第86話 精霊術の神髄
「分かったよ。精霊術の仕組みが」
イレアは三つの氷の棺を指し、説明を始めた。
「まず基準として――精霊よ――葬れ、グレイシアコフィン! これが普通の。一個目はこれより大きいし頑丈だから、リオが生命力を流すと術が強化されるってのはやっぱり確かね」
これは今までと変わらないが、あれだけゆっくりでも効果があるみたいだ。
「で、二個目は生命力の速度を倍にしたら大きくなったわ」
「さっきも言ったけど、ピッタリ倍だったかは分からないぞ?」
「ううん、合ってるよ。証拠に三個目が……流す時間を倍にしたもの。これは私がちゃんと秒数で計ったから間違いないと思う」
二個目と三個目の大きさはほぼ同じだ。要するに。
「術の規模は、生命力を流す速度と時間で決まるってこと?」
「そう、まさにそれ。大きい術ほど発動に時間がかかるっていうのは、そういうことだったの!」
ヒナの端的なまとめに、興奮気味に同意するイレア。余りにも直感に反しない答えに「当然では?」と思わないでもないが、実際に確かめられたのは成果として大きい。
「それでね、これが最初に言った『術の発動に必要な生命力』ってことなんだと思うの。言い換えると、流した生命力の総量で術の規模が決まる。実際に消費する量は、また別……ってことだと思うわ」
「まず俺が生命力を流した時点で普段より多くなってて、そこから更に速さとか時間で変わったのか……。ちなみに、さっきの三回で消費した量は変わったのか?」
「ううん、全然。一回目に比べて二回目と三回目の方が多少増えてる気がするけど、誤差の範疇ね。少なくとも倍にはなってないわ」
「……なんでだ?」
「あー、そっか。それは分かるかも」
余計に疑問が増えたが、ヒナはピンときたようだ。
「あたしさ、精霊術で空飛ぶじゃん? 真っ直ぐ進む距離とかって一回の術でどれくらいって飛ぶ前に決めてるんだけど、距離とか速さとかは違っても疲れ方は変わんないんだよね。でも曲がったり止まったりすると発動し直しになるから、その回数が増えると疲れるの。合計の飛ぶ長さとかは関係無くね」
「一回ごとの消費量は変わらないのか。発動までの時間は?」
「ん~……気にしたことないから分かんないや。あたし元々あんまり早くないし」
「なるほどな。この氷の棺の大きさの変化と、ヒナの飛ぶ時間の長さは同じってことか。要するに術の規模と消費量は関係無いのか?」
と思ったが、この前の大木の邪霊を氷獄の楔で倒した時は、イレアは気絶するまで消耗していた。あれも普段のと規模が違うだけのはずだが……分からんな。
「消費量はともかく、発動に必要な量と効果の規模については分かったって言って良いと思う。思った以上の成果ね」
「確かに、これで今までのも色々説明がつくな。いつもより早く発動できた時は、生命力を速く流してたってことか。これ、結構使えるんじゃないか?」
同じ規模の術をより速く。同じ時間でより強い術を。これを再現できれば、一瞬を争う戦闘においてはこの上ないアドバンテージだ。と、思ったのだが。
「じゃあ聞くけどさ。お兄ぃ、それできる?」
「……あれ?」
ヒナに言われて気付いた。生命力を速く流す――イレアに流す時には出来てたのに、いざ一人でやろうとすると全く感覚が無い。どうしてだ?
