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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
八章 宵の修練
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第76話 超えるべき鋼

「やっほー、リオ君、ヒナちゃん……と、ウンディーノ家のお姫様。一応初めましてかな? 今日は勢揃いだね」


 次の日。恙なく授業を終え、昨日のようなトラブルも特になく家路に就いた放課後。約束していたいつもの時間に来たのは、師範ではなくその娘のルー先輩だった。一人なのは珍しいな。


「あ、いらっしゃい先輩。そういう先輩のパパは今日来ないの?」

「そーなの。最近ちょっと忙しくってさ……って、三人は()から聞いてるんだっけ。じゃあ誤魔化さなくていっかな」

「彼?」

「あれ? てっきり全部知ってるのかと思ったけど。流石にリオ君は聞いてるよね?」

「どういう関係なのか明言はされてませんけど、状況ならある程度知ってます」


 ()とは、ティフォ先輩のことだろう。そしてその協力者だという師範の不在。この時期に忙しいっていうと、恐らく俺達の与り知らぬところでドラヴィドからの密かな攻撃に対処しているに違いない。


「そっかー、ちゃんと言ってなかったかー……。何でも一人で抱え込む癖あるからなぁ、彼。まあパパが喋らないのはともかくとして。でもこれ、アタシの口から言っていいかな? いいよね?」

「それは俺に聞かれても……」

「ま、いっか。どうせそのうち知ると思うし」


 ここまで聞いて、ルー先輩の言いたいことをヒナとイレアは察したようだ。ちなみにイレアはさっきから人見知りを発動して、最初にお辞儀をしたっきり後ろの方で様子を伺っている。


「アタシのパパ……カールギウス・マハセナは元々ドラヴィド国の将軍だったの。でも、王族の権力争いから逃げるために亡命したベント家の一部――つまりティフォと委員長、その家族を守るために国を離れた。アタシも一緒にね」

「やっぱりそうでしたか。ティフォ先輩ももっと早く言ってくれればよかったのに」


 従者って言ってたから使用人か護衛とかそのくらいだと思ってたけど、将軍か。まあでもあの男、腐っても王族だしな。


「ちなみに、ティフォ先輩とか委員長の家族ってのは?」

「それはトップシークレット。悪いけど君達にも教えられないよ。そういう契約だから」

「分かりました。詮索はしません」


 危害が加わるのを避けるためだろう。そりゃそうだ、亡命してるんだもんな。


「まあまあ、ごめんね。こっちも色々と慎重になってたからさ。情報漏洩のリスクとか動きやすさとか考えると、最初は巫女家と表立って連携するわけにもいかなかったんだよ。敵の動向も見極めたかったし」


 どうやら、九月に来た大規模な攻勢より前の夏頃から偵察程度の襲撃は何度かあったらしい。師範とティフォ先輩達が未然に防いでいたようだ。


「でも、君達っていうかウンディーノ家にアタシ達の動向はバレてたっぽいんだよね。パパがリオ君の師範として呼ばれたのも偶然な訳無いし。アタシ達のことは知ってたんだと思うよ。その上で監視されてたっていうか、見極められてたっていうか……うーん、巫女家は怖いねぇ」

「それ、ティフォ先輩も同じこと言ってましたよ」

「あはは、誰だってそう思うよ。まあともかく、コソコソしても仕方ないからティフォの判断で君達に情報を提供して協力することにした。この時点でパパとかアタシのことはもう隠す気は無かったんだけど……なんで黙ってたんだろうね、彼?」

「どーせ大した意味無いんでしょ。自分が分かってるからいいとか、言うの忘れてたとか。そんなもんじゃない? お兄ぃと一緒でさ」

「うっ」


 ジト目のヒナが矛先を俺に向ける。確かに、俺もちゃんと話してないこと多いな……あんまり先輩を責められない。


「っていうわけで、これからはガッツリ協力してくからね。おねーさんのこと、ジャンジャン頼っちゃっていいよ? 元々アタシ達がドラヴィド(こっち)の問題持ちこんじゃったってのもあるしさ」

