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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
一章 精霊術士の学園
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第8話 氷の姫とウンディーノ家

「イレア! そっちに行った!」

「任せて。フロストプリズン!」


 エレメント公国の東に広がる草原。一見穏やかな、ピクニックでもできそうな場所であるが、ここはひとたび足を踏み入れれば邪霊(イビル)が襲ってくる魔境である。その中でも比較的安全な、国境を出てすぐの街道付近で俺達は邪霊と対峙していた。


「よしっ、仕留める!」


 イレアの精霊術によって足止めされた蛇のような邪霊をナイフで切りつける。いつかの朝、ティフォ先輩に向けたものだ。精霊術で強化された刃は邪霊の丸太のような胴体に浅く突き刺さったが。


 ジジッ、ギギギギギギッッ!!


「しまっ」


 た、と言い切る前に飛び跳ねて離脱する。当然、すぐに抜けないナイフは刺したまま手放した。


「お兄ぃ下がって! 『鎌鼬』!」


 ヒナの声を聞き、素早く後ろへ退く。次の瞬間、風の刃が辺りの草ごと薙ぎ払って切り付けた。だがそれに構わず邪霊は全身を震わせ――


「「きゃああ!!」」

「くっ!」


 衝撃波を放った! ヒナの術で軽減されていたが、もし近くにいたら動けなくなっていただろう。


「リオ、武器が!」

「分かってる! もう一回援護を頼む!」


 邪霊は俺のナイフを引き抜き、尻尾で器用に構えた。取り返さないと不味い。


精霊(スピリット)よ――縛めよ、フロストプリズン!」


 イレアが再び束縛の術を使う。邪霊の動きが鈍くなり、辺りの草にも霜が付く。


「はあああっ!」


 精霊術で一気に加速し、尻尾の先、ナイフの柄を捉える。抵抗する邪霊を硬化した靴で蹴り飛ばし、力づくで奪い返す!


「これでっ、終わりだ!」


 邪霊の頸に全力で切っ先を何度も突き立てる。まだだ。土と水の精霊術を同時に使う。中途半端なそれらの術は邪霊の鋼鉄の体を徐々に冷やし、動きを鈍らせる。そして。


 ガリィン!


 僅かな関節の隙間に滑り込ませ、刀身を深く刺さす! そのまま柄尻を踏みつけて完全に頭部を破壊し、ようやく動かなくなったのを確認した。


「リオ、平気!?」

「お兄ぃ!」

「うん、倒した。俺も怪我は無いから大丈夫。二人とも助かったよ」


 すぐに駆け寄ってくる二人。今回は少し心配させてしまったようだ。


「もういい時間だな。一旦戻ろうか」

「うん、私も疲れてるし、これ以上は危険かも。ヒナさんもいいよね?」

「わかった。わたし先生呼んでくるね!」


 ヒナは少し離れた所にいたソージア先生を呼びに行った。サポートと言っていたはずだが全く戦闘には参加していない。参加する気が無いのか、信頼されていると言うべきか迷うところだ。


「リオ、その武器……」

「問題ないよ。この程度で傷が付くものじゃないから」


 邪霊の残骸からナイフを引き抜く俺にイレアが声をかけた。今しがた邪霊に止めを刺したそれは、刀身三十センチ、柄を含めれば四十センチほどの大振りのナイフだ。刃は鈍色で艶は無く、実用性のみを追求した無骨なデザインである。


「ううん、そうじゃなくて。それ邪霊から作ったものでしょ? 初めて見たけど、邪霊に傷を付けれるものなんてあんまり無いから」

「そうだけど、こっちだとあんまり使う人いないのか? そんなに珍しいかな」


 イレアが気にしたのはナイフの素材のことのようだ。邪霊の残骸を使うのは極東では一般的なのだが、文化の違いだろうか?


