第26話 相応の立場
「あら、早かったですねリオさん……おや?」
大精霊の間から出た俺を見てリギスティアさんは何かを察したようだった。
「私に聞く事が増えた……そんな顔をしていますね」
「はい。俺一人じゃどうにもならない事を知ってしまったので。いいですか?」
俺がそう言うと、彼女はキッと目を鋭くした。
「話して下さい」
「はい。まずリギスティアさんは……大精霊がどのような存在なのか、そして今の火の大精霊のことについて、本当に知っていますか?」
「……そこまで知っているのですね」
暫しの沈黙。巫女である彼女は俺がさっき聞いた事も知っているようだが、俺の扱いをどうするのか考えあぐねているのだろう。
「我々巫女家の先祖とされている者達……大精霊を作ったという彼等の話が言い伝えられています。氷河の時代よりもっと前、人々は今では考えられないような技術を持っていて、大精霊と精霊、そして精霊術はその産物だと。しかし自然の理に触れてしまい、世界は氷に包まれ人類は絶滅の危機に瀕したのです。それを食い止めるために火の大精霊は力を使い果たしたが、止められたのは一部だけ。氷河は今も少しずつ浸食している……そう言われています」
俺が知った話とおおよそ矛盾はしない。氷河を招いた真の原因が火の大精霊なのかは分からないが、現にその機能が止まっているのは事実なのだろう。そしてそれを再び起動させなければ、いずれ世界は氷に飲み込まれる。そんな途方も無い危機に瀕しているのだ。
「俺が聞いた事は――」
俺は大精霊の間で知った事を全て話した。だが、意外にも彼女が驚いた様子は無い。
「――そして、何故か俺にその役を任せられてしまったんです」
「ええ。リオさんが初めてここに来た時からそうだろうとは思っていました」
「そうなんですか?」
「はい。でも貴方が自分で知るまでは黙っておくべきだと考えていたのです」
「そうですか……最初から知っていたんですね」
不自然なまでに信用されていた理由が分かった。リギスティアさんは俺以上に俺について知っているのだろう。そして、一番聞きたかった事も。今しがたの巫女家の先祖という言葉、そしてあの声の主の話からも分かった事。
「俺は……巫女家の血を引いているんですね」
「それについては、まだ私からはっきりと言うことはできません。でも、もう予想はついているでしょう?」
あくまで体裁を保ちたいようだ。前に言ってた、俺の母さんから止められているという話だろう。でもここまで来ればもう理解できる。俺の父さんは――ウンディーノ家の人間だ。
「はい……今度母さんから詳しく聞きます」
話を聞いただけでは、他の巫女家の人と考えることもできた。でもリギスティアさんを前にすれば自然と分かる。俺と彼女は、直接ではないにしろ血の繋がりがある。こんな感覚になるのは初めてだ。
「さて、もうリオさんとは他人ではないですからね。私からも話があると言ったでしょう?」
「え、あ、はい。なんですか?」
「お説教ですよ」
少し感傷に浸る空気を破って、リギスティアさんの話が始まるのだった。
■□■□
同時刻、イレアの私室。謁見の間から半ば追い出されたイレアはソージアと共にリオを待っていた。
「お嬢様、お休みになるのでしたら着替えてから……」
「やめてよホムラ先生、誰もいないんだから他人行儀な呼び方しないで」
「……分かったわよ、イレアさん。でも横になるなら着替えた方がいいわ」
そう言い直されても聞かずにベッドを転がるイレア。ウンディーノ家の敷地に入った時点でソージアは護衛兼使用人の立場なので仕方ないのだ。
「服が皺になるわよ」
それでもイレアは動かない。珍しく機嫌が悪いな、とソージアは思った。いつもと違って自分にフランクな話し方をするのも不機嫌な証拠だと付き合いの長さで分かっている。もちろん、それが自分に向けられたものではないということも。言う事を聞かないのは単なる八つ当たりだ。
「……お婆様が何を考えているか分からないの」
「それは私にも分からない。でもご当主様にはお考えがあるはずよ」
「リオはずるいよ。私にはできない事が簡単にできちゃうんだから。新しい精霊術を急に使えたり、お婆様にも認められて……どうすればいいんだろ、私」