「いや、そうか。三回目の時の感じだ。生命力が混ざると感覚が鈍るってことは……」
「うん。自分の生命力だけなら、どれくらいのスピードで流れてるかなんて分からないよね」
分かったぞ。俺がさっき感じ取っていたのは、俺とイレアの生命力の違いだ。それがあったから速さをコントロールできたんだ。一人でやってたら分からないのも当然だな。
「ていうかね、そもそも生命力の流れを感じるのすら普通はできないんだよ。私はリオに流してもらってようやくうっすら分かったかな? ってくらいなのに。ましてや他人に生命力を流すなんてね?」
「できないのか?」
「ちょっと手貸して。……うん、無理。だから前例が無いのよ」
そりゃそうだ。誰かしらできるなら文献くらい残ってるはずだしな。ようやく見つかった俺だけの才能と知って少し胸が躍る。すると、さっきからうずうずしていたヒナがぴょんと飛び跳ねた。
「ねぇお兄ぃ、あたしもやりたい!」
「いいぞ。危なくない術にしろよ」
実験のおかげで、得体の知れない現象から理解できる技術になったんだ。イレア以外と試してもいいだろう。
「流すぞ。ゆっくりやるからな」
「はーい、お願い!」
ニコニコしながら両手を繋いだヒナに、イレアと同じように生命力を流す。……おや、何だか違うな。イレアと比べて温度……のような感覚は差が無いが、なんというか、薄い? 元々の流れが弱いというか、濃くないというか……言語化が難しいな。少なくとも、イレアとは質感が違う。
そんな事を考えているうちに、準備ができたようだ。
「いくよ! 精霊よ――風音壁!」
唱えると同時に、風の膜が一帯を包んだ。試すついでに防音の術を掛け直したらしい。
「おー、すごいねこれ。この辺全部包んでも全然楽」
「だろ?」
珍しく素直な称賛に鼻を高くしていると、ヒナは何やら小声でイレアに耳打ちし始めた。
「でもさお姉ちゃん、これ……」
「あ、やっぱりヒナちゃんも?」
「だよね。っていうかお姉ちゃん黙ってたんだー」
「し、仕方ないでしょ……!」
なんだか妙な話をしているが、今度はムスっとした表情になったヒナがこう言い放った。
「お兄ぃ、これ他の人にやるの禁止ね」
「なんで!?」
「なんでも!!」
そんな理不尽な。
「まあ、お兄ぃがそんなに他の女の子と手繋いでイチャイチャしたいって言うなら、あたしは止めないけど?」
「待て、そういうことじゃない。実験なんだからサンプルは多い方が良いだろ?」
「ふーん、だってさお姉ちゃん」
「リオ?」
「ちょっと待ってって、違うから! そもそも信頼できる人にしかこの実験内容はまだ話せないだろ? だからほら……ソージア先生とかは!?」
疚しい気は全く無いんだ、とイレアの冷たい目に立ち向かう。分かってくれるはずだ。
「うーん、先生は……まあ、私が見てる時なら」
「えー、いいの?」
「勝手にやらないならね」
「分かった。じゃあ他は……マリーは?」
「ダメ」
「あっはい」
即答だった。なんとなく基準は分かった気がするが、これ以上は墓穴を掘りそうなのでやめておこう。イレアの機嫌よりも優先されるほどの事ではないしな。
じゃあ男なら、と考えてティフォ先輩が浮かんだが……うーん、絵面が嫌だ。まあ気が向いたら試そう。
「それより、どうにか実戦で使えないかな。生命力を速く流すって……どうやるんだ?」
「無理じゃない? あたしもやってみて分かったけど、自分でコントロールできる感じがしないもん」
「でも今までも無意識では出来てた時はたぶんあっただろ? なら無理じゃないと思うんだけど」
「それはそうだけど……例えるなら、心臓の拍動とか血の流れを意識して速くできるのかって感じだし。それこそ戦ってる最中に自然になるものじゃないの?」
「血の流れ、か」
……できるんじゃないか?
「やってみるか」
「できるの?」
「物は試しだ。俺の一番得意な術、忘れたのか?」
加速。これなら或いは。
「精霊よ――」
今までの加速とは少し変える。単に移動速度を上げるんじゃない。もっと体内を巡らせるように。もっと抽象的に。目に見えない、生命力の流れそのものを加速させる!
「――『加速』!」
グン、と体が持ち上がるような感覚。目が冴え、体温が上がり、遠くの音が聞こえる。呼吸よりも先に心臓が脈打ち、空気を欲した喉が自然に口を開かせる。しかし、体は一歩も動いていない。よし、このまま。
「撃ち抜け、アクアショット!」
と、唱えるや否や――指先に集まった水が弾となり、一瞬で撃ち出される!
