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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
七章 力と技と術
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第73話 第九圏

 氷獄の楔コキュートス・スフィーナ。対象を凍り付かせる、私だけの精霊術。物理的な現象として凍る訳じゃない。根源的に。概念的に。存在そのものを、凍結させる。

 最初にこの力を知ったのはいつだっただろうか? 確か……そう、母と父が亡くなって少し経った頃。私ができる事と言えば、精霊術を鍛えるだけだった。それだけが、自分がウンディーノ家の人間だと思えるものだった。それだけが、亡き両親との繋がりだった。


「……っ」


 私は今、その力を最大限に使おうとしている。自棄(やけ)になって精霊術を酷使していた幼い頃の自分の鍛錬に感謝すると共に、当時お婆様に言われた言葉を思い出した。


『その力はとても危険なもの。無闇に使ってはいけませんよ』


 しかしその時の私は、自分を排斥するウンディーノ家の当主に反発した。見かねたホムラ先生……その時はまだ先生ではなかったが、彼女がちゃんとした精霊術を教えてくれるまでは、八つ当たりのように身の回りの草木や虫を凍てつかせていた。小動物にすら手を出せなかった臆病さだけがブレーキだった。唯一信頼していたホムラ先生でさえ、あの頃の私にとっては足枷のようにしか思えなかった。


「今のうちに……精霊(スピリット)よ――水壁、アイシクルランス……『硬化』! イレア、どうだ?」

「……」


 振り向くリオに問題無いと頷く。声は出ない。だが私は今、身を以てお婆様の言葉を理解していた。


 キィィイイインン――――


「チッ、またか……ミストパルス!」


 この力は、途轍もなく危険だ。必死に制御しているが、暴れんばかりの力に飲み込まれそうになる。まさに悪魔も恐れる地獄の冷気。もし私が失敗したら……そこに残るのは、二度と溶けない氷像となった家族の姿だ。

 背中が粟立った。だがそう考えている間も、邪霊(イビル)との攻防は続いている。


「先生、炎が消えてます! とりあえず正面の枝を!」

「分かってるわ! なら、消えないくらいのを――燃え上れ、紅睡蓮スカーレット・ロータス!!」

「精霊よ――風壁! ホムラ先生、やり過ぎ!」

「これくらいで、いいのよっ! はああっ!!」


 三人が邪霊の攻撃を必死に押し留めている。そして私は更に精霊術の発動を進める。続く工程は効果範囲の指定。この術をこんなに大規模に使った事は無いが、相手が相手だ。視界に入らない部分まで把握しないと――


「……? ……っ!」


 垣間見えた、邪霊の全貌。

 これは……()!? いや、違う!

 幹から繋がっている何かが地中で蠢いたのを察知した、直後!


 ゴゴゴゴゴゴゴ…………ドゴッ、ドガガガッガガガガッッ!!!!


「きゃあぁああっっ!!」

「ヒナ!! 先生! イレアは大丈夫か!?」


 頭上から私達を狙う枝と同等の数と大きさ。根のような触腕。即ち――敵は、二倍になった。


「焼き尽くせ、龍爪花(リコリス)っ! ――嘘、燃えない!?」


 いち早く反応したホムラ先生の炎は、根の表面を舐めるだけに終わった。普通ならあり得ない。つまり……!


「先生、水だ! さっき火が消されたのも、根で水を吸い上げてたからです!」


 私が考えると同時に気付いたリオが声を上げる。表面しか燃えないのは中心に水が通っているからだろう。だが、理由が分かったところで問題は解決しない。


「やっぱり木じゃないのこれ! リオ君、どうする!?」

「クソっ……! とりあえず燃やせる部分だけお願いします!」


 状況は劣勢だ。こちらの攻撃は効かず、リオの防御も押されている。そしてもどかしい事に、私はまだ何もできない。


「待って先生、お兄ぃ! 根が出てきたって事は、水はもう吸い上げられないんじゃない!?」

「向こうの弾切れまで粘ればいけるか……?」

「水の量次第ね。でも水が増える程蒸発しにくくなるから、またさっきと同じ量撒かれたら全く燃やせなくなるわ。水蒸気で視界も悪くなるし!」

「……一旦二人とも、防御に専念して下さい!」


 リオの苦し紛れの指示に、ホムラ先生とヒナちゃんは精霊術を引き下げた。その間にも敵の攻撃は続き、リオがじりじりと消耗していくのが見て取れる。

 私が早く、術を完成させないと……!


