第71話 林間の邪霊
鬱蒼とした茂みの中を掻き分けて進む。先頭は俺、続いてイレア、ヒナ、殿にソージア先生だ。
「見つかんないね。索敵に全然引っ掛かんない」
「まだ殆ど進んでないしな。先生、後ろもいませんか?」
「ええ。でも油断はしないでちょうだい」
時折の会話を除いては黙々と進む四人。この林は国外で最も調査が進んでいない地帯の一つである。邪霊が現れずとも緊張は解けない。
「――痛っ」
すると、不慣れな道に足を挫いたのかイレアが声を上げた。
「大丈夫か?」
「うん、平気。ホムラ先生、一応お願いします」
すぐさま先生が治癒をする。隆起した木の根にでも足を捕られたのだろう、と思ったが。
「……! これ、邪霊よ」
最初に気付いたのはしゃがみ込んでいたイレアだった。よく見ると、足元にあるのは非生物的な角ばった物体。邪霊の残骸だ。土を被っていて、更に近くの木の根に取り込まれているのを見る限り相当年月が経っているのだろう。しかし不思議な事に、残骸は所々欠けている事以外に損傷が見られない。風化していないのだ。
「う、動かないよね?」
「心配要らないわ、気配は無いから。ただ、この林の中に邪霊がいるのは間違いないわね」
少し怯えるヒナに答える先生を見て、俺は邪霊という存在について思い出した。人間の手によって生み出されたモノ。精霊が搭載された機械。娯楽のために生み出された存在。そして……それらの制御は失われ、今は人間と敵対している。いや、違うな。そもそも生き物ではないんだ。人間を傷付けるようになってしまったと言った方が良いだろう。
「……先生。覚えてますよね? 邪霊についての話」
「ええ。人々に害を成す、太古の時代の遺物よね。それが?」
「邪霊は何百年も昔から存在していて、今なお動いているって事ですよね。だけどどんな種類のものが何体いて、どんな仕組みで動いてるのかは分からない。知られてるのも、国境の内側には入って来ないって事くらいですよね。でも、こんな危険なものが何で研究されてないんですか?」
「それは……この国の歴史のせい、かしらね。一昔前に王政だったのは知ってるでしょう? その時代まで、邪霊は存在そのものが忌み嫌われていたのよ。研究なんて以ての外。今もその名残は濃いけどね」
チラリと腰に下げたバックアップ用のナイフに目を落とす。邪霊の素材で作られた、極東でも一般的とまでは言わないが、ありふれた武器である。
「国境の中なら安全だからって遠ざけて、外交もしないで、閉じた国だったのよ。だから王政が続いたとも言えるけど。権力が移り変わって、極東からの遠征軍が来て国交が始まってからまだ百年くらいしか経ってないんだから。ま、私がどうこう言える話じゃないけどね」
国境の中なら安全。人間を襲う邪霊。娯楽のための機械――いや、そもそも邪霊は安全なものだったはずだ。大精霊から聞いた俺の先祖の話が正しいなら、邪霊を退ける壁は、邪霊の暴走が始まってから作られたものということだろう。彼は、三つの都市の周辺だけ気温を調整して人が住める場所にしたと言っていた。今のエレメント公国、ドラヴィド、極東だ。つまり、国境の壁はその三箇所にあるんだろう……いや、極東にそんな壁は無かったぞ? 一体なんなんだろうな。
「ふーん、やっぱ極東と比べたら色々遅れてるんだね」
「やっぱりヒナちゃんもリオもそう思う? 私は他の国の事、知らないから分かんないけど……」
「極東だと国境じゃなくて山が壁の代わりになってるからな。完全には防げないからたまに邪霊が入って来るんだよ。その度に軍が出動してるから自然と研究が進んだんだと思う。軍が権力を持ったのだってそのせいだし」
「ドラヴィドはどうなんだろうね? お兄ぃ今度聞いてみてよ」
「聞いた話だとあの国も公国と同じように国境の壁があって、管理してる一族がいるらしいわ」
「ドラヴィドにも私たちみたいな家があるんですね。でも大精霊無しでどうやって維持してるんだろう」
「今度会った時覚えてたら聞いてみるか。でもティフォ先輩、そういうの興味無さそうなんだな」
期せずして、それぞれの国の邪霊対策についての話になってしまった。エレメント公国から出た事が無く、先生ほど政治に明るくないイレアは余り実感の湧かない話だろう。とはいえ俺達もあまり詳しい訳ではない。
「そういう研究とかは極東の方が――」
「来た!!」
ヒナの叫びの一拍後、ガサリと前方から物音が。雑談の時間は終わりのようだ。
「ヒナ、数は!?」
「近くには一体! 向こうに……わかんないけど、多くて五体!」
「よし、二番で行くぞ!」
事前に決めたシンプルな作戦と陣形の号令をする。一番なら一直線で総員逃走、二番は俺の後ろに三人が集まり、その場に留まって防御・牽制しながら敵の様子見、三番は二番を広げたフォーメーションで撃破だ。敵の姿が分からない今は防御と判断した。
「マテリアル・オーダー!」
漆黒の盾を生み出し、構える。進軍時の陣形より俺がやや前に出て、他の三人は集まって防御する。イレアは前方の敵への牽制、ヒナは遠方の索敵、ソージア先生は後方の警戒だ。
ガサリ、ガチャン、ガチャン
「イレア、頼む」
「任せて。精霊よ――貫け、アイシクルランス!」
茂みの奥から音がする。そこに狙いを定め、イレアは得意の精霊術を放った。
バリィイン!!
