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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
五章 権謀術数の水際で
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第53話 留学生

「皆さん、今日は新しいクラスメイトを紹介します。しばらくの間ですが、仲良くして下さいね」


 丸一日以上忘れていたそれは、朝の最初の授業の前にやってきた。やや小柄なショートカットの少女が黒板の前に立つ。


「ジングウ・ミスズです。極東から来ました! よろしくお願いします!」


 ミスズと元気よく名乗った彼女は、暖かい拍手でクラスメイトから迎えられたのだった。




「じゃあリオ、彼女の案内を頼んでもいい? 同郷のよしみだからさ、仲良くしてやってよ」


 その日の放課後。クラスメイトに囲まれているミスズを指してトーヤは言った。


「あ、ああ。でも委員長に任せてもいいんじゃないか? ほら、俺の時みたいにさ」

「うーん、そうしても良い所なんだけど……ごめん、実は兄さん――トーヤ先生からの頼みなんだ。お願いしていい?」


 その一言で、俺は全て根回しがされている事を悟った。学長だ。そして担任のケルヤ先生はノーミオの派閥。少なくともトーヤには、もしかしたらケルヤ先生にもそのような自覚は無いだろうが、学長からの頼みは断れないのだろう。そして俺も今ここで波風立てるのは良くないとは分かっている。断れない。


「……分かった。でも一つだけいいか?」

「何? なんかあった?」

「いや、その……俺、ああいうタイプの人、ちょっと苦手なんだよな。今度からはトーヤに頼みたいんだけど……」

「え~、まあいいけど。でも今はせっかくだから話してみなよ。ほら」


 だから少しだけ嘘を吐いた。イレアの時とやってる事がある意味同じだが、こうでもしないと彼女を避ける口実にはならない。が、そう言って背中を押された先には当の本人が。


「えへへ、ごめんね、私みたいなの苦手?」

「い、いや、こっちこそごめん。聞こえてた?」

「ううん、大丈夫。気にしてないよ! よろしく、リオ君!」

「えーっと、ジングウさん。こっちこそよろしく」

「ミスズでいいよ! ほら、行こ!」


 明るい笑顔で言い、彼女は俺を置いて教室から出て行く。


「じゃ、よろしくね~」


 この教室には、悪意など無かった。しかし、俺は何かから逃げるように彼女を追って廊下に出たのだった。




「リオ君ってさ極東の出身なんだよね? どの辺の出身なの? それでなんでこっちにいるの?」


 学園の施設を案内しながら一通り自分の事を喋り倒したミスズは、今度は俺の番とばかりに聞いてきた。


「俺は中央の方だよ。こっちにはちょっと縁があってね。母さんに勧められたんだ」

「へー、じゃあ一人で来たの?」

「いや、二個下の妹と一緒に。お互い寮にいるから一人みたいなもんだけどさ」


 喋り過ぎてはいけないし、不自然に隠すのも良くない気がする。気が張ってしまうな。しかし彼女が俺の事をどれほど知っているのかが分からない。


「へえー、大変そうだね!」


 そもそも、彼女が極東軍とどれくらい関わりがあるのかも分からない。いくら極東とノーミオ家と言えども、直接的に軍のスパイを放り込むのは難しいだろう。それに極東軍だって、他国でそこまで表立った活動はできないはずだ。


「私はさ、学校の推薦で来てるんだ。他の人もそれぞれの学校から一人か二人ずつ短期留学してるんだよ」

「ミスズさんは学校の主催で来てるんだな。どこの高校?」

参高(さんこう)だよ。第参高校。私、こう見えて勉強はできるんだよ?」


 まあ壱高(いちこう)弐高(にこう)は落ちちゃったんだけどね、と彼女は頬を掻いて言った。

 第参高校。第壱、第弐と続くナンバリングのされた高校は、極東の中でもトップクラス――軍直属の高校だ。やはり、討伐演習の時に感じた雰囲気は間違ってなかった。


「極東の田舎と違ってここはおっきいねー。附属中ある壱高よりも大きいんじゃない?」

「ああ、中等部と高等部を合わせて千四百人いるらしいからな。俺も最初はびっくりしたよ」

「だよね! 凄いなあ」


 適当な会話をしつつ考える。今まで話した中で分かったが、彼女達は俺のように長くここにいる訳ではないらしい。そして人数だが、恐らく十五人程度。討伐演習の時に三班ほどいた事と、今の彼女の発言からしてそれくらいだろう。数字の付いた高校は壱高から玖高(きゅうこう)まであったはずだ。