「――っ!」


 敵の全体像が把握できた。不幸中の幸いか、根が地表に姿を現した事が助けになったのだ。だが……大きすぎる。こんな相手をどうやって……

 刹那。


「ぐぅあっ!!」


 血。赤が飛ぶ。リオ!


「お兄ぃ! 精霊よ――風壁! 先生、治癒を!!」


 リオが苦悶の声を上げ、よろめく。防ぎ切れなかった根が胴を掠めたのだ。


「――閃癒(フラッシュ・キュア)! 応急処置よ! 我慢しなさい!」

「熱ぁっ! ……マジか、治ったっ!?」


 すぐさま先生の治癒術が飛ぶ。火花が光った所をリオが手で押さえ、今度は驚愕の声を上げた。どうやら乱暴な治癒らしい。しかし、その隙は戦線を崩壊させるのに十分な長さだった。


「お兄ぃ、上っ! きゃぁあっ!!」

「ヒナっ!! こうなったら――」


 ヒナちゃんが衝撃波に倒れる。そしてリオは懐からもう一つの硝子球を取り出し、


「マテリアル・オーダー!!」


 二つ目の黒盾を展開した。二重の盾は邪霊の攻撃を十分に防ぐが……明らかに無茶だ。その証拠に、リオの横顔には苦痛が表れている。

 早く。私が、やらないと。でも、足りない。力が。時間が。

 焦りは照準を歪め、震えは感覚を鈍らす。駄目だ。このままじゃ。絶対に失敗する。一か八かなんて賭けにすらならない。だから、足りない力を埋めるには――


「――リオ。力を……貸して……!」

「……! 分かった!」


 轟音の中。集中を切らさぬように小さく振り絞った声をリオはすぐに聞き入れ、一も二も無く返事した。


「ヒナ、先生! 全力で防御を! マテリアルを解除します!!」

「分かったわ!」「りょーかい!」


 すぐさま黒い防御は解かれ、間髪入れずに炎の壁が私達を包む。暴力的なまでの熱気が伝わるが、意識の片隅に追いやる。


「イレア、どうすればいい!?」


 答える代わりに私はリオに手を伸ばす。思考は一瞬で伝わり、彼は私の手を取った。まるでテレパシーだ。いや、本当に伝わっているのかもしれない。そう信じて掴んだ彼の手を引く。すると、彼は膝を突いて私に力を委ねた。


「……分かった。任せるよ。全力で使()()()くれ」


 私はコクリと頷き、更に精神を集中させる。

 以前、私とリオとヒナちゃんの三人で精霊術を使った事があった。奇しくも前回戦ったあの巨大な邪霊に最初の一撃を放った時だ。あの時はリオの生み出した水とヒナちゃんの支えで術を完成させたのだが、それを極めるのだ。


「――っ」


 もっと根源的な力の合成。リオの生命力を私に同調させ、大規模な術を造り上げる。握った手からリオの生命力を汲み上げ、私の中に混ぜる。が、止まってしまう。


「イレア、手を」


 リオがそう言うのと、私がもう片方の手を差し出すのは同時だった。両手を繋ぎ、輪を作る。生命力を循環させ、更に混ぜ合わせる。思考が、感覚が、意識が一つになっていく。誰かに教わった方法でも、考え抜いた末の手段でも無い。直感だけを頼りに、最適解を導いていく。


 ズゴゴゴゴッ、ドジャアアアアッッ!!


「ヒナさん、上から水が!!」

「任せてっ! 精霊よ――突風(ブラスト)!」


 放出された水の塊が降って……いや、落ちて来る。質量の暴力を風で撒き散らすが、それは炎の壁を薄めてしまう。それを邪霊が見逃すはずもなく!


「やらせないわよっ! 花開け――麝香撫子(カーネーション)!!!」


 ――ィイイィイイイン!


 寸前。巨大な触腕の一撃を、ホムラ先生は素手で受け止めた!


「聞きなさい三人とも! 今から全力で行くわ! 私が凌いでる間に――やりなさい!!」


 炎を纏った先生の腕は、触れる根を炭化させていく。全力。つまり私達の治癒やフォロー、後の事を考慮しないという事だ。ラストチャンス。ここで決めるしかない。


「……スゥ――――」


 ゆっくりと息を吐く。肺腑を空にするように。そしてゆっくりと息を吸う。同時に、循環させていた二人分の生命力を集約させていく。体に満たしていく。同調はまだ不完全だが、強引にねじ伏せる。

