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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
五章 権謀術数の水際で
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第55話 開花

 公国の北東にかつてあった町。そこには花屋を営む一家が住んでいた。若い父と母、そして三歳になる一人娘。町でも評判の店と仲の良い家族だった。


 十七年前。エレメント公国とドラヴィド国の小競り合いは、互いに町一つを失う程の戦争にまで発展した。貿易の拗れが発端だろうと言われているが、今となっては原因すら定かではない。戦争が終結したのは、公国領内に攻め込んだドラヴィド軍の部隊が戦火によって自滅したからだと言われている。




「逃げて。お願い」


 騒々しい朝だった。見た事も無いような面持ちで母はそう言って、玄関裏から私を一人で逃がした。呆然とする私は、家の玄関の方から人が入って来るのを聞いた。ガチャガチャと何かが鳴る音と、響く怒号。その直後に聞こえた父と母の悲鳴。怖かった。訳が分からなかった。


「助けて、ママ……パパ……!」


 混乱した私は一心不乱に走り、逃げた。誰かに助けを求めて。あの場に留まってはいけないと悟ったのだ。そして不意に飛び出した曲道で、


「あっ、ご、ごめんなさ――」


 知らない大人の足にぶつかって、転んでしまった。そうだ、ママとパパの事を……


「っと、んだよガキか。おい、捕まえとけ」

「あ? ガキは嫌いなんだよ。面倒だし殺すわ」


 だが、その一瞬で助けを求めていい相手ではないと分かった。その時見上げた相手の顔も覚えていない。でも、感じた恐怖は今でも鮮明に思い出せる。


「……ゃ、いや――」


 迫る大きな手。幼い子供には耐えられない恐怖。


 それは、秘めた力の引き金を引いた。




 燃える。町が燃える。住宅街、見知った商店、よく行ったレストラン、家族と遊んだ公園。全てが赤く染まり、黒く崩れる。火は遍くを覆い、薙ぎ倒し、壊していった。


「――おい、まだ人が残ってるぞ!」

「子供だ! 落ちた屋根の下敷きになってる!」


 大人達の大きな声で私は目を覚ました。のしかかる瓦礫の下からなんとか助けられ、辺りの惨状を知ることになる。そして最初に思い浮かんだのは両親だった。


「ねえ、ママは? パパは? どこ? ママ、どこ?」

「君は……ソージアの花屋のところの娘さんか」

「ママとパパは? ねえ! どこ!?」


 必死に問うた私に、大人は俯きながら濁して言った。


「……君のお父さんとお母さんは、今探してるんだ。一緒に待とう」


 幼いながらも、その言葉で私は両親がいない事を知った。大人の制止を振り切って一目散に駆け出し、様変わりした街並みの中から自分の家を探す。全身の痛みなど気にしてもいられなかった。


「ママ! パパ!」


 泣きながら走る。泣いて、走って、立ち止まって、また走って。


「……マ、マ?」


 辿り着いたのは、無残にも崩れ落ちた燃え盛る家だった。花屋になっている一階の店先には、黒く焦げた花弁が散り、二階の壁には大きな穴が開いてそこから赤い炎が立ち昇っている。


「ママ? どこ、パパ? ママー! パパーー!!」


 大声で叫ぶも、返事は無い。


「ママぁー!! パパぁーー!!! ぅわああああああぁぁぁん!!!!」


 炎に包まれて灰と化す花々の前で、私は泣き崩れる事しかできなかった。



■□■□



「――我が力は生命の源。生きる意思の元に再び希望を取り戻さん。神無き世界に人の糧を、死から逃れる生者の道を、この手によって(もたら)さん。精霊(スピリット)よ――彼の者の傷を癒せ。クラール・ヘリーダ」


