第61話 巫女家の式典
「ヒナ、今日は大人しくしてろよ?」
「わたしの心配よりさ、お兄ぃは緊張して大人しくなり過ぎないようにね。主賓なんだから」
「いや、俺はまだ大丈夫だけどさ……」
土曜日の早朝。いつもよりもやや装飾が華美な霊動車で本邸へ移動している最中、俺とヒナは後ろの座席でこんな会話をしていた。しかしそれが耳にも入っていなそうな人物が一名。心配だ。
「イレアお姉ちゃーん、聞こえてるー?」
「へっ!? あっ、なにっ?」
「おー、コテコテの緊張ぶり。ほらリラックスリラックスー」
座席の後ろから肩を掴んでユサユサと揺らすヒナ。対するイレアもされるがままだ。
「ほら、大丈夫だって。今日の出番はちょっとした挨拶くらいでしょ? 来るのもほとんど知り合いの人だけだしさ、イレアお姉ちゃんが人見知りなのもみんな分かってるよ」
「ヒナ、その『ちょっとした挨拶』が俺達にはめちゃくちゃハードル高いんだって……」
返す言葉すら出ないイレアの代わりに答える。コミュ強なヒナには分からないだろうな。
「かく言う俺も挨拶があるんだよなぁ。台本は渡されたけど、上手くできるか不安だよ」
「見ながら喋ってもいいんでしょ? なら簡単だよ。わたしが放送でよくやってる方法だとね、目の前の一人にだけ説明するようなイメージで喋るんだよ。そうすれば緊張しないし、ただの説明だから感情とか込めないでいいしさ」
「説明か……なるほど、試してみるよ」
流石は放送委員。かなりの具体的なアドバイスに感服だ。
「で、イレアお姉ちゃんも聞いてた?」
「えっ、あっ、えっと、なんだっけ? 説明?」
「あーこりゃダメだ。お兄ぃ、後はよろしく」
しかしイレアに関してはヒナもお手上げだ。どうしたものかな。
そんなこんなで俺達は本邸に到着した。以前と同じく出迎えたのはソージア先生だ。
「さ、今日は宜しくね。予定詰まってて時間無いから急ぐわよ……って、イレアさん?」
「だ、大丈夫です、先生」
「って言ってるけど、ホムラ先生的にはコレ大丈夫に見える?」
「……見えないわね。ヒナさん、移動中ずっとこんな感じだったの?」
「うん。これでもマシになった方じゃない?」
未だに緊張の解けないイレアの様子に少し溜息を吐く先生。俺も何度か話しかけてみたが、結局この有様である。俺だって本調子じゃないんだけど、自分よりも緊張している人を見ると安心してしまうな。
「とりあえず、昼までは巫女家のお偉方が何人も挨拶に来るわ。まだ時間はあるから、それまでに三人とも衣装合わせよ。イレアさんの分は調整が済んでるけど、二人は今から採寸して近いサイズのものを微調整するみたいね」
「えっ、わたしも?」
「当然よ。午後イチで式典をやったらしばらく夕方まで時間は空くけど、それまで休んでいる暇は無いわ。行きましょう!」
そう言ってすぐに歩き始める先生に付いて行き、俺達も屋敷へと入っていった。
一時間後。
「おー、似合うじゃんお兄ぃ」
「なあ、変じゃないか? 肩めっちゃキツいんだけど……」
俺は全身をコーディネートされた礼服に包まれた。慣れない格好で全く以て落ち着かない。激しく動いたら崩れてしまわないか不安なのも相まって、座るのさえ億劫だな。右肩に光る肩章がやや自信なさげに揺れる。
「で、わたしのはどう? 合うサイズいっぱいあったから選ばせてもらったんだー」
「うん、似合ってるな。馬子にも衣装ってやつか」
