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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
一章 精霊術士の学園
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第9話 最強の問題児

「ならお兄ぃがイレアちゃんとくっつけばいいじゃん?」

「…………はああっ?! いや、待って、なんでそうなる?!」


 全く考えもしなかった事がヒナの口から飛び出た。どこからその発想になったんだ?


「えー、だってお兄ぃイレアちゃんのこと気になってるんでしょ? 委員長さんから聞いたよ?」


 委員長……トーヤか! そうか、この前の時確かにそんな風に見せたが、それだけで他人に言ったのかアイツは!


「ああ待って待ってお兄ぃ、委員長さんはわたしが知ってると思って言ったの。この前お昼ご飯食べてお兄ぃが先に帰った時ね。言いふらしてはないと思うよ」

「そうか……聞いてくれヒナ、あれは誤解というか、俺が誤解させたんだ」


 事情を聴いて落ち着いた。その話はイレアに近づきやすくするためで、俺が彼女に気があるというのは誤解だと丁寧に説明する。


「なーんだ、つまんないの」

「つまんなくて結構、目的のためだからな」

「……ねえ、お兄ぃ。お母さんは何のためにお兄ぃを大精霊(エレメント)と対話させようとしてるんだと思う?」


 唐突にヒナが真面目な声で尋ねた。そんな事は俺もずっと考えているが分からないのだ。


「さあね。でも俺達が母さんに利用されてるとは思ってない。悪いようにはならないよ。ヒナも母さんを疑ってる訳じゃないだろ?」

「うん。でもこんなの今まで無かったからさ。お兄ぃだって気になるでしょ?」

「もちろん気になるさ。でも今考えても仕方ない。それよりも考えるべきは、これからどうするかだ」

「お兄ぃはドライだねー。まあわたしもそうは思うし、一緒に考えよっか」


 あれこれ話しつつ俺とヒナは寮で別れた。現状維持以上の答えは結局出なかったが、それは今は仕方のないことだろう。



■□■□



 一方その頃、教員棟へ向かう二人の姿があった。一人は氷のような銀髪を伸ばした美少女、もう一人は彼女より数段背の低い茶髪の少女……ではなく女性。言うまでも無くイレアーダス・ウンディーノとホムラ・ソージアである。


「先生、二人は分かってるんでしょうか」

「うーん、なんとも言えないわね。気付いてないんだか、分かってて無視してるのか……」


 会話の内容は二人――リオとヒナについてである。


「流石に私も参加した方が良かったかしらね? 中等部の生徒がいる班に付くってのも私が勝手に言っただけだし、ちょっと無理があった気が……」

「そこは大丈夫だと思います。最悪私の護衛か監視だと思ってもらえれば。その、彼にはさっき私のことも少し話したので」


 唸るソージアと対称に心配していないイレア。同じくイレアの過去を知るソージアは納得したようだ。


「極東から来た少年ね……()()なんて頼まれた日はびっくりしたわよ。学長とも繋がりがあるらしいから、ウンディーノ家としては当然なのかしら?」

「先生、あまり大きな声では」

「ごめんなさい。でも大丈夫、私は疑ってる訳じゃないから。彼が――極東からのスパイだとは思えないわ」

「はい。もし私に危害を加えるならチャンスは何度もあったはずです。それに学長の関係者なら()()()()()信頼が置けます」


 互いに頷く二人。半分正解で半分間違いのようであるが、話題の少年はこの会話を知る由もない。



■□■□



 翌日の早朝、俺は人気のない学生寮の裏庭にやってきた。手に持つのは例のナイフである。


「ここなら大丈夫か……」


 何をするかといえば、トレーニングである。思い出すのは以前の演習授業の後の邪霊(イビル)との戦闘、そして昨日の討伐演習だ。俺の戦い方には隙が多く、イレアのフォローが無ければ危ない場面が多かったのだ。

 思えば極東から来る途中の邪霊との戦闘は、母曰く信頼できるというベテランの軍人が常に状況を見て指揮をとっていた。つまり今の俺に必要なのは戦闘中に周囲を把握する能力。近接して戦う俺は特に周りが見えにくいのだろう。


「とは言っても、どうやって鍛えるものかな」


 思い立って外に出たは良いものの、練習の方法すら分からない。仕方ないのでまずはいつも通りのトレーニングをしてから、と思った時である。


「やあ」

「うわっ!」


 ポン、と後ろから肩を叩かれた。咄嗟に振り向くと、長身に金髪の美男子……と見た目だけはイケメンなダメ男、ティフォ先輩である。危うくまたナイフを向けてしまう所だった。この人には俺を驚かせる趣味でもあるんだろうか?