 熱が冷める。温かい。体の感覚が蘇る。痛みが治まり、ようやく地面に倒れていた事に気付いた。


「貴方の負けです」

「そう、ですか」


 俺の顔を覗き込むようにソージア先生が言った。最後の最後まではけっこう良かったと思ったんだけどな。


「最初から勝たせてあげるつもりはありませんでしたよ。でも、合格です」

「……ありがとうございます」


 合格か。良かった。力無く礼を言うと、駆け寄る足音が聞こえる。イレアだろう。水を持ってきてくれたみたいだ。


「リオ、大丈夫!?」

「うん。先生が治してくれたから大丈夫。ですよね?」

「ええ、完璧に治したわ。火傷を治すのは一番得意だから」


 グラスを受け取り、少しずつ喉を潤す。しかしまあ、完全に負けたというのに傷まで治されたのだ。接戦でもなんでもない、完敗だな。俺は頭に浮かんだ純粋な疑問を口にした。


「先生。先生はなんでそんなに強いんですか?」

「守るべきものがあるからよ。それが私の使命だから」


 一瞬の迷いも無い即答だった。守るべきもの、か。それはイレアやウンディーノ家、今となっては俺も含まれているのだろう。そしてもう一つ聞きたい事があった。


「なんで先生の精霊術は花の名前なんですか?」

「そうね……」


 先生は目を閉じ、同時にイレアが困ったような表情になる。


「花は――私にとって、火の象徴だからよ」


 なんでもない事のように淡々と言ったその意味を、俺は聞く事ができなかった。



■□■□



「――それから、先生はウンディーノ家で保護されたの。婿入りだった私のお父さんは、元々その町の領主の息子でね。身寄りが無くなった先生は精霊術の素質を見出されて、私の護衛として育てられたんだって。ご両親の遺体は後になって瓦礫の中から見つかったそうよ」


 学園の方へ向かう帰り道。霊動車に乗った俺はイレアからソージア先生の過去を聞かされた。仕事があると言って本邸に残った本人はこの場にいない。


「……そんな話、俺が聞いてよかったのか?」

「うん、私の方から話して欲しいって。私が聞いたのも最近だったんだけどね」


 高等部に上がった頃かな、とイレアは思い出すように言った。ソージア先生が戦争の孤児というのは聞いていたが、それが「火の象徴」と言ったあの言葉に繋がっていたとは。しかも、話を聞く限りでは……


「その、町が燃えたのって」

「うん。暴走した先生の精霊術が原因だって言われてる。そのせいで被害が広がったのも、敵の軍隊を退けられたのも事実。でも……ううん、だから先生は、その力を守るために使いたいって言ってるの」


 自分の親をも殺してしまったかもしれない力。戦争を止めたほどの力。それに恐れず、人を守るために使おうと思える心の強さこそが先生の本当の強さなのだろう。即ち、覚悟だ。


「この事は秘密にして。先生の立場を守るためにもね。その時の炎はドラヴィド軍が放ったって事になってるから」

「もちろんだよ。でも、じゃあなんで俺に話したのか……いや、そうだな」


 少し考えて思い至る。イレアを任せると言った先生は、その覚悟を俺にも持って欲しかったのだ。彼女は言った。自分が強いのは、守るべきものがあるからと。


「イレア。俺はイレアを守るよ」

「へっ?」


 急に改まって真剣な事を言ったからか、素っ頓狂な声をあげるイレア。俺は続ける。


「先生が強いのは、イレアとかウンディーノ家、俺達を守ろうとしてるからなんだ。先生ほどの覚悟はまだ持てないかもしてないけど……でも、決意する事は大事かなって」

「守られるだけなのは嫌って言ったよね?」

「ああ。だからさ、イレアも俺を守って欲しい」


 今度は驚いたような顔をしたイレアに続けて言う。


「守り合うってのはちょっと変だけどさ。戦争を止めたいとかぼんやりした目標だけじゃなくて、目の前の人を守るんだ。そうすれば強くなれる……気がする。気持ちだけの問題じゃないとは思うけどさ」

「うん……そうだよね。私だってホムラ先生にずっと守られてるだけじゃダメって思ってる。そっか、私も強くなったら先生を守れるのかな」


 自分で言ってて疑問形だったが、イレアも分かってくれたようだ。俺達は守られるだけの子供であってはならない。戦争を止めるとか国を守る前に人を守れるようになりなさい、と先生は伝えたかったのだろう。深読みのし過ぎではないはずだ。


