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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
一章 精霊術士の学園
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第5話 邪霊の襲来

 チャイムが鳴った。イレアと話し込んだり、散らばった木の板の破片や氷を片付けているうちに時間が経っていたようだ。もう昼休みか、と辺りを見回すとクラスメイトのほとんどがこちらに注目している。二人の先生さえもだ。――確か聞いたはずだ。イレアとまともに戦える人は、全校でもほとんどいないと。


「イレア、これどうすればいい? ……って、イレア?」


 助けを求めようとしたが、彼女は既にそこにはいない。事態に気づいて知らぬ間に逃げたようだ。どうしたものかと考えていると、感心した様子のトーヤが話しかけてくる。


「凄いよリオ、あのイレアーダスさんと互角なんて!」


 さすが特待生、と納得するように頷いている。どうやら俺は学長が推薦した特待生とケルヤ先生やクラスメイトから認識されているらしく、他の生徒も何やらヒソヒソと話をしている。悪い気はしないが目立つのは苦手だ。早くここから立ち去ろう。


「と、とりあえずお昼にしよっか? ほら、食堂行こ――」



 カンカンカンカンカンカン!



 突然、けたたましく鐘の音が鳴り響いた!


「っ! 皆さん、邪霊(イビル)です! 校舎に戻ってください! ソージア先生は生徒達をお願いします」


 ケルヤ先生が大声で呼びかけ、駆け出した。今の警報は邪霊の襲来を知らせるもののようだ。


「みんな、焦らないでついて来て――きゃあっ!」


 ズシン、という音と共に建物が激しく揺れ、生徒達の悲鳴が響く。邪霊が近くにいる! 国境の中だっていうのに、どうしてだ!?


「先生、イレアーダスさんがいません!」


 考える間も無く、点呼を取り終わったトーヤの声にハッとする。そうだ、彼女は既に演習棟を出ていたのだ。


「リオ、さっきまで一緒に居たよね!?」

「ああ。先に帰ったから大丈夫だとは思うけど……いや、待てよ?」


 まずい。イレアが高等部の校舎か食堂のある中央棟へ行ったなら正面の扉から出るはずだから、俺や他の生徒は絶対に気が付く。つまり彼女は反対の裏口――今しがた音がした方に行ったのだ。彼女は体力を消耗している。実戦での強さは定かでは無いが、今邪霊と出くわせば安全とは言い難い。


「ちょっと見に行ってきます!」

「リオ君!?」

「リオ! そっちには邪霊が!」


 せっかく手に入れた繋がりだ。ウンディーノ家の彼女に何かあっては()()困る。母さんからの使命のためには、イレアを守らなければならないのだ。


「イレアを探してきます!」


 制止する声を無視し、轟音の響く中俺は建物を飛び出した。




 俺は演習棟裏手の林を走っている。進むほど地響きが近づく。それと共に辺りに倒れた木が多くなっていく。邪霊の仕業だろう。邪霊(イビル)とは、精霊(スピリット)が物に宿り、人を襲うようになったものだと言われている。対話はできず、近づく者は排除されてしまう危険な存在だ。


「――クリスタルバレット!」


 木々の奥。地響きの震源からイレアの声が聞こえ、氷弾が飛んだ。彼女は邪霊と戦っているようだ。


「イレア、無事か!」

「リオ!? ごめん、任せる……!」


 怪我はないようだが疲労困憊といった様子だ。彼女を後ろに下がらせ、俺は邪霊と対峙する。邪霊はとても無機質である。石のような、鋼のような体。到底生きているとは思えない構造。それが精霊術のようなものを操るのだ。


 キリキリキリキリ……


 目の前の邪霊は、浮遊する円盤に二本の腕を持っており、両腕には鋭い刃が生えている。回転し始めた刃は辺りの木を切り倒したものだろう。

 武器は無いけど……一体ならいける!


「精霊よ――『加速』!」


 精霊術を使い、一瞬で間合いを詰める。風と火の術から成る加速の精霊術だ。勢いそのまま胴体に蹴りを入れるが、


「くっ、固いな!」


 態勢は崩せたが、傷一つ付かない。ギギギ、と音を立てて大木すら切り倒す刃が頭上から迫る!


