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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
八章 宵の修練
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第84話 覚悟

「「ただいま」」

「おかえりー。言ってたより遅かったね」


 家に帰ると、暇そうにソファーでゴロゴロしていたヒナが寝っ転がったまま俺達を出迎えた。何ともだらしないが、流石に着替えてるあたり、朝からパジャマのままってのはソフィーさんが許さなかったらしい。


「どっか行ってたの?」

「うん、ちょっと本邸に寄っててね」

「ふーん、あ、昨日言ってたカフェ行ってみた? どうだった?」

「それがさ、あそこにマスターがいたんだよ。ほら、俺が前バイトしてたところの。自分の店は閉めちゃったけど、知り合いの所で雇われてるんだって」

「へー、すっごい偶然! 今度わたしも行こっかな」


 そんな話をしていると、ソフィーさんが洗濯籠を片手に二階から降りてきた。家事を中断させちゃってたら申し訳ないな。いや、以前もそう思って俺達のことは気にしなくていいと伝えたことがあるのだが、それでも頑なに出迎えようとするのは彼女の矜持なのだろう。


「お帰りなさいませ、お嬢様、リオ様」

「ただいま、ソフィーさん。遅くなりました。少しお婆様に用があって」

「いえ、お気になさらず。本邸に立ち寄ったのですね? それではリオ様も……マリーに会いましたか?」


 本邸に行ったと聞くや否や、彼女は心配そうに尋ねた。


「は、はい。会いましたけど……」

「彼女は何か失礼なことを申し上げませんでしたか?」


 失礼なことか。いや、まあ全体的に失礼ではあったと思うけど、言う程じゃないしな。それに、俺の発言如何で彼女が怒られるというのも忍びない。ここは大らかにいこうじゃないか。


「……いえ、特には。気にしてませんよ」

「気になさるような事があったということですね。私の教育が足りず申し訳ありません。後できつく言い付けておきます」


 言い淀んだ時間でソフィーさんは察したらしい。すまんマリー、大人しく怒られてくれ。


「あんまり言い過ぎないでくださいね。悪気は無さそうですから」

「リオ様。お言葉ですが、配下の者にはもう少し厳しい姿勢を見せるべきです。貴方はウンディーノ家の次期巫女なのですから」


 ちょっとフォローしようとしたら逆に俺が叱られた。そう言われてもなと思ったが、顔に出ていたようで小さく溜息を吐かれてしまう。


「……ゼン様も、リオ様と同じようなことを仰っていましたね。終ぞお優しいままでしたが……」

「それって――」

「私のお父さん。地方から本家に婿入りした人だから、目下の人にも優しかったんだって」


 ゼン・ウンディーノ。名前を聞いたのは初めてだったが、どんな人物だったのか想像がつく。そして、ソフィーさんと彼が交わした会話も。二人は今の俺とマリーのような関係だったということだ。


「いいですかリオ様? マリーはいずれ、お二人のご息女ご子息の教育係を預かるのです。その事をよくお考えになってください」

「こ、子供っ……!」


 ソフィーさんの言葉に反応して声を上げたイレアはさておき。将来の自分の子供って聞いても、全然想像つかないな。ただ……あの態度のメイドってのはあんまり教育に良くない気がする。子供の相手とかは上手そうだけど。


「配下を育てるのも主人の御役目です。それに、ご存知でしょうが彼女は少し難しい立場でして、私達もあまり強く言うことができず。申し訳ありません。ご当主様への態度だけはきつく改めてさせましたが……」

「そういえば、お婆様と会ってからは静かだったわね。やっぱり舐められてるのかしら、私」

「そんな事は無いと思うけど……たぶん」


 主従は理解しているだろうが、イレアのことは「同年代の友達」くらいに思ってるのかもしれない。……うん、舐められてるな。


「なになに、マリーちゃんの話?」

「ああ、ヒナも会ったことあるのか?」

「うん。面白いよね、あの子」


 メイドとはいえ兄よりも年上の人をあの子呼ばわりである。一番人を舐めてるのはうちの妹かもしれない。


「あ、そうだ。ちょっとヒナに聞きたいことがあったんだ。シルフィオ家のことなんだけどさ」


 と、ここまで言ってソフィーさんと目が合った。困った、あの話は彼女には聞かせられないな。口が軽いとは微塵も思えないが、俺達ですら聞かされていなかった話を耳に入れるのは憚られる。そう考えて場所を変えようかと思った時。