「うーん、私は気にしないけど、基本的に邪霊は忌むべき存在って感じで……ともかく、良く思わない人もいるかもしれないから。邪霊が素材ってことはあまり言わない方がいいかも」

「げっ、そういうのもあるのか。ありがとう。気を付けるよ」


 こういう思想の違いは分からないから助かる。注意しないとどこかで顰蹙を買いそうだな。

 聞く所によると、そもそも精霊術至上主義のこの国では邪霊と近接して武器で戦うという文化が無いらしい。ヒナはもとより、イレアは一度俺が戦うのを見てるので気にしなかったが、打ち合わせの時にソージア先生が怪訝な顔をしたのはそういう事情があったからのようだ。だからと言って戦い方を変えるつもりは無いけどな。


「おーい、もう帰るってー!」


 ヒナの大声が聞こえた。初日の今日は早めに切り上げるみたいだ。遠くにちらほらと他の班が国境の門に向かうのが見える。


「行こうか、リオ」

「ああ、もう疲れたよ。帰ったら飯でも食べて――」

「リオ、後ろっ!」


 叫ぶイレア。気付いた時には、もう遅い! 音もなく草原の地面を這って来た邪霊。さっきと同じ蛇のようなそれは、無機質な、それでいて殺気の籠った鎌首をもたげ――


「氷獄の楔よ、彼の者の魂を打ち留めよ! コキュートス・スフィーナ!」



 音が、消えた



 ――武器を構えた俺が見たのは、不動の彫像と化した邪霊だった。この一瞬で、イレアが?


 呆気に取られる俺の後ろで、ぼすんと音がした。振り向くと草原に倒れこむイレアの姿が。


「イレア! 今のは!?」

「だい、じょうぶ……力……はあ、はあっ……使い過ぎ、た……だけだから。間に合って、よかった……」


 急に額にびっしりと汗をかき、息はあがっている。邪霊の動きを一瞬で止めた術だ。相当無理をしたらしい。


「ありがとう、助かったよ。油断しててごめん」

「ふう……はあ……うん、もう大丈夫。気にしないで、前に私も助けられたんだし」


 息を整えたイレアは立ち上がって言った。以前、演習棟の近くに邪霊が出た時のことだろう。


「それより凄い精霊術だな。凍らせてるのか? いや、動いてないだけだし……」

「奥の手なの。実は原理とかは私もよく分かってなくて」


 首を傾げる俺に答えるイレア。そんな事があり得るのか?


「まあ、流石ウンディーノ家の直系ってことだな。巫女になる人は違うな」

「リオ」


 何の気もなしに感心して言うと、初対面の時のような冷たい声で名前を呼ばれた。何か琴線に触れる事を言ってしまったのか。


「……リオ。あんまり、家とか巫女の事は言わないで欲しい。私には……ウンディーノ家を名乗る資格は、無いから」

「資格?」

「ええ。ウンディーノ家の当主で、今の巫女は私の祖母。そして次の巫女候補はお婆様の娘である、私の母()()()の」


 滔々と語り始めたイレア。その表情は氷のように冷たいものだった。



■□■□



 イレアーダス・ウンディーノはエレメント公国を治める四家の一つ、ウンディーノ家に生まれた少女である。幼い頃から精霊術の才能が期待され、祖母と母の後を継いで巫女になると誰もが思った子だった。


 しかし、彼女には巫女としての才能が全く無かったのである。


「巫女家の直系の女子には本来、大精霊(エレメント)と対話する力が遺伝するの。でも私にはそれが無かった。母は本当に自分の子なのか、他に産んだ子がいるのかと問い詰められたらしいわ。全部、私のせいよ……だから……」


 かぶりを振ってイレアは話を戻した。初めて知る彼女の過去だ。俺は何も言わず次の言葉を待った。


 イレアが使う精霊術。これにもまた親族は難色を示した。ウンディーノの家系は純粋な「水」の精霊術を使う。しかし、彼女の精霊術は異端とも言える「氷」である。直系の長女に生まれながら巫女の才能は無く、精霊術も純粋なものではない。生まれた時を知る乳母がいても尚、彼女は妾の子か分家の者と思われていたらしい。


「この時はまだ良かったの。でも、父と母は……死んだ。ただの事故よ。周りは皆そう言ってるし、私もそうだとは思ってる。でも私が疎まれていなければあの状況にはならなかったっ……」