「今度さ、トレーニングに付き合ってくれよ」

「もちろん。ヒナちゃんも呼ばないとね」


 決意を新たに、俺達はウンディーノ家を後にしたのだった。



■□■□



「さて、時間ですね。始めましょう」

「ああ、さっさと終わらせるぞ」

「まあまあそう焦らず。皆さん今日は時間があると仰っていたではありませんか」


 週が明けた日。ウンディーノ家、ノーミオ家、そしてシルフィオ家の当主三人は、以前と同じ議事堂の個室に集まっていた。しかしその様子は三者三様である。


「まずは各自の経営報告をお願いします。リギスティア様からどうぞ」

「ええ。資料にもありますが、先日お伝えした通り、公共施設の利用者数がここ一か月で増加しており――」

「――いや、なら新設しなくとも人員の増加だけで事足りる。それよりも――」

「――そちらの件は当家で受け持ちます。来年以降の事を考えると、今のうちに廃止するか決定して――」

「――市民の代表会からこのような意見を頂いていますが、以前の内容と重複している点が――」

「――中央部で治安が悪化した地域の自警団から人員補助の要請を受け取った。だが監視の人員も――」

「――商工会との折衝が続いていますが、輸出品の調整をこちらで行って――」


 会議は淀みなく進んでいく。各々に目論みや疑念はあれど、彼女らの一番の役割は行政である。いざこざを一旦抜きにして真剣に話し合うこと三時間。議題に区切りが付き、ようやく本題に入れるとばかりに目配せが始まった。


「……ったく、何かあるんだろ、リジー?」


 テキパキと進んだ会議とは打って変わった長い沈黙を破り、最初に口を開いたのはヴィオテラだった。こういう時は彼女がいつもこの役割である。


「あら、では宜しいかしら?」

「ええ、どうぞ。()いご報告を期待しても?」


 白々しくティターニアは微笑み、リギスティアが頷く。


「我が孫娘、イレアーダス・ウンディーノの婚約者が決定致しました。国内への発表の前に皆さんにご報告いたします」

「ほう? あのイレアーダスに? もうそんな時期か」

「ええ。次代の巫女候補を決めなくてはなりませんでしたから」

「だがアイツに巫女の力は無いのだろう? 曾孫を待てるほど長生きできんのか?」

「いえ。そちらも既に決定していますよ」


 自分の予想に反した返答に訝し気になるヴィオテラ。既に巫女候補がいるというのだ。


「婚約者の名は、ミヅカ・リオ。皆さんもご存じの学園の生徒です」

「――ふぅん」


 顔には出さずとも、ヴィオテラの内心では納得と疑問があった。シオンの坊主がウンディーノ家に入ったのは以前知った。それ自体は腹立たしいが、交友のあった同い年の令嬢と婚約を結ぶのは不自然ではない。しかし。


「それで、巫女候補ってのは?」

「それがリオさんです。彼には巫女の力があるのですよ」


 口許がピクリと動く。可能性の一つとして予想はしていたが、納得はできない答えだった。確かにあの坊主の父親はウンディーノ家の者だ。男の巫女も極めて珍しいというだけで前例が全く無い訳ではない。だが、都合が良すぎではないだろうか? 跡取りのいない巫女家の前に現れた、巫女の力を持つ少年。それも極東で育った半分身内の。最初から予定されていた? いや、それは有り得ない。つい一年前にはそんな気配は微塵も無かったのだ。


「――そうか。祝辞を後で寄越そう」


 長い思考を終え、ヴィオテラは引き下がった。既に自分の与り知らぬ所で手が回っていたのだろう。シオンがこれを知っているのか、予期していたのかも分からない。兎も角、今の自分が関与できる事ではない。


「私からは以上です。学園の方の諸々の手続きはすぐに行います」

「ああ、勝手にやっておけ。確認だけしておこう」


 その返答に満足し、リギスティアは報告を終えた。次は貴女の番とティターニアに視線を向ける。


「私からもよろしいでしょうか?」


 形としては喜ばしい婚約の報告とは違い、剣呑な雰囲気だ。それを向けられたヴィオテラには大方の予想はついている。


「先日、極東軍の幹部ミヅカ・シオンが公国の領地近くに突如として現れたと報告を頂いています。発見者によると、『縮地』と呼ばれる瞬間移動の精霊術を使ったとか。この事について何かご存じで?」