「倒したか?」
盾を構えながら音のしなくなった茂みに近づく。マテリアルを分離した棒で突っついて反応が無いのを確かめ、その姿を暴く。
「――普通の小型の邪霊か」
出てきたのは胴体が真っ二つになった残骸。恐らく四足歩行をしていたであろう、動物型の邪霊だ。警戒するに越した事は無いのだが、やや拍子抜けした気分だ。そう思って三人の方に戻ろうと背を向けた時――
「お兄ぃ、違う! それじゃない!!」
ズドンッッ!!!
「ぐぅっ!!」
同時だった。ヒナの叫びが聞こえた時には、俺は予期せぬ衝撃を受けて頭からつんのめる。
「精霊よ――アイスシールド!」
「クソっ、なんでだ!?」
幸い、怪我は無い。だがこの距離でヒナが感知できなかったのか? 先生も? いや、疑問は後だ。立ち上がって戦わねば。
「引き続き二番、敵が見え次第三番!」
「「「了解!」」」
パリィイン! ドンッ! ドンッ!
指示を出すが早いか、イレアの氷の盾が割れた。そしてマテリアルを構えた俺に不可視の衝撃が襲う。何かが衝突しているのではない。精霊術のような、衝撃波そのものの攻撃だ。だが、敵は見えない。
「透明な邪霊か!?」
「違うわ、そこにいる! リオの足元!」
草木の奥に走らせていた視線を、イレアの声を聞いて足元に落とす。いた。素早く動く何か。
「三番! イレアっ!」
攻撃の指示と共に盾を持ったまま後ろに下がる。剣ほど慣れておらず命中率の低い俺の攻撃では無理だと判断し、イレアに委ねる。
「任せて! 穿て、クリスタルバレット!」
空中に無数の凍てつく弾丸が現れる。いつもより小さく、数が多い。
「はあっ!」
ダダダダダダッ!!
