表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
一章 精霊術士の学園
3/85

第3話 精霊術士の学園 下

 放課後。初日の授業を終えた俺は再び教員棟へ戻った。職員室で荷物を預かってもらっていたのだ。ヒナも来るようにと昼休みに伝えていたが、昔から人を待たせるのを嫌う性分の彼女は案の定先に着いていた。ドアをノックして二人で職員室の前で待っていると、こちらに気づいた教師がやってくる。見覚えのある特徴的な背格好だ。


「あら、リオ君と……そちらは? 今度は誰に用事かしら」

「妹のヒナです、ソージア先生。今朝預けた荷物と寮の事で来ました」


 勘違いして失礼なことを言う前に、ヒナに聞かせるように「先生」と言った。その一言で相手の立場を理解したようで、黙ってお辞儀をする。


「荷物は隣の部屋に置いてあるから勝手に持ってっていいわよ。あ、そうそう。リオ君ってケルヤ先生の所なのよね? 君のクラスは私が副担任だから。よろしくね」

「そうなんですか? では改めてよろしくお願いします」

「ええ。なんだか君とは長い付き合いになりそうね……っと、あとは寮の話だったかしら。それなら寮母さんを呼んでくるわ。ちょっと待ってて」


 そう言って彼女は職員室に戻って行った。通りすがりの同僚に挨拶する様子は教員のそれだったが、やはりパタパタと走る姿を見ても到底年上とは思うまい。慣れるのに時間がかかりそうだ。


「ねえお兄ぃ、あの人ホントに先生なの? わたしよりちっちゃいけど……」


 見送る背中に同じ感想を抱いたであろうヒナを、俺は注意できなかった。




「寮母のスビです。あなたたちが編入生の兄妹ね。困ったことがあれば何でも聞いてちょうだい」


 ソージア先生が連れてきたのは恰幅のいい女性だった。彼女に連れられて俺たちは学生寮に向かったが、何故かソージア先生も付いて来ている。


「それでね、妹さんの方は良いんだけど、お兄さんの部屋がちょっと……」

「何か問題でも?」


 入れるだけありがたいのだが何かあっては困る。心配する俺に、スビさんは首を横に振った。


「ううん、入るのは大丈夫だけど、確認がとれてないっていうかね。うちの寮は基本的に二人で一部屋なんだけど、君が入る部屋に先に住んでる一人の子から返事が無くて……」

「お兄ぃ大変だねー」

「大変っていうか、それ入れるんですか? 別の部屋は駄目なんです?」


 ヒナは他人事のように言うが、今朝からこんなことばかりな気がする。


「ごめんなさい、男子部屋で今空いてるのはそこだけなの。連絡は届いてるはずだし、この前設備点検した時も部屋は問題なかったから。その子、そもそも寮に帰らない時も多いみたいだから大丈夫よ」


 最悪なんとかするからと言われて逆に不安になった俺だが、ここで今まで静かだったソージア先生が口を開いた。


「スビさん、もしかしてその生徒って」

「うん、ホムラちゃんも(ここ)長かったから知ってると思う。悪い子じゃないんだけどね」


 どうやらホムラちゃんと呼ばれた彼女も元寮生らしい。「ソージア先生」より似合った呼称だなと思ったが、学年の違う彼女が知っている程の生徒なのだろうか。悪い子ではない、というのは悪くはないが問題があると言っているようなものだ。


「とりあえず案内するわ。まずは妹さんの方ね」


 俺が再び尋ねるより早く、スビさんは寮の階段を上りはじめた。




 三階の部屋に着いたヒナは早速ルームメイトと話しこんでおり、俺はその間に彼女の荷物の確認を済ませた。


「よし、服とかは大丈夫だな。ヒナ、これから俺とは別だけど羽目は外すなよ? あとは、何かあったらすぐ言いに来るように。それと……」

「大丈夫だって! お兄ぃ、お母さんみたいなこと言ってるね」

「お母さんってなぁ……」


 心配する俺を遮って胸を張るヒナ。頭の良い彼女が問題を起こすようなことは無いだろうが、兄として心配なものは心配なのだ。


「ほら、ミカラちゃんもいるから大丈夫! ね?」

「あっ、その、よろしくお願いします」


 部屋から顔を覗かせたミカラという同い年の少女がヒナのルームメイトのようだ。クラスも同じだから二人は先に知り合っていたらしいが、彼女の方は真面目でおとなしそうなので少し安心した。学長が気を遣って相部屋の子と同じクラスにしてくれたんだろうな。ちなみに彼女が一人部屋だったのは、ルームメイトの生徒が最近卒業したからだという。よっぽどの事が無い限り在学中は追い出されないらしい。