 照準が定まった。


「氷獄の楔よ」


 熱が消えた。

 生命力の奔流は、私達(わたし)の意思によってひとつの意味を与えられる。


「地獄の底より出でし永遠の嘆きよ」



 音が消えた。

 これはイメージだ。(わたしたち)の外の世界では、未だ熱風と轟音が吹き荒れている。



「反逆の咎を背負いし神敵の魂を、ここに打ち留めよ」



 光が、消えた。




「コキュートス・スフィーナ」


































































































 ■□■□



 静かだ。


「――――やった、のか」


 少し肌寒いが、まだ日が落ち切っていない昼下がりだというのに。木々に囲まれたこの空間は不気味なほどの静寂を湛えていた。


「お兄ぃ、これ……」


 しかし、そんな事が気にもならないくらい、眼前の光景は衝撃的だった。


「……完全に、止まってるわね」


 驚くほどに精巧な彫像を見た時、人は「今にも動き出しそうだ」と表現するのだろう。だが、これは真逆だ。言うなれば……「時が止まったような」。そうとしか言えないくらい、非現実的な景色。枝を伸ばし、葉を震わせ、根を(もた)げた邪霊は、そのままの姿で凍り付いていた。


「お兄ぃ、お姉ちゃんは?」

「ああ、大丈夫。眠ってるだけだよ」


 ヒナが心配し、ソージア先生はイレアの体を触診する。だが、俺は彼女に何も問題が無いと理解していた。ついさっきまで()()()()いたから分かる。


「……そうね。意識は無いけど、呼吸も正常だし怪我も無いわ。生命力の枯渇と脳の疲労ね。早く帰って休めてあげましょう」


 とは言っても、先生も俺もヒナも満身創痍の疲労困憊だ。安全に帰るためには一旦休憩をするべきだろう。口にせずとも三人とも同じ考えらしく、静かな林の中でしばらく体を休ませた。

 その後、ヒナを先頭にしてイレアを背負った俺、先生と続いて戦闘を極力避けながら林を抜けたのは、東の空が濃い紫色になった頃だった。




 国境を越えてすぐ、手配した馬車に乗って俺達は学園へ向かった。風の精霊術でのウンディーノ家本家への連絡という最後の仕事を終えたヒナは、イレアと一緒に仲良く後部座席で眠っている。疲れてはいるが不思議と眠気の無い俺は、ソージア先生と並んで乗っていた。


「ねえ、リオ君。今日使った精霊術――氷獄の楔コキュートス・スフィーナ。どうやってあの規模の術を使えたのか、説明してちょうだい」


 万が一にも外の御者に聞こえないようにか、先生は小声で俺に話しかけてきた。後でもできる話……なんて言えるような代物では無い。俺自身も話しておきたかったので、頭の中を整理しながらぽつぽつと語る。


「前にイレアと俺とヒナの三人で、精霊術を合わせた事があったんです。それと同じ要領で俺の力をイレアに貸して……いや、力を混ぜて一つにして、大きい精霊術を使った……って感じです。たぶん」

「生命力を合わせる――混ぜる、ね。そういう技術があるのは確かよ。でも、あるってだけ。あんなことが起こせるなんて話は聞いたことが無いわ。あの術が特別なのか、或いはイレアさん自身か、リオ君か……いずれにせよ、普通じゃないことは確かね」


 同じような事が他に全く無い訳ではないようだ。だが、それらとは全く違う気がする。あの時の感覚は……意識が混ざるような、自我が一つになるような感じだった。あれ以上続けていたら、元に戻れなくなってしまうような危険な感覚。だというのに……驚く程心地良かった。そう感じたのが俺だったのか、イレアだったのかは分からない。


「あの時は生命力以外にも、意識とか感覚とか思考も合わさったような感じでした。正直、危なかったと思います」

「俄かには信じ難いけど、リオ君がそう言うならそうなのかしらね。起きたらイレアさんにも聞いてみるけど。ただ、今後使わないに越した事はないわ」

「俺もあんまり使いたくないし、また同じ事が簡単にできるとは思えませんね。あの極限状態だからこそできたって考えてます」


 精霊術は、精霊を媒介にして意識と思考をトリガーに、生命力をエネルギー源に発動する。故に精神状態に左右されやすく、高度な精霊術の行使には技術や才能の他にも、強い精神力が求められる。火事場の馬鹿力というものが何の冗談でも無くとんでもない力を発揮する、そんな力なのだ。

 逆に、精霊術の酷使で記憶や意識に影響が出るなんてのもザラである。もし実力以上の力を発揮できたとしても、それ相応のリスクを被る事になる。今日俺とイレアが無事で済んだのは単なる偶然かもしれないのだ。


