第90話 初戦
「生命力、対象、術式。これらを、精霊術を構成する三要素と呼ぶことはご存知ですかな?」
――元霊祭が始まる三週間前。師範が見せた、斬撃を飛ばす技の修行が始まって早々に素振りをやらされていた俺に、彼は再び講義を始めた。
「……あのっ、これっ……素振りはっ」
「続けるように。肩が上がっていますぞ」
「はいっ! ……じゃなくて、知って、ます、けどっ!」
剣を振りながらなんとか質問に答える。同時にやる理由は「意識せずとも型を振れるようにするため」とのことだ。鬼か。
「これもまた、かの教本に書かれておりますが……この対象という要素は、非常に広い意味を持つものです。ではお聞きしますが、リオ殿にとって術の対象に当たるものとは?」
「……例えばっ、俺の、『加速』ならっ、俺の体とかっ、弾丸とかっ、そういう、ことです、よねっ?」
「はい。ですがそれはあくまで具体的、つまり限定的な考えですぞ。そうやって個別に考えてしまうのは、応用の効かない用法。――腋の締めが甘いですな」
「応用、っていう、のはっ? っ、はぁっ、はぁっ、……九十八、九十九……百本、終わり!」
「よろしい、休憩しながら聞くように」
地面に体を投げ出してもなお、講義は続く。
「なにも、目に見える、触れられるものだけを対象とする必要はありません。例えば、高度な精霊術の中には空間そのものを対象とする術もあり、その範囲内の全てに術を作用させる……というものもあります」
「はぁっ、はぁっ……あ、それは……多分、知ってます……やられたこと、あるので……はぁっ、ふぅっ……」
息を整えながら、俺は初めてシルフィオ家に行った時のことを思い出す。ティターニアさんと戦った時――投げたナイフが落下し、そのまま突っ込んだ俺も巻き込まれて……その後は覚えておらず、イレアとヒナが言うには空中で停止していたとか。あの時の「踏み込んでしまった」感覚は今でもゾッとする。術の対象の空間内だったってことか。
「要するに、抽象的なものを対象にとることができる。難易度は上がりますが、術の効果……というより、自由度が跳ね上がりますぞ。そして、リオ殿は『加速』で既に実践しているはずです」
「あ、そっか。昨日の実験の時に……」
体内の生命力を加速させて術の速度を上げた。あれは確かに今までとは違う、抽象的なものを対象にした術だ。
「この対象の拡張は、生命力という曖昧なものを己のイメージで自覚し操ることによって、初めて理解できるのです。ですから、今のリオ殿なら習得できると踏んだのですぞ――休憩やめ。次、中段の型」
「はい!」
合図で飛び起き、型の練習を再開する。もちろん考えながらだ。つまり昨日のは三要素で言うと、加速の術式で、生命力を使って、生命力を対象として……
「……あれっ? あのっ、それだとっ、三要素のうち、二つが生命力にっ、なっちゃいませんかっ?」
「そう、それこそが対象の幅広さ。術の対象に据えるものは、本当に何でもいいのですよ。当然、精霊術自体を対象にもできます」
術自体を、術の対象にする……? まだ噛み砕いている途中の俺に、師範は話を続ける。
「改めて私の術について説明しましょう。ここまでくれば理解できるはずですぞ。まず、私の身体強化は弱く……本来は己の体しか強化できません。これは私の持つ術式の弱さですな。この国では精霊が弱いと言うのでしょうか。ともかく、最初は純粋な肉体の強化以外には使えませんでした。――足元が疎かですぞ」
「っ、はいっ!」
そういえば、この三要素に精霊って入ってないんだな。学園の授業でも大精霊から聞いた話でも、そもそも精霊が体の中で具体的に何をしてるのかは聞いたことが無い。確か記憶の中では道具だとか端末だとか言ってたけど……っと、型が崩れてしまった。余計な考えは後だ。
「そこで、剣が己の体と一体になるまで鍛錬を重ねました。文字通り体の一部として扱えるようになれば、身体強化は剣にまで届きます。そして次に単なる物体としての剣の強化から、剣を振り、斬るという行為そのもの――斬撃の強化に至ります」
「それが、対象のっ、拡張……ってこと、ですかっ」
「その通り。そして最後に、斬撃を強化する術自体を肉体の延長上として捉え、強化する。これを体から切り離して剣の振りに乗せて飛ばすことで……あのようになります。中段の型やめ」
「はぁっ、はぁっ……なる、ほど?」
なんだか最後の方は駆け足すぎて理解できなかったが、概ね言いたいことは分かった。あれが身体強化だと言われても今なら納得できる。
「では、リオ殿に当てはめてみましょう。まずリオ殿の『加速』は私と違い、体から離れたものにも使えますな。第一段階はクリアですぞ」
「おお」
「次に、単なる物体の加速から、動きや飛ばすことといった、より広い意味での加速への転換ですが……これも既に出来ていますな。普段から行っている身体強化に似た使い方がまさにそれでしょう」
「おお!」
「そして先程は雑に説明した、体から切り離して飛ばすという部分ですが……そもそも『加速』は物体を飛ばす術。ここは全く問題にはならないでしょう。つまりリオ殿の課題はたった二つ。一つ、斬撃そのものを加速させることに慣れる。二つ、加速させた斬撃を加速で飛ばせるようにする、ですぞ」
「分かりました!」
修行の道筋が見えてきた。型の練習は一つ目の課題……加速を乗せても剣がブレないようにするためだ。そして生命力の流れを知覚した今なら、加速の術に加速をかけることもできるはず。そうすれば二つ目の課題も達成だ!