「まずいっ! 『硬化』!」


 咄嗟に()でガード。授業でも使った硬化の術を制服にかけたのだ。再び距離をとって構えるが、このままでは決定打に欠ける。


 キリキリキリカラカラカラ……!


 しかし、こちらに構う事無く邪霊は追撃を始めた。地面すら切り刻む腕が高速で向かってくる。今度は危なげなく加速して躱すが、木の陰、死角からもう一つの刃が!


「しまった……!」


 全身を硬化し、来る衝撃に備えた時、


「貫け、アイシクルランス!」


 冷涼な声が響き、凶刃は砕かれた。振り向かずともイレアに助けられたと分かる。体力を回復して戻って来たのだ。


「リオ、もう一度足止めをお願い。次で仕留めるわ!」

「分かった! 後ろは頼む!」


 さらに加速の術を使い、邪霊の懐に潜り込む。


「はあああっ!」


 円盤の真下から全力の掌底。同時に風と水の術で衝撃波を打ち込み、邪霊の体が大きくよろめいた。


「今だ、イレア!」

「任せて。精霊(スピリット)よ――切り刻め、ブリザードエッジ!」


 氷の刃が邪霊を切り裂く。ドスン、と音を立てて倒れ、動くことはなくなった。勝ったのだ。



■□■□



 ケルヤ先生が他の教師を連れて走ってきたのは、邪霊が動かなくなった直後だった。驚いたような、ほっとしたような表情の先生は先ず俺達の身を案じ、後で職員室に来るようにと言った。怒られるだろうか。いや、それは後でいいな。


「……ありがとう、助けに来てくれて」


 演習棟に向かう途中、後ろを歩くイレアがぽつりと言った。表情は分からない。


「警報が鳴って、嫌な予感がしたんだ。間に合ってよかった」

「うん。体力も無かったし、危なかったから……本当にありがとう」

「俺も一人なら怪我でもしてたからさ。お互い様だよ」


 素直に礼を言うイレア。思えば、俺は彼女の事をほとんど知らないのだ。彼女も同じだろう。だから俺が一人で助けに来たのは不思議なのかもしれない。


「やっぱり、リオは強いんだ。邪霊とは戦い慣れてるでしょ。それとも極東では普通なの?」

「極東からここまで来たからな。何度か邪霊とは戦ったよ」


 珍しい武術を習っている、くらいの認識で自分の中では普通のつもりだった。しかし考えてみれば、俺はそうとは知らずに母さんから戦闘技術を教わっていたのだ。幼い頃からの日々の教育が邪霊との戦い方に結びついていたと気付いたのは、極東からの旅の最中に邪霊と初めて戦った時だった。


