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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
一章 精霊術士の学園
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第6話 新米教師の悩み

 演習の授業の終了間際に戻った俺とイレアは、ケルヤ先生の計らいで出席扱いとなった。トーヤに聞いたが、邪霊(イビル)が倒されたのを確認した後、授業は少し遅れてちゃんと開始したようだ。生徒も慣れているらしい。地震みたいなものか。

 クラスメイトには俺とイレアが邪霊を倒したことは伝わっていないようだが、トーヤは何となく察している様子だった。




 放課後。高等部の玄関に仁王立ちの少女がいた。ふくれっ面の少女――ヒナは誰かを待っているようだった。……いや、今になって俺は思い出した。今日の昼に会おうと約束していた事を。


「お兄ぃ、お昼来なかった!」

「ごめん、実はかくかくしかじかで……」


 昼に邪霊が現れ、イレアと倒したことを寮へ歩きながら話したが、


「そんなの倒してからすぐ来ればよかったじゃん」

「無茶言うな、素手だったんだぞ? 演習授業の後で疲れてたし」

「ふーん、まあ武器無かったならしょーがないかあ。硬いもんね」


 我が妹は手厳しいが、それだけ信頼してくれているということだ。


「それで、その巫女家の人とは仲良くなれたの?」

「まあ、まだ分からないけど貸しはできた。これからだな」


 ヒナは母さんの使命について話せる数少ない相手だ。当然俺と同じく、その思惑は知らない。


「ならわたしが手伝わなくてもいっか。お兄ぃが女の子と話せるか心配だったけどさ」

「そこまで人見知りじゃあ……いや、うん、確かに……」


 俺と違い、ヒナはコミュ力の塊だ。俺と彼女の仲を取り持つことも考えていたらしい。学年も違うのにどうやってかは知らないが、ヒナならできるんだろう。


「それと、邪霊の事は知ってるか? ここ数年で増えてるみたいだ」

「わたしも友達に聞いたよ。それで、生徒に力をつけるために精霊術の授業が増えたんだって」

「その程度の認識はあるのか。実はな――」

「――生徒が邪霊を? 軍の学校みたいだね」

「まだ未発表らしいから人には言うなよ。強制ではないけど、生徒で討伐隊を作るって」


 今日学長に聞いた話をヒナに伝えた。ヒナの感想も俺と同じようだ。


「でもさ、なんで生徒中心なんだろうね。先生達とかはやんないの?」

「生徒の訓練が目的だからだろ。俺達の国だって高校の人達がたまに駆り出されてたし。それに、そもそも俺達くらい若い方が精霊術は基本的に強いしさ」

「お母さんみたいな人もいるじゃん」

「母さんは例外だよ。鍛えてるから」


 精霊術の源は体内の生命力。成長期と共にピークを迎え、その後は年齢と共に衰えるのが普通だ。体力や筋力と同じく、維持するには当然それなり以上の努力と才能が必要とされる。故に、公国でも極東でも教育機関が重要な立ち位置にあるのだろう。


「そんくらいわたしも知ってるよ。そうじゃなくて、この国って極東(あっち)より精霊術士の数が多いんでしょ? ならお母さん程じゃなくても強い人は多いんじゃないの?」

「いや、確かに俺もそう思ったよ。でもこの国は極東より平和だからな。普通に暮らす分には強さが必要ないんだと思う。極東と違って国境にでっかい壁があるからさ」

「んー……まあそっか。要するに単に人手不足ってことね。あんまり実感無いけど」


 ヒナの言う通り、精霊術士不足と聞いても俺も実感は湧かない。母さんを始め極東の時の教師、遠征軍の人や学園の教員と、周りの大人が殆ど例外だからかな。それに、結局のところは経験を積んで力を維持した一部の大人の方が俺達よりは遥かに強い。そういった理由で、子供が頭数として扱われるのが不思議に感じるのだろう。

 しかしいざ自分達が駆り出されるとなれば特に抵抗感は無い。心配があるとすれば、俺自身というよりヒナの方だ。


「で、討伐隊の話、ヒナはどうする? ……できれば参加しないで欲しいんだけど」

「わたしもやるよ。お兄ぃだけに任せてらんないもん」


 返答は予想通りだった。聞く前から分かってはいたが、俺には妹を止めることはできなさそうだ。


「やっぱそう言うよな。でも危険な事があればすぐに止める。約束だぞ?」

「うん。じゃあわたしは止められないように頑張る!」


 イマイチ心配が伝わってない気がするが、今言っても仕方ないだろう。明日こそお昼ご飯は一緒だからね! と念を押され、俺とヒナはそれぞれの部屋へ向かった。



■□■□



「ただいまー……って、ティフォ先輩いないのか。やっぱり部屋追い出されるんじゃないのあの人?」


 授業は彼も終わってるはずだが部屋には誰もいなかった。独り言を言いつつ、昨日からの出来事を振り返る。一日がとんでもなく長く感じるな。

 イレアとはまだ親しいとは言えない。何せ今日初めて言葉を交わしたのだ。そこへ来た、彼女も参加するであろう討伐隊の話は乗る他ないチャンスである。ここまですんなり行くと何か謀略めいたものを感じるが、流石に気のせいだろう。これは元々あった話のようだし。