「あのっ、これイレアとヒナには教えられないんですか?」
「ほっほっほ、人の心配とは余裕ですな」
「そ、そういう訳じゃないんですけど……二人の術も応用すればもっと強くなれると思うんです。師範なら教えられるんじゃないかって」
「ふむ」
目標を理解できた興奮でついそう聞いてしまったが、師範は難しい顔だ。
「イレア殿は、もう少し生命力の流れを知覚できるようになれば可能でしょうな。最初に精霊術の神髄は生命力の操作と申しましたが、術の対象を広げるというのは、その対象にまで生命力を行き届かせるイメージを持つということだからです。つまり、曖昧なものに曖昧なものを届かせること。そのためには、やはり生命力への深い理解が必要ですな」
「なるほど……じゃあヒナはどうですか?」
「ヒナ殿はそれ以前の段階。ですが心配は要りませんな、自力で辿り着くことでしょう。或いは……私には想像もできない解釈をするやも知れませぬ。助言は避けるべきかと」
「確かに、ヒナは分かってるみたいですもんね」
「それに、そもそもリオ殿の『加速』は私の身体強化に似ているのです。私の教え方が上手いのではなく、ただ同じ方法がリオ殿に合っているというだけですな」
つまり、これは俺だけに抜群に嵌った指導なのだろう。早まったな。でも二人もいずれついて来るはずだ。
「さて、無駄話はここまでに。次は下段ですぞ。一通り終わったらいよいよ加速を乗せた型の練習ですから、気を抜かないように。下段の型、始め!」
「はいっ!」
■□■□
そして、トーナメント戦本番。
「始め!」
「行くぞ――加速弾!」
ヒナの合図で、俺は新しい技を放つ。飛ばしたのは斬撃ではない。これは失敗作だ。
「うわっ……!?」
驚く対戦相手に、実体の無い弾が飛んでいく。避けることもできず命中し、彼は――空高く吹っ飛んだ!
「うん、良い感じだな」
修行の末、俺はなんとか二つの課題をクリアした。加速を乗せても型は崩れないようになったし、加速に加速を掛けることもできるようになった。だが、問題はこの二つを組み合わせた時だ。型に集中すれば二つ目の加速が間に合わず、術に集中すれば太刀筋がブレて切れない。結局、斬撃を飛ばす技――加速斬と名付けたそれが成功したのは、たったの一回だったのだ。
しかし、型が崩れても飛ぶには飛ぶ。なので思い切って型を最初から捨てて単なる加速に加速をぶつけてみたら……この加速弾ができた。当たったものを吹き飛ばすだけで、これ自体には貫通力も殺傷力も無い出来損ないだが、これはこれで役に立つ。特にルールの厳しいトーナメント戦では。序盤ではマテリアル・オーダーを使いたくなかったから、余計に丁度いい。
「さて、どう来る?」
確か彼はシルフィオ家の系統だったはず。風の術ならば空中戦はお手の物だろう。上からの攻撃を警戒して構えるが……
「お兄ぃ、ヤバいよ」
「え?」
「ちゃんと受け止めないと……失格かも」
ボソっと忠告したヒナ。思わず振り向いたが、失格という言葉にすぐさま視線を戻す……だが、まだ何も来ない。いや、まさか。
「――マジかっ!」
無抵抗のまま落ちて来るアンディ。受け身どころじゃない。気絶してるのか!
