第28話 出会いと別れは唐突に
「ティフォ先輩がいない?」
「ああ。最後に見たのは先週の金曜……俺がウンディーノ家に呼ばれた時から帰って来てないんだ」
ティフォ先輩がいなくなってから四日。流石におかしいと思ってヒナに相談をした。元々この前の出来事を話す予定だったのだ。
「待って、その前に向こうで何があったの?」
「とりあえず最初から全部話すよ。俺の中でも整理ついてないし」
「うん、全部聞く。最近こんなのばっかだからね」
ぼやくヒナだが俺も同感だ。混乱するので時系列順に追って話す事にした。
「――っていう訳なんだよ。……ついて来れてる、ヒナ?」
「意味は分かったけど理解が追いついてない……一個ずつもう一回聞いていい?」
「いいよ」
要領の良いヒナでもキャパオーバーなようだ。俺も説明が抜けてた所があったかもしれないからまずは確認作業だな。
「まず、水の精霊術が使えるようになったのは前に聞いたけど大精霊と対話したのが原因ってのは本当なの?」
「まだリギスティアさんに確認中だ。しばらくかかると思う」
これは前にも話した内容だ。解明するのはまだ先になるだろうが、もしかしたら大精霊に聞けば分かるかもしれないな。覚えておこう。
「で、わたし達が大精霊を作った人の子孫で、お兄ぃは全部の大精霊と対話ができて、火の大精霊を復活させてくれって言われて……ごめん、自分で言ってもちょっとわかんない」
「合ってる。やっぱり父さんはウンディーノ家の人らしいんだ。これだけ肩入れされてる理由も納得したよ」
「お兄ぃが納得してるならいいけど……それで、こ、婚約ってホント? イレアちゃんと?」
ある意味一番衝撃を受けた事なのだろう、戸惑いながら尋ねるヒナに俺は頷く。しばらく考え込んで再び質問を投げかけた。
「でもお兄ぃもウンディーノ家なら親戚じゃないの? それにイレアちゃんは知ってるの?」
「まあ、血縁的には問題無いらしい。イレアはまだ知らないけど、リギスティアさんの独断でまだ婚約者候補って扱いらしいからな。言いふらすなよ」
流石兄妹、心配するポイントが見事に俺と同じである。だが妹よ、多分反対も賛成も無く決定事項だから何を聞いても無駄だぞ。
「話が急過ぎて訳わかんない……」
「大丈夫だ、俺もよく分からん。混乱してても仕方ないから一旦この話は置いておこう。とりあえずティフォ先輩の事だ」
あれからずっと考えていた俺はもう割り切る事にした。考えても答えは出ないし、頭にあるとイレアの顔もまともに見れないからだ。
「うん、わたしはもう知らない。頭パンクするからお兄ぃがどうにかしてよね。それでティフォ先輩が帰ってこないの、そんなに変かな?」
「ああ。あんな話を聞いた直後だからな。ソージア先生に聞いても知らないって言ってたし。ヒナはどう思う?」
もしあの話が本当で、ティフォ先輩がこの国から排除されたのだとしたら……
「クロだったって事なんじゃないの? ティフォ先輩はドラヴィドのスパイでお兄ぃも私も騙されてた。そういうことになるね」
「そうなんだけど……そうだとしたら、先生にあんな話をしたか? それに俺は先輩が俺達を騙してたとは思えない。根拠なんて無いけどさ」
いや、心のどこかでは疑ってる。この国の外交なんて分からないが、ドラヴィド国との内通者をエレメント公国――巫女家が排除するのは当然だ。ソージア先生に話したのは単に情が湧いたから。俺達にスパイでは無いと言ったのは隠すため。そう考えるのが自然だろう。
「まあいいよ、お兄ぃは信じてても。その分わたしが疑っておくからさ。二人いるから大丈夫だよ」
「ああ、そうしとくよ。ありがとうな」
「んーん、仲良かったからね。お兄ぃにもちゃんと友達いて良かったよ」
友達、か。確かに先輩というよりは友達に近かいかもしれない。友達を信じている、と考えれば悪くは無いな。そう思って俺は先輩を信じる事にした。さあ、明日は学長に聞きに行こう。
■□■□
「無い……こっちも……まさか、全部処分されてる?」
翌日、放課後の放送室。放送委員権限で在校生の名簿を閲覧していたヒナは高等部二年の名簿を何回も見通していた。彼の名前は以前一度見たはずなのに。
「本当に排除されたなら……」
誰にも知られず密かに。この国には、この学園にはそれが可能だという事だ。もしかしたら既にこの世からも――
「お兄ぃ、気を付けてね」
自分達も慎重に行動する必要がある。いくらウンディーノ家の後ろ盾があっても用心するに越した事は無いだろう。特にこの学園は水と対立しているという土がトップなのだ。得も言われぬ不安を抱えてヒナは再び資料を漁り始めたのだった。
同時刻、学長室前。昼休みにアポを取った俺は放課後に再び訪ねるように言われていたのだ。ノックをして少し待つと、入室を促す声が聞こえた。