「おお!」
「ちょ、お兄ぃ! 撃つなら言ってよ! おおじゃなくて!」
射線上にいたヒナは難なく避けたが、その早さには驚いたようだ。勿論俺自身も。
「もう一回やるぞ。――アクアショット!」
そのままの勢いで、と思って再度試すが……今まで同じようなヘボい水弾だ。まあさっきのも威力自体はお粗末なままだったけど。
「うーん、一回きりだな。そりゃただの加速だから持続時間はこんなもんか」
「二回分の術使ってこれじゃ本末転倒だね」
ヒナの言う通りだ。成功はしたけど、求めているのは実戦で使えるもの。実験としては良かったか、くらいに考えていると、顎に手を当てて何か考えていたイレアが徐に口を開いた。
「ねえリオ、これってさ……身体強化じゃない?」
「いや、今のは加速の術を――」
と思ったが、確かに身体強化と同じだ。そもそも身体強化は、体内の活動を促進させる火の術。火と風の複合である俺の加速なら、近い事ができてもおかしくない。
「ていうかお兄ぃの加速って身体強化っぽい時あるよね。物にかける時と自分にかける時でちょっと違くない?」
「うん、私も前から思ってた。自覚無かったの?」
「言われてみれば……」
加速で移動速度を上げる時、手足も当然動かしている。弾丸みたいに一直線に飛んでる訳じゃないんだ。なんで今まで気付かなかったんだ?
「まあいいや。ともかく、身体強化の術なら他の術も早く発動できるようになるかもってことだな。加速よりも長続きするはずだし」
「それならホムラ先生に教えてもらう? 火の術なら先生より強い人なんて滅多にいないわ」
「それも良いけど……身体強化なら当てがある」
俺の予想が正しければ、その人は熟練者のはずだ。教わるのに申し分無いだろう。それに、呼ぶまでも無く来る予定だ。
「明日またここに集まろう」
そうして、今日は家に帰ることにした。
■□■□
翌日の放課後。俺達三人は、再び工場の跡地でその人物を迎えた。
「おや、今日は皆様方お揃いで」
時間通りに来たのは、剣を携えた初老の男性――カールギウス師範だ。今日は元々彼に稽古を付けてもらう予定の日だったので、アポを取るまでも無かったのは幸いだ。
「では早速始めましょうか」
「師範、その前に聞きたいことがいくつかあります。いいですか?」
「ふむ。構いませんぞ」
いつも通り剣を抜きかけた彼は、俺達の表情を見て鞘に納めた。修行の時間も惜しいが、こっちの用を済ませてしまおう。
「まずは、当てが外れてたら困るので先に一つ……師範の術は、身体強化ですよね?」
「理由をお聞きしても?」
「消去法です。風か水か、その辺りの複合属性とかならイレアかヒナが分かります。そうなると土か火ですけど……まあ、単純に身体強化っぽいかな、と。理由って程じゃありませんね」
尤も、単純な身体強化ではないだろう。彼の剣は高速回転したり消えたり現れたり、あまつさえ斬撃を飛ばしたりするのだ。身体強化の術は単純だが、治癒から俺の加速に似た術まで幅が広い。剣の型に応用させた身体強化を合わせているに違いない。そもそも、彼が術らしい術を使っているのを見た事が無いというのが一番の理由だ。まさか本当に剣術一本では無いだろうしな。
「よい推察ですな。いかにも、私の術は身体強化ただ一つのみ。それ以外はからっきしですからな」
「やっぱり。じゃあ本題に入ります。俺達で調べたことなんですけど――」
イレアの補足も交えながら、昨日の実験結果と分かったことについて話した。ふむふむと頷く師範は、俺達の言いたいことをすんなりを理解したようだ。複合精霊術についても話さざるを得なかったが、彼を信頼して秘密にしてもらおう。
「――つまり、生命力を速く流すことで精霊術の速度や威力を上げたい。そのために身体強化の術について学びたいと。こういうことですな?」
「はい。なので師範が適任だと思いました」
そう返すと、彼は好々爺の笑みを浮かべた。どうやら人選は間違ってなさそうだ。