「いえ、こちらこそお願いします。師範にもお世話になってますので」

「うーん、やっぱリオ君は彼と違って可愛げがあっていいね。素直でよろしい!」

「ちょっ、頭撫でないでくださいって」


 快活に笑ってドンと胸を叩いたルー先輩。変な人だけど頼りになるな……と思っていると、後ろから冷たい視線を感じる。言うまでもなくイレアだ。


「――皆様の御協力、ウンディーノ家次期当主として感謝します。今後ともよい関係を築けるよう精進して参りますので、次期巫女共々どうぞよろしくお願いいたします」

「わお、びっくりしたっ。だいじょぶだいじょぶ、お婿様はとったりしないからさ」


 余所行きモードで威嚇……ではなく挨拶したイレアに、ルー先輩はたじろぐこともなく答えた。いや、それなら放して欲しいんだけど……


「リオ」

「はいっ」


 違った、俺に離れろって言ってるんだ。ごめんなさい。

 すると今度は俺がいた位置にヒナが収まった。こういうのはヒナの役割だからな。バトンタッチだ。


「ねー先輩、わたしは?」

「ヒナちゃんは……委員長とおんなじタイプかなぁ」

「え~、それ可愛げ無いって言ってない?」

「そんなことないって。可愛いにも二種類あるんだよー」


 そう言ってヒナの頭もわしゃわしゃと撫でるルー先輩。単に癖というか趣味なんだろうな。


「あっそうだ、先輩に一個お願いあったんだ」


 一通り可愛がられて満足したヒナは、思い出したように本家から昨日届いた手紙を取り出した。外向きの建前ではない方だ。


「お兄ぃがマテリアル・オーダーを使えるように武器……ってほどじゃないけど、持ち込みを黙認して欲しいものがあって。お兄ぃ、今持ってる?」

「ああ、早く慣れたいから今日も一日中着けてたよ」


 袖を捲って腕輪(バングル)を見せる。根回しの仕事を今ここでやっちゃうみたいだ。それにしても、黙認してって堂々と言うなぁ……。


「へぇ、どれどれ? ……なるほど、次期巫女の証。確かにそう言われたらノーミオ家も強くは咎められないね。じゃあ現物は……うわ、凝ってるなぁ。こりゃ文句ナシだわ。これ使い捨てってマジ?」

「はい。勿体ないので本番まではあまり使わないつもりですけど。巫女家様様ですよ」

「いやいや、それもあるけどさ。エレメント公国ってガラス工芸得意だよねって思って。ドラヴィドだったら無理だよ、これが消耗品ってのは」


 ルー先輩は俺の腕輪をしげしげと見つめて感心している。確かに、俺達も極東から公国に来た時に一番驚いたのはガラス窓の多さだ。食器も陶器と同じくらいガラス製のものが多いし、特産品なのだろう。


「ドラヴィドが公国から一番輸入してるものって霊道具だけどさ、次くらいに多いのがガラスの製品なんだよね。特にサラマンド家印って言ったら一級品だよ」

「…………そうなんですか」

「うっそ、知らない? 極東までは出回ってないのかな」


 不思議そうに首を捻る彼女の前で、俺は懸命に驚きを取り繕った。久しぶりに聞いたサラマンド家という名前――実態の見えない、停止した火の大精霊(エレメント)を擁する巫女家。そういえばサラマンド家は四家の中でも商業を主に担っている家だと聞いたことがある。

 しかしそれは裏を返せば、他の家のようには行政や外交に深く関わっていないということだ。そもそも商業なんて民間の分野。サラマンド家は国の運営をしていない、名前だけの家……そんな予想がついてしまう。よく考えてみれば、当主会議にすら参加していなかったのだ。明らかにおかしい。だが、それは公表できない。苦しそうに言い淀むいつかのリギスティアさんの顔が思い浮かんだ。


「リオ君?」

「あっ、いえ。ちょっと考え事を。すみません、とりあえず腕輪のことはお願いします」

「おっけ。トーナメント戦の審判は実行委員の仕事だからね。放送委員から指示すれば伝わるから大丈夫。まあアタシは参加する側だけどさ」

「……お手柔らかにお願いしますよ」

「やだ。本気のリオ君と戦いたいもん。そんなこと言ってたら持ち込み禁止にしちゃうぞ?」


 あけすけな物言いに思わず苦笑してしまう。やっぱりこの人も()()()()だな。しかし、更に先輩は追及を重ねる。


「っていうかさ、別にリオ君達は勝たなくてもよくない?」

「えっ?」

「元霊祭当日は何か起こるかもしれないんだからさ、早々にリタイアして警戒してた方がいいでしょ。お祭りで体力使い果たしちゃったら、それこそ向こうの思う壺かもしれないじゃん」


 確かにそうだ。今まで俺は勝つための方法や作戦を考えてきた。でも、ティフォ先輩も前に言っていたように元霊祭の日は最大限に警戒しなければならない。もちろん巫女家の代表としての体裁はある。だがそれは、果たして国の危機よりも優先すべきことなのか? だとしたら……