「ほう、そんなものがあるのか。流石、極東の精霊術の研究は進んでいるな」

「ヴィオテラ様はご存じなかったのでして?」

「ああ。そんなものがあれば国家間のバランスさえ崩れてしまうからなあ。この真偽の如何はシオン殿に聞いてみないとな」


 あくまで白を切るヴィオテラ。確かに、極東から公国まで一瞬で移動したという明確な証拠は無いのだ。個人の自由な移動が可能なら問題だとされるこの場では、まだ追求はできない。ティターニアは唇を噛んだ。


「それにだ。友好国の高官殿と密に連絡が取れるのであれば、この国にとって利益ではないのか?」

「ええ。これからも確実に友好国であれば、ですがね」


 そして、ヴィオテラがこのスタンスを崩さない限りは強く糾弾できない。極東の干渉を是とするか、侵略とみなすか。対立の根本である。


「話は終わりか? 私は帰らせてもらうぞ」


 そう言ってヴィオテラは席を立った。と、同時に人の駆け足とドアをノックする音。以前リオがこの場に現れたのを思い出し、リギスティアとティターニアは顔を見合わせる。しかしあの時のようにヴィオテラは声を荒げなかった。


「どうした、入れ」

「し、失礼します!」


 部屋に入って来たのは、シルフィオ家の使用人だった。慌てた様子で彼は早口に言う。


「先程、学園の敷地内に邪霊(イビル)が出現したとの報告を受けました! それも何体も同時にです! いかがなさいますか!?」

「こんな時に……!」

「すぐに向かいましょう。まだ間に合うはずです」


 そう言った二人は、違和感に気付く。ヴィオテラがやけに落ち着いているのだ。


「大丈夫だ。学園の避難マニュアルは完成している。彼等を信用して任せようじゃないか」

「で、ですが……!」

「用件はそれだけだな。では失礼する」


 使用人を押しのけ、ヴィオテラは部屋を出て行った。


「リギスティア様、どう致しましょうか」

「私は学園に向かいます。ニアはここに残るかシルフィオ家の本邸に行きなさい。学園以外の場所で何かあった時には任せます」

「……誰かの作為だと思われるのですか? まだ何か起こると」

「念のためです。お願いします」


 シルフィオ家には情報網を駆使した機動力の高さがある。彼女自身が動くのは最後だ。そう考え、リギスティアは会議室を出て学園へ向かった。何かを知っているようなヴィオテラ、巫女三人が学園の近くから離れるこのタイミング、学園に在籍する極東からの留学生。杞憂であれば、と心から願うのだった。



■□■□



 遡ること少し前。昼休みを迎えた学園は騒然としていた。


「リオ、聞いた? 演習棟の裏手で邪霊が出たんだよ」

「だからこんな騒ぎになってるのか……大丈夫なのか?」

「うん。先生達が今対処してるって」


 俺達は今、中央棟一階の食堂にいる。周囲の生徒達も状況を知ったようだが、パニックという程の騒ぎにはなっていない。中には「授業中だったら潰れたのにな」なんて呑気に言っている人もいるくらいだ。この分なら午後の授業も普段通りに行われるだろう。


「それならいいけど、ちょっと気になるな。久しぶりに出たのが今日ってのもさ」

「そうね……今日は当主会議でヴィオテラ学長もいないし。それにジングウさんも朝からいないみたいだし」

「関係無いとは思いたいけどな」


 ミスズが朝から俺に絡んではイレアが睨み、クラスメイトがざわつくといういつもの光景は今朝は見られなかった。そんな話をしながら昼食をとっていると、放送のチャイムが鳴る。


『――生徒の皆さんに連絡です。演習棟付近に発生した邪霊は、無事対処されました。教員の皆さんは、三限目の開始時に生徒の点呼を行って下さい。また、時間調整のため昼休みを十分延長して三限目を短縮し、以降は時間割通りとします。演習棟を利用する方は、お手数ですがもう一度事務室への連絡をお願いします。繰り返し生徒の皆さんに連絡です――』


「あ、ヒナちゃんの声だ」

「昼休み延びるんだってな。でもかなり対応早かったな」


 今日ここにいないヒナはちょうど当番の日で委員の仕事をしているようだ。放送を聞いて騒ぎは少し収まり、一部の生徒はガッカリもしている。まあ、邪霊が出たって言ってもこんなもんだよな。そう思った瞬間――


『演習棟を利用する方は――きゃあっ!!』


「ヒナっ!?」


 何かが割れる音、短い悲鳴。同時に、キィィインというハウリング。放送が途切れた。何があったんだ!?