「――洗濯物の片付けをして参ります。夕食の支度は済んでいますので、いつでもお呼び下さい」


 俺の考えすら纏まらないうちに、床に置いていた洗濯籠を持って、すっと立ち去ってしまった。何も言う前に察してくれたらしい。いやはや、これが一流のメイドというものか。

 ともあれ、二階に上がる彼女の姿が見えなくなったのを確認してから俺は話を再開した。


「ヒナはさ……シルフィオ家の事で、何か知ってることはあるか?」

「シルフィオ家? 何かって、なにそのふわっとした聞き方」

「具体的に言うと……セレナのお父さんの事とか」


 そう言った途端、さっきまで怪訝な顔をしていたヒナはキョロキョロと辺りを見回して何か精霊術を唱えた。


「――大丈夫だとは思うけど、一応ね。お兄ぃ達も聞いたんだ、その話」


 防音の術。やはりヒナも知ってたのか。


「今日、お婆様からね。ヒナちゃんはセレナさんから?」

「ううん、ちょっと前にティターニアさんから。セレナは……知らないと思う。もしかしたら本人は気付いてるかもしれないけど。でも話してはないって」

「……そうか。隠してるんだな。公には病気でってことになってるらしいけど、事件については全く知らないのか?」

「そういう話はあんまりしないから分かんないよ」


 それもそうか。俺だってイレアのお父さんの名前を今知ったんだ。親しい仲でも話さない事くらいあって当然だ。


「まあでも、オクタールさんも大変だよね。お父さんの代わりみたいなものだし」

「確かに。いつも忙しそうだもんな」

「それもそうなんだけど……あれ、お兄ぃそっちは知らないんだっけ?」


 普通に相槌を打ったつもりだったが、疑問顔で返された。知らないって、何をだ?


「オクタールさんってセレナの実の兄じゃないんでしょ?」

「えっ?」

「やっぱりそうなのね」


 初耳の事実に驚いた俺と、納得したようなイレア。いやいや、そんな話聞いた事無いぞ?


「当主と巫女の補佐のために養子みたいな感じで迎え入れられたんだと思うよ。病気にせよ暗殺にせよ、お父さんがいなくなったからじゃない?」

「マジか。そんなの全く言われなかったな」

「巫女家だとあんまり珍しくないからかもね。ほら、ノーミオ家の巫女様も子供がいないでしょ? そのうち兄弟の誰かの子供で巫女の力を持ってる子が出てきたら彼女の養子になると思うわ。リオは私と婚約したけど、ウンディーノ家にとってはある意味似たような立場だし」

「な、なるほど……」


 淡々と言うイレアからしても、驚くような話ではないのだろう。巫女家のこういう世俗離れした価値観には未だに慣れないな。


「いやいや、お兄ぃはとっくに気付いてるって思ってたんだけど」


 だが、ヒナはそう言いながら少し呆れたように肩を竦めた。ちょっとムカつくポーズだ。


「だから初耳だって。セレナも普通のことだから特に言わなかったんだろ?」

「そうじゃなくてさ。ティターニアさんが今三十八歳なの。もっと若く見えるけど、セレナのお母さんだからそんなもんだよね。で、オクタールさんが二十二とか三くらいだっけ? そしたら十五か六で産んでることになっちゃうじゃん。高めに見積もっても十八歳だよ? 流石に学園にいる間はありえないでしょ。もー、察し悪いなぁ」

「……まあ、言われてみればそうだけどさ」


 思えば、初対面の時に覚えた年齢の違和感は間違ってなかったということだ。そうなると、あの兄妹の距離感も納得できる。でもそんなの一々気にしないだろ普通。ヒナは俺を買い被り過ぎだ。


「たぶん、どっかの分家の出身なんだろうね。それはセレナも知らないって言ってるから公にしてないんでしょ。まあなんかフクザツな事情があるんだよ、きっと。巫女家だし」


 そう締め括ったヒナに、頷くイレア。「そういうもの」って飲み込むしかないな。


「分かった、ありがとう。他には無いか?」

「他は……うん、無いよ」


 何かありそうな感じはしたが、他愛もない話だろう。

 それから、マスターの過去やイレアの両親の事故についての話もしたが、ヒナはただ聞いて神妙な顔で「分かった」と言うだけだった。何が分かったのか知らないが、今は結論を出さないという意味だろうな。きっとヒナなりに考えてくれるはずだ。