「そうですな。先に結論から申し上げますと……生命力を速く流す方法については、頑張るとしか言えません。腕に力を込める方法を説明しろというようなものですぞ。経験と慣れでしか解決できませんな」
「そ、そうですか……」
「しかし。この結論に自力で辿り着いたのならば、お教えできる事はございます」
微笑みの奥から真剣な眼差しを覗かせ、師範はこう宣言した。
「生命力の操作――精霊術の神髄を、お教えいたしましょう」
精霊術の神髄。そう言った彼がまず何を話し出すのかと思えば……最初に声を掛けたのは、ヒナだった。
「ヒナ殿。今から生命力を流すという解釈の下でお話しいたしますが、よろしいですかな?」
「うん、いいよ」
「お耳に入れないという選択肢もございますが」
「大丈夫。自分の解釈を見つけろってことでしょ? そういう考えもあるんだなー、くらいに聞いとくから」
「承知いたしました。……ところでヒナ殿。つかぬことをお聞きしますが、剣術にご興味は?」
「んー、ごめんなさい。あんまり」
「ははは、それは残念ですな」
何の説明も無しに急に始まった会話に着いて行けない。そう思って隣のイレアと目を合わせたが、同じく疑問顔だ。
「師範、何の話ですか?」
「ほんの老婆心でお聞きしましたが、無用な心配でした。聡い妹君ですな」
「? えっと、ヒナちゃんに剣術がどうこうっていうのは?」
「そちらは雑談です。よい目をしていますのでついお誘いしましたが、勧誘は失敗ですな」
まだ何のことだかよく分からないが、師範とヒナの間では成立していた会話らしい。ちょっと悔しいな。
「では、授業と参りましょう。まずそもそも、お二人は何故生命力が流れるものだとお考えで?」
「え? だって流れてるじゃないですか、体の中を」
「本当に? どこでそれを知りましたかな?」
「待ってリオ。私はリオにやってもらうまで生命力が流れるっていう感覚は無かったの。なのに、そういうものだって知ってた」
「いや、だからそれは……」
あ、そういうことか。
「私は――教科書で知りました」
「正解ですぞ。『生命力を流す』という言葉は、この国でも広く普及している精霊術の初歩的な教本に記されております」
「この国でも?」
「ええ。著者はドラヴィドの実質的な王とも言われる王家相談役、レオナルド・ラジャン・ドラヴィド。七十年ほど前のものですが、非常に優れた教本だったので公国でも広まったのですな。恐らく極東にも出回っていることでしょう」
なるほど、そういうことか……って、七十年前?
「その人、何歳なんですか?」
「もう九十歳になられたかと。訃報があればすぐに知れ渡るはずですから、ご健在でしょうな」
「な、長生きですね……お婆様だってもう七十歳なのに。それに、そんな人が教科書まで書いているんですね」
「あの方はあらゆる分野で多大な功績を残しておりますから。学者、研究者、教師、為政者、思想家、芸術家……彼を指す名前にはきりがありませんな。因みに、私と殿下――ティフォ殿の師匠でもございます」
いつだか先輩が言ってた「超厳しい師匠」か。まさかそんな老人だとは思わなかった。
「話を戻しますぞ。『生命力を流す』という解釈が一般的なのは、その教本に載っているから。しかし、そこには生命力の操作という精霊術の神髄については書かれていない。何故でしょうな?」
「あくまで初歩的な本だから?」
「いえ。あの本は元々初心者向けではありません。むしろ精霊術の基礎的なあらゆる事柄が網羅されている、まさに完全版と言うべきものです。勿論、教科書として使われているものはその一部を抜粋しておりますが。そんな本にも生命力の操作については書かれていないのです」
「じゃあ、生命力が流れるっていうのが……感覚的なことだからですか?」
「その通り。書かなかったのではなく、彼をしても書けなかったのです」
なるほど、なんとなく話が見えてきたぞ。
「そもそも生命力や術式と呼ばれるものは、精霊術を研究する上で便宜的に生み出された概念。実際に目に見えたり触れられたりするものではございません。勿論その存在自体は確証が持たれていますが、どのように存在しているのかは未だ不明のままなのです」