「それより、ヒナを戦わせたくないなあ……」


 心配なのは可愛い妹の方だ。要領も良く何でも卒なくこなすヒナだが、精霊術、こと戦いに関しては平凡である。母さんの手紙でもヒナを守るように言われていたのだが、討伐隊について来るのを止められる気がしない。


「まあ、俺が守ればいいだけの話だ」


 そう自分を納得させて、少し早いが夕食の準備でもしようかと思った時。部屋の扉が勢いよく開かれた。


「たぁだいまあ~! リオ君、飯行くぞ飯ー!」

「おかえりなさ……うわ、酒臭っ、先輩、飲んでるんですか!?」


 赤ら顔のティフォ先輩が帰ってきた。この人、酒飲んで良い年なのか? 確か公国の法律って……


「うん~? ちょっとだけねー。あ、年齢大丈夫なのかって今思ったでしょ? エレメント公国( こっち )じゃあ十八歳から飲んでいいんだよー」

「十八って、先輩まだ二年生ですよね?」

「そう! 実は俺、留年してるの!」


 なるほど、問題児の意味が分かった。この先輩……いや、こいつは相当な駄目人間だ。


「ほーら、さっさと行くぞー」

「分かりましたから、引っ張らないでください!」


 ティフォ先輩改め駄目人間に連れられ、俺は学園の外へ赴くのであった。



■□■□



 公立精霊学園はエレメント公国の東端にあるが、正門から一歩出れば、そこは城下町まで続く大通りである。学園からその大通りを西に進むと、雑多な雰囲気の歓楽街が一角を成している。その中の店の一つ、小さなレストランにティフォ先輩は躊躇なく入っていった。


「いらっしゃい。ちょっとばかし喧しいが気にせんでくれ」

「いーのいーの、おっちゃんの店いつも静かだし」


 店主だろうか、俺達を迎えた初老の男性は先輩と気さくな間柄らしい。彼の言う通り、奥のカウンターから女性の声が聞こえる。


「それじゃ、リオ君の入学……編入? まあいいや、お祝いに先輩が奢ろうじゃないか」


 カウンター席に座った先輩はメニューを俺に差し出した。迷ったが、お勧めのパエリアを頼んだ。


「はい、かんぱーい。リオ君のはジュースだからね」

「ありがとうございます。乾杯」


 互いにグラスを傾けて音を鳴らした。先輩の酔いは歩いて来るうちに醒めたようだが、また飲むらしい。


「――もう、新任早々に邪霊は出るし、クラスの子に任せっきりだし、奢るって言ったのに休み時間終わって恥かくし、あーもー、どうせ私は教師なんて向いてないですよー!」


 楽しそうに飲む先輩を横目に運ばれてきたパエリアを食べていると、奥の女性が大声で何か言いだした。しかし内容に覚えがある。というかこの声は。


「しかも、なんにもしなかったくせにちょっと説教垂れちゃったし、もーやだー!」

「……先生、声が大きいですよ」

「ふえっ、あっ、すいません、騒いじゃって……え?」


 堪らず声をかけてしまった。カウンターの奥にいたのは、ヒナより幼い――もとい、幼く見えるソージア先生だった。真っ赤な顔で振り向き、謝った後すぐにポカンとした顔になる。かなり酔っているらしい。