「失礼します、学長。お聞きしたい事があります」
「よく来たなミヅカの坊主。まあ座れ」
彼女と二人で話すのは入学した時以来、二か月ぶりだろう。前と同じように差されたソファに座る。改めて見渡すと、この部屋は巫女家の当主が居るにしては極めて装飾の少ない、シンプルな造りになっていると分かる。あくまで実務のための部屋なのだろう。しかしその細部に精霊術の補助具が埋め込まれている。防御のためか反撃のためか、少なくともこの部屋は学長の手の内にあると考えていいだろう。下手なことはできないな。
「私からもお前に伝える事があってな。先に話すぞ」
「分かりました」
このタイミングで俺に話す事。一体……
「一か月くらい前だな。お前等が倒した邪霊がいただろう? アレの出処が分かった。国境を越えて手引きした人間がいたって事だ」
「手引き……邪霊を、ですか」
「ティフォグランデ・ベント。彼こそがドラヴィド国のスパイとしてこの学園を狙ったテロを起こした犯人だ。現在は行方をくらましているがな」
「……っ」
二択だ。本当に先輩がスパイで俺達を騙していた。彼は逃走し、この国にとって危機は一度去ったという説。もしくは、先輩はスパイでは無いが何らかの理由でこの国から排除されかけた。先輩はそれを察知して失踪したという説。前者なら先輩が、後者なら学長が敵ということになる。
「既に学籍除名の処分は下した。おっと、寮の部屋の心配はしないでいいぞ。寮母には伝えてあるから引き続き一人で使うといい。彼の荷物は調べたが、行方に繋がる物は無かった。捨てるなり引き取るなり好きにしろ」
「……はい、俺が聞きたかった用も済みました。ありがとうございました」
色々な考えが廻る頭を必死に働かせてなんとか言葉を絞り出した。今の俺にとっては学長でさえ信頼できない。
「ルームメイトに騙されていたと知ってショックか? まあ心配はもう要らんから安心しろ。また何かあったら呼び出すからそのつもりでな。話は以上だ」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
学長の言葉が頭に入って来ない。感情も込めず形式的な挨拶だけして俺は部屋を出た。情報を集めよう。まずはヒナと、そしてリギスティアさんにも相談したいが……いや、巫女家は駄目かもしれない。他に誰か信頼できる人は――
「……まだ居るはずだ。あの人なら」
一人だけ心当たりがある。俺は不安を噛み締めながら、連絡手段に考えを巡らすのだった。
■□■□
「おお、よく来ましたね二人とも! 元気でしたか?」
「ミゲルさん、お久しぶりです」
「おじさん久しぶりー」
数日後、休日を使ってエレメント公国の中央部まで来た俺とヒナは極東統治領の大使館を訪れていた。俺達が会いに来たのはミゲル・キリシマ――極東の軍人であり、母さんに頼まれて俺とヒナをここまで連れて来てくれた人だ。
「二か月ぶりですね。学校はどうですか?」
「はい、楽しいです。生活にも慣れてきました」
「おじさんが教えてくれたの役立ったよ! 邪霊の討伐演習があってね――」
ヒナは世間話を始め、こういう時俺は相槌を打つだけになる。彼は四月に俺達が着いて来た遠征軍の代表として夏までここに滞在しているのだ。何かあったら彼に相談しなさいと母さんに言われていたが、こんな形で再会するとは思ってなかったな。学長から先輩の事を聞いてすぐに大使館へ手紙を出し、時間を作ってもらったのだ。
「そうですかそうですか、充実しているようで何よりです。さて坊っちゃん、小官を呼んだのはどういった理由で?」
雑談に一区切りがついてミゲルさんから本題を切り出した。ちなみに母さんの部下である彼は俺の事を坊っちゃん、ヒナをお嬢ちゃんと呼ぶのだ。
「実は――」
縁あってウンディーノ家と関係を持てた事、寮の同室の先輩がドラヴィド国の出身だという事、そして彼が邪霊出現の手引きをした犯人としてなんらかの処分を下される前に姿を消した事。しかし自分は彼がドラヴィドのスパイだとは思っていないという事。
「ふむ、まずはこの国の内情を教えましょうか? そのドラヴィド国の少年の話はまだ知りませんが、動きがあったのを知れたのはこちらとしても良かったです」
「はい。自分達の身の危険に繋がるかもしれないので教えて欲しいです」
「分かりました。簡単に説明しましょう」
ミゲルさんはこの国の歴史背景を教えてくれた。今から十七年前、エレメント公国とドラヴィド国は戦争をしていたらしい。本当の原因が分からないくらい些細な外交問題が火種となり、やがては小競り合いが戦争へと発展したのだ。争いは公国の一つの街をドラヴィドの軍ごと燃やし尽くした後に休戦協定という形で一年で収まった。だが今でもお互いに出し抜こうとしている冷戦状態のようだ。この話は極東にはほとんど伝わっていなかったし、こちらでも聞いた事が無かったな。それもそのはず、十七年前なら学園の生徒のほとんどが生まれる前の話だ。