 普段とは違うイレアの感情の吐露に息をのむ。次期巫女()()()とはそういう事らしい。


「……だから、私にはウンディーノ家を名乗る資格は無い。私は巫女の才能を持たず、母も殺した。二人の巫女を殺したの。お婆様が私の身を案じるのは将来の巫女を……子供を作らせるためだけ。でも、それさえも不確定。私はあの家を必要としていないし、家にとっても『私』は必要じゃない」


 一息でそう言い切って俯くイレア。部外者の俺が、違うなんて軽々しくは言えない。どう声をかければいいのか分からないな……


「ごめん、こんな話して」

「いや、俺の方こそ無神経でごめん」

「謝らないで。リオが知らなかったのは悪くないから。それより、早く先生とヒナさんの所に行こう」


 謝罪はいいと言われて少し安心した。だが、歩き出す彼女の顔は暗いままだ。


「ああ、行こうか。遅いとヒナが拗ねちゃうからな」


 雰囲気を変えようと笑うが、何処かぎこちない。それは大きな問題が俺の心を占めていたからだ。


 ――そう、俺がイレアに近づくのは大精霊と接触するため。イレアの立場がウンディーノ家の中で弱く、巫女になれないなら。彼女とは縁を切って他を当たることも考慮に――


「……んなこと、俺には無理だな」


 誰にも聞こえない声でぽつりと呟いた。俺はそこまで非情にはなれない。打算で近づくのは楽だが、既に友達と呼べるような関係だ。イレアとは良い関係でいたいと思うようになっている。


「ヒナ! 今行くよ!」


 気を紛らわすように大声で叫び、待つ二人の方へ少し早足で向かったのだった。




「お兄ぃ、遅かったけどなんかあった? イレアちゃんもちょっと変だし」

「ああ、邪霊が急に出てきてな。イレアが無理して止めてくれたんだ。疲れてるみたいだからそっとしてあげて」


 四人で国境の門に向かう間、ヒナが尋ねてきた。先程のイレアの術は一瞬で邪霊を仕留めたので遠くのヒナ達は気づいてすらいなかったみたいだ。少し誤魔化して説明すると、ヒナは何か察して納得したようだった。


「先生、この後はどうしますか?」

「そうね。班長は報告の仕事があるから、イレアさんは私と一緒に来てもらえる? 二人はもう大丈夫よ」


 今まで空気だったソージア先生に話しかける。失礼だが背も小さいので余計に存在感がない。というか正直この人は今日何をしにきたのか分からないが、いわゆるお目付け役だろう。中等部の生徒がいる班にと言っていたが、主な理由はイレアの護衛かもしれない。先ほどの話を聞くと余計にそう思うのだ。


「分かりました。ならリオとヒナさんはここで解散ね。今日はお疲れ様」


 国境内に入り、学園の門をくぐった所で今日は解散となった。イレアと先生は職員棟へ、俺とヒナは寮へ向かうのだった。




「で、お兄ぃ、何があったの?」


 二人と別れてすぐ、ヒナが尋ねてくるのは予想内だった。俺はさっきイレアに聞いた事をかいつまんで説明する。もちろん彼女が言った、巫女を殺したという言葉は伏せた。


「――だからイレアは、自分がウンディーノ家にとって血筋としてしか必要とされてないって言ってるんだ。俺はイレアがいずれ巫女になるって勘違いしていたよ」

「ふんふん、なるほどね。イレアちゃんは巫女にはなれなくて、精霊術の系統も違う。家の人とはゴタゴタしてるけど、将来の話はある。つまりウンディーノ家には次期巫女候補がいないのかな?」

「それは分からないけど、現当主――巫女であるイレアの祖母がイレアに後継ぎを急がせてるなら、そうなのかもな。こればっかりはどうしようもないから、他の巫女関係者に当たるか……」


「ならお兄ぃがイレアちゃんとくっつけばいいじゃん?」


 俺の悩みに首を傾げ、ヒナは当然のように言った。

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