「こちらこそ妹をよろしくお願いします。何かあったら俺か寮母さんに伝えてください」

「もー、自分の妹がそんなに信用できない?」

「念のためだよ。俺も何かあったらすぐ言うから。じゃあまた明日昼に食堂でな」


 ふくれっ面のヒナを宥め、俺は自分の部屋へ向かった。さあ問題はここからだ。




 さらに一階のぼったフロアの奥の角部屋が俺の部屋となるらしい。何回かノックした後、中に人がいないことを確認したスビさんはマスターキーで鍵を開けた。


「やっぱりいないわね。さあどうぞ入って」


 扉を開けると、中はごく普通の部屋だった。角部屋だからか元々ヒナの所より少し広いが、物が少ないせいで余計に閑散として生活感が無い。話の通り部屋の主はあまり帰ってきていないようだ。


「自分の荷物はまだ纏めておきますね。すぐ出ていくかもしれないので」

「ごめんなさい、だめそうならこっちで何とかするから。それまでは一人部屋だと思って使ってちょうだい?」


 他の部屋はすぐには用意できないそうなので俺は渋々頷くが、顔も知らない人が住む部屋など正直嫌すぎる。ソージア先生から聞いたその生徒の名はティフォ・ベントというらしい。帰ってきたら早々に文句を言ってやろう。


「彼が帰ってきたら私に知らせて。それと、これを渡して欲しいの」


 スビさんから渡されたのは封筒と一枚の紙。紙の方には俺が同居することの説明と、これ以上頻繁に部屋を空けるなら退去したものと扱う、とのことだった。追い出されるレベルのよっぽどの事ってこういうのか。


「私にはこれくらいしかできないの。でも、彼とは仲良くしてほしいから。お願いね」

「わかりました、渡しておきます。帰ってくればですけどね」


 疲れていた俺は少し大人げなく嫌味を言ってしまい、苦笑した彼女とソージア先生は帰っていった。



■□■□



 さて。二人が出て行ったのを確認してから俺は部屋を再び見渡した。いくつか気になるものがある。まず、時計だ。壁に掛かったそれをじっと見つめると、長針が音もなくゆっくり動いている。一見シンプルだが、よく見ると細やかな装飾が施されていた。部屋の主は案外趣味が良さそうだ。

 続いて、天井近くに小さな換気窓が付いている壁際のキッチンらしい一角。その端に鎮座しているのは、少し煤けている五徳が乗った平たい箱だ。だが下に火をくべるようなスペースは無い。つまりこれは。


「霊道具か……」


 霊道具とは、精霊術の術式が込められた道具のことだ。精霊術を使える人間ならば、生命力を流せば簡単な術を再現したり術を強化したりできる。詳しい製法は知らないが、何度も同じ術を発動しながら特殊な紋様や図式を描いて術式を刻み込むらしい。実家にもあったけど、極東では基本的に高級品だ。


「こっちの時計もだな。振り子もねじも無いし、音がしない」


 そんな高級品が部屋にいくつもある。エリートが集まる場所とはいえ、ただの学生寮の一室にだ。ヒナが入る部屋を覗いた時も同じようなキッチンがあったから、備え付けなのかもしれない。極東では考えられないな。

 そもそもエレメント公国は、力の差はあれど国民の殆どが精霊術を使えるという。一方、極東ならせいぜい二割程度。その中でも自分は能力的にも生活的にもかなり恵まれている方だと思っていた。だが、ここではこれが普通らしい。霊道具は精霊術の素質がある者にしか作れず、使えない。それがこんなにも普及しているのは、作る人間も使う人間も多いということだ。需要も供給も少ない極東とは訳が違う。

 学長は極東の進歩を脅威と言っていたが、こちらからすればその差は果てしない。彼女の言う極東の技術は全て軍が握っているものだ。生活レベルに根差したものとは違う。ここは誰もが精霊術を当たり前のように使う、豊かな国なのだ。


「まさか、こっちも?」


 そう思ってキッチンの横の蛇口を捻ると、水が出た。いや、こっちは配管の繋がったただの水道だ……って、ここ四階だぞ? これも全部の部屋にあるのか。精霊術と関係無い上下水道や建築の技術でさえ、恐らく極東以上だ。


「……凄い所に来ちゃったな」


 異国の地の夜に、俺は一人そう呟いた。


 


 部屋に備え付けのバスルームでこれ幸いとシャワーを浴びた俺は、荷物の中から一通の手紙を取り出した。母さんから俺へのものだ。旅の間に何度も読んだそれを再び読み返す。


『リオへ

 公国へはリオとヒナの二人だけで行くことになりました。私も極東での用事が済んだら行きますが、どれくらい先になるかまだわからないので、それまでは公立精霊学園の学長である私の友人を頼ってください。彼女には先に手紙で伝えますが、万が一のためにもう一通同じものを持たせておきます。


 私からリオへのお願いは三つ。一つ目は、まずは安全に到着してください。大陸の東から西まで長い道のりです。あなたたちを連れて行ってくれる定期便には信頼できる人をつけていますが、自分の身はできるだけ自分で守ってください。彼はしばらく公国に残ると思うので、何かあればいつでも頼るように。

