。あんなのでもうちのエースなんだ」
「そ、そうですか……」
「さて。俺もそろそろ準備に取り掛かるから、リオ君は待っていてくれ。それじゃあまた後で」
そう言って彼も行ってしまい、残された俺は奇異の目を向けられながら一人佇むのだった。
「……こんな所もあるんだな」
学園にはまだまだ知らない世界があるんだと軽いショックを受けながらも、なんだか悪い気はしなかった。