「つまり……実際に体の中を流れているのかは、分からないってことですか?」
「仰る通り。ですから私は先程、解釈と申し上げたのです」
ようやく最初の師範とヒナの会話が理解できてきた。つまりヒナは、生命力が流れるっていう解釈に納得していない……いや、分かった上で受け入れていないのか。
「生命力をどう解釈するかは、人によって異なります。それを当人が理解しないまま中途半端な教えを受ければ、却って理解を妨げてしまうのです。ですので、ヒナ殿にはお話しない方が良いと思ったのですが」
「ん、だいじょーぶ。わたしの感覚とちょっと違うなーって思ってるだけだから」
「……とのことで。いやはや、言うまでもありませんでしたな」
何の問題も無いと、ヒラヒラと手を振ったヒナ。今の説明も無しに理解していたというのだから、まさに師範の言う通り心配するまでも無かったんだろう。
「とはいえ、血や水のように体内を巡って外に放出するというイメージは多くの人にとって理解しやすいので、彼は『流す』という言葉を用いたのでしょう。しかし学習者に強い影響を与えないように、教本には『生命力を流す』という文はたった数回しか書かれていないそうです。あくまで理解を助けるための補助線ですな。ただ一つ誤算があったとすれば、この言葉が彼の手を離れて予想外に多用されたことでしょうか。この本を使って教える者の理解度までは計算に入れていなかったのですかな」
「そういうことだったんですね……」
その教科書を思い出しているのか、イレアは納得している様子だ。でも俺は多分その本は読んだことが無いな。極東の学校では授業には採用していなかったんだろう。そういえば俺は元々どういう風に意識してたんだっけ? ……分からん。こっちの授業を受けている内に「流す」というイメージに固まってしまったのかもしれない。まあそれで問題は無さそうだけど。
「さて、前置きはこれくらいにして実践に移りましょう。お話を聞く限り、リオ殿は生命力の流れをかなり理解しているようで」
「でも本当に流れてる訳じゃないんですよね?」
「いえ。リオ殿がそう解釈しているのなら、それは実際に流れているも同義。分からないからといって前提を置かなければ何も始まりませんぞ」
「……分かりました」
そういうもの、として飲み込んでおこう。そんな事言ったら分からないことだらけだしな。
「リオ殿は、元霊祭での遠距離の攻撃方法に苦心なさっていましたな」
「あー、それは色々あって多少解決したんですけど……」
「おや、この短期間で解決とは。つくづく驚かされますぞ」
「あ、いえ。まだ課題だらけなんで、選択肢は多いに越したことはありません。お願いします」
「畏まりました。では、これを会得して頂きましょう」
すると、師範は徐に剣を抜いて構えた。そして。
シュッ――パキン!!!
剣を振り下ろす、風を切った音の一瞬後。何かが割れる……いや、切れるような音。そして目視する先には。
ズッ、ズズズドドド――
直角に繋がっていた廃工場の二つの壁面の角に、隙間が生まれた。もちろん壁はここから五十メートルは離れている。巨大な剣を空中で一振りしたような斬撃を、たったの一歩も動かずに。
鋭角な隙間から覗く夕陽を背に、彼は振り返った。
「これが剣術と身体強化による遠距離攻撃。リオ殿にも実現可能な技ですぞ」
無理だなんて泣き言は聞かない、と言外に告げられて身震いした。自分からお願いしたんだ、断る訳も無い。だが、
「では、修行を再開いたしましょう」
俺はこれから、本当のスパルタを知ることになる。
■□■□
「……ところで、私は何をすればいいでしょうか?」
「イレア殿は、今まで通りで構いません。ただし生命力の流れを常に意識するように。それだけで見違えるほど上達できますぞ」
「あの、リオは……」
「おや、イレア殿も剣術にご興味が?」
「だ、大丈夫です。普通の術で頑張ります」
死んだ目で素振りを続けるリオからそっと離れ、私はいつものトレーニングに戻った。
元霊祭まで、残り三週間。