「そうなんだ。てっきり極東の人はみんなリオみたいだと思っちゃった」

「俺みたいって、大げさだなぁ」


 母さんの考えはよく分からない。しかし、彼女に本当の事を言う訳にはいかないのだ。

 そんな事を考えながら、俺達は再び無言で歩いた。




「リオ君、イレアさん、無事だったの!」


 演習棟で俺達を迎えたのはソージア先生だった。ぱたぱたと駆け寄り、俺達の全身をくまなく見てからようやく安心したようにため息を吐く。


「もう、心配したんだから……リオ君、次はやめてよ?」

「ホムラ先生、彼は私を助けてくれました。おかげで怪我もありません」

「ご心配お掛けしました」


 イレアが俺をフォローしてくれた。そして邪霊を倒したことを告げると、ソージア先生は驚いたような、納得したような表情をした。


「確かに、授業でもイレアさんと互角だったわね。でもあんな授業の後で邪霊を倒すなんて……」

「ほとんどイレアが倒したようなものですよ。俺はちょっと足止めしただけですから」


 そうなの? と目でイレアに聞く先生。彼女は微妙な表情で俺を見るが、ここは矢面に立ってもらおう。無理に力を隠すつもりは無いけど、詮索されるのは面倒だ。


「ともかく、次は怪我じゃ済まないかもしれないからね。イレアさんも気を付けて。それと、職員室に来るようにってケルヤ先生から聞いてるかしら?」

「はい、昼ご飯の後に向かおうかと」

「そうね、お昼にしましょう。お礼ってわけじゃないけど、せっかくだし奢るわよ」


 そう言って食堂へ向かったが、


 カーン、カーン、カーン……


「「「あっ」」」


 昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。どうやら俺達は揃って昼飯をとり損ねたらしい。目を見合わせる俺とイレア。ちょっと気まずそうに振り返る先生。


「……職員室、行きましょうか」




「――それで、邪霊は倒したと。とりあえずお疲れさん」

「えっと、大丈夫なんですか? 色々と……」


 職員室に着いた俺達を待っていたのはやはり学長だった。そのまま学長室へ連れていかれた俺とイレアは簡単な事情聴取を受けた。


「うん? あー、今の授業ならケルヤが分かってるから大丈夫さ。それに、演習の授業なんてお二人さんは今更出るまでもないだろ?」


 あっけらかんと言う学長だが、聞きたいのは別の事だ。


「いえ、学園の敷地に邪霊が現れたことについてなんですけど……」

「お前はこの国の現状は知らないのか? シオンから聞いているかと思ったが……いや、そうか。極東には伝えてないはずだから当然だったな」


 現状? イレアの方に目を向けるが、頷く彼女は知っているようだ。


「ここ二年ほど、エレメント公国では国境内に邪霊が出現する事態が急速に増えている。国全体に周知はしているが、対処する体制はまだ整っていない」


 真面目な顔付きになって学長は言った。確かに警報が鳴ってからの避難の対応は早かったが、ケルヤ先生が来るまでには時間がかかっていた。体制が不十分なのは事実のようだ。


「そこでだ。私が学長になってから改革を進めてきたことが実を結ぶという訳だ」


 ケルヤ先生が「学長にも考えがある」と言っていたのを思い出した。彼女は続ける。


「学園の生徒による、邪霊の討伐隊を導入する。被害が大きくなる前に動く必要がある。夏までには発表する予定だったが、丁度良い。今回の事を受けて早めるとしよう」

「学長! それは本当なのですか!?」


 今まで黙って聞いていたイレアが声をあげた。彼女からすれば驚くことなのだろうか。部外者の俺には二人の立場がよく分からない。


「イレアーダス・ウンディーノ、お前なら分かっているはずだ。お前の代から中等部のカリキュラムに演習授業を入れたのは知っているだろう? 今更変えることはない。決定事項だ」


 沈黙が部屋を支配する。そういえば、イレアのウンディーノ家と学長のノーミオ家は対立しているらしい。気まずい雰囲気だ。しかし俺としては学長に賛成である。極東でも軍の学校では生徒も有事には兵士として扱われていた。ここも国の直営である以上、仕方がないとは思う。ただでさえ邪霊と戦える精霊術士は貴重なのだ。


「まあ大丈夫さ。こっちから()()()することはあるが、強制じゃあない。弱い奴に死なれても無駄だからな」

「学長、それ以上は問題になりますよ。私が討伐隊に入るのは構いませんが、一般の生徒に危険な事はさせるべきではありません」

「一般? 学園(ここ)にいる以上、そんな言い訳は通用しないだろう。我々の義務だ」

「強制ではないと言いましたよね?」

「おっと、言い換えよう。力を持つ者の義務だな」


 暴言ともとれる学長の発言だが、彼女はかなりの現実主義者(リアリスト)のようだ。お願いとやらも断るのは難しそうだな。しかしイレアはやはり反対のようで、発言を諫めている。


「まあいい。何度も言うが既に決定した事だ。それと、坊主にも期待してるぞ?」

「……断りはしませんが、あまり期待しないで下さいよ。それでは失礼します」


 話は終わり、俺はイレアと共に教員棟を後にした。

 ヴィオテラ・ノーミオ学長。なかなか厄介な相手だな。

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