 その日の夕飯の後。昨晩と同じように俺の部屋をノックしたのは、イレアだった。しかし、入室を促すと彼女は何も言わずに俺のベッドに倒れ込むように寝転がった。


「……お疲れ様」

「うん。疲れた」


 そっと髪を撫でると、ピクリと反応してから少しだけ頭をこちらに傾けた。あやす様にそのまま撫で続ける。何か言いたげな雰囲気だったが、イレアが口を開くまでそのまま待つことにする。今日は帰りの車の中でも殆ど会話は無かったし、考えがなかなか纏まらないんだろう。

 しばらくして顔を上げた彼女は、あー、とか、えっと、とかモゴモゴと動かしていた口からようやく聞き取れる言葉を発した。


「…………リオは、さ」

「うん」

「その……変なこと、聞いていい?」

「いいよ」


 まだ決心がつかないかのように逡巡し、言い直したのを促す。変なこと、か。……何となく予想がついてしまった。

 そして、少しの間をおいて。


「リオは……あの時、ドラヴィドの兵士を――」

「殺したよ」


 それは、最後の抵抗か……或いは、無意味なエゴだった。イレアに言わせたくない。いや、イレアの口からその言葉を聞きたくない。そんな意地に似た何かが反射的に彼女の言葉を遮らせた。


「俺は人を殺した」


 肯定も否定もさせる前に、もう一度繰り返す。それを口にする度、赤黒い炎が脳裏にちらつく。


「大丈夫、分かってる。もう気持ちの整理はついてるから」

「……そうなの?」


 答える代わりに、ポンと頭に手を置く。本当に悩みが無くなった訳が無い。血の幻影から目を背けて「整理がついた」ことにしているだけだ。それ以外の解決策は俺には無かったし、今はそれで上手くいってる。あの夜のことは、過ぎ去ったもの。そう考えれば、これからも大丈夫だ。

 でも。もし再び()()()が訪れたら、俺が――


「リオ。また一人で何とかしようとしてるでしょ」


 ……そんな考えは、お見通しだったらしい。


「ねえ。なんで私がこんな話したか分かってる?」

「あの時の事、イレアには言ってなかったから?」

「ううん。リオが言いたくないこと、わざわざ聞かないよ。それに何があったかくらいはヒナちゃんから聞いてるし」


 そう言ってイレアは体を起こし、真剣な、ともすれば、()めつける程の眼差しをぶつける。


「私もね、覚悟を決めたんだ。いざって時に……殺す覚悟を」


 鋭い瞳は更に冷たさを宿し、その意思の強さを伝える。


「予感がするの。この先、お母さんとお父さんを殺した犯人が分かるかもしれないって。『敵』が明確な目的を持ってるんだとしたら、近いうちに……ううん、きっと元霊祭で何かが起こる。そうでしょ?」

「杞憂だと良いんだけどな」

「杞憂じゃないよ。大なり小なり何かの動きはあるはず。もちろん小さいに越したことはないけど。でも……」


 あんまり根拠が無いことは言いたくないんだけど、と付け加えてイレアは続けた。


「リオはさ、(えにし)って信じる?」

「縁……」


 いつかどこかで聞いた……そうだ、リギスティアさんだ。彼女が発した言葉が頭に浮かぶ。貴方ならいずれ分かる、と。そして確かにそれは彼女の言う通りになっている。


「全部が全部ってわけじゃないわ。でも、大きな流れというか繋がりというか……そういうものを感じるの。大精霊(エレメント)と巫女家と、私とリオと、私達の過去と――私達の先祖っていうあの人の話と。全部繋がってて、その長い糸が今集まってる気がする。リオが公国に来たのも、私と出会ったのも、その一つだったのかも……なんてね」


 そこまで言って恥ずかしくなったのか、少しおどけて誤魔化した。でも、言いたいことは分かる。具体的に言ってしまえば、実際に俺とイレアには家系の繋がりがあったし、俺がここに来たのはその「繋がり」を生み出している母さんの指示だ。だけど、それ以上の何かもきっと存在する。それが俺達を繋いでいるんだと。