「こんな朝から精が出るねえ。物音がしたから起きちゃったよ。ふわぁ……休みだしもうちょい寝てたかったのに」

「はあ、驚かせないでくださいよ。ていうか普段から朝遅いでしょ。先輩もたまには早起きしたらどうです?」


 目の前のこの男、授業があっても三日に一度は寝坊するのである。最近は俺も慣れてきて部屋を出る前に声をかけるようにはしているのだが、一向に改善されない。


「まあまあ。それよりトレーニングなんでしょ? ちょっと付き合おうか?」

「そうですけど、大丈夫なんですか?」


 この「大丈夫」は二つの意味で聞いた。一つは寝起きの先輩を心配してであるが、もう一つは先輩が俺と戦えるのか、ということである。留年は単に成績が悪いのか出席日数が足りないのか分からないが、やる気のやの字も見当たらない彼の実力は不明だ。


「あっははは、心配してくれてんの? 大丈夫大丈夫、俺けっこう強いから。手加減とか要らないよ?」


 あっけらかんと言い放つ先輩。相当自信があるみたいだ。


「なら、胸を借りますよ」

「おーう、どんとこーい」


 流石に危ないので武器を足元に置いた。屈んだ体制のまま芝生を蹴り、軽く言う先輩に一気に間合いを詰める。そういえば先輩はどんな精霊術を使うのだろうか? そう考えた瞬間、


「ほいっと」

「っ!」


 突風が吹き、俺は数メートル吹き飛ばされた。受け身をとるが、元いた場所までゴロゴロと転がってしまう。


「風の精霊術じゃ負けた事無いんだよねえ。シルフィオ家の巫女さんも強かったけど、なんか勝っちゃってさ」


 気負いも無く呟く先輩。シルフィオ家――風の大精霊の巫女に、精霊術で勝った?


「いやー、あの時は大変だったよ。未だにあの家からは目付けられてるんだよねえ」

「はあっ!」


 喋り続ける先輩に絶え間なく連撃を叩きこむ。が、全て体の表面の空気の壁に押しとどめられてしまう!


「なら……!」


 力押しだけでは駄目だ。そう判断し、精霊術で手刀に風の刃を纏わせて空気を切り裂く。だがいずれも体表には届かず、押し戻されて霧散した。


「お、分かってきたねー。そうそう、空気を裂くってより押し出すイメージね」

「随分とっ、余裕、ですねっ!」

「あはは、意外とそうでもないよ? でもこれはどうかな――『握空』」

「うおぉっ!?」


 一度離れて体制を整えた俺の体が急に宙に浮いた。身動きは取れるが、地面から離れたままで何もできない。精霊術で対抗しようとしても全く歯が立たないのだ。


「まあリオ君はこれと相性悪いねぇ。その感じだと精霊術、普通には使えないんでしょ?」

「……そうですけど、とりあえず離してください」


 いつまでも宙ぶらりんなのは嫌なので術を解いてもらった。風を操って丁寧に地面に下ろされたのが少し腹立つ。


「で、やっぱり隙が多いのが課題だね。今見てても俺が反撃できるチャンスがいっぱいあったよ。手刀が大振りだから胴体ガラ空き。武器持ってるのを想定してるせいかな? あと足元もね」

「……今のだけでそこまで分かったんですか?」

「まあね~」


 さらりと言う先輩。普段とは打って変わって戦いについては計り知れない人だ。眼つきが違う。巫女と戦って勝ったというのも気になるが、今の俺の想いは一つだ。


「先輩、俺のトレーニングに付き合って貰えませんか? 毎日とは言いませんけど、週末とか時間ある時にお願いしたいです。討伐隊に入ったからにはもっと戦えるようにならないといけないんです」

「ふむふむ、いいよ。ただし条件がある」


 俺の頼みを聞き、先輩は初めて見る真剣な表情になった。自然と唾を飲む。一体どんな条件がつけられるのか……


「――トレーニングの日は、俺に飯を奢りなさい。もちろん酒代も込みだ。いいね?」

「…………了解です。酒代以外は」

「込みで」

「抜きで。俺は飲まないんですから」


 ……うん、何か期待した俺が間違ってたのかもしれないな。とはいえ対価は対価だ、コーチ料と思って甘んじて受け入れよう。もちろん酒代は別だ。


「え~、じゃあ代わりにもう一個。これ渡しとくから」

「代わりにって……なんですか?」


 そう言って手鏡のようなものを渡された。蓋を開いても鏡面は無く、代わりに幾何学的な紋様が刻まれている。これは……霊道具だ。ちなみに霊道具には特定の術の発動を助けたり効果範囲を広げる「専用」と呼ばれるものと、完全に術式を記録して誰でも使えるようにする「汎用」と呼ばれるものがある。この大きさなら前者だろう。寮の部屋にあるようなコンロの霊道具は後者だ。専用のものは属性の適性が必要だが、小型で製造も簡単というメリットがある。