「国内は今も複雑でしてね。ノーミオ家は国交に積極的ですが、何かを発端としていずれ戦争を再開してしまうのではとさえ言われています。対するウンディーノ家は保守派筆頭、諍いを起こさないために国交には消極的なのです。ドラヴィド国の内情は分かりませんが……もし彼がスパイだとしたら戦争は避けられないですね」
「なるほど……もし、スパイではないとしたら?」
「誰かが、そう仕立て上げたと考えられますね。その場合も……」
戦争を起こしたい人物がいる、という事になる。つまりノーミオ家の――学長だ。
「何かあれば極東に帰る事をお勧めします。ミヅカ隊長……お母様も心配なさるでしょうし」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、小官にできるのはこれくらいですから。坊っちゃんとお嬢ちゃんの顔を見れて良かったです」
「こちらこそ、ミゲルさんに相談したかったのでありがとうございました」
「ありがとうね、おじさん」
「お嬢ちゃんもまた話を聞かせて下さいね。それでは失礼します。ロビーで私の名前を出せばすぐ送りの車を呼んでくれますからね」
多忙な彼はそう言って部屋を出て行った。顔見知りの大人に相談できてまずはホッとしたな。
「お兄ぃ、なんかあったら帰ろうね。戦争に巻き込まれるなんてやだよ」
「そのつもりだ。大丈夫だよ、無茶はしないから」
心配するヒナの頭をポンポンと撫で、俺達も部屋を出た。
「ロビーは……先客がいるみたいだな。少し待とう」
受付の人と何やら話をしているのはヒナと同じくらいの歳の少女だ。後ろに背の低い老人を連れているが、大使館のどういった関係者なのだろうか?
「まだ時間かかりそうだね。ちょっとお手洗い行ってくる」
痺れを切らしたヒナはトイレに行ってしまったようだ。これ以上待たされるようなら他の人を呼ぼうかな? と考え始めた時、少女が受付から離れていくのが見えた。
「よし、空いたな……ん?」
少女はそのままこちらの方へ向かって来て……出口か? いや、俺の方に?
「――そこのお兄様」
そこの……俺以外いないな。
「えっと、どうしましたか?」
三つ編みにした薄い緑色の髪に金色の瞳。儚げな雰囲気のある少女だ。……誰? 少なくとも顔は知らない。もし会ったことがあれば忘れるような容姿ではないだろう。初対面のはずだ。もちろん俺にヒナ以外の妹はいない。
「貴方、ミヅカ・リオ様ではありませんか?」
「そうですけど、そちらは?」
「申し遅れました。わたくしの名はセレナーデ・ラバック・シルフィオ。シルフィオ家当主の娘として風の大精霊の巫女を務めております」
一瞬思考が止まる。ラバック・シルフィオ、当主、巫女。目の前の年端もいかない少女がそう名乗ったのだ。すぐに姿勢を正し、お辞儀をする。
「――お目にかかれて光栄です、巫女様。しかし何故俺の名を?」
「巫女様だなんてやめてくださいませ。わたくしはお兄様に会いにここまで来たのですから」
俺に会いに? ここに来ることはヒナとミゲルさん以外には言っていない。学園を訪ねるでもなく、休日の行き先を調べてまでの用なのだろうか。警戒心が一層高まる。
「急を要する件ですか?」
「ええ。我々はティフォグランデ・ベントの行方を追っていますの。ご協力をお願いします」
深々と頭を下げる彼女を前に俺は考えた。彼女は……シルフィオ家は、信用できる相手なのか。仮にティフォ先輩を見つけてどうするのか。しかしここでノーを言う事はできない。ならば――
「分かりました。ですが、まず俺の話を聞いて欲しいです」
少しでも説得を。そして情報を得るための行動をするべきだ。
「かしこまりました。ですが先に一つこちらから。シルフィオ家は、彼の嫌疑を最大限晴らすのが目的です。ですからノーミオ家よりも早く彼を探す必要がありますの。つまり貴方と目的は一致している、という認識で宜しいですね?」
その言葉を聞いて警戒心が少し緩む。四家も一枚岩では無いのだ。ここに来て俺達が信用できる相手なのかもしれない。
「はい。俺は先輩をまだ信じています。協力しましょう」
混迷した状況の中で、視界が開けた気がした。
「誰なの、あの子……」
握手を交わしたちょうどその時。トイレから戻って来たヒナにもう一度同じ説明をすることになったセレナーデは、年相応の慌てっぷりを見せるのだった。まあヒナが睨んでいた理由はなんとなく想像がつくのだが。