それは地面を無差別に撃ち抜き、枯葉も木の根も穴だらけにした。そして少しの静寂。
「……倒したか?」
「うん、もう反応は無いよ。でも気を付けてお兄ぃ」
足元に穴の開いた丸っこい物体が転がっている。拳大だが、例えるなら昆虫のような邪霊だ。色は茶色と緑が混じった景色に溶け込む迷彩色。これじゃ俺の目なら見つけられないな。だが二人は違う。
「ヒナ、どうして気付かなかったんだ?」
「分かんない。さっきの犬みたいな邪霊と一緒にいたからかも」
「私も感知できなかったわ。私の場合は近くに別の熱源があったからね。ヒナさんも同じようなものだと思うわ」
こんな小さい邪霊なんて想定してないもの、と呟く先生。確かに今まで聞いた事も見た事も無い。ずっとこの林に潜んでいたのだろうか。
「ともかく、細心の注意を払って行きましょう。私はさっきよりも後ろを警戒しておくから、前は任せるわよ」
「分かりました。同じのが出たらイレアは攻撃の要だ。頼むぞ。ヒナ、向こうにまだいるんだろ?」
「リオが攻撃しにくい相手ね……分かったわ」
「うん。さっきは五体って言ったけど、もしかしたらもっと多いかも」
各々自分の役割を再確認し、接敵に備える。
「行こう」
先程より密集した隊列になった俺達は木々の更に奥を目指した。
■□■□
同時刻、とある一軒家。壮年の男が一人の少女を出迎えていた。男には彼女と同年の娘がいるが、親子ではない。いや、彼にとってはそれ以上に大事な関係と言えるかもしれないが。
「どうぞお上がり下さい、お嬢様。娘がいない時に申し訳ありません」
「ごきげんよう、おじさま。それは構いませんわ。ただ……」
少女――エスメラルダ・ヴィエントは不機嫌そうに溜息を漏らした。
「あの男はいませんわよね」
「今は居りませんが、今日お呼びした要件には殿下も関係があります。申し訳ありませんが、これから会う機会も出てくるかと」
「はぁ……分かりました、貴方が言うのなら。それだけの事態という事ですのね」
男――カールギウスは頭を下げる。一連の会話で、二人が主従ではないにしろ上下関係であるのを見て取れる。カールギウスにとって、エスメラルダは守護するべき対象であった。
「それで、ある程度の話は娘から聞いておりますかな?」
「ええ。ルーさんが話してくれたわ。本国の方は難航しているようね」
「ベント・ドラヴィド家のみの力では、やはり多勢に対抗できないという事でしょう。既に何人もの刺客が送られてきております。殿下をお呼びし、向こうでの足止めをやめてこちらで迎え撃とうかと」
「巫女家には知らせなくていいのかしら?」
「……問題は、そこをどうするかですな。話を広めればいずれどこかから漏れ、下手をすれば事態はより悪化すると思います。この国は今、極東とも危うい関係のようですから」
「情報を与えなくても危険、与えても危険、ね。それなら統制が利く自分達だけで動くのが良いと?」
「はい、しかしやはり手数の少なさはこちらの弱点。そのために殿下と……お嬢様にも、ご協力頂くかもしれません」
心底申し訳ない、といった面持ちでカールギウスは告げる。守るべき存在であるはずの彼女の力を借りたい程に状況は逼迫しているという事だ。エスメラルダは少し考え、頷いた。
「私が戦うのは構いませんわ。あの男に会う必要があると言うのならばそれも今は良いでしょう。ですが――」
顔を上げたカールギウスに、エスメラルダは続けた。
「正面から戦うという事は……本国と、決別するという事よ。分かっているのかしら?」
「勿論ですぞ」
即答したカールギウスに、エスメラルダは更に念押しする。
「そうなったら、狙われるのはわたくしだけでは済まなくなりますのよ。ルーさんや、わたくし達に関わりのあるこの国の人々を守れるのでしょうね?」
「必ずや。殿下が国を捨て、お嬢様がよいと言うのであれば、私も続くのみです。この身は殿下とお嬢様に仕えるために」
瞑目するエスメラルダ。やがて、決心したように目を開いた。
「……分かりましたわ。わたくしもドラヴィドとは縁を切ります。元々戻るつもりもありませんでしたが」
「感謝致します、お嬢様」
「ですが一つお願いがありますわ。これからは、ルーさんの事もわたくしと同じくらい守ってあげなさい。ドラヴィドを捨てたわたくしは過去の仕える相手の一人に過ぎませんわ。自分の娘を大切にしなさい。そうでなくとも、ルーさんはわたくしの友人よ。理由としては十分ですわよね?」
「はっ。仰せのままに」