「それは――」

「いいえ、違います」


 俺の考えが一周する前に、イレアは言い切った。


「我々はノーミオ家の暴走を止めるために戦っています。目指すのは、ヴィオテラ学長の策略に対する勝利でなければなりません。このトーナメント戦で留学生に勝ちを譲ってしまえば、彼女の施策の正当性を認めることになってしまいます。それを否定するには……ウンディーノ家の代表として、私達が勝たなければいけないのです。留学生でも、ルーヴェラント先輩でも、その他の誰でもなく」

「じゃあ、アタシにわざと負けろって?」

「綺麗事だけを言ってはいられません」

「ふぅん……なるほどね」


 ……そうだ。何を悩んでたんだ俺は。留学生に負けを認めるということは、学長と極東に負けを認めるってことだ。これはノーミオ家との戦い。トーナメント戦はただのイベントじゃない。俺達は、エレメント公国の代表として立っているんだ。

 ルー先輩は、イレアの宣言に満足そうに頷いた。


「わかった。アタシ達はあくまでウンディーノ家に協力する立場だ。君の考えに従おう。決勝で会ったら手を抜いてもいい」


 緊張が解かれてホッとした。が、先輩は暴力的なまでの眼差しを俺に向ける。


「でも、それまでは本気で行かせてもらうよ。じゃないと意味が無いからね」

「分かりました。こっちも全力で勝ちにいきます」

「うん、いいねいいね。つーかリオ君ダメじゃん、すぐ答えられなきゃ。次期巫女様なんでしょ?」

「あはは……面目ないです」


 いつも思う。俺はまだイレアのように巫女家の人間としての自覚が足りないな。立場とか形だけじゃ駄目だ。しっかりしないと。


「まあ、お姫様の答えは百点ってところだけど……アタシが好きなのはこっちかな」


 そう言うや否や――


「っ!」

「理屈だとか駆け引きだとかどうでもいい。全員ぶちのめす」


 気迫。真っ赤に熔けた鉄を眼前に突き付けられたような、どろりとした、焼き焦がすような威圧感。

 だが……俺の心は震えていた。恐怖ではない。熱が、伝わる。心の奥底から湧き上がる、確かな熱が。


「ミヅカ・リオ。君は()()()()だろ? 寝言ほざいてないで掛かって来いよ」

「……そうですね。ありがとうございます、先輩。目が覚めました」


 本当の答えはもっと単純だった。勝てばいい。それだけ。やっぱりゴチャゴチャ考えるのは性に合ってないな。


「っし、小難しい話は終わり!」


 獰猛な笑みをそのままに、彼女は指骨を鳴らした。


「じゃあ始めよっか」



■□■□



「ヒナちゃん、せっかくだし審判やってよ。本番と同じルールでやろう」


 上着を脱いだルー先輩はそう言いながらグルグルと腕を回した。前にも見たけど、彼女のルーティーンなのだろうか。

 俺も今日は本番をイメージして腕輪を嵌め直す。隠すために袖が必要だから上着が脱げないけど、俺の場合『硬化』にも使えるので好都合だ。そもそも寒いしな。

 しかしよく考えたら服も防御に使えるから装備の一部と言えるし、武器の持ち込み禁止ってのは案外曖昧なのかもしれない。流石にそこまで禁止にされたら俺は全裸で出る羽目になってしまう。


「はーい、かなり狭いけどそこの石段からこっちの塀までがラインね。お姉ちゃん、もうちょっと下がって」

「うん。リオ、怪我しないでね。今日はホムラ先生もいないし」

「分かった。気を付けるよ」


 俺と先輩の中心に立ったヒナがエリアを手で示す。ヒナ達放送委員は最近、実行委員会の準備で審判の練習もやってるらしい。


「それじゃ、審判がわたし一人だから予選のルールでやるよ。まず、武器を使った直接の攻撃、過度に急所を狙った致死性の攻撃、エリア内の対戦者以外を狙った攻撃は禁止です。多少外に飛び散る分には不問だけどね。これらを確認した際は、審判の判断で試合の中断と指導、そして続行か中止を決めます。また、エリア外に出た場合、すぐに復帰する意思が無いと判断した場合は同じく指導が入ります」


 前にもざっと聞いたが、審判の判断が占める割合が多そうなルールだ。公平性を保つためにも放送委員に任されているのだろう。


「観客の安全に配慮して、エリア外に出た相手を攻撃するのは原則として禁止です。だからと言ってピンチになったら外に逃げるってのも指導の対象になるので、ここは紳士協定です。ルールが絶対という訳ではなく、あくまで試合としてのフェアさを重視します。そのための審判だからね」