「クソっ、初戦ってこんなもんかよ!? 精霊よ――『加速』!」
空中に飛び出し、両手を広げて受け止める。よし、間に合った。後は着地を……ってマズい! このままだとエリア外に出ちゃうどころか、観客にぶつかる!
「ああもう、こんなところで消耗させやがって! 『加速』っ!」
逆方向に加速し、エリア内に着地できるよう軌道修正。あとはいつかイレアとやった時みたいに、接地寸前に上方向の加速で相殺すれば。
「せーのっ――『加速』! ……っと!」
アンディを抱えながら地面に転がる。無事……ではないが、まあ一応安全に着地成功だ。
すると、ピッ! と鋭い笛の音が。ヒナが首から下げたホイッスルを咥えていた。
「ミヅカ・リオ選手の危険行為により指導に入ります。両者止まって!」
気絶したままのアンディを地面に横たえ、立ち上がる。観客がざわざわしていた。困ったな。
「怪我は……お兄ぃはいっか。アンディ選手、大丈夫ですか?」
「――うぅ、いたた……大丈夫、です。ちょっと、肩が痛い、くらいで……」
「目立った外傷は無し。試合の続行は可能ですか?」
「えっと……ごめんなさい。降参で、お願いします……」
頷いたヒナは、俺の方を向いてからこっそり溜息を吐いた。エリア外に向けた攻撃。反則スレスレだったのだろう。もし彼がこれで大怪我をしていたり観客に被害が出ていたら、危うく初戦敗退になるところだったな。
「試合終了! アンディ・リーフ選手の降参により、勝者はミヅカ・リオ選手!」
ヒナの宣言により、第一試合は決着がついた。
……初戦の中等部相手にも容赦しないという、俺の悪評が追加されるオマケ付きで。
■□■□
「やあリオ君、随分派手にやったらしいじゃん。どーんって打ち上がったの、アタシのとこからも見えたよ?」
「力みすぎました。あれくらいなら復帰して反撃が来ると思ったんですけどね」
次の試合が始まり、特にあても無く観客エリアをウロウロしていた俺にルー先輩が話しかけてきた。彼女も最初のグループで戦っていた一人だ。結果は聞くまでも無い。今更だけど、シードとかって無いんだな。
「あのねぇ、リオ君は強いんだから手加減しなきゃ。中ならともかく、エリア逸脱+過剰攻撃は違反になっちゃうよ」
「でも全校から選抜されてる生徒ですよ? 邪霊の討伐演習に参加できるくらいの実力はあるはずじゃないですか」
「あれはだだっぴろい草原で時間もかけられるチーム戦。全く違うよ。しかも相手する邪霊は、一般の生徒だと危ないってくらいのその辺にいる奴。話には聞いたけど、やたら変な邪霊ばっかと戦ってるのなんて君達の班くらいだからね? 普通は安全重視で格下としかやらないよ」
先輩の説教を受けながらぶらぶらと歩く。俺達二人が揃っているといつも以上に人目を引くみたいで、周りの観客が道を空けてチラチラ見てくる。この人混みの中を歩きやすいのはいいけどさ。
「それに、強い弱い以前に対人戦に慣れてない奴も多いからね。アタシ達みたいなのは例外。……まあそういう意味じゃ今年は例外だらけだけど」
ふと近くの試合を見ていると、留学生の一方的な攻撃を公国の生徒が防いでいた。実力に大差は無さそうだが、あれでは最悪判定負けだ。審判が三人いるし、時間的にも延長に入ってるんだろう。
「アタシは別に戦争には賛成しないけどね。でも力があるのに戦えないってのは、このご時世ではちょっとどうかなって思うよ。そこは学長の言う通りかな。自分の身くらい守れないと」
「……ノーコメントで」
それだと結局戦える人が増えて、戦争が起こりやすくなるんじゃないか? ここが極東の学校みたいな雰囲気になるのは……俺は嫌だな。でもそれは俺が力を持ってるから言えることで――やめよう、意味の無い考えだ。
「おっ、終わったみたい。次イレアちゃんのグループだよね? 見に行こうよ。それともどっか出し物とか見てく?」
「すいません、別行動でいいですか? 先輩と二人だと変な噂が立ちますから。イレアにも見られたくないし」
「ちぇー、リオ君とデートしたかったのに。彼女さんきびしー」
「マジでやめてください……! じゃあまた後で!」
変なことを言い始めた先輩を置いて、俺はイレアのところへ走った。