「むー、褒めてないでしょそれ」
その場でクルリと回って裾をなびかせたヒナの格好は、薄い黄色を基調とした膝下丈のドレスだ。明るい色が活発な印象を与え、アクセントとして腰に大きな花形のリボン。ヒナが相手なので茶化してしまったが、実際本当に似合ってる。
「でもこれ、わたしのはけっこう楽なドレスなんだよね。てゆーかそれで選んだし。お兄ぃは大変そうだね」
「やけに動きやすそうだと思ったら……」
やっぱりちゃっかりしてる妹だ。しかし俺の着付けが終わったってことは、そろそろだろうか? そう思った時、隣の部屋の扉がガチャリと鳴った。主役の登場だ。
「リオ様、ヒナ様、お待たせ致しました」
若いメイドが一礼して扉を開ける。部屋の中から華やかなシルエットが姿を現し――
「リオ、どうかな? その……に、似合ってる?」
海のように濃い青が胸元を彩り、足元に向かって白くグラデーションになっている。オフショルダーですっきりとしているが、裾は大きく広がって優雅なスタイルだ。両手には無垢の象徴、レースでできた白い長手袋を着けている。そして頭に輝く白金のティアラ。まさに彼女のために誂えた美しいドレスだ。前に二人で出掛けた時にも思ったが、イレアには白と青がよく合う。
「綺麗だ」
「……!」
「お~、言うねぇお兄ぃ」
無意識に近く口を衝いて出た言葉に、イレアは押し黙ってしまった。白い顔が少し赤らんで見えるのは、薄く化粧が施されているからだけでは無いだろう……なんて頭の冷静な部分で考えてはいるけど、俺も照れてる。
「いや、その、変な意味じゃなくてな。いや変な意味も何も無いけどさ。パッと見て綺麗だなって。その、ホントに似合ってるからっ」
「お兄ぃ、その辺にしときなー。イレアお姉ちゃん虐めちゃダメだよー」
ヒナが半目で制止する。テンパって色々言ってしまったが、逆効果もいいところのようだ。まだ座り込んだりしないだけ、イレアも自分がドレスを着ていることを理解しているんだな。しばらくオタオタとしていたが、控えていたメイドの咳払いでお互い我に返った。
「イレア、なんかごめん。そのドレス――」
「待ってリオ、もう言わないでいいから! 大丈夫、伝わったわ」
「お、おう」
再び顔を背けられては口を噤むしかなかった。困らせるのは本意ではない。
「あとその……リオも、似合ってるから。か……格好いい、と、思うよ」
「……ありがと」
言われる側の気持ちもよく分かった。ヒナの生暖かいニヤつきを浴びながら、俺達はメイドに先導されて当主の待つ謁見の間へ向かった。
■□■□
広間ではリギスティアさんやソージア先生の他にも、大勢の使用人や上層部の者が忙しなく動いていた。会場となるこの場所のセッティングに奔走しているようだ。しかし俺達が部屋に入ると、誰もが動きを止めて一礼する。今日は主賓だからか、一層丁寧な扱いにむず痒い気分になる。
「イレア、リオさん、ヒナさん。ご苦労様です」
「お待たせしました、お婆様。本日はよろしくお願いします」
「今日は祝いの席。そして貴女は主役なのですから、そう固くならないでください。ドレス、よく似合っていますよ。準備は万端のようですね」
「は、はい!」
その言葉で逆に緊張してしまったようで、リギスティアさんもイレアの様子に首を傾げている。するとソージア先生が耳打ちをし、軽く頷いた。表情からしてあまり心配していないようだが、どうにかできるのだろうか?