「ヒナちゃん、相手を故意にエリア外に出すのは?」

「はいお姉ちゃん良い質問です! それはルール上はオッケーだけど、外に出た相手に追撃はできないからあんまり意味無いし、エリア外の観客を危険に晒す行為はもちろん指導対象です。一撃ノックアウトとかだったら試合も終わりだけど、最初に言った通り危険な攻撃は禁止だから両者敗北って形になることもあるよ」

「ありがとう。去年より細かくなったのね」

「そうそう、実は去年よりルール厳しくしたんだよ。留学生の件があるからさ」


 そんな事情もあるらしいが、要するに「エリア内で戦え」ってことだ。


「で、一番大事な最後のルール。予選の制限時間は十分です。十分間で勝負が付かなかったら、その時点での両者の負傷、消耗の度合い等を見て審判が勝敗または引き分けを判断します。あんまり積極的に試合に参加してないと評価が下がるから、防いでばっかだとダメだよ」

「トーナメントなのに引き分けがあるのか?」

「うん。その場合は試合が終わったところの審判を二人連れて来て、五分間の延長が行われます。それでも時間までに勝敗が決まらなかったら、審判三人の話し合いで決めます。今日はわたし一人でやっちゃうけどね」


 ちなみに本戦は予選とルールが異なり、制限時間と審判が増えるようだ。予選は参加者百二十八人を八グループに分けて行い、本戦は勝ちあがった八人で再びトーナメントをする。予選では時間の余裕も実行委員の数も足りないからだろう。


「ふわぁ……」

「ルー先輩?」

「あーゴメンゴメン、ちょっと気抜けちゃって。アタシはルール全部知ってるしさ」


 さっきの緊張感はどこへやら。あれだけ自分から煽ったくせに、呑気というかマイペースな人だな。


「もー、本番と同じでって言ったの先輩じゃん。当日も最初の試合の前には審判が説明するんだからね。ほら、始めるよ」

「はいはーい。合図よろしく」


 再び指をパキパキと鳴らし、先輩は俺に向き合う。態度は変わってないが……立ち姿に隙が無い。気を引き締めよう。


「それでは向かい合って……ごほん。『大精霊(エレメント)の名の下に、誠意ある闘技を執り行う』」


 決まったフレーズなのだろう、大仰な口調で試合の宣言がなされた。そして。


「始めっ!」


 気迫が衝突する。




「先手必勝! (カノン)っ!」

「マテリアル・オーダー!」


 無骨な鉄の塊が放たれる。食らえば一撃で終わりだ。だが――ギリギリ間に合った!


「チィっ、そう簡単にはいかないねっと! もういっちょ(カノン)!」

「その程度、食らいませんよ!」


 再び鈍色の砲弾が迫る。もちろんこれも防いだ。

 やっぱりだ。ルー先輩の攻撃には()()がある。手数もスピードも尋常じゃないが、あの鉄塊は先輩が精霊術で生み出しているもの。つまり、作り出すまでに一瞬の時間がある。マテリアル・オーダーさえ間に合えば初手を防ぐのは容易だ。


「んなろっ……じゃあこれはどうだっ! 砲門(マズル)!」

精霊(スピリット)よ――撃ち抜け、アクアショット――アイシクルランス――『硬化』!」


 だが、衝撃は抑えきれない。弾丸の猛攻をマテリアル・オーダーだけで防ぎ切るのは無理だと悟った俺は、盾の中で反撃の下準備を始める。


「かったいなぁ、こんにゃろ……! (カノン)!」

「――解除」

「おおっ!?」


 バキィィィン!!!


 漆黒の盾を解除した中から現れたのは――半月のように途切れた氷の球体。球面状に展開したマテリアルに沿わせて作った氷の塊だ。『硬化』をかけてもマテリアルの盾ほどの強度は無いが、過剰なまでの厚さと球面による受け流しで耐えられる。イレアのように氷の形を直接操るのは苦手だけど、マテリアルを型にすれば再現可能だ。


「なるほどねっ、そう来たか! じゃあ氷壁(それ)壊せばいいってことでしょ!」

「いいえ――そっちが防御する番です!」


 そして、俺の手元には自由になったマテリアル。攻守交代だ。


「『加速』!」

「っ! 鉄盾(スクトゥム)!」


 ガギィンッ!!


 切り離したマテリアルの弾を『加速』で飛ばす! しかし間一髪、鉄の壁で阻まれてしまった。

 そう、間一髪だ。攻撃と同じで防御にも一瞬のラグがある。十分通用する!