 そして一番の問題は。


「ねえねえ、リオ君のお母さんってどういう人なの?」


 俺に関わってくる彼女の、目的についてだ。




「ああ、疲れた……」


 文字通り全ての教室を見て回ろうとした彼女に付き合わされ、あれは何これは何、そして俺自身の事と質問攻めにされ、寮に帰った頃は疲労困憊だった。彼女のようなタイプが苦手というのも(あなが)ち嘘ではない。次からどうやってトーヤに押し付けようか……。


「でも、ヒナにも確認しないと……っと、はーい、開いてますよ」


 壱高には附属中学校があるから、恐らく中等部にも留学生はいるだろう。立ち上がってヒナの部屋を訪ねようと思った時、コンコンと扉を軽くノックする音が。ティフォ先輩じゃなさそうだ。


「リオ、入っていい?」


 少しだけ開けた扉から聞こえた声は、イレアのものだった。


「イレア? 上がっていいよ」

「うん、お邪魔します」


 彼女は制服のままだった。自宅にも帰っていないようだが、こんな時間まで何をしていたのだろう?


「えーと、何かあったか?」

「いや、私には何も。でもリオはあるでしょ? ちょっと聞きに来たの」

「ああ、例の留学生の事か。さっきまでずっと案内しててな――」


 ミスズに振り回されながらもいくつか情報が得られて、そして彼女の話から予想した事などを話した。ちょっと愚痴っぽくなってしまっただろうか。


「それから中央棟に行って――」

「……ふーん、楽しかったんだ」

「へっ? あのー、イレア?」

「別に。大変だったんだねって」


 あれ? なんか反応が思ってたのと違う。やや半目だ。でもいや、イレアに限って……まさか、嫉妬?


「えーと、その、イレアさん? ……ごめん」

「……謝らないでよ。何かこっちが嫌な感じになるから」

「いや、うん……」


 微妙な空気になる。えええ、どうすればいいのこれ。


「そ、そうだ。イレアもなんか用事があったんじゃないのか? わざわざ来たんだし」

「ううん、特には。用が無かったら来ちゃ駄目なの?」

「あ、ああ、そうなの? いや、まあ良いけど」


 予想してなかった返答にしどろもどろになる。なんだろう、今日のイレアさんはいつもとちょっと違う。気まぐれというか、こちらを推し量る感じというか。俺の貧相な語彙力で表すなら、そう。乙女だ。

 すなわち……可愛い。


「リオ、何か面白いことあったの?」

「え、いや? 別に!?」


 何か勘違いをして更に不機嫌になるイレア。口元が緩んでしまったかもしれない。フォローせねば。


「その、珍しいなって。イレアが来るの」

「駄目だった?」

「いや、全然! 嬉しいよ。気にかけてくれたみたいだし」

「そ、そう? じゃあ良いけど」


 そう言ってそっぽを向くが、雰囲気がまた変わった気がした。言うなれば、尻尾が揺れて見えるような感じだ。


「ねえ、リオはさ、その……ああいう娘は、どうなの」

「どうって……まあ、実を言うと苦手っていうか」


 かなり直接的に聞いてきた。とはいえ正直に答える他ないな。

 ……もう一押しだろうか。


「えっと、そのな、俺は……イレアの事、好き、だぞ? ああいう人よりっていうか、比べなくてもだけどさ、その」

「ほ、ほんとっ?」

「ああ、うん、もちろん」


 勢いよく顔を上げたイレアに少し驚いたが、どもりながらも、決心してしまえば口は素直だった。思えばこうやって伝えるのは初めてだったかもな。


「俺はイレアの婚約者だ。だから……安心っていうか? 何て言うか、信頼、して欲しいかなって」

「し、信用してない訳じゃないから! わ、私も。同じだから。その――」


 振り向いて、また俯いて、言い淀んだイレアの頭をポンと撫でる。ヒナによくしていたのとは、ちょっと違った。


「うん、分かってる」


 そう言うと、嬉しそうな、少しだけ何か言いそびれたような顔でイレアも頷いた。




「それじゃ、そろそろ迎えが来るから……また明日」

「ああ、じゃあな」


 寮の玄関で見送り、イレアは正門へと消えていった。一人になって思い返すと、恥ずかしいやらなにやら、唐突に訪れた不思議な時間だった。


「婚約、か」


 さっきの自分の発言の記憶があやふやだ。しかし、バクバクと鳴る心臓の感触だけが思い出される。恥ずい。俺、変な事言ってなかったよな? 引かれてないよな? 大丈夫だよな?