不貞腐れている、というほど単純ではない。イレアを突き放すご当主様と二人きりで話ができるリオとの差を感じてしまっているのだろう。新しい精霊術の話は知らないが、やはり人間は自分より進んでいると感じる人に対してコンプレックスを抱いてしまうのだ。特に、それが親しい者であるほど。
「そうね……リオ君は私から見てもすごく優秀だけど、ご当主様とは元から何かしら関係があったように感じるわ」
「そうなの?」
「ええ。ほら、学長とも身内の繋がりがあるって言ってたでしょう? そもそも遠い極東から公国まで来るくらいだから、何か話せない事情があるのよ。だから気に病む事ではありませんよ」
「……じゃあ、リオも何か隠してるってこと?」
「あるかもしれないわね。でも、彼自身も知らないことがあるんじゃないかしら。少なくとも、ご当主様とは初対面だったはずよ。家の事情に振り回されてるのよ、きっと。貴女と一緒で」
「確かに……そう、ですよね。ごめんなさい先生。着替えの用意してありますか?」
「はい、どうぞ」
リオにも特殊な事情がある、と話をすり替えることでイレアのコンプレックスから目を逸らさせることに成功したみたいだ。主人であり生徒でもある彼女の機嫌を直すのもソージアの仕事である。まあ滅多に無い事だが。
「あと、教師としての私から言わせてもらうけどイレアさんは十分頑張ってるわよ。もちろん慰めなんかじゃなくてね。ただ、結果が出るのは遅いと思う。私と同じタイプだから辛抱強く頑張りなさいね」
「……! はい、先生!」
訂正。主人かつ生徒かつ、妹のような存在のイレアの機嫌を直すのはソージアの仕事である。しかしソージアにはまだ悩みがあった。そのうちイレアに言わなければいけない話――今頃リオ君とご当主様はその話をしているんだろうな、と思うのだった。
「――つまり、貴方にはイレアを守る覚悟というものが――」
「はい」
「――女性を守るのは男性の役目です。ですから――」
「はい」
本当にお説教だった。クドクドと言われている事を要約すると、男なんだから女性、つまりイレアやヒナを守れとの事だ。親馬鹿ならぬ孫馬鹿というか、自分が手を出せない以上俺に頼るということか。
「――リオさん、ちゃんと聞いているのですか?」
「は、はい! もちろんです!」
睨まれた俺は聞いているアピールをするが、リギスティアさんは溜息を吐いて驚くべき事を口にした。
「まったく、貴方はイレアの許嫁候補でありながら……」
「い?」
イイナズケ……いいなずけ、許嫁?
「その自覚が足りませんね。やはり私が手づから鍛え直した方がよいのでしょうか」
「ちょっ、まっ、許嫁? なんですか、許嫁候補って!?」
「あら、言ってなかったかしら?」
聞いてないなんてレベルじゃない。初耳もいいとこだ。許嫁? 本気で言ってるのか? つまりイレアとの……?
「あの娘も貴方のことを気に入っているようですし……なんですか、嫌だとでも?」
目が本気だ。うちの孫娘が気に入らないのかと言われている。とても断れる雰囲気じゃない……!
「待って下さい、いきなりそんな事言われても! そうだ、イレアには聞かないんですか? ほら向こうの気持ちとかも色々ありますし!」
なんとかこの話を回避しようと必死になるが、リギスティアさんはすまし顔である。
「だから候補と言っているでしょう。イレアにはまだ伝えていませんし、そもそも私の独断です」
まあ他の候補なんて今はいませんけどね、と付け加えた。まずい、他に何か反論の材料は……
「あ、そうだ、俺ってウンディーノ家の親戚なんですよね? 血縁が近いのはどうなんだろうなーって」
「構いませんよ。そこまで近くはありませんから。私の祖父母もウンディーノ家の中で婚姻したと聞いています」
くっ、駄目か。もうこれは彼女の中では決定事項なのだろう。何を言っても反対できる気がしない。
「リオさん。覚悟を決めなさい」
「か、覚悟、ですか」
「貴方はもう大精霊と巫女家に強い関わりを持ってしまいました。国家の中枢に関わってしまったのです。当然それ相応の立場というものが必要になります。貴方だって知らないうちに政治に利用されていた、なんてのは困りますよね」
既にされているのでは? なんて口が裂けても言えないが、リギスティアさんが言う事ももっともだ。
「それに私は貴方に対して責任がある。そしてイレアとの関係も考慮した上でこれが丸く収まる方法なのですよ」
「まあ、そういうことなら……」