「あの、リギスティアさん」
「イレアの事なら大丈夫ですよ、リオさん。ところでリオさんも何かお話があるようで?」
「はい。お時間頂きたいんですが、いいですか?」
「構いません。今日の日程が全て終わったらお呼びします。内容は先に伺った通りですね」
「幾つもすいません。よろしくお願いします」
質問の内容は昨日、ソージア先生経由で手紙を送ってもらってある。それよりもイレアの緊張をどうするのかが気になるな。
「それでは皆さんは向こうの部屋で待って頂きましょう。巫女家の方々が挨拶にいらっしゃいますから、もてなして差し上げなさい。それではまた後ほど」
そう言い残してリギスティアさんは去って行った。彼女も忙しいのだろう。
「じゃあ行きましょうか。大丈夫よ、最初に来るのはあの人達だから」
ソージア先生に付いて行き、俺達は広間を後にした。
やや手広い応接間で俺達は待たされた。じっと座って待っていたが、柔らかいソファーがどうにも落ち着かない。
「失礼します。お客様をお連れ致しました」
しばらくすると、ノックと共にメイドが入ってくる。最初の客人は誰だろうかと思っていたが、予想した通りの三人だ。
「イレアーダス様、リオ様、この度は御招き頂きありがたく存じます」
優雅に一礼したのは、シルフィオ家当主ティターニア・シルフィオだ。同時に横の二人、セレナーデ・ラバック・シルフィオとオクタール・シルフィオも頭を下げる。
「お越し頂きありがとうございます、ティターニア様」
イレアが固くなって挨拶し、ティターニアさんは微笑む。一組目の知り合いでこの調子なら、先が思い遣られるが……
「私共からのお話は晩餐の折にでもいたしましょう。それより、リギスティア様からお願いを聞いております。セレナ」
「はい、お母様」
名前を呼ばれたセレナが前に出る。彼女もまた、今日の催しに相応しい煌びやかな衣装だ。俺達よりよっぽど着慣れてる感があるな。
「イレア様の緊張を解いて差し上げるよう申し付けられましたの。お兄様もご一緒にどうぞ。ヒナは……まあいいですのね」
「ちょっとセレナー、なんか扱い雑じゃない?」
「そんな事が言えるのであれば全く必要ありませんの」
仲良く笑う二人だが、何がなんやら。俺とイレアはセレナの前に並ばされた。
「そう言えばお兄様とイレア様に見せるのは初めてでしたの。これから使うのは特別な精霊術。わたくしの歌に耳を澄まして下さいまし」
「精霊術? 歌?」
「では。精霊よ――――」
返答の代わりに彼女の口から聞こえたのは、不思議な音階だった。
「――、――~♪」
歌詞は無い、ただのハミング。しかしどこか不思議で心にスッと染み渡るような清涼な音色が、部屋に、全身に響く……
「~~――――。……はい、お耳汚し失礼いたしました。いかがですの?」
「……ああ、なんか、凄く落ち着いたよ」
「ええ。これって風の精霊術なのかしら?」
イレアも知らないようで、興味深げに質問する。あれ、いつもの調子だな?
「イレア、もう大丈夫なのか?」
「えっ? 大丈夫……なのかな。あんまり分からないけど」
「はい、お二人とも肩の力が抜けて見えますのよ。リラックスできる歌を歌いましたの」
満足したように微笑むセレナ。歌で心を落ち着ける――心を操ると言ったら大げさかもしれない。母さんが使って、ティフォ先輩が俺用にアレンジした精霊術と似たようなものだろうか?
「ふふ、リオ様が想像している程度のものではございませんよ」
「……というと?」
自分の事のように自慢げに言うティターニアさん。考えを見透かされた気分だ。
「歌はあくまで詠唱。これは人の精神に直接作用する術なのです」
「精神に、直接……」
自身の緊張が解けた事を不思議に思い、胸に手を当てるイレア。俺達としては助かったのだが、何と言うか、得体の知れないものを見てしまったような気分だ。
「そう怖がらないでくださいまし、お兄様。わたくしにできるのは少し注意を向けたり逸らしたりする程度。お兄様の精霊術の方がよっぽど不思議ですのよ?」
「ま、まあ確かに。でもありがとうセレナ、おかげで大丈夫そうだよ」
「うん、私も」
「それは何よりですの」
緊張も解けてしばらく和気藹々としていたが、そろそろ時間のようだ。
「さて、あまりお時間を頂いても仕方ありませんね。また晩餐の時に」
「イレア様、お兄様、頑張って下さいまし」
「はい、それではまた」
再び深く頭を下げて三人は部屋を出て行った。オクタールさんは最後まで空気だったな……
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それからはてんてこ舞いだった。十数組の客人が代わる代わる挨拶に来ては同じように対応し、また次が来る……そんな繰り返しだ。特に、俺達の事をよく知らない者が向ける、値踏みするような目線を受け続けるのはストレスが溜まる。