 二つ目は、ヒナを守ってください。あの子はリオほど精霊術には長けていません。私がいない今、家族を守るのはリオの役目です。

 そして最後に、公国に着いたらなんとかして大精霊(エレメント)と対話をしてみてください。時間はかかっても構いません。巫女に近づいて機会を得るには学園に通うのが良いので、学長に話はつけておきます。


 でも、この目的は学長には秘密にしてください。他人にも言いふらさないように。最初は生徒の中から探るのが良いと思います。


 危険な役目を負わせてしまいますが、これはリオにしかできない事です。私の仕事を手伝うと思ってお願いします。

 母より』


 読み終えた俺は、極東での母との最後の会話を思い出していた。仕事があるから二人は先に行きなさいと送り出した母は普段通りに見えた。そして俺とヒナは何も疑わずに馬車に乗り、この手紙を預かっていたという同行者に翌日になってから渡されたのだった。

 今となってはこの場にいない母の考えはわからない。母の仕事が軍と関係があるのは知っていたが、三つ目の「お願い」はそれに関わる事なんだろう。

 ミヅカ・シオンは極東の軍人だと学長ははっきり言っていた。手紙とあの話しぶりからして親しいのは確かだ。しかし母の友人である巫女家の学長には秘密の任務。どういう事だ? 母さんは、俺にスパイになれって言うのか? この行は後で書き足したように見えるし、何かあったのだろうか。


「俺が大精霊と対話して何があるんだ? いや、そもそも巫女じゃないから無理だろ。それに、時間がかかるくらいには簡単じゃないってことだよな。っていうか危険な役目ってなんなんだよ……」


 それでも、巫女家の一人がクラスにいたのは運が良かった。いや、母さんはそれも見越していたのかもしれない。軍の指令、巫女、大精霊といった単語が頭をぐるぐると巡る。


「……駄目だ、疲れた。今日はもう寝よう」


 長旅の疲れで思考がまとまらないけど、冷静になったところで今の手元の情報だけじゃ何も判断できないな。明日、例の氷の姫とやらに接触してみれば何か分かるかもしれない。そう考えた俺は、いつ来るかもしれない同居人を警戒しながら眠りに就いた。



■□■□



 ――若い男性が壇上に立ち、人々の前で演説をしている。これは夢だ。小さい頃から何度も見ている断片的な夢。演説の内容は分からないが、話をする彼に人々は拍手と歓声を送っている。違う、演説しているのは「俺」だ。俺が壇上に立ってるんだ。話を終えた俺は高らかに宣言し、そして――




 ――今度は別のシーンだ。男が地面に膝をついて何かを手に持っている。何を? 涙で濡れた視界にそれを映す。そして男は嗚咽を漏らした。違う、泣いているのは「俺」だ。なんだ、これは。俺は間違ったのか。俺のせい? いや、アイツらのせいなのか? だとしても絶対に、俺は――




 ――そしてまたシーンが切り替わり、今度は――



■□■□



 朝だ。夢を見た気がするけど、いつもと同じ脈絡の無い夢だろう。内容は覚えてない。こういう環境が変化した時は夢見が悪くなるものだな、と別段気にすることなく俺は目を開けた。レースのカーテン越しに差し込む光が眩しい。


「ふわぁ……グッスリ寝ちゃったな。ちょっと気が抜け過ぎか」


 極東からの旅の途中なら警戒してもっと早く起きていたはず。安全な場所だからと油断していたみたいだ。昨日考えた通り、もし俺がスパイとして動くならここは敵地。気を引き締めないと。


「ティフォとかいう人がいつ来るのかも分からないしな。ここも安全とは言い難いし……いや、追い出せば良いのか?」


 体を起こしながらふと名案のように思いつく。そうだ、彼が帰って来なければそのまま俺一人の部屋になるんだ。よしこれで行こう。まずは早速今日にでも寮母さんに、彼は来る気配が無いって伝えて――



「いやいや、追い出すってそれは無いでしょー」



 目が合う。ベッドの脇に、男が立っている。


「起きたね。おはよ~」

「っ! 誰だ!?」


 咄嗟に飛び起き、寝間着に裸足のまま荷物から武器を取り出して構える。いつからいた? クソッ、マジで油断し過ぎだ。相手は一人。この距離なら……!


「うおっと!? 待って待って、俺怪しい人じゃないからさ! ミヅカ・リオ君だよね? 大丈夫だから、それ下ろしてって!」

「……あなたは誰ですか? どうして俺の名前を?」

「危ないなぁまったく……ん、俺が誰かって?」


 ナイフを下ろし、改めて青年を見つめる。金髪に碧眼。年は俺より少し上だろう。名前は尋ねたが、冷静になれば何者なのかは心当たりがある。ただ、思ったより現れるのが早かった。


「おかしいな、聞いてない? ティフォ・ベントだよ。この部屋に一応住んでるんだけどさ」


 ポリポリと頭を掻いてそう名乗った彼は、やはりここの住人であった。

 やや騒がしく、学園生活の二日目が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