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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
一章 精霊術士の学園
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第4話 演習と氷の姫

「いやー、焦った焦った。急にナイフ向けてくるんだもん。びっくりしたじゃん」

「こっちのセリフですよ。寝てる間に帰ってくるなんてやめてください」

「えー、だって俺の部屋じゃん。いや、今日からは俺たちの部屋か。あ、パン焼けたよー」


 彼が例のティフォ・ベントだと分かってから自分も改めて名乗った。聞くと、返事はしていないものの寮母から話は伝わっていたようだ。ちなみに何故返事をしていなかったかというと、「忘れてた!」だそうだ。全く迷惑なものだ。そんな話をしながらも彼はテキパキと朝食の準備をしている。軽薄そうな見た目に似合わない丁寧な手つきである。


「はいこれリオ君の。食器とか自分のある?」

「あ、どうも。持ってきてないので今度買ってきます。……というかわざわざ俺の分まで用意してくれなくても」

「いーのいーの、一人分も二人分も変わらんからさ」


 結局パンとベーコン、コーヒーまで頂いてしまった。食べ終わってから俺は昨日の頼まれごとを思い出し、彼に封筒と一枚の紙を渡す。


「寮母さんからです。これ以上部屋を空けるなら出て行け、だそうですよ?」

「うへー、遂にコレ来ちゃったか。仕方ないなぁ」

「まあ、部屋出てってくれてもいいですけどね」

「やだよ、いきなりホームレスはキツいって」


 観念したように言うが、退去させられるというのは本当らしい。俺としてはそのまま退去してくれた方がありがたいけど、彼もそれは困るのだろう。同居する以上は友好的にせねば。


「まあいっか、そんじゃあこれからよろしくね。極東の方って下がファーストネームなんだっけ。リオ君、でいいよね? 俺は二年生だからティフォ先輩でいいよー」

「はい。リオって呼び捨てでいいですよ、先輩。これからよろしくお願いします」

「ん-、呼びやすいからリオ君で」

「お好きにどうぞ」


 最悪な第一印象でありながら、やや掴みどころのない先輩が同居人となった。



■□■□



 授業の時間に合わせて俺は寮を出た。ギリギリ間に合えばいいやと言ったティフォ先輩はまだ部屋にいるが、果たして彼が授業に間に合うかは知らない。放っておこう。やや奇異の視線を浴びながら少し余裕をもって教室に着くと、真面目な生徒達は既に教科書を開いていた。


「トーヤ、おはよう。朝から勉強?」

「おはようリオ。今日は疲れるだろうから、朝のうちにやっておこうかと思ってね」


 そんな真面目な生徒の筆頭であるトーヤに声をかけた。課題は無かったはずだから、自主勉強だろうか。


「疲れるって、今日は何かあるのか?」

「うん。今日は演習の授業があるから一日大変だよ」


 演習というのは精霊術の授業だろう。放課後には疲れて勉強ができないというからには激しい授業なのかもしれない。それから他愛もない話をするうちに、始業を知らせるチャイムが鳴った。




 最初の座学の授業が終わると、クラスメイト達はせわしなく支度を始めた。演習棟に移動するようだ。


「リオ、今日の演習は昼休みを挟むから荷物は持って行ったほうがいいよ」

「そうなんだ、ありがとう」

「いちいち高等部まで戻るのは面倒臭いからね。さあ行こうか」


 俺達も皆について玄関を出た。


 演習棟は、半分が精密な術を行うための実験室のような造りで、もう半分は体育館のような天井が高く広い建物である。その体育館の方に集まった俺達の前には二人の教師、担任のケルヤ先生とソージア先生がいる。副担任の彼女は演習授業の時に補佐として入るらしい。


「それでは演習を始めるのでいつも通り二人一組になって下さい。今日の課目はウォールアンドブレイクです」

「皆さん、くれぐれも怪我の無いように! 私たちも見回るので何かあれば声をかけて下さいね」


 演習の授業は基本的に生徒主体の実践形式で行われる。内容は日によるが、今日の「ウォールアンドブレイク」はより実戦に近いものだ。一人が手元の一メートル四方の木の板を精霊術で守り、もう一人はそれを攻撃する。授業の後半にトーナメント戦をやる時もあるらしい。似たようなものは極東にいた時にもやった事あるな。

 さて、トーヤはどこに……おっと、もうペアがいた。そりゃそうだ、俺が来る前からこの授業はやっていたんだろうし。困ったな。


「おーい、リオ君。良かった、まだ組んでませんでしたね」

「あ、ケルヤ先生。実はペアがいなくて」

「そう思って来ました。リオ君は氷の精霊術と相性が悪いですか? そうでないならイレアーダスさんと組んで欲しいです。このクラスは奇数だったのでちょうど良かったですよ」

「イレアーダス……ウンディーノさん?」

「はい。学長推薦の君なら大丈夫だと思いますから。ではお願いしますね」


 クラスメイト達が二人組を作り始める中、突っ立っていた俺にケルヤ先生が声をかけた。イレアーダスと聞いてハッとする。朝から慌ただしくてチャンスが無かったが、ここで機会を得られるとは。

 問題ありません、と告げた俺は体育館の端に立つ彼女の元へ向かった。なんだか都合良く使われた気がしないでもないけど、俺としても好都合だ。


「初めましてウンディーノさん、ミヅカ・リオです。よろしくお願いします」

「イレアでいいわ。それと敬語もやめて。ただのクラスメイトだから」

「分かった、イレアさん。俺もリオでいいよ」

「……さん付けもやめて欲しい」

「了解、イレア。じゃあ早速始めようか」


 クール、というのが初対面の彼女の印象である。家の事情があるからか苗字で呼ばれたり敬語を使われるのに抵抗があるようだが、周囲を寄せ付けない「氷の姫」というイメージとは少し違った。単に人付き合いが苦手なのかもしれない。ちなみに、悔しいが彼女の方が背は少し高い。いや別に俺はまだ成長期だし……