「だからね。もしお父さんとお母さんの死が何かと繋がってるなら……絶対に、その犯人は私の前に現れる。そういう縁があると思うの。だから、覚悟を決めた。(それ)をここで断ち切るために」

「……分かった」


 イレアに俺と同じ道は歩ませたくない。そう思ってた。だけどこれは、彼女にとっての禊ぎ。ありきたりに言えば、仇討ちだ。俺が止めていいものじゃない。


「俺も信じるよ、縁を。だからそれはイレアがやるべき事だ。でも、協力する。いや、させて欲しい。だって……イレアのお父さんとお母さんは、俺の親でもあるんだからさ」

「……うん! ありがと、リオ」


 事故で亡くなったというイレアの両親を、今まではどこか遠い存在に感じていた。でも今は違う。俺にとって、何よりも優先すべきものの一つだ。仇討ちがイレアの意思と言うなら、婚約者である俺も背負うのが当然。

 そして、その「覚悟」は俺も持たなければいけない。意識の外に追いやって目を背けていたそれと、再び向き合わなければならないのだ。未だに奥底で燻っている後悔と諦めと、激情に――


「――リオ?」

「大丈夫」


 イレアに、そして自分に言い聞かせるようにそう口にし、頭をポンと撫でる。話の終わりを悟ったイレアは立ち上がり、「おやすみ」とだけ言って部屋を出て行った。

 その日は、寝付くのに少し時間がかかってしまった。



■□■□



 色々なことがあり、随分と長く感じた週末は終わって、いつものように月曜日が訪れる。気怠さを覚えながら普段通りの時間に登校した俺達だったが、教室が騒がしかった。何やら話し合いがちょうど終わったというような声が廊下にまで漏れ聞こえている。


「何かあったっけ?」

「あ、もしかしたら……」


 心当たりがあったらしいイレアと共に教室のドアを開けると、既に殆どのクラスメイトが集まっていた。でも授業って感じじゃないな。席順関係無く仲の良い数人で固まっていたり、興味無さげに窓の外を向いている生徒もいる。そして黒板の前で仕切っていたらしい女子が最初に俺達に気付いた。俺達の婚約が発表された後に一番最初に話しかけてきた、リーダー格の女子だ。


「あっ、その、」

「おはようございます」


 何か言われる前に淡々と挨拶したイレアは自分の席に着き、俺もそれに倣った。教室内が一気に静まり返る。どうしよう、めちゃくちゃ気不味い。


「トーヤ、これ何?」

「ごめん、リオ。言い忘れてたよ。ソレルさんに任せてたから、てっきり聞いてるかと思って……」


 隣に座るトーヤに小声で尋ねると、答えの前に謝られた。ソレルさんとは、今まさに黒板の前で冷や汗をかいている女子生徒のことだ。ともかく事情が分からなければ返答のしようが無いので、目配せして話の続きを促す。


「クラス発表っていってさ、元霊祭でクラスごとにちょっとした研究レポートの発表があるんだよ。基本的には演習授業の時間を使って実験することになってて、それ以外の時間でボードに纏めて当日は廊下に掲示するんだ。でも授業の時間もあんまり無いから、研究テーマだけ先に決めておこうって話になってて……」

「今日がその日だったってことか」


 黒板に目を向けると、箇条書きにされたいくつかの案があり、その中の一つに赤いチョークで丸が付けられていた。うちのクラスのテーマは「精霊術の遠距離発動とその補助に係る三つのアプローチ(仮)」らしい。なんだろう、妙な作為を感じるのは気のせいだろうか。


「っていうか、俺とイレアいなくて良かったのか?」

「トーナメント戦の参加者は慣例的にクラス発表は手伝わなくてもいいことになってるんだよ。別にルールとかじゃないんだけどね。当日も常に一人は教室に居て、見に来た人の質問とかに対応することになってるからさ。特にトーナメントで勝ち進みそうな人は時間取れないし」