「あの……なんかその、すいません。俺は気にしてないですから」

「…………もうやだ」


 呆気にとられた顔はすぐに絶望の表情になり、最後には泣きそうになっていた。忙しい人だな、と他人事のように思ったのは秘密だ。すると何事かとティフォ先輩が覗きに来た。


「あ、ホムラちゃん先輩じゃん。久しぶり~」

「ティフォ・ベント……! リオ君を連れてきたのはやっぱりあなたですか……」


 気安く話しかける先輩とは対照に、ソージア先生は顔を顰めた。どうやら二人は知り合いらしい。


「荒れてるねーホムラちゃん。どしたん? 話聞こっか?」

「余計なお世話です。それとリオ君、今日見たことは忘れるように。教師命令です」

「そんな無茶な」


 ティフォ先輩をあしらい、精一杯真面目な顔といった表情で俺に命令するソージア先生。残念ながら赤い顔のせいで台無しだ。


「はあ……ここならお客さんいないし、誰も来ないと思ってたのに。先生だって、愚痴の一つも言いたいんですよ。よりにもよって編入したてのリオ君に聞かれるなんて……」

「ごめんごめん、この時間は穴場だから最近気に入ってんだよね~」

「あなた達のせいで穴場じゃなくなっちゃったじゃないですか……!」


 小さな背中には哀愁が漂っていた。先生のこんな姿は誰にも言えないな。


「とりあえず、俺達はお先に失礼します。先生もお気を付けて」

「絶対! 絶対秘密だからね! 喋ったら退学だから!」


 そんな無茶な、と再び思ったが人に話すつもりは無い。俺はまだお代わりを頼もうとしていた先輩を引き連れ、寮に帰るのだった。

 翌日、ソージア先生と会った時この上なく気まずかったのは言うまでもない。



■□■□



 そして、一週間が過ぎた。朝はティフォ先輩と朝食をとってそれぞれ授業へ行く。相変わらず座学は簡単だったが、歴史の授業は知らない事も多く興味深かった。週に三回ほどの演習授業では毎回イレアとペアであり、彼女と話ができたのは大きな収穫だ。


 昼はあれからトーヤとヒナの三人で食べるている。一度イレアを誘ってみたが、断固として断られた。やはり他の生徒とはまだ壁があるようだ。俺と話せるのが不思議だが、自分の立場を知っても委縮せず、精霊術も互角である俺には親近感があるとイレアは言っていた。もしかしたら同じ人見知りで波長が合ったのかもしれない。


 放課後はやる事も少ないので足りない生活用品をヒナと買いに行ったり、図書館で歴史の本を読んでみたり、最近は怠っていた日々のトレーニングを再開したり、といった具合だ。休日にはトーヤに学園の外を少し案内してもらった。


 そんな生活に慣れてきたある日の夕方の事である。寮の自室で掃除をしていると、扉をノックする音が聞こえた。


「リオ、いる?」

「イレア? 今開けるよ」


 部屋の外にはイレアと、何故かヒナも一緒にいた。


「急にごめん。ちょっと話があるの」

「話? ていうかなんでヒナも?」

「はいはい、とりあえず上がるよ。お邪魔しまーす」


 遠慮なく部屋に入るヒナ。申し訳なさそうにイレアも続くが、状況がよくわからない。この二人に面識は無いはずだ。普段ティフォ先輩の帰りが遅い分広い部屋は、三人も入ると手狭に感じる。


「えっと、用事ってのは?」

「うん、今日中には言っておきたかったから来たんだ。さっき書面で知った話なんだけど……」


 放課後、イレアは当主――ウンディーノ家の巫女である祖母から、邪霊討伐隊の件を正式に通達されたらしい。曰く、学長は明日生徒達にこの事を発表するつもりで、既にイレアが討伐隊に入ることは決定しているという。生徒は三人から五人で一つの班を組み、彼女は第一班のその最初の一人に代表として選ばれた。イレアの承諾なしに話は進んでいるようだが、巫女家の直系として当然と彼女は受け取っているそうだ。


「それで、リオにお願いがあるの。私と同じ班に入って、討伐隊に参加してください」


 話を一通り終えたイレアは頭を下げ、予想通りの頼みをしてきた。隣に座ったヒナもこちらを見ている。


「分かった。引き受けるよ。どのみち学長にも頼まれるだろうしな」

「本当? ありがとう、リオ。このお礼は必ず」

「気にしないでって。元々参加するつもりだったし」


 彼女と行動を共にできるのは俺としては願ったり叶ったりである。俺の目的は 大精霊(エレメント)との対話。イレアと良い関係を築ければいずれチャンスがあるかもしれない。だが今はそれよりも気になることがある。


「で、ヒナがここにいるのは?」

「わたしがイレアちゃんに呼ばれたの」

「……うちの妹がごめん」

「ううん、大丈夫。最初ミヅカさんの部屋って寮母さんに聞いたら、ヒナさんの所だったの」


 なるほど、勘違いした寮母がヒナの部屋を教えたらしい。それにしても相手が誰であれヒナは通常運転のようだ。初対面の先輩、それもウンディーノ家の彼女をちゃん付けである。


「お兄ぃ、わたしも討伐隊ついてく!」

「駄目って言っても聞かないんだろ?」

「その、私からもお願いしていい? 班にヒナさんも入って欲しいの。知らない人よりはいいかなって」


 意外にもイレアが賛成だった。しかし、止められない以上はヒナが別の班で行動するより同じ班にいてくれた方が安全だろう。


「分かった。イレアがそれで良いならそうしよう。ヒナ、危ない事はさせないからな?」

「お兄ぃは過保護だなあ。分かったよ。イレアちゃん、よろしくね」

「うん、よろしくヒナさん」


 結果的にヒナの助けを借りることになりそうだが、イレアとの関係を強固にできそうである。こうして邪霊討伐隊第一班は結成された。




 その後、深夜になってようやく帰って来たティフォ先輩はまた酔っぱらっていた。そろそろ寮母さんに密告してやろうか、と先輩に絡まれながら俺は思ったのであった。

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