話が終わったちょうどその時、エスメラルダは玄関先に人の気配を感じた。意識を向けなくとも分かる。強大な……と表現するには嫌な相手だ。
「おじさま、今日はこれで失礼するわ。勝手口は開いているかしら」
「はい。ですが先程、」
「今会う必要は無いでしょう。それではごきげんよう。ルーさんに宜しく」
そうキッパリ言いながら身支度を手早く整え、荷物を持って席を立つエスメラルダ。やや尊大だが礼儀正しいいつもの彼女にしては珍しい慌ただしさだ。キッチンの勝手口を開け、少女は家を出て行くのだった。
「はあ……もう少し仲良くして頂ければ……」
こちらも珍しく溜息を零すカールギウス。すると、勝手口が閉まると同時に玄関のドアがガチャリと開いた。そして無遠慮に上がって気安い挨拶を投げる男。
「よーっすカール、久しぶり!」
「お待ちしておりました、殿下。今お茶をお出ししますぞ」
「だから殿下なんていいっていいって。てかコレ飲んでないやつ? 誰か来てたのか知らんけど、貰うよー」
男はテーブルに置いてあった冷めたお茶をグイっと飲み干した。それに気付いたカールギウスは、しまったという顔をしてから言いにくそうに口を開いた。
「……先程まで、エスメラルダお嬢様がいらしてました」
「げぇっ」
急にお茶が苦くなったかの如く顔を顰める男――ティフォグランデ・ベント・ドラヴィドは飲み口をやや大げさに遠ざけ、カップをゆっくりテーブルに置き直した。
この二人の仲をどうするか。カールギウスにとっての大きな悩みの一つであった。
■□■□
「お姉ちゃん、そこ!」
「貫け、アイシクルランス! 絡み付け――アイシクルソーン!」
林の中を更に進んだ俺達は、すぐに数体の邪霊の反応に接敵した。
「ヒナ! 今周りにいるのでこの辺のは全部か!?」
「たぶん! もー、なんで一気に全部集まっちゃうのー!」
嘆くヒナだが俺も同感だ。ガツンガツンと盾に衝撃波を食らわせてくる小さな邪霊の相手は、一体ならともかく何体も重なると辛い。というかコイツら、攻撃は単純だが体の大きさの割にかなり強い。
「リオ、すぐ近くに残りが集まったら合図出して! 一気にやるよ!」
「分かった! ――――今だ!!」
すばしっこい邪霊の位置をヒナが捕捉して風の精霊術で囲い、俺が防御し、イレアが攻撃する。ソージア先生は不測の事態に備えて警戒しているため参加できないが、仕方ない。
「縛めよ、フロストプリズン! アイスシールド! リオ、硬化を!」
「精霊よ――『硬化』!」
束縛と同時に氷の盾で逃げ道を塞ぎ、俺が更に強化する。次で仕留めるようだ。
「精霊よ――葬れ、グレイシアコフィン!!」
ガリガリガリガリ――ギィイイ――バキン!
氷の匣が、霜で動きの鈍くなった邪霊を纏めて氷漬けにする。そして、
「はっ!」
バリィイン!!!
バラバラに砕け散った。当然、中の邪霊も粉々だ。
「ヒナちゃん、他は?」
「えっと――今ので全部。凄いよお姉ちゃん!」
「そっか、良かった……ふう」
立て続けの精霊術の使用にイレアは消耗している。俺もマテリアル・オーダーを解き、先生を呼んで休憩する事にした。
「お疲れ様、みんな。上手く連携できてるじゃない。それにイレアさんも成長したわね」
「ありがとうございます、ホムラ先生。でも敵が厄介だけど強くはないからですよ」
「そう言えるのも成長した証拠よ? でも今までの比較的大きい邪霊のつもりで戦うには危険ね。戻ったら学園と本家に報告しなくちゃ」
「前の人型邪霊といい、どうしてこうも変な邪霊と会うんでしょうね?」
「運悪いねー。でも見つけたのがわたし達じゃなくても、急に色々出てきたのは偶然じゃないのかもね?」
ヒナの言う通りだ。これまでの事件から見て、極東軍が邪霊を操る術を持っている可能性は高い。そして国境内での邪霊の出現、レギオンと名付けられた邪霊の大群の唐突な発見、母さんの『縮地』。少なくとも送り込んでいるのは確定と言っても良いだろう。ノーミオ家はそれを軍事化への起爆剤として了承し、利用している。レギオンの出現は知らされていなかったのかもしれないが、極東軍がドラヴィドとの戦争を起こすきっかけを作ろうとしたのは間違いない。
「だとしても、今日の発見は偶然よ。ここに来るのは学園の人には言ってないし、こんな所に罠を仕掛ける意味が無いもの」
「……そうですね。とりあえず目の前の事に気を付けないと。休憩終わったらまた同じ陣形で進もう」
「うん。リオもしっかり休んでね。ヒナちゃんも」
「おう」
そろそろ林の半分、中央に来たくらいだろうか。一行は休憩を終え、邪霊を探索すべくまた歩き出した。