 かく言う僕も実行委員だから殆ど参加できないんだよね、とトーヤは申し訳無さそうに言った。なるほど、珍しく彼が仕切っていないのはそういう理由か。

 しかし、本来俺達と同じ立場のはずの生徒が一人……中心になって話を進めていたらしきグループの中から立ち上がった。ミスズだ。


「ごめーん、リオ君! もしかして聞いて無かった? 実は私も最近聞いてさ!」

「ちょっと行き違いがあったらしいんだ。まあでも俺達は参加できなさそうだから、仕方ないよ」

「そうだよね。それにこのテーマ、リオ君苦手そうだし。任せちゃっていいんじゃない? 私は興味あるからちょっとだけ手伝うけどさ」


 ……ん? ひょっとしてこれ、喧嘩売られてるのか? そう思えば、最初の一言も「私は前から聞いてたけど?」みたいな意味に聞こえてくる。つーかミスズ、絶対このテーマ俺が苦手なの知ってて賛成しただろ。よし乗ってやるよその挑発。


「そっか、じゃあミスズも当日に時間できたら手伝うんだな。ごめんな、そっちは任せるよ」

「あはは、逆だよ逆。当日手伝えないから準備だけでもって思ったんだよ」

「へえ、随分余裕だな。()()はいいのか?」

「何のこと? まあ私は巫女家の人ほど忙しくないからねー。リオ君こそ、当日暇になっちゃわない?」

「そうならないように頑張るよ。ま、人の心配してる暇が出来たら手伝わせてくれよ」


 立ち上がって一通り啖呵を切ってみたが、極東軍の仕事は無いのか、と含意した質問は躱された。クラスメイトの前でボロは出さないか。

 ふと仕切っていた女子――ソレルさんに目を向けると、ちょっと可哀そうになるくらい冷や汗を流していた。伝え忘れたのは彼女だが、そもそも俺の関心の低さと交友関係が狭いせいで起こったことだしな。知ってて当然だった話だ。現に、影の薄いもう一人のトーナメント戦メンバーの男子も「一応居ますよ」と言わんばかりに我関せずと本を開いている。ここは引き下がろう、と思った時。


 キーンコーン、カーンコーン……


「じゃ、じゃあ今日の話し合いはここまでで! 次はその、えっと、演習授業の時に!」


 チャイムの音に合わせて無理矢理終わらせたソレルさん。彼女から少しだけ恨みがましげな目線を向けられた俺は、小さく会釈して再び席に着いた。




 昼休み。いつものように三人で中庭に集まって、ソフィーさんのお弁当を広げる。しかし日中とはいえそろそろ肌寒くなってきた。本格的に冬が来る前に屋内で食べれる所を探しておかないとな。それともまた食堂にしようか。

 ハムサンドを齧りながらぼーっと考えていると、イレアにつんつんと膝をつつかれた。


「……ねえリオ、朝のことなんだけどさ」

「ん? ああ、集まりがあったのイレアも知らなかったんだな。まあ仕方ないよ。友達少ないのはお互い様だし」

「そうじゃなくて! なんであそこで喧嘩するのよ。リオって変な所でスイッチ入るよね……」


 深い溜息を零されてしまった。いや、確かに穏便に収めるべきだっただろうけど。


「なになに、お兄ぃなんかしたの?」

「うちのクラスの留学生……ジングウ・ミスズに喧嘩を売られたの。それでちょっと言い合いみたいになって」

「殴り合いの蹴り合い?」

「流石にそれは無いけど、もう凄い空気だったんだよ。その後の授業もいつもより静かだったし」

「喧嘩売った方が悪いだろ」

「あんな事言われたら怒るのも分かるけどね? 多分あのテーマもわざとだし、私達に連絡行かないのも知ってただろうし。話し合いに参加してたらそれはそれで面倒なことになってたかもしれないけど。でも次の演習授業であれの続きやるんだよ?」

「そういうイレアも教室入った時凄かったけどな。むしろあいつが喧嘩売って来なかったらソレルさん泣いてたぞ」

「えっ、嘘!? また私変なこと言っちゃったかな……」

「流石お姉ちゃん。氷の姫は伊達じゃないね」

「ヒナちゃん!」


 二人のじゃれ合いを見ながら、俺は今朝のことを思い出してまた怒りを覚えた。うん、どう考えても向こうが悪い。久しぶりに話しかけてきたかと思ったら、なんなんだあれは。トーナメント戦で当たったら絶対ボコボコにしてやる。