そして次が最後の組だと言われてホッとした俺達の前に現れたのは、祝福とは程遠い表情の彼女だった。
「学長……いえ、ヴィオテラ様。本日はお越し頂きありがとうございます」
「ああ、婚約おめでとう。悪いがあと二人来るのを待って貰えないか?」
「二人? 分かりました」
それっきり口を噤んでしまい、居心地の悪い沈黙が訪れる。やけに長く感じた数分ののち、ドアをノックする音と共に二人の男女が部屋に入ってきた。
「紹介しよう、うちの巫女と内政官長だ。私の甥と姪に当たる」
「初めまして、イレアーダス様、リオ様、ヒナ様。ノーミオ家巫女を務めております、フィロンテ・ラバック・ノーミオと申します。このほどはご婚約おめでとうございます」
「内政官長のディルク・ライトマン・ノーミオだ。以後お見知りおきを。お二人に祝福申し上げる」
ディルクと呼ばれた男。彼は極東軍と――母さんと直接の繋がりがあると言われており、前には学園に視察に来ていた。ノーミオ家の中でも戦争急進派であり、一番の警戒対象だ。巫女の方は四十代程だろうか、こちらはあまり情報が無い。しかし五十代半ばに見える兄とはずいぶん歳が離れてるみたいだな。
「フィロンテ様、ディルク様。本日はお越し頂きありがとうございます。改めまして、ウンディーノ家次期当主、イレアーダス・ウンディーノと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
「ウンディーノ家次期巫女、そしてイレアーダスと婚約を結びました、ミヅカ・リオと申します。若輩者ではございますが、何卒宜しくお願い致します。こちらは妹のヒナです」
俺達も合わせて挨拶し、お辞儀をする。それにしても学長の眼つきが悪い。よっぽど俺の事が気に入らないのだろうか。ディルクの表情からはどちらかと言えば困惑や驚きの方が感じられる。俺が極東軍幹部の息子だと知っているからか? 一方、巫女からは特に何も感じない。
「それにしてもだ、イレアーダス。あんだけ小さかったお前が婚約とは……時間が経つのは早いものだな。ルミナがお前を抱えてうちに来たのが懐かしい。この場にいないのが悔やまれるな」
「はい……でも、母も、父も、きっと見てくれています」
「……そうだな」
イレアはそっとティアラを撫で、俺の肩に目をやった。あんな態度だった学長だが、やはり同じ巫女家としてイレアの両親の死については思う所があるらしい。しかしそれ以上に俺が気になったのは、イレアの母の名前が出た時にディルクがやけに動揺して見えた事だ。生前何か関わりがあったのだろうか? とはいえ今追及する事ではない。
「坊主」
「っ、はい」
少し上の空だった俺に学長から声がかかる。そんな態度の俺に更に眉を顰めた彼女だが、一息吐いてから口を開いた。
「以前にも言ったが、お前が母の恩を裏切った事は私は許せない。だが、お前を許すかどうか決めるのは、あくまでシオンだ。だから私も折り合いを付けた」
そう言い切ると、初めて会った時のようなフランクさも以前のような怒りも見せず、静謐な面持ちで俺を見つめた。
「お前の事は、ウンディーノ家に婿入りした、ただのリオとして扱う。ミヅカ・シオンの息子のリオとは関係無いただの男だ」
「……分かりました」
そう答えるしか無かった。言った通り、誠実な彼女なりの折り合いの付け方なのだろう。
「さて、私からは以上だ。ウンディーノ家の更なる発展と二人の未来を願おう」
「失礼致します」
「また後ほど」
三人は立ち上がり、部屋から出て行った。なんとも微妙な空気だが、色々な確執があるのは仕方ない。ひとまず午前の予定を終え、俺達は肩の力を抜くのだった。
■□■□
それから俺達は簡単に昼食を取り、式典の準備のために衣装直しをした。その時に会ったセレナにもう一度精霊術をかけてもらい、控室を兼ねた最初の部屋に戻って来た時には、開式まで十分を切っていた。
「あとちょっとか……挨拶噛んだらヤバいな……えっと、一礼してから一歩進んで、それから読み始めるんだよな……? 大丈夫かな……」
俺は緊張というより不安で立ったり座ったりしていた。台本を何度も読み直しては本番をイメージする。
「……リオ、気が散るから座ってて」
「わ、悪い」
するとイレアに怒られてしまった。対する彼女は目を閉じて穏やかに深呼吸をしている。
「大丈夫だよ、リオ」
「え? あ、ああ。緊張はしてないけどさ」
「ううん、そうじゃなくて。挨拶が他の人が書いた台本だなんてみんな知ってるよ。そういうものだから。今日は私達自身を見てもらう場なんだからさ、いつも通りのリオなら大丈夫だよ」
「そういうもんか」
緊張していないイレアはなんとも頼もしい達観ぶりだ。しかし台本くらい見直さなくていいのだろうか?