「これ持ってればどこにいても俺の精霊術で声が届けられるからさ。便利じゃん? まあ持っといてよ、たまに呼び出すから」

「いいですけど、いつでも行ける訳じゃないですからね」


 それくらいなら、と了承した。別に金に困ってる様子は無いし、単に飲みに付き合ってくれる人が欲しいんだろう。関係無い日に呼ばれたら奢ってもらうか。


「オッケーオッケー。交渉成立っと!」


 ぐっと伸びをした先輩は、俺を立ち上がらせて再び風壁を纏った。ニヤッと笑ったまま一気に雰囲気が変わる。


「よーし、ならトレーニング再開! 今日はどこにしようかな~」

「ちょっ……! 高い店はナシですからね!?」


 こうして俺にコーチが付くことになった。テンションの上がったティフォ先輩のトレーニングは初日から苛烈を極めた、とだけ記しておこう。



■□■□



「――オ、……お……て……、……リオ」

「……せんぱ……それ高いから……駄目って…………んあ?」

「おーいリオ、起きてって」

「え? あ、財布は!」


 急いで懐を探るが――良かった、ちゃんと中身は入ってる。先輩に高い酒を奢らされたのは夢だったようだ……夢だよな?


「財布? ほら、もう最後の授業終わったよ。あんまり授業中には寝ないでね?」


 顔を上げると怪訝そうな表情のトーヤがいる。そうだ、さっきまで確かに授業をやっていたはずだが、どうやら居眠りをしてしまったらしい。クラスメイトが授業中に寝ていたのは委員長として見過ごせないのだろう。


「いや、ごめん。ちょっと疲れててさ……」


 昨日。調子に乗ったティフォ先輩のトレーニングは朝から半日ぶっ通しで続いた。お互い疲れても食事と休憩を挟んで再開し、さらに夕方まで模擬戦の繰り返しだったのだ。その後約束通り俺の奢りで夕飯を食べに行ったのだが、ベロベロに酔った先輩を連れて帰った後から記憶がほとんど無い。朝は習慣で起きたのだが、疲れた体はまだ休息を求めていたのだろう。ちなみに先輩は何度呼び掛けても起きなかった。加減っての知らないのかな、あの人。


「寝不足? 体壊さないようにね。まあ今の授業は僕も退屈だったけどさ」

「いや、内容も覚えてないからずっと寝てたんだと思う。気を付けるよ」


 半目になるトーヤ。目の前で堂々と授業を全部寝てたなんて宣言をされたら当然だろう、と他人事のように思った。しかしこんな事を続けていたら授業に関係なく体を壊しそうだ。スケジュールや時間を相談しよう。


「じゃあ僕は用事あるから、また明日ね。あ、ヒナちゃんを待たせてるんじゃない?」

「うわっ、今思い出した。じゃあまた明日!」

「ばいばい、今日は早く寝なー」


 気の抜けた挨拶を聞き、俺は玄関へ走っていった。




「んー、お兄ぃ目真っ赤。寝てたでしょ」

「バレたか。疲れが溜まっててな」


 玄関で待っていたヒナは開口一番、俺の居眠りを見抜いた。


「なんかあったの? 昨日はトレーニングしてただけじゃないの?」

「ああ、トレーニングだけだよ。みっちり丸一日な。俺のルームメイトにティフォ先輩っているだろ?」


 昨日の様子と取り決めをヒナに話した。そんなに強い人なのかとヒナは驚いていたが、駄目人間っぷりを上手く伝えられなかったようで、終いには会ってみたいと言い出してしまった。それだけは兄として断固阻止せねば。妹の教育に悪い。


「まあそのティフォ先輩って人のことはいいや。お兄ぃにわたしから報告があります!」

「報告? 何かあったのか?」

「ううん、あったっていうか今から始めるの。わたし、放送委員会に入ることにした!」


 いえい、と謎ポーズで言い放った。本人としては決めポーズのようだが、そんな事より放送委員会に入るだって?


「わたしも何かしたいなーって思ってね。でも部活とか色々見ても全部ピンとこなくてさ。そしたら放送委員募集します!っての見つけたから、色々聞いたら勧誘されちゃったの」

「確か風の精霊術が使える生徒が運営してるのか。忙しくないのか?」


 ヒナの精霊術は風が主である。確かに放送委員としてはうってつけの人材だろうが、何故急に部活でもなく放送委員会に?


「ふふん、お兄ぃばっかに任せてらんないからね。実は放送委員には特権があるんだよ」

「特権?」


 何やら気になる言い方だが、俺はヒナの話を聞くことにした。

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