「ねえねえ、そのクラス発表ってどんな感じなの? わたしのクラスも明日話し合いがあるって言われたけどさ、やっぱり放送委員だから参加できないのかな?」


 一通りじゃれて気が済んだのか、ヒナは真面目な顔でイレアに質問した。俺もトーヤからは少ししか聞けなかったから丁度いい。


「私も毎年トーナメント戦出てるからあんまり詳しくないんだけど……元霊祭の日に向けてクラスごとに題材を決めてレポートを作るの。もう本番まで一か月切ったでしょ? 今日から準備期間に入ったから、演習授業と空いてる時間でそれぞれ準備するのよ。実行委員とかはそっちが優先だけどね」

「あー。そういえば言ってたね、準備期間って。題材は自由なの?」

「うん。精霊術関係が鉄板だけど、クラスによっては歴史とか文学とか、面白いところだと料理とか? かなり自由だから本当に色々よ。でも高等部の、特にうちみたいな特別クラスはやっぱり精霊術の研究をするのが普通ね。それに、今年は情勢的にも真面目なのが多いと思うわ」

「ふーん……まあわたしは忙しいからいいや」


 内容を聞いて、ヒナは殊更興味無さそうにデザートのリンゴを口に放り込んだ。元々集団行動が苦手な彼女にとっては全く関心が向かないイベントだ。何だかんだ頼まれたら手伝うくらいはするだろうけど。


「それにしてもさ、元霊祭って思ったより規模がでかいんだな。ほら、資材の搬入とか言って今朝も業者が荷物運んでたし」

「当然よ、公国で一番大きい祭って言ってもいいくらいなんだから。元はこの国が共和制になる前から行われてたお祭りで、当時から巫女家の若い人が中心になってやってたの。学園の設立に伴って、行事の一つとして定められたっていう歴史があるのよ。そもそも高等部が四年制なのも、祭が十九歳までの若者が行うものだったからって理由もあるらしいわ」

「へ~」

「特にトーナメント戦は大事にされてて、昔はここでの勝ち負けが将来の巫女家の力関係を決めるって言っても過言じゃなかったらしいの。今はそこまで大袈裟じゃないけど、やっぱり派閥同士の争いって側面はあるわね」

「なるほど。今年だって実質ウンディーノ家とノーミオ家の戦いだしな。でも、ウンディーノ家の派閥ってそもそもあるのか? そういう話聞いたことないじゃん」

「分家はあるけどね。うちは他と比べて派閥の繋がりというか、そういう意識があんまり無いから……」


 いるにはいるらしい。後で確認したら、トーナメント戦で俺のグループにも一人それらしき名前があった。話が伝わっていれば穏便に済ませて欲しいところだけど、あまり期待はしないでおこう。なに、勝てばいいだけさ。



■□■□



 その日の夜。ノーミオ家本邸、当主の間にて。この部屋の主であるヴィオテラ・ノーミオはソファに深く腰掛け、少し冷めた紅茶を飲んでいた。喉を落ちる渋さの代わりに吐き出されたのは、深い溜息である。

 当主と学長という二足の草鞋を履きこなす彼女といえど、この時期の激務には毎年辟易していた。もちろん自分で選んだ道ではあるし、仕事自体は嫌いではない。しかし通常の業務に加えて元霊祭の対応が重なると、日中は息つく暇も無いのだ。それでもここ二、三年は大きなトラブルも無く進行できるくらい慣れてきたのだが……今年はあまりにもイレギュラーが多い。

 無論、自分がその原因であることは十分自覚している。祭を楽しみにしている生徒達に対して多少の罪悪感を覚えないでもないが、今更の話だ。せめてできる所までは楽しませてやろうと奮起し、今日も業務を成し遂げたのだった。

 そんな時、部屋の扉を控えめにノックする音が聞こえた。


「ヴィオテラ様、お客様です」


 休息を邪魔した使用人の声にほんの少しの苛立ちを感じたが、用件を聞いて瞬時に思考を巡らす。客だ。一体何処の誰だと更に怒りが膨らみそうになるが、そもそも約束も無しに自分を訪ねられる者など限られている。それがこんな時間ともなれば尚更だ。そして、来客を報せたのは最も信用を置いている側仕えの使用人である。そんな彼女が通す判断を下した人間――条件に合う者は一人しか居なかった。


「入ってくれ」


 そう言うと同時に扉が開かれる。招かれるのが当然とばかりに躊躇なく足を踏み入れたのは。


「こんばんは、ヴィオテラ」


 極東統治領軍少将、ミヅカ・シオンその人であった。

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