「あっぶな! チマチマやってる暇ないね。こうなったら……精霊よ――フルメタル・ガトリング!」

「アイシクルランス、『硬化』! チッ、耐えろ……!」


 ズドドドドドドッと氷壁に打ち付けられる鋼の弾幕。大丈夫、あれは長くは続かない。威力が弱まった時を狙って――


「今ッ! 『加速』!」

「っと、甘いね――(カノン)!」

「くっ……!」


 躱された。いや、違う。そもそも狙いが定まってない!

 チャンスを逸した俺は再びマテリアルを変形させ、防御に徹する。しかし切り離した分防げる範囲も狭い。氷壁を作り直すか? ダメだ、そんな時間も体力も無い。どうする? 一か八か防御を捨てて攻撃するか? いやいや、自棄になるな。耐えるんだ。耐えてもう一回チャンスを待つんだ。


「精霊よ――『硬化』」

「ぶっ壊してやる! 砲門(マズル)!」


 籠城作戦に打って出た俺に、容赦なく弾丸の雨を降らせるルー先輩。氷が少しずつ砕け散る。空いた穴をマテリアルで塞ぐが、そこから衝撃が伝わって体を揺さぶる。でも、まだだ。耐え続けろ。


(カノン)!」

「ぐっ……! いや、弱まった?」


 一発、大きな衝撃。でも最初ほどじゃない。この程度なら、氷壁にもう一度『硬化』をかければマテリアル無しでも耐えられる。反撃のチャンスだ。


「ふぅ……落ち着け。よく狙うんだ。これで最後。ラストチャンスだ」

「はぁっ、はぁっ……精霊よ――砲門(マズル)! おら、出て来い!」


 弱い。最初に比べたら天地ほどの差だ。先輩も体力切れなんだろう。だがそれは俺も同じ。ここで勝負が決まる。自分にそう言い聞かせて、黒い壁越しに先輩の姿を捉える。


「『硬化』――よし、まだいける」

「おっ、解除したな? 撃っちゃうぞ?」

「ええ……好きなだけどうぞ。全て防ぎますけどね」


 口だけの挑発に見え透いたハッタリ。こっちの体力も尽きているから、時間稼ぎについ乗ってしまいたくなる。だがお互いに体力を回復できたとしても、攻撃の度にマテリアルが減っていく俺の方が不利だ。仕掛けるなら今しか無い!


「――『加速』!」

「来ると思ってた! 精霊よ――フルメタル・ガトリング!」


 仕掛けたのは同時。お互い防御を捨てた最後の一手!

 砕かれて小さくなった氷の壁に身を屈め、マテリアルを慎重に飛ばす。氷塊ごと俺を撃ち抜かんとする鉄の嵐を掻い潜り、漆黒の破片は先輩を――


「よっと! なんだよリオ君、ヤケクソか!?」


 ――通り過ぎ、彼女の頭上へ。無論、作戦の内。


「三、二、一……今だ!」


 突然、四散する黒片。それは事前に指定した操作。最初から当たるなんて思ってない。ここからが本命の攻撃!


「上からっ!?」

「『加速』!! 『加速』!!」


 脳の血管がブチ切れそうになりながら、マテリアルの破片を対象に『加速』を連発する。一度に発射すれば防がれてしまう。ならば、師範にも通じた波状攻撃だ!


「うわっと!」


 一発。二発。避けられた……!


「まだまだ……! アイシクル――ランス! 『硬化』! 『加速』!」


 なけなしの追撃。正面からでは当然、弾幕に掻き消されてしまう。だが、少しでも意識を逸らせればいい。


「『加速』!!! ――『加速』ッ!!!」


 三発。四発。これが最後!!


「硬、化……クソっ、無理だ……!」


 もう力は尽きた。せめてもの抵抗に氷壁を強化しようとしたが、それすらできない。だが、この攻撃さえ当たれば――


「――ははっ。凄いよ、リオ君」


 無慈悲に彼女は笑う。



「精霊よ――()()()()()()()()



 壁越しに聞こえた、その言葉。ティフォ先輩の放つ最強の精霊術。死を覚悟する程に血の気が引いた俺は、ぎゅっと目を瞑り。

 ――轟、と吹き荒れる風。そして。


「そこまで!!」


 ヒナの声が響く。恐る恐る目を開けた俺の視界に飛び込んだのは……


「あちゃー、やっぱダメだったわ! あっはっはっはっは!」


 屈託なく笑うルー先輩と、


「……参りました」


 彼女の足元に転がる、マテリアルの破片。

 それが決着を示していた。

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