「イレア、台本は?」
「昨日頑張って覚えた。今頭の中で読んでるの」
「マジか」
そういえば暗記科目は得意だったな。昨日渡されたばっかなのによく覚えられるものだ。
すると、部屋をノックする音と共にメイドの声がした。いよいよだ。
広間には椅子が並べられ、巫女家の面々が列を成している。俺達はそれと向かい合うように、司会と反対側の席で前に座っている。俺達は見られているんだな、と改めて実感した。
「それでは、ウンディーノ家当主、リギスティア・ラバック・ウンディーノ様よりご挨拶を頂きます」
式は滞りなく進む。宰司の進行によって各家の当主やそれに次ぐ人々が挨拶と祝辞を述べる。
「――様、ありがとうございました。それではウンディーノ家次期当主、イレアーダス・ウンディーノ様から皆様へご挨拶申し上げます」
長く感じた数々の祝辞も終わり、イレアの挨拶の時が来た。その次が俺だと思うと、手が汗で滲む。壇上のイレアはそんな俺を見て、少し微笑んだ。そしてスッと正面を向く。次の瞬間……そこに立っていたのは、正に巫女家の次期当主だった。
「皆様、本日は私達のためにお越し頂き、改めて御礼申し上げます――」
始めの挨拶、そして深い一礼。優雅な所作は退屈そうな参加者の目も引き付けた。淀みなく時候の挨拶、次期当主としての心構え、そして自分が担うこの国の未来へと向けた展望を語る。完璧なスピーチはそろそろ終わりかと思われ、拍手を構える気の早い者もいた。
「――最後に、私から皆様へお願い申し上げます」
しかし、空気が少し変わった。言葉尻から感じる違和感。リギスティアさんも宰司さんも表情を変えないが、なんとなく台本には無かったのだろうと直感する。
「今この国は、そして世界は、大きな転換を迎えようとしています」
会場が静かにざわつく。今までの当たり障りのない挨拶から一変して、自分の言葉で何かを伝えようとしていると誰もが理解した。
「それがどこに向かうのかは、私だけでは判断できません。ですが私が願うのは一つ、平和です」
学長の背後……ノーミオ家の列が小さくどよめいた。戦争を推進する彼等からしたら承服しかねる言葉だ。
「これから先、私達の世代が平和に暮らせるように。そして遠い未来、私達の子孫までもが平和に過ごせるように。私は、そのために戦います」
平和のために戦うという一見矛盾した言葉は、国の現状を見れば最適とも言える。だが「戦う」というのは他国に限らないのだろう。これは最早、ノーミオ家への宣戦布告ともとれる。
「ですので、皆様にお願いします。若輩者の私達を導いて下さるよう、皆様の力をお貸し下さい。この国と、新しい世代の未来のために」
ご清聴ありがとうございました、と言ってから最後に深く一礼し、イレアは壇上から降りた。やや間をおいて、拍手が湧き起こる。しかしそれはざわめきを孕んだものだった。
「――ありがとうございました。それでは最後に、ウンディーノ家次期巫女、ミヅカ・リオ様。お願いします」
会場を収めるように宰司さんが進行をし、俺に目で合図をする。いつも通りの鋭い視線は「失敗するなよ」とも「この場を頼む」とも見て取れた。
俺は立ち上がる。場内の注目を一手に受け、壇へと踏み出した。