丸く収まるというか上手く丸め込まれている気がするが、納得はできる。それに冷静に考えてみても、より強い後ろ盾を得られる悪い話ではないだろう。……イレアとの事はこの際置いておくとして。
「さて、私からの話は以上です。今後ともイレアとは仲良くしてくださいね」
「は、はい……」
前にも同じセリフを聞いたが、さらに意味合いがはっきりして聞こえる。外堀を埋められる、とはこういう事なのだろうか。にこやかに微笑むリギスティアさんから目を逸らして俺はこっそりと溜息を吐くのだった。
■□■□
気付けばもう昼過ぎであり、少し遅めの昼食となった。リギスティアさんは仕事だからと言って出て行ってしまい、部屋の外で待っていると代わりにイレアとソージア先生が来た。
「リオ、どうだった?」
駆け寄るイレアが心配そうな顔で聞く。差し障りの無い範囲で話そうかと思ったが……ヤバい、さっきの話を意識したら顔が見れない……
「リオ?」
「あ、ああ。色々注意されたけどなんとかなったよ。それよりまずお昼にしよう」
食堂に向かって早足で歩く。婚約、許嫁、結婚……いくらなんでも急すぎる。それに俺はイレアの事をどう思ってるんだ? 俺は今まで交際経験はおろかそういったものをちゃんと考えた事すら無かった。
イレアは美少女だ。すれ違えば誰もが振り向くような、そんな少女だ。今までは敢えて意識しないようにしていたが、こんな話を聞かされたら嫌でも考えてしまう。結婚と言われてもまだピンと来ないが、例えば付き合うようになったら……
「……あーー腹減ったなあ」
誤魔化すように声に出す。廊下の先を歩く使用人が振り向いた気がするが、気にしない。そう、まだただの婚約者候補だ。考えるはやめよう。
「おや、品の無い声が聞こえると思ったら君ですか。当家における振る舞いも知らないガキがまだいたのですね」
「げっ、あの時の」
そして俺の声が聞こえたのだろう、階段から出てきた長身の男――宰司がやけに嫌味ったらしく話しかけてきた。ガキ呼ばわりされるのは癪に障るが、彼からしたら俺の存在は邪魔なのだろう。謁見の間での短いやり取りから彼の立場も理解できる。彼は俺の全身を舐めるように見てから、フンと鼻を鳴らして再び歩き始めた。
「……当主様はああ仰ったが、全員がお前を認めたとは思うなよクソガキが……おほん、では失礼。次この屋敷に来る時までにその振る舞いを直しておくのが良いでしょう」
すれ違いざまに小声で脅され、彼は颯爽と去っていった。これから面倒事も増えそうだな。立ち止まっているうちにイレアとソージア先生が追いついて、俺達は揃って食堂に入った。
「リオ君、お疲れ様でした。ご当主様はどのように仰っていましたか?」
「これまで通りに任せると。それと、大精霊についての質問などに答えて下さりました。あとは……」
どこまで話して良いものか。許嫁候補の話はソージア先生にはしてあると言っていた。だがイレアにはまだ話さないのだろう。そして大精霊と対話した内容は全く言えないな。あの長時間何をしていたのかと訝しまれるが、まあずっと説教されていたことにしよう。
「……その、イレアを預けることについて心構えができていないとか、自分の手で守れるようになれとか、そんな感じです。お説教されました」
「そうですか。ご当主様は厳しい方ですからね」
「お婆様、リオにだけそんなに言わなくても……」
ごめんなさいリギスティアさん、孫娘からの印象がまた下がったかもしれません。
「そうだ、昨日見せてくれた精霊術は見せたの?」
「あっ、忘れてた。まあ次の機会だ。もうちょっと使えるようになってから見せた方が良いし、今じゃなくても良いと思うかな」
「リオ君、イレアさんからも聞いたけど、その精霊術って何? また変な事して倒れられても困るわよ」
「もう大丈夫ですよ。多分。その精霊術ってのはですね――」
ソージア先生にも説明して帰ったら見せることにしたが、ティフォ先輩の名前を出した途端に顔を渋くした。
「また彼ですか……リオ君、ティフォ・ベントに関わるとロクなことがありませんよ」
「前から気になってたんですけど、先生とティフォ先輩ってどういう関係なんですか?」
私も気になる、とばかりに身を乗り出すイレア。学園の先輩後輩だったのは知っているが、その関係は謎である。
「はあ……思い出すのも嫌ですが、私が彼に初めて会ったのは二年ほど前で――」
心底嫌そうな口調で、二人の過去が語られるのであった。