「最初は私が攻撃でいい? 怪我、しないでね」

「お手柔らかに頼むよ」


 余計な思考を振り払って板を掲げ、俺はイレアと相対した。この国のトップ、巫女家直系のお手並み拝見だ。


精霊(スピリット)よ――」


 イレアの呼び掛けによって周囲の温度がグッと下がる。比喩ではなく、精霊術によるものだ。

 精霊(スピリット)は肉眼では見えず実体も無いが、俺達精霊術士の体内に宿っているとされる。それらに自身の生命力と、言葉や文字を介したイメージを送り、精霊が現象を生み出す。これが精霊術の仕組みである。精霊術はいとも容易く現象を書きかえる。故に、精霊術に対抗できるのは精霊術だけなのだ。


「貫け、アイシクルランス!」


 彼女の手元から鋭い氷柱が伸びる。それはただの薄い板など一瞬で割る勢いで――


「なっ……!」


 ――木の板にぶつかり、砕け散った。


「こんなものじゃないだろ? まだ板は割れてないぞ」

「……そう。君、強いんだ。次は手加減しないから」


 久々の戦いで気分が上がり、つい挑発してしまった。先ほどより気温が下がる。彼女も本気のようだ。


「次こそ決める。穿て、クリスタルバレット!」


 無数の氷の弾丸がこちらに狙いを定める。第二ラウンドが始まった。



■□■□



 クラスに編入生が来た。極東から来たというが、たいして興味は無かった。私の氷の精霊術は他と相性が悪く、家柄もあってクラスメイトから避けられていた。じきに彼もその事を知って、私を避けるだろう。

 演習の授業で彼と組むことになっても、その考えは変わらなかった。このクラス、いや、学年の中でも精霊術で私に敵う生徒はいない。勝負にならないのだ。だから授業はずっとひとり。そう思ってた。


 ――私の氷が砕かれた、その時までは。


「精霊よ……! もっと速く、もっと硬く!」


 氷が飛ぶ。撒き散る。しかし彼は微動だにしない。


「アイシクルランス! クリスタルバレット!」


 続けざまに精霊術をぶつける。何故、どうして貫けない!

 しかし、余裕が無いのは彼も同じだった。表情が険しくなり、徐々に後ろに下がっていく。


「流石はウンディーノ家の直系だなっ!」


 言葉を返す余裕はない。だが……彼の姿勢が揺らいだ、一瞬の隙を突く!


「切り刻めっ、ブリザードエッジ!!」


 一閃。繰り出されるのは、銀氷の刃。


 パキン!


 それまでの攻防が嘘のように、軽い音を立てて板は割れた。決着がついたのだ。



■□■□



 正直、焦った。いや、舐めていた。俺は息を整えながら、手元の綺麗に真っ二つになった木の板を見つめる。あのままならギリギリ防ぎきれると思ったけど、最後の一撃は予想をはるかに上回ったものだった。全力ではなかったものの、読み誤って負けたのは確かな事実だ。それに攻撃が続いて消耗戦になっていたらどの道負けていただろう。完敗だな。


「……お疲れ様。良い試合だったよ」


 考え込む俺に話しかけるイレア。汗ばんだ彼女も同じく消耗しているようだ。


「お疲れ様、強かったな。最後のには驚いたよ」

「こっちこそ。申し訳ないけど最初は侮ってたわ。ここまで防がれるとは思ってなかったから」


 彼女の感想も同じようだ。それよりも、と割れた板を見てイレアは尋ねた。


「君の精霊術、二系統を同時に使ってるでしょ? それとも極東の独自の技術?」


 見抜かれたかと感心した。彼女ほどの使い手なら気付くことだろう。


「ああ。水と土の精霊術をベースにしているけど、使ってるのはその一部、重さとか動かないものって要素だけを抽出してるんだ」

「……やっぱり。普通の系統っぽくないって思ったけど、そんなふうに使ってるんだ」

「でもそっちだって氷だろ? イレアのは違うのか?」

「ううん、私はそんな使い分けなんてできないから。凄いよ」

「そうでもないって」


 負けた俺は謙遜するが、確かにこれは特殊な技術だ。普通は一系統の術のみを行使するところを二系統同時にすると、どちらも不完全な形で現象を起こす。これを逆手に取ってそれぞれ一部の現象に集中すると、一見系統の無い精霊術となるのである。今回は水と土の精霊術から、一部の現象のみを抽出して木の板を硬化したのだ。


「まあ俺は普通の精霊術は全然使えないからね。苦肉の策だよ」

「そんなことは無いと思う。それに凄く戦い慣れてる感じがしたし……これで全部じゃないんでしょ?」


 自嘲する俺を遮ってイレアは言った。やっぱりお見通しだな。でも俺だって使えないなりに工夫はしてきたつもりだけど、俺とは比べるまでも無い彼女の素質を今の一瞬で知った。全力じゃなかったのはお互いにだったと理解する。


「それはイレアも同じだろ? 授業じゃなきゃもっと強い術も使えるはずだ」

「うん、今はできるか分からないけどね」


 隠す素振りもなく言うイレア。そして、今更ながら少し恥じるように目を合わせた。


「ねえ、これからも演習は一緒になると思うの。だから、その……よろしく、リオ」

「ああ。こっちこそよろしくな、イレア」


 俺は、()()()()巫女家とのつながりを得ることに成功した。

 ――偶然とはいえ、打算で近づいた事までは見抜かれなかったようだ。

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