「……ティフォ先輩、これ聞いてんのかな」


 それだけが気にかかってその日はあまり眠れなかった。もちろん留学生の事なんて、頭の片隅にすら無かった。


 しかし、その夜不眠に悩まされたのはリオだけではなかった。リオとは真逆に今日の会話を鮮明に覚えていたイレアは、恥ずかしさと、自分からは想いを言葉にできなかった後悔とヤキモキとで、一睡もできないのだった。



■□■□



 翌日。眠い目を擦りながら教室へ向かうと、欠伸を押し殺したイレアと廊下でばったり会った。いや、クラスが同じだから当然なのだが。お互いあたふたした後、少し笑っていつも通り教室へと向かう。通りかかったクラスメイトが何やら生暖かい視線を向けてくるが、今更気にするもんか。どうせそのうち公になるんだからな。

 そして二限を乗り越えた昼休みの後、演習授業のために俺達はグラウンドに集合していた。


「えー、新学期という事もありますので、今日はちょっとしたレクリエーションをします。ミスズさんも初めてでしょうからね」


 俄かに盛り上がるクラス一同。とは言え演習の授業だ、何か精霊術を使ったものだろう。そう思っていると、ケルヤ先生はパンと手を打って話を再開した。


「では、鬼ごっこでもしましょうか」




 ルールは簡単。鬼から制限時間まで逃げれば勝ち。ただしエリアの外に出たり、グラウンドに作る「壁」を壊したら失格。そう言ったケルヤ先生はグラウンドの中心に一人で向かうと、迷路のように地面を仕切る薄い土の壁を生み出した。高さは二メートルくらいだろうか。ただ走って逃げるだけなら楽勝とか思ったが、これは厄介だ。


「はぁっ、はあっ、クソっ、撒いたか!?」


 だが、ゲームが始まるまで俺はまだ楽観していた。機動力には自信があったからだ。――彼女が鬼になると知るまでは。


「ほら! こっち側はもうあなた一人ですよ、リオ君!」

「マジかっ!!」


 曲がり角を越えた時、反対側から聞こえた声。ソージア先生が全力の身体強化を使って俺を追い回していた。


「くっ――『加速』っ!」

「待ちなさいっ!」


 全力のジャンプ。壁を乗り越えて先の通路に降りる――と見せかけて。


「『硬化』!」


 脆いはずの壁の上に足を付ける。そして勢いそのまま踏み込み、更に遠くの地面へとジャンプした。


「なっ! ズルいわよ!」

「壁は壊してませんからねー!」


 大人げなく叫ぶ先生にこちらも大声で返す。薄い土壁を『硬化』して、踏み台にしたのだ。正直間に合うかヒヤヒヤした。


「ったく、全然人いないじゃねえか。ほとんど捕まったのか?」


 呟きながらも足は止めずに遠くへ逃げる。というかこの迷路かなり広いな。流石ケルヤ先生、俺達の担任をするだけはある。

 すると壁の陰から誰かが。警戒したがすぐに女子生徒だと分かり、声をかけようとしたが、


「あっ! おーい、リオ君!」

「しっ、声出すと見つかるから静かに」


 先に俺の名を呼んだのはミスズだった。諫めるが、声を潜めたところでソージア先生にはどうせ見つかりそうである。信用ならない相手だが今は共同戦線としよう。


「向こうからソージア先生が追って来る。逃げよう」

「うっそ、ケルヤ先生から逃げてきたばっかなのに!」


 彼女が自分が来た方を指さすと同時に、壁の向こうから地響きが聞こえた。それと同時に小さい悲鳴。誰かが捕まったのだろう。


「ソージア先生はかなり速いから、追いつかれる前に行くぞ!」

「う、うんっ!」


 二人でその場から逃げようとするが、ふと思った。あれ、彼女を助ける必要は無くないか? むしろピンチの時には囮にでもして……いや、ちょっと良心が咎めるな。上手く嫌われればなんて考えたが、彼女が俺の監視を指示されているなら意味が無いし、何かあるとしても良好な関係を築けるに越した事は無い。結局俺はそこまで打算だけで動ける人間じゃないんだな。


「よし、この辺りまで来れば――」


 そう口に出した瞬間。


「――っと、観念しなさいリオ君! と、留学生の……ええと、ジングウさん?」

「チッ、もう追いついたのか! 『加速』!」

「えっ、ちょっ!?」


 ソージア先生が現れた。俺はわき目もふらずに『加速』して直線の通路を駆ける。さっきはあんな事を考えていたが、いざ逃げるとなれば他人の事なんて考えていられない。


「とうっ!」

精霊(スピリット)よ――燻れ、紫陽花(オルテンシア)!」

「きゃああっ!」

「マジかよっ!?」


 無数の火種が飛び、上空の退路が断たれる。俺は『加速』の勢いを絶やさないように低い姿勢で真っ直ぐに走り続ける!