「学園への報告は最低限に留めるわ。まだ残骸がそのままだから調査が必要でしょうけど、それもウンディーノ家が行うようにします。あの精霊術は、公にできるものじゃない。いいわね?」

「はい、二人にも伝えておきます」


 話はそれきりで終わった。その後、学園で簡単な報告を済ませた先生は一人で帰り、俺達三人も家路に着いたのだった。



■□■□



 夢、なのだろうか……? 朧気な記憶が高速で通り過ぎていく。


 壇上で演説をする男。掌から零れ落ちる亡骸。


 知っているような、知らないような男の声。自分を呼んでいる。


 大精霊(エレメント)から伝えられた、世界の過去。精霊と、邪霊と、大精霊(エレメント)の真実。


 そして……後悔と怨嗟と、願い。


 それらの意味を噛み締める間も無く……意識は闇へと消え去って行った――



■□■□



 翌朝になってもイレアは目覚めなかった。容態の次第によっては明日の授業は休ませた方がいいかもしれない、とソフィーさんとソージア先生も提案している。勿論俺も賛成だ。


「危険な精霊術、か……」


 イレアの眠るベッドの横で濡れタオルを絞りながら、俺は昨日の事を考えていた。寝苦しそうなイレアの額の汗を拭い、布団をかけ直す。

 俺は、イレアと完全に感覚を共有していた。見えるもの、感じるもの、そして精霊術を放つ感覚。俺自身があの術を使ったのではないかと今でも疑っているくらいだ。


「――んぅ」


 イレアは身を捩って小さく寝返りを打ったが、やはり目覚める気配は無い。体調に問題は無さそうだが、少し熱っぽいかもしれないな。

 思考を戻す。あの時の意識と感覚の共有。だがそれに加えて俺の中には……イレアの「記憶」が入ってきたのだ。はっきりと覚えている。林の中、俺の後ろを歩いていた直近の記憶。つい先日の学園での事件や婚約、パーティーなどの鮮烈な記憶。そして――遠い昔の記憶。

 両親の死。悲しみと苦しみと悔しさ。幼い時の日々。氷獄の楔コキュートス・スフィーナに関わる記憶。あの時、イレアが思い出していたものなのだろう。それらが俺に流れ込んで来たのだ。きっと逆に俺の記憶や意識もイレアに流れているだろうから、起きたら聞いてみるとしよう。


「……大変だったんだな」


 記憶の一端に触れた今なら分かる。彼女がどのような思いでここにいるのか。そして、俺達に抱いている想いも。俺の想いも知られていると思うと少し気恥ずかしいが、それ以上の信頼を感じ取れた。

 そんな事を考えていると、コンコンと控えめなノックが。返事をすると、扉を開けたのはヒナだった。


「お姉ちゃん、まだ寝てる?」

「ああ。昨日の昼過ぎからだから、丁度もう丸一日だな」

「大丈夫なの?」

「体力を消費してるだけだから命に別状は無いよ。今の様子なら、遅くとも明日には目覚めると思う」


 自分の事のように断言する俺を不思議そうに見るヒナだが、俺だって何故ここまではっきりと言えるのかは分からない。ただ、やはり昨日の出来事が原因だろう。しかし安心したヒナは少しニヤリと笑った。


「んー。でもさ、こういうのって定番があるじゃん?」

「定番?」

「そ。眠りに就いたお姫様を起こすには、アレしかないでしょ」


 大げさに唇を突き出したヒナの表情で察した。有名な童話のワンシーン、王子の口付けで目覚めるやつだろう。そんなファンタジーな、と嘆息する。毒を飲んだ訳でもあるまいし。


「はぁ……何かと思ったらそんな事か。言っておくけど、俺は変な事はしないからな」

「えー、いいじゃん! お姉ちゃんもそういうの割と好きだと思うけどなー」


 俄かに騒がしくなったが、また小さく身じろぎしたイレアを見てヒナも静かになった。寝込みの病人の前である。お邪魔しました~と小声で言ってコソコソ出て行くヒナを見て、俺も部屋を出ようと思った時。


「……ん……り、ぉ――」

「イレア?」


 名前を呼ばれた気がしたが、まだイレアは起きていない。寝言か気のせいか。俺はもう一度タオルで彼女の顔を拭い、少し汗ばんだ銀の前髪を撫でる。やはり起きる様子は無い。


「……おやすみ、イレア」


 先程のヒナの茶化しが頭を過ったが、すぐに振り払って立ち上がり、最後に頭を撫でてから俺は立ち去った。

 結局イレアは夜になっても起きなかったが、その寝顔はとても安らかなものであった。

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