『――――緊急連絡です! 今、中央棟上空に――!』


 ドドドドドドドドドッッッ!!!!!


 再開した放送を遮って地鳴りのような轟音が建物を揺らす。広い食堂に悲鳴がこだまする。俄かに嵐に巻き込まれたかの如く、喧噪が巻き起こる。


『――邪霊の大群が出現しました! 皆さん避難を――――!!』




 ヒナが危ない。放送室は中央棟の三階の端だ。俺とイレアは人混みを逆流し、急いで階段を上った。


「イレア、ソージア先生はどこに!?」

「分かんない! もしかしたら演習棟の邪霊の方に行ってるかも!」

「マジかよ……!」


 中央棟と演習棟は建物こそ隣にあるものの、邪霊が発生した裏手と放送室は場所が真逆だ。もし邪霊の対処に向かっている先生が多かったら、俺達がなんとかするしかない。


「放送室は……向こうか!」

「リオ、部屋には私が先に入るから。武器(マテリアル)の準備をしてて!」


 三階に到着した俺は言われるよりも早く、一瞬立ち止まって廊下の窓ガラスに手をかけた。緊急事態だ。使わせてもらおう。


「――マテリアル・オーダー!」


 黒く染まった板状のガラスは俺の手元に集まり、漆黒の球体になる。先に走っていったイレアを追いかけ、放送室へと入ろうとした時、


 ドゴゴゴオオォォォ!!!!


「っ! イレア!」


 爆風と共に、放送室の壁が吹き飛んだ。廊下には風と共に物がまき散らされ、風圧に耐えかねた窓を悉く割っていく。


「リオ! 早く!」

「ヒナは無事か!?」


 中から聞こえたイレアの声の元に俺は飛び込む。強すぎる風で前が見えない。だが、冷気と微かな精霊術の気配で居場所を探る。


「イレア! ヒナ!」

「リオ、こっち!」


 イレアは氷の盾をドーム状に展開し、その中でヒナを抱えていた。目を閉じてだらりと手足を垂らした姿に俺は一瞬言葉を失う。膝からは血も流れている。


「気を失ってるだけみたい。怪我は足だけだと思う」

「そ、そうか。大丈夫なのか?」

「うん。でも守りながらだと厳しいわ。一回撤退しよう」


 イレアはちらりと邪霊の方向に目を向ける。暴風の中、透明な氷越しに見えた姿は鳥のようだった。人の大きさ程もある何体もの鋼鉄の鳥が、崩れた壁の向こうで空中に浮いている。


「大群ってのはあれか? その割には少ない……他の所にも行ってるのか?」

「そうかもしれない。逃げよう」


 頷き合い、俺はヒナを背負った。


「カウントがゼロで盾を解除するよ……三、二、一」

精霊(スピリット)よ――」


 邪霊を気にしつつも、背を向けて走る準備をする。まずは全力で逃げる。戦うのはそれからだ。


「ゼロ!」

「『加速』っ!」


 俺達は廊下へ飛び出し、


「走れ!!」


 元来た道を一目散に逃げ出した。



■□■□



「この声は……ヒナさん?」


 ヒナが邪霊の出現を知らせた時。ソージアは演習棟の裏で邪霊の残骸を前に、悲鳴の放送を聞いた。その直後、中央棟から轟音が響き始める。


「皆さん、後は僕に任せて行って下さい。何かあればすぐ連絡します」

「分かりました。お願いします」


 邪霊の対処に同行していたケルヤ先生の提案を即座に受け入れ、ソージアは中央棟へ走った。他の教師もそれを見て続く。残ったケルヤは足元の残骸を見て溜息を吐いた。


「学長の言った通り、今日邪霊が現れた……まったく。訓練か何かのつもりなんでしょうけど」


 彼は学長の方針に反対はしていない。家の繋がりやかつて師事した事もあるが、彼女の性格自体を理解していたからだ。しかし、時と場合というものはある。


「何も、校舎をここまで犠牲にしなくても……」


 やや視点のズレた彼のぼやきは、邪霊の巻き起こす暴風に掻き消された。

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