「リオ君、前、前!」

「分かってる! 『加速』っ!」


 迫る壁を跳躍で乗り越え、更に向こうに着地。足が痛い。だがノータイムで後ろからやって来るのは小柄な鬼だ。


「二手に分かれるぞ!」

「うんっ!」


 左右に別れた道で俺達はそれぞれ逃げる。二分の一で逃げ切れるか――いや、足音が聞こえる!


「『加速』……っ!」


 翻弄しようと何度も道を曲がるが、曲がり角で速度を保つために何度も精霊術を掛け直す。キツくなってきた。


「――あっ、リオ君!」

「うぉおおぶつかるぶつかる!!」


 すぐにまた、一人で逃げていたミスズとばったり再会してしまった。衝突寸前。俺は三段跳びのように彼女の頭上を跳び越える!


「きゃぁあっ!!」


 悲鳴が聞こえたのと同じ方向から鋭く迫る足音。ミスズは捕まっただろうか? 後ろを振り向きもせずに走る。目指すは残っている他のクラスメイトのもと。他の人に鬼をなすりつけるのは鬼ごっこのセオリーだ。


「逃げてばっかりね!」

「当然じゃないですかぁっ!」


 だがそんなものが先生に通用するはずもなく。というか俺一人に狙いを定めているようだ。全力で走り、角を曲がった先は――


「げっ」


 行き止まりだ。しかも迷路の一番角の端の壁。ここを越えたら失格になってしまう。残された一方の壁を越えようとした時、ゆっくりとした足音が。


「はあっ……ふうぅ……追い詰めたわよ、リオ君」

「歩いて、来るなんて……余裕、じゃないですか」


 お互い息も絶え絶えである。しかし俺に逃げる手段は無い。壁を越えるくらいはできそうだが、着地したが最後、その場から動く体力すら残っていないだろう。


「――降参です、俺の負けですよ」

「ふうーー……よかったわ。私も正直限界よ」

「なんでそんなにガチで本気出すんですか……」

「教師の威厳ってものがあるでしょ」


 実に大人げない。だがソージア先生は小声で付け加えた。


「……それに、()()が尻尾を出してくれるかと思ったのよ。まあそこまで甘くはなかったみたいだけど」

「ミスズは、先生から見てどうですか?」

「何とも言えないわね。でも、ただの留学生じゃない事は確かよ。今日の授業だって君の能力を見せるためかもしれないし」


 なるほど、様子を見てたのはこちらだけじゃないってことか。しかしだ。


「じゃあ、尚更なんで本気出したんですか」

「……教師の威厳のためよ」


 やっぱり大人げなかった。




 先生と話しているうちに時間になったようだ。ケルヤ先生の笛の音で壁が崩れ、集合となった。結局ミスズも最後の最後でケルヤ先生に捕まったらしく、残っている生徒はいなかった。ソージア先生ほどじゃないけどケルヤ先生も大人げないな。ちなみに寝不足のイレアは最初の一分でソージア先生にあっさり見つかってしまったらしい。


「それでは、一旦休憩にしたら今の反省をしましょう。次はどうやったら逃げられるか、こういった場面での上手い立ち回りについて一人ずつ意見を出して下さいね」


 ここからは普通の授業に戻るようだ。あーだこーだと意見を言い合い、その日はとても充実した授業になった。



■□■□



 翌日。今日もミスズ達が何か不穏な動きをしないか見張っておかないとな、なんて考えながら授業に行く。教室に入ると、廊下側の席のイレアと目があった。


「おはようイレア」

「う、うん、おはよう……」


 が、歯切れが悪い。目も逸らされてしまった。何かあったのだろうか? しかしそんな俺にトーヤが話しかけてくる。とんでもなく嫌な予感がした。


「なあリオ、聞いた話なんだけど……」


 イレアには聞かせられないのだろうか? 彼は俺を廊下に連れて耳元でこう言った。


「リオさ――ミスズさんと付き合ってるって、ホント?」


 無表情を取り繕いつつも、俺は心の中で最大級の溜息